大魔王獣マガオロチが倒れた後、街は急速に復旧していった。電車などの交通網もすぐに稼働し始め、千歌たちは沼津へと戻っていくのであった。
「……」
とはいっても車内には沈黙が続いていた。投票数0という現実に打ちのめされたのだ。ラブライブに出られるかもしれないという希望も打ち砕かれた。
一眞も同じく、自分の無力さに打ちひしがれていた。マネージャーでありながら、その役目を果たせていないと自分を責めて。さらに多くの守れなかったもの、自分の過去……。彼には抱えるものが増えていった。
「……っ!」
やり場のない思いに、膝においた手を強く握りしめるのだった。
「泣いてたね。あの子……入賞できなくて」
口を開いたのはルビィだった。彼女が思い出したのは、SaintSnowのツインテールにした子の言葉。
「でも、ラブライブを馬鹿にしないでなんて……」
善子が言いかけたところで、思い出したかのように消沈する。
「でも……そう見えたのかも」
どう思っていようと、彼女にはそう見えた。それが覆ることは無い。正直、心のどこかで思っていた。ラブライブに出て、学校を救えると。あの時のダイヤの声が、頭の中で反響する。
――――これは今までのスクールアイドルの功績と、町の人の善意があっての成功ですわ! 勘違いしないように!――――
如何に町の人と、”スクールアイドル”というものに助けられてきたかを理解する。大きな目で見れば、何百、何千のうちの1つだということを。
「私はよかったと思うけどな」
千歌は今回のライブが良かったと振り返る。
「精一杯努力して頑張って、東京に呼ばれたんだよ? それだけですごいことだと思う。でしょ?」
そうやって彼女はプラスの面を見ていこうと口にしている。「だから胸張っていい」と精一杯の作り笑顔で。
「千歌ちゃんは悔しくないの?」
曜は千歌へと尋ねる。それは感情にしたら当たり前のものだ。あのような結果を突きつけられれば尚更。それに曜は、”誰かと競い合う世界”でも生きてきた。だから気になってしまうのだろう。しかし千歌は、悔しさよりも嬉しさの方が勝っていると、そう答えたのだった。
沼津についた彼女たちを待っていたのは、浦の星の同級生たちだった。
「どうだった東京は?」
「うん……すごかったよ。なんかステージもキラキラしてて……」
千歌が答えるより先に、たくさんの質問が彼女たちに投げられた。
「ダンスのミスも少なかったし……」
「これまでで一番よかったよねって話してたんだ~」
彼女たちには心配かけまいと、千歌や曜たちは作り笑顔で誤魔化していく。それを聞いてる一眞は、もちろんだがいい気分ではなかった。その賞賛が、千歌たちにダメージを与えると知っているから。
「じゃあじゃあ、このまま本気でラブライブ狙えちゃうってワケ?」
ラブライブという言葉を耳にした瞬間、千歌の顔色が変わった。さらに頭を掻いていた腕が、ぎこちなく下がっていった。彼女の青い顔しながら受け答えをする姿なんて……誰も見たくなかった。
「そうだよね……だといいけど……」
(もういいだろ……)
一眞はそんな千歌たちを見ていられずに、目を背けてしまう。彼は、自分のやるせなさに、使えなさに嫌気がさしていたのだ。
「おかえりなさい」
背後からまた別の声を掛けられた一同は振り向く。その柔らかな、優しい声が体を少し軽くする。安心……と言ったものなのだろうか。
「お姉ちゃん……」
ずっと待っていたのだろう。ルビィの姉は彼女たちを確認すると、優しい微笑みを浮かべた。途端、あらゆる感情の波がルビィを襲い、それは蓋をしきれない膨大な量となって爆発した。
「よく頑張ったわね……」
優しく頭を撫でられ、そのような言葉を掛けられたルビィは、大粒の涙を零しその声を震わすのだった。
~~
「得票……0ですか」
「はい……」
場所を移動した彼女たちは、川の見える場所で今までのことを伝えた。提灯の灯した光も、心なしか暗い。ルビィは泣き疲れたのか、ダイヤの膝の上で寝てしまっている。思いつめていたものを吐き出し、心に余裕ができたのかもしれない。膝にのせているダイヤの姿も、姉というよりは母親であった。
「やっぱりそういう事になってしまったのですね。今のスクールアイドルの中では……」
何かを察しているように話すダイヤ。疑問はあるが、一眞たちはただ黙って話を聞いていた。
「先に言っておきますけど、あなた達は決してダメだったわけではないのです」
多くの練習を積み、観てくれている観客たちを楽しませてくれるほどのパフォーマンスもしていると、彼女は言った。それは実際に東京にいたったこと、ランキングが上がったことがその証拠だろう。だが……それだけではダメと、彼女は言った。
「7236……何の数字かわかります?」
その膨大な数字に、誰もが口を噤む。ただ一人を除いて。
「ヨハネの――――「違うずら」
いつものようなやり取りを交わすが、今回はそう言ってられるものではないと、花丸が先手を打ったのだった。
「去年最終的にエントリーしたスクールアイドルの数ですわ」
「……っ!?」
一眞はその膨大過ぎる数に息を呑む。なんとそれは、第一回大会の十倍以上……。
「確かにスクールアイドルは、以前から人気がありました……」
その人気を急速に加速させたのが、ラブライブ。そしてA-RISEとμ'sの活躍でそれが不動のものとなり、遂には秋葉ドームで決勝が開かれるようになった。
増えていくスクールアイドルの数。それが必然的に、レベルの向上を生んだのだった。
「じゃあ……」
「そう。あなた達が誰にも支持されなかったのも、私たちが歌えなかったのも……仕方のないことなのです」
”私たち””歌えなかった”という突然出てきた言葉に戸惑いながらも、千歌や善子は尋ねた。
「2年前、すでに浦の星には”統合になるかも”という噂がありましてね」
今まで聞いたことのなかったその昔話に、千歌たちは驚きながらも耳を傾けた。
果南とダイヤ、そして鞠莉でスクールアイドルを始め、廃校から救おうとしていたのだった。今のAqoursと同じように。ライブもうまくいっていた頃、これまたAqoursと同じく東京のイベントに招待された。
だが
「歌えなかったのですわ」
他のグループの凄さ、そして巨大な会場の空気に圧倒され……歌うことができなかったとダイヤは話してくれた。
「あなた達は歌えただけ立派ですわ」
「じゃあ、反対してたのは……」
なぜ彼女がスクールアイドルをそこまで反対していたのか、ここにいる誰もが察してしまっていた。
「いつかこうなると思っていたから」
その予想は的中した。歌えこそはしたものの、心に大きな傷を残した。
これは目の前の状況に心躍らせていた自分たちへの罰なのだろうかと、一眞は心の内で問いかける。しかしそれに答えるものも、人もいなかった。
「俺、鞠莉さんに言われたことがあったんです」
千歌たちと帰ろうとする直前、一眞はおもむろに口を開いた。
「鞠莉さんが?」
「ええ。みんなを繋ぎとめてあげて欲しいと。私たちの時にいなかった存在だからって……」
深くは聞かず、黙って話を聞いているダイヤ。一眞は自嘲気味に笑い、話を続けた。
「でも、俺はそんな役割には向いていないのかもしれません。スクールアイドルを始めた時、その先に何が起こるか、そして彼女たちがどうなるか……何もわかっていなかったんです」
そしてこのありさまだ。マネージャーなのに、彼女たちに何も言えない。ただの置物。
「確かに、私たちの時にあなたのような存在がいてくれれば、あのような終わり方もなかったかもしれませんわね」
一眞のくすんだ目を見て、ダイヤは話しかける。
「わかっていなかった……。でも、それを反省として次に活かしていくのが大事だと思いますわ。向いているいないは、関係ないと思います。大事なのは、そこにやりたいという意思があるかどうか」
「でも……俺にはもう――――」
できなない……と口にしようとした瞬間、
「ネバーセイネバー……知ってますか?」
ダイヤに問われたが、一眞は知らないと首を横に振る。
「できないなんて言わない……。言っていたのは果南さんか、鞠莉さんか。もしくは両方かもしれませんわね。こうなってしまった以上、これから千歌さんたちがどう答えを出すのかは知りませんが、あなたは最後までAqoursのマネージャーであることを、忘れないでください」
~~
ベッドに寝転んで、一眞は天井を見つめている。何とかして眠りに堕ちようと試行錯誤したが結果虚しく、眠れないままの夜を過ごしていたのだった。
眠れないことにため息を吐き、一眞は廊下へと出る。隣の部屋にいるであろう彼女には、未だ声をかけることができなかった。柵に手を置き、目の前に広がっている海へと目をやる。
千歌は帰り際、いつものように「やめる?」と曜に聞かれたが、彼女が答えることは無かった。その言葉を聞くと、いつもアクセルを踏まれたようにやる気をたぎらせていた彼女が……。
「どうすればいいんだ……」
吹き抜けていく風に、彼の気弱な声が溶けていく。何も理解できていないなら投げ出したい……でもダイヤの言葉が頭で反響する。
「どうしたら……」
柵を持つ手に一段と力が入る。
――――しかし、彼に答えを提示するものはここにはいなかった。
「あれは……」
すると一眞の目には、海辺で誰かを探すようなしぐさをしている少女の姿が映った。その姿を確認した彼は、反射的に階段を下りていくのだった。
海へと向かう千歌の姿を見た梨子は、追いかけるようにしてその場へと駆けだした。
しかし梨子が着くころには、千歌の姿は見えなかった。静かな海辺に不安を感じ、何度も千歌の名前を呼ぶ。すると海へと潜っていた千歌は、その呼び声で海から出てきた。
「何も見えなかった」
梨子や千歌たちの元へ向かっていた一眞は、千歌のその言葉で足を止めてしまう。
「でもね、だから思った。続けなきゃって」
その身を隠し、千歌の言葉に耳を傾ける一眞。その沈んだ目は下を向いていて、まるで狭い場所に隠れたのかというくらいに、身を縮こませて……。
「私、まだ何も見えていないんだって。先にあるものが何なのか、このまま続けても0になるのか、それとも1になるのか……10になるのか。ここでやめたら全部わからないままだって……」
それが昨日の曜の問いに対する千歌の答え。
一眞は顔をうずめて考える。どうして、彼女たちの場所に行かないのかと。答えなど簡単。一緒に立つべきじゃない……そう思っているから。
「だから私は続けるよ、スクールアイドル。だってまだ0だもん! 0だもん……。0なんだよ。あれだけみんなで練習して、みんなで歌を作って、衣装も作って、PVも作って……頑張って頑張って、”みんなにいい歌聞いてほしい”って……スクールアイドルとして輝きたいって……」
千歌は自然と拳に力が入っていく。だがそれを知らず、意識などせず、彼女は続ける。
「なのに0だったんだよ!? 悔しいじゃん!!」
彼女の叫んだそれは、自分の本心。昨日からずっと思っていた彼女が、口にすることのできなかった言葉。
「差がすごいあるとか、昔とは違うとかそんなのはどうでもいい! 悔しい……やっぱり私……」
「――――悔しいんだよ」
彼女の目からも涙があふれ出した。その姿を見た梨子は、同じように海に入り、千歌を後ろから抱きしめた。
「よかった……やっと素直になれたね」
「だって私が言ったら、みんな落ち込むでしょ? 今まで頑張ってきたのに、せっかくスクールアイドルやってくれたのに……悲しくなっちゃうでしょ?」
自分がやろうと言い出したから、みんなを誘ったから、発起人だから……。だからこそそんな自分が泣くわけにも、弱音を吐くわけにもいかないと、彼女は心の内で我慢していたのだった。
「バカね。みんな千歌ちゃんのためにスクールアイドルやっているわけじゃないの。自分のためにやっているのよ。私も……」
梨子が砂浜の方に目をやる。そこにはスクールアイドルをやろうと決めた少女たちの姿があった。
「曜ちゃんも、ルビィちゃんも、花丸ちゃんも、もちろん善子ちゃんも」
「でも……」
「だからいいの。千歌ちゃんは感じたことを素直にぶつけて、声に出して」
曜たちも千歌の周りに集まっていく。その顔は誰もが笑顔を浮かべて。
「みんなで、一緒に歩こう……一緒に」
同じ景色を見る仲なのだから、感じたことを包み隠さず、素直にぶつけよう……そんな意味。
そこで遂に、千歌は大声を上げて泣いてくれた。素直に自分の感情を露わにしてくれたということだ。
「今から、0を100にすることは無理だと思う。でも、1にすることはできると思う。私も知りたいの。それができるかどうか……」
「……うん!」
そこで千歌にも笑顔が戻った。今は100にすることは無理だとしても、1にすることはできる。1への扉を開こうとするために、彼女たちは上を見上げる。
すると曇っていた空にぽっかりと、太陽の日差しが差し込んでいく。
彼女たちの新たな立ち上がりを見ていた一眞。
(前にも、ただ見ていることしかできていなかったような……そんなことがあった気がする……)
そんな不確かな思い出に浸りながら、彼女たちを見ている。
隣には立てない、マネージャーであるとも言えない彼には、その光も、6人の姿も――――
「遠いな……」
はるか彼方に感じられるのだった。
というわけで、Aqoursは解決しましたが一眞自身は……って終わりになりましたね。このメンタルで次回以降も頑張ってもらいます。