落翼よ、ソラへと駆けろ   作:七海香波

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第八話 心の暗雲

 

 部屋に帰った後、俺は手元のタブレットを眺めながら来週の代表戦へ向けて考えを練っていた。

 

 視界の中に映し出されているリストには、打鉄に収納されている武器や機体そのもののパーツがざっと並んでいた。名前の表示を触ることで、それらの個別の性能を見ることも出来る。

 

 現在打鉄に収納されているのは、至ってシンプルな装備だった。

 

 銃と剣が一つずつに、片手で構える大きめの盾が一つ。

 

 格納領域はまだ余裕をもっており、あと一つくらいなら武装を追加することもできる。

 

 種類は限られているため、予備のものを追加するのが精いっぱいといったところだが……。

 

「さて、どうしたものかね」

 

 ――まず、大前提として俺は試合に勝ってはならない。

 

 なにせこの身はクラス代表候補の中で最も人気が低い。

 

 織斑はもちろんのこと、暴言を吐いていたオルコットでも男の俺よりはまだ受け入れられるはずだ。

 

 もし俺がクラス代表に就任させられたならば、女子どもによって良いように使い潰されるというのが一番ふさわしい表現だろう。

 

 ――では、負ければいいのかと言われれば、それもまた違う。

 

 諸手を上げてオルコットや織斑の攻撃を受け入れれば、戦意がないと見做されて織斑先生に何をされるか分からない。女子による臆病者扱い程度なら我慢して受け入れられるものの、あの人は無理やり罰を与えてくる。

 

 ただでさえ勉強についていくので手一杯なのに、余計な負担を重ねられるのは辛い。

 

 つまるところ、俺はある程度に戦闘の体を為すように努力する必要があるわけだ。

 

 それに加えて、もう一つ。

 

 俺はあくまでも、ISが宇宙開発用のパワードスーツであるという立場を崩す気はない。

 

 当然、現在のISが当然に備えている銃器や刀剣類を振るうつもりはない。

 

 だが、そんな振る舞いをクラス代表決定の場でやって負けてしまえば、しょせんは戯言であると笑われて否定されてしまうだろう。

 

 その場でISを兵器として扱わない在り方を周囲に納得させるためにも――そもそも敗北しては話にすらならない。

 

 故に俺は今回の場で、自ら剣を振るうことなく、それでいて先生を満足させなければならない。

 

 ――そんなことが、素人の俺に可能なのかという疑念が付きまとう。

 

「……やるしか、ないんだよな」

 

 馬鹿げたことだというのは、分かっている。

 

 成功する可能性が一パーセントにも満たないと、俺の理性は語り掛けてくる。

 

 結果を見定めても、その過程にどう至ればいいのか。

 

 IS初心者の俺には、まったく思いつかない。

 

 やりたいことがあっても実力がついてこない。

 

 そのことが、今の俺の目下の悩みごとになっていた。

 

「……もう八時か」

 

 シャワーを浴びる前に、一度ISに乗って身体を軽く動かしてこよう。

 

 そうすれば重くなった頭の中も、多少はすっきりとするに違いない。

 

 気分を入れ替えた後は、今日と明日のために勉強をしないとな。

 

「ちょっとISを動かしてくる」

 

「……分かった」

 

 護衛の更識に一言告げて、俺はアリーナへと向かうのだった。

 

 

 ■■■

 

 

 今度はIS操縦者用のスーツをちゃんと着込んで、打鉄を装着する。

 

 演習場へと繋がるピットで胸元のペンダントに語り掛けると、一瞬で身体を光が包み込んで装着が完了した。

 

「よし、行こう打鉄」

 

 視界になだれ込む情報量を受け止めながら、俺は軽くブースターをふかしてアリーナの中へと降り立った。

 

「――『(あおい)』」

 

 ISの中に格納されている刀の名前を呼ぶと、瞬時にその実体が目の前に展開される。

 

 打鉄とほぼ同等のサイズを誇る大太刀だが、パワーアシストのおかげで重さを感じることはない。

 

 軽くびゅんびゅんと振り回していると――両肩の防具である非固定部位(アンロック・ユニット)にガツンと当ててしまった。

 

「おっと!?」

 

 慌てて振り向こうとして、せっかくなのでハイパーセンサで確認を試みる。

 

 ぐりんと反転した視界の中では、幸いにも表面には傷は見受けられなかった。

 

「危ない危ない……だけど、こんな慣れない武器は使い道がないな」

 

 そもそも相手を攻撃する気がないのだから、剣などあっても使い道がない。

 

 素人が振るう剣は危ないと聞いたこともあるのだから、これを使うのは止めておいた方が良さそうだ。

 

「とすると、俺に使えるのはこれだけか――『(きのえ)』」

 

 眼前に展開されるのは、視界を完全に塞ぐほどの巨大な盾。

 

 タワーシールドと呼ぶのが正しいであろう防具は、身体を縮めれば何とか全身を収めることも出来そうだ。

 

 これを使って、二人からの攻撃を凌がなければならない。

 

 正確にはこちらから攻撃するつもりがないため、求められる防御は完全なものでなければならない。

 

「……攻撃側の練習相手が欲しいな」

 

 ISの攻撃による衝撃がどれほどのものかは、実際に受けてみないと分からない。

 

 とはいえ、織斑に声をかけるわけにはいかないし、女子を誘うなんてのはもってのほかだ。

 

「今日のところは、この感覚にある程度慣れることを目標にするか」

 

 この大きさの盾ならば、本来は両手で構えて防ぐことが主な役割なのだろう。

 

 だが、幸いにもISのアシストがあれば片手でも十分に振り回すことが出来る。

 

「まずは、地面に足を付けながら……」

 

 盾をなるべく動かさないように構えながら、俺は突進や急な振り向きなどを試してみる。

 

 ハイパーセンサによる全方向の視界を保ちながら、盾を常に意識した方向へ正確に向ける練習を一人で続ける。

 

「……あとは飛びながら、だな」

 

 ISは重力をキャンセルし、ブースターをふかして宙を駆ける。

 

 まるで宇宙空間にいるような挙動を見せるのだが、それが意味するところはつまり――踏ん張るのが難しいということだ。

 

 地面に踵を食い込ませるような既知の踏みとどまり方なら、まだ分かる。

 

 しかし空中で一方向から衝撃を受ければ――踏みとどまることが出来なければそのまま容易く吹き飛ばされてしまう。

 

 それを防ぐためには、ブースターを的確に噴射して威力を殺したりすることが求められる。

 

 だが、俺一人でその練習をすることは出来ない。

 

「……仕方ない。こればかりは、実戦でなんとかするしかないだろうな」

 

 信用できる練習相手がいない以上――今の俺に出来るのは、とにかくISの挙動に慣れることだけだった。

 

 そのまま二時間ほどISでアリーナを駆け、最後に思いっきり全力で空へと駆けあがってから俺は部屋へと戻った。

 

「ただいま」

 

 更識はその返事として、小さな頷きを一つ返した。

 

 その目はアリーナへ向かう前からずっとプログラミングに集中しており、今夜も遅くまでやるつもりなんだろう。

 

「シャワー、先に貰う」

 

 またこくりと頷いた更識を置いておいて、俺はタオルと着替えをひっつかんでシャワールームの中に飛び込んだ。

 

 寮の部屋には湯船がなく、本当にシャワーしかない。

 

 この学園は国籍豊かな面子が揃っており、この二日間で様々な人種を見かけた。

 

 欧州系からアフリカ、アジアに中東と本当に多くの顔ぶれが並んでいる。

 

 そのために学園はシャワーだけでも十分と考えているのだろうが、俺からしてみれば物足りない。

 

 寮には大浴場も存在するそうだが、日程調整がまだ終わっていないために男子は入ることが許されていない。

 

 これでは一日の疲労も、完全には流れていかない。

 

「……はぁ」

 

 頭をシャンプーで洗いながら、ため息を吐く。

 

 すっかりクセになってしまっている重たいこの感覚は、IS学園に来てからは更に増えた気がする。

 

 ままならない現実に叩きのめされている中学以前の現実が、今再びクラス代表を決める戦いを前にして圧し掛かってきている。

 

 ――このまま、また俺は現実に耐えることしか出来ないのだろうか。

 

 その想いを振り払うためのシャワーだったはずだ。

 

 なのに、身体に纏わりついた泡を洗い落としてもなお、血肉に染みついた俺の負け犬根性はしぶとく拭いきれなかった。

 

「……復習、しないと」

 

 タオルで水分を拭き取っていると、洗面台に設置されたガラスに今の自分の顔が映った。

 

 適性試験の会場で見た顔と何ら変わらない男が、濁った瞳でこちらを見つめている。

 

 その眼が、どうせ俺には何も出来ないのだと――次の月曜日に無様な姿を晒すのだと教えているようで、俺は逃げるように自分の勉強机へと戻った。

 

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