遠い日の記憶――――
「……え?」
唐突に告げられた言葉に、鞠莉は困惑と疑問の声を漏らした。
それはとある日の浦の星。とある日の部室の話。彼女たちが解散した……そのほんの一幕。
「私……スクールアイドル、やめようと思う……」
ホワイトボードにペンを走らせる音を響かせ、果南は言った。部室の外から覗く、ダイヤの悲しげな表情。
「なんで? まだ引きずっているの? 東京で歌えなかったくらいで……」
東京のイベントで歌うことができなかったから……その失敗を引きずっているのかと、鞠莉は問う。しかし、真意は別……。
「鞠莉に留学の話が来てるんでしょ? 行くべきだよ」
「冗談はやめて。前にも言ったでしょ、その話は断ったって。ダイヤもなん――――」
ダイヤは答えない。代わりに、ドンッと机に脚が当たる音が部室を支配する。それは、ダイヤも同じ意見だということを意味していた。
果南は言う。「続けても意味はない……」と。
それはお互いがお互いを思ったゆえの、悲しい幕引きであった。
~~
「夏祭り!?」
そして現代、十千万に集まったAqoursにとあるお知らせが来ていた。敗北からの一歩であった。その中で赤いツインテールを揺らしながら、ルビィは嬉しそうに聞き返す。
「
「これは、痕跡……わずかに残っている、気配……」
食べながら話す花丸と、寝転んで何やら呟く善子。その謎めいた行動に、曜や梨子、一眞は唖然。ルビィと花丸は眉を寄せていた。東京にいってから堕天使状態へ戻ってしまった事をぼやくルビィだったが、花丸は放っておけと、言い放つ。
「しいたけちゃん、本当に散歩でいないわよね?」
「だから居ないって……心配性だな」
「私にとっては重要なのよ!?」
詰め寄られた一眞は、両手を上げて「わ、わかりました」と一言。2人のやり取りを尻目に、曜はフロントにいる千歌に尋ねた。
「千歌ちゃんは夏祭り、どうするの?」
「そうだね~決めないとね~」
どうやら彼女も悩んでいるようで、机に頭をおいて考えているようであった。
その間に、沼津の花火大会はここらの地域で一番のイベントだと曜が説明する。Aqoursを知ってもらうには一番のイベント。だが、いまからでは練習する時間もあまりとれない。
「私は今は練習に専念した方がいいと思うわ」
時間があまりとれないことからすると、本番で十分なパフォーマンスができず、中途半端なものになってしまうのではという危惧からだった。だからこそ、今は力を貯めるために練習を積み重ねる方が良いのではという梨子からの提案であった。
「私は出たいかな」
千歌は異なったようで、参加を提案した。その表情には迷いはなかった。その意見には曜は勿論、梨子も嬉しそうであった。
「今の私たちの全力を見てもらう。それがダメだったらまた頑張る。それを繰り返すしかないんじゃないかな」
それが、前回のイベントや出来事を通して得た彼女のやり方、答えであった。
「カズくん? カズくん?」
「え、あ、ああ。何?」
「夏祭り、参加するって」
気の抜けていたかのような反応をする一眞へ、曜は「どうしたの?」と尋ねるが彼はあやふやにして誤魔化してしまうのであった。
彼はマネージャーとしての不甲斐なさや、相応しくないという想いを抱えながらもこの場所にいた。その為に、こうやって話を聞いてないことも多くなってきた。しかしそれとはまた別に、一眞は果南のことを考えていたのだ。
千歌と一緒に、淡島神社の頂上へ上った日のこと。横を通りすぎる果南に、千歌と一眞は問いかけたのだ。「スクールアイドルをやっていたのか?」と。
「うん、ちょっとだけね」
そう答えた果南は、どうにもばつが悪そうにしていたことを思い出す。そして階段を下りていく姿は、早くこの場を脱したいと、心なしか急いでいたようにも思えたのだった。
するとどうやら、千歌も同じことを考えていたようでみんなにその疑問を共有した。
「果南ちゃん、どうしてスクールアイドル辞めちゃったんだろうって……」
「生徒会長が言ってたでしょ。東京で歌えなかったからだって」
以前ダイヤが言っていたことが理由だと善子は言う。しかし、千歌はそれだけでは納得がいかなかった。幼馴染であるからこそ、そのような失敗ですぐやめる性格ではないことを知っているからであった。
幼いころ、海へ飛び込むことを恐れていた千歌に果南は
「ここでやめたら後悔するよ」
「絶対できるから」
と勇気づけていたことがあったのだという。
「ネバーセイネバー……」
一眞の発した言葉に、耳を傾け「なにそれ」と聞かれる。一眞は、東京から帰った日にダイヤが鞠莉、もしくは果南が言っていた言葉だと教えてくれたことを話した。
「できないなんて言わない……。果南がもしそう言っていたのなら、そんな簡単に諦められるのかなって……」
「とてもそんな風には見えませんけど……ハッ!? すみません……」
千歌や一眞の話を信じきれないルビィは、うっかり漏らしてしまった言葉の謝罪をする。だが、それよりも後の善子の”天界の眷属が憑依した”という推測に意識を持っていかれてしまったが。
「もう少し、スクールアイドルやっていた時のことがわかればいいんだけどな……」
「聞くまで全然知らなかったもんね」
(聞くまで……)
ダイヤさんに聞くまで知らなかった……と考えたところで、とある図式が頭の中に思い浮かぶ。内情を知るかもしれない、3年生を姉に持つ人がいるではないかと。
「ピギッ!?」
全員の視線がルビィに向けられ、迫っていく。
「ダイヤさんから何か聞いてない?」
「小耳にはさんだとか」
「ずっと家にいるのよね。何かあるはずよ」
「小さなことでいいんだ」
2年生に詰め寄られたルビィは、その場から逃げようとする。だが
「……フッ」
善子は笑うと、ルビィへと絡みつく。
「堕天使奥義、堕天流鳳凰縛!」
所謂コブラツイストという奴らしい。いったいどこからその技を拾ってきたのか……。
それはそうと、技名を叫ぶ善子の頭に手刀が入れられる。
「やめるずら」
いつものようでいて、妙に威圧感をだしていた花丸に善子は従うしかなかった。
「ほんとに?」
ルビィが話してくれたことに戸惑い、千歌は確認のために聞き返した。
「ルビィが聞いたのは、”東京のライブが上手くいかなかった”って話くらいです。それから、スクールアイドルの話はほとんどしなくなっちゃったので」
「ただ……」とルビィが続けると皆が耳を傾け、復唱する。
ルビィは以前、家に訪問した鞠莉とダイヤへお茶を出しに行ったとき、2人が話している場面に遭遇した。
――――逃げているわけではありませんわ! だから、果南さんのことを”逃げた”なんて言わないで
「逃げた訳じゃない……」
口にしてみる千歌だったが、その言葉の意味を理解できずにいた。どこまで考えても推測の域に、まだそこまで達していない3人の内情は、まるで濁った水のように不鮮明であった。
~~
数日後、果南が復学するという知らせが千歌たちの耳に入った。
「とは言ってもな……直接聞くわけにもいかないだろ」
「うん、前だってはぐらかされちゃったしね」
「鞠莉さんはどうするって?」
「まだわからないけど……」
「「はあ~……」」
学校のベランダで、同じような姿勢で考えをめぐらす千歌と一眞。その姿をみて微笑むのは梨子と曜だった。
「杞憂だったのかも」
「……え?」
「カズくん、最近”心ここにあらず”って感じだったから何か悩んでるのかなって思ってたんだ」
曜は彼の変化に戸惑いと心配を感じていたようであった。しかし、今は千歌やみんなと共に悩み、解決策を導き出そうとしている。それは、以前の彼と変わらないものであったことに、曜は安心していたのだった。
「そうね。ああやって千歌ちゃんと悩んでいる姿……久しぶりに見たかも」
彼女たちの眼差しを感じた一眞だったが、それが何を意味してのものだったのかはわからなかった。
すると上の階から、何や布が落ちてきたのだった。ヒラヒラと宙を舞い、高度を下げていく。
「くんくん……」
目の前を通り過ぎる白い何かに鼻を鳴らす者が1人。
「制服っ!!」
曜はそれが制服だということがわかると、掴もうとして飛び出した。ここが地上から数十メートル離れた場所であるということを忘れて。
「「だめ!!」」
千歌と梨子は慌てて曜を止めた。地面と垂直になりかけた曜は、そこでここが何処であるかを思い出した。
「これって……」
安心すると同時に、千歌は曜が掴んだものに目を向けた。それはセーラ服のようにも見える。しかし、胸元には紫のリボンが結ばれているという装飾が施されたでものあり、千歌たちには馴染み深いものであった。つまりそれは……
「スクールアイドルの……」
「離して! 離せって言ってるの!!」
「離さない! いいって言うまで離さないっ! 強情も大概にしておきなさい!!」
落ちてきた制服について、3年生に問いかけようと上ってきたはいいが、教室ではなんとも入りづらい雰囲気が漂っていた。この場合は、入りにくい……といったほうがいいかもしれない。
鞠莉が果南に抱き着いている状況だった。果南はそれを必死に引き剥がそうとし、対して鞠莉は必死に抵抗していた。唐突に始まったこの張り合いに、同級生、ましてや下級生は手を出せないでいた。
「たった一度失敗したくらいでいつまでもネガティブに……」
「うるさいっ! いつまでもはどっち!? もう2年前の話だよ! だいたい、今更スクールアイドルなんて……私たち、もう3年生なんだよ!?」
「2人ともおやめなさい! みんなみてますわよ!?」
ダイヤは言葉だけで仲裁を試みるが、一向に”どちらかが折れる”なんて事が起こりそうもなかった。
「いくら粘っても果南さんが再びスクールアイドルを始めることはありませんわ!!」
鞠莉の同意への求めに、ダイヤは否定し、もうスクールアイドルをやることは無いと告げる。
鞠莉は何故、どうしてと果南とダイヤに問う。あの時の失敗……歌えなかったことはそこまで引きずることなのかと。同じような経験をした千歌たちは、新たに再スタートを切そうとしているのに……何故、と。
「千歌とは違うの!!」
声を荒げる果南だったが、それ以上の怒声が3年生の教室に響くことになった。
「いい加減に……しろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
千歌の声は廊下にも響き渡る程の大きさであり、花丸や一眞は耳を塞いでいた。
「もう、なんかよくわからない話をいつまでもずーと、ずーーと、ずーーーと! 隠してないでちゃんと話しなさい!!」
「千歌には関係――――「あるよっ!」
3年生だけで話が進んでいる、訳のわからない話に千歌のモヤモヤがはち切れたのだろう。先ほどまでの言い争いを黙らせ、千歌主体で話が進んでいく。その勢いは、果南の言葉を遮るほどに。
「いや、ですが……」
「ダイヤさんも、鞠莉さんも、3人揃って部室に来てください」
「いや、でも……」
「いいですね?」
行きたくないのだろう。果南は何かを言おうとしたが、千歌は言葉を強め、圧をかけて黙らせる。
「「「はい……」」」
押し通そうとしていく千歌に、3人は大人しく従うしかないのだった。
「怖いな」
「千歌ちゃん凄い……」
「3年生に向かって……」
彼女の剣幕を見ていた一眞や曜、ルビィが言った言葉に、千歌は我に返る。一体何をしたのか……。
「あ……」
~~
「だから、東京のイベントで歌えなくって」
放課後、果南たちは部室に来て話をしてくれているが、内心嫌なのがわかるくらい、そっぽを向いて話している。ふんぞり返って座っているのもその影響だろう。
「その話はダイヤさんから聞いたんだよ」
「でも、それだけで諦める果南ちゃんじゃないでしょ?」
”話したのか?”と睨むが、ダイヤは口を噤み顔を背ける。
その話に「だから何度も言っている」と、鞠莉は千歌の背後から顔を覗かす。果南がそこで諦めるほどの人ではないというのは共通の認識なのだ。だから気になっているのだ。スクールアイドルをやらないという理由が。
「何か事情があるんだよね?」
千歌の問いに答えない果南は、瞳を揺らすだけに留まる。やはり何かあるのだと、見て間違いないだろう。
「……ね?」
「そんなものないよ。さっき言った通り、私が歌えなかっただけ」
掴めそうなところでふりだしへと戻ってしまうことに、千歌は頭を抱える。
「あーー、イライラするぅぅ~」
「その気持ちよぉーくわかるよ。ほんっと腹立つよねコイツッ!!」
鞠莉も同じように思っていたのか、その怒りをぶつけるように果南へと指を指す。
するとルビィが何かを思い出し、その記憶を手繰り寄せる。
「でも、この前弁天島で踊っていたような……」
それはAqours全員で、果南を尾行していった時に見てしまったものだ。日課のランニングを終えた彼女は、弁天島でそれは綺麗に踊っていたのだった。
「ピギッ!?」
赤く染めた顔でルビィや花丸を睨む。その姿を見られたことが恥ずかしかったのだろう。それもそうだ。まさか、自分がつけられているとは思わない。
「おお~、赤くなってる~」
「うるさい……」
「やっぱりまだ未練あるんでしょ~?」
まだダンスをしていたことに嬉しくなったのか、鞠莉はからかうように聞いてくる。ダイヤも心なしか嬉しそうに笑みを浮かべる。しかし
「うるさい! 未練なんてない! ……とにかく私は、もう嫌になったの!!」
立ち上がった果南の手には、何故か力が込められていたが気付く人はいない。
「スクールアイドルは……絶対にやらない」
言い残して去っていく彼女を、ただ見ていることしかできなかった。
「まったく……ダイヤさん?」
梨子の呼びかけにビクッとしながらも顔を向けるダイヤ。まさか自分のところに来るとは思っていなかったのだろうか。
「なにか知ってますよね?」
「え、私は何も……」
「じゃあさっき、どうして果南さんの肩を持ったんですか?」
確実に逃げ場を無くしていく梨子。その落ち着いたトーンが、妙に怖い。
「そ、それは……」
ダイヤは、すぐさま部室から逃げ出した。しかし、
「善子……」
「ギランッ!」
「ヨハネだってば~!!」
ダイヤを妹と同じようにコブラツイストで捕まえたのだ。この期に及んでもヨハネ呼びに訂正させようとしてくる善子。その横でダイヤは「ピギャアアアア!」と悲鳴を上げる。
「さすが姉妹ずら~」
部室の方から、花丸の声が聞こえた。
『わざと~?』
観念したダイヤの口から語られた真実に、全員が口を揃えて言った。
「歌えなかったんじゃなくて、歌わななかった……ってことですか?」
一眞の確認に、ダイヤは無言で首を縦に振る。すると、ダイヤの家から窓の外を見ていた鞠莉が「どうして」と口にする。顔をこちらに向けなかったため、表情は読み取れない。しかし、どんな表情なのかはある程度予想がつく。
「まさか、闇まじゅ――――」
善子が茶々を入れようとしたところを、花丸が静かに口をふさぎかっさらっていく。黙れ。ということなのかもしれない。
「あなたのためですわ」
「私の……?」
鞠莉はその理由の意味がわからないと、振り向いて尋ねる。
「覚えていませんか? あの日、鞠莉さんは怪我をしていたでしょ?」
東京でのイベント。その当日に、鞠莉は右足を怪我していたのだった。練習中に負ったものであったが、ここに来るまでには治らなかったのだ。それも本番直前で、包帯を巻きながらも痛みに顔をしかめるほどには悪い状況であった。しかし、その怪我を押して本番へと臨もうとしていた。
それを見ていた果南は……歌うことをしなかった。
「そんな……私はそんなことしてほしいなんて一言も……」
「あのまま進めていたら、どうなっていたと思うんですの? 怪我だけでなく、事故になってもおかしくなかった」
ダイヤの反論に口を噤む鞠莉。怪我を押した結果、取り返しのつかないことになっていたとしたら……。その後に残るのは後悔だけだ。仮に鞠莉が納得していた結果だったとしても、果南もダイヤも、一生消えない傷を残すことになるのかもしれなかった。
「でも……」
「だから、逃げた訳じゃないって……」
言葉に詰まる鞠莉。その後ろで、以前の言葉の意味に納得するルビィ。「でもその後は?」と曜がダイヤに質問する。
「そうだよ。怪我が治ったら続けてもよかったのに」
千歌が言ったように、まだその後にもチャンスがあった筈だ。
「そうよ。花火大会に向けて、新しい曲を作って……ダンスも衣装も、完璧にして……」
なのに……と鞠莉は声を震わせ、俯く。
「心配していたのですわ。あなた、留学や転校の話があるたびに、全部断っていたでしょ?」」
「そんなの当たり前でしょ!!」
静かな家の中に、鞠莉の荒げた声が響き渡る。スクールアイドルが、浦の星のことが大事なのだ。それを放って、別の学校や、ましてや外国になど行く気など更々なかったのだから。
「果南さんは、思っていたのですわ。このままでは自分達のせいで、鞠莉さんの色々な可能性が奪われてしまうのではないかって……」
果南は自分から鞠莉を誘ってスクールアイドルを始めた。けど、それは彼女の可能性を奪っているのではないか……。ある時、職員室で聞いた鞠莉と先生の留学の話で、彼女は責任を感じてしまっていたのだ。
どんな終わり方になってでも、鞠莉の可能性を潰さないために……と。
「まさか……それで?」
「どこへ行くんですの?」
即座に廊下を歩いていく鞠莉を、ダイヤは引き留めた。
「ぶん殴る。そんなこと、一言も相談せずに……!」
「おやめなさい。果南さんはずっとあなたのことを見てきたのですよ?」
誰がそうして欲しいと、留学したいと言ったのか……。そんな思いが溢れる鞠莉。対して、彼女は言っても聞かないからと、最悪な終わり方になろうとも、鞠莉の将来を案じていた果南。その想いはどちらも正しい。どちらかが間違いだなんて思えないと、一眞は感じていた。
「あなたの立場も、あなたの気持ちも……そして、あなたの将来を……誰よりも考えている」
大雨の中、夢中で駆け出していく鞠莉。雨粒が目に入ることも、服がずぶ濡れになることにも構わず、彼女は足を動かし続ける。その脳内では、さっきの会話が残響している。
「そんなのわからないよ……どうして言ってくれなかったの?」
「ちゃんと伝えていましたわよ。あなたが気付かなかっただけ」
目に涙を浮かべながらも、その土砂降りの中を走る。道に躓き、転んでも再び立ち上がり走った。あの頃の記憶を思い浮かべながら、3人で笑いあった日々を浮かべながら。
「――――離れ離れになってもさ、私は鞠莉のこと……忘れないから」
とっくに言っていたのに……ようやく、2年という月日の果てに気付いたことに鞠莉は涙を流し、声を上げる。
それを降りしきる雨の音が、やさしく打ち消した。
~~
「何の用?」
雨も上がったころ、果南は浦の星に呼び出された。やめてくれと、自分の決意が鈍くなると思いながら、果南は部室へと向かう。そこには、髪をグシャグシャにし、制服を濡らした鞠莉がいた。
「いい加減、話を付けようと思って」
ならばこちらも話を付けようと、果南は部室へと足を延ばす。
すると、冷たい感触が脚に伝わる。目をやると、そこには大きな水たまりがあった。鞠莉はあの雨の中、傘を差さずに来たのか……困惑する果南に目もやらず、鞠莉は口を開く。
「どうして言ってくれなかったの? 思ってることちゃんと話して。果南が私のことを思うように、私も果南のこと考えているんだから」
彼女の口ぶりからして、全てを知ったんだなと察する果南。彼女は何も言わず、鞠莉へと近づく。
「将来なんか今はどうでもいいの! 留学? まったく興味なかった。当たり前じゃない、果南が歌えなかったんだよ……放っておけるはずない!!」
振り向きざまに見た鞠莉の顔。目に涙を浮かべ、自分のこと案じていたその顔に、果南は酷い後悔を感じた。彼女にきつく当たるのは心が痛かった。でも、それが彼女ためになると信じていた。だが鞠莉は、自分より親友をとった。とっていた。
――――パシンッ
視界が横へと向いている。鋭い音とともに左頬に広がっていく熱と痛み。自分の頬を叩かれたとわかるまで、数秒の時間を必要とした。
「私が、私が果南を思う気持ちを、甘く見ないで!!」
「だったら……」
鞠莉の本音が聞こえてくると同時に、自分の想いもせり上がってくる。言うに言えなかった、彼女へのいくつもの言葉。後悔の言葉。
「だったら素直にそう言ってよ! リベンジだからとか、負けられないとかじゃなく、ちゃんと言ってよ!!」
強くぶつけたその言葉に鞠莉は、お互い様だと自分の頬を指さす。同じようにやってと。
果南は腕を振り上げる。その瞬間、ある記憶が脳内を過る。それは、2人が初めて会った時の光景。
ホテルの敷地内に、ダイヤと共に忍び込んだ時。
鞠莉に見つかってしまい、とっさに出た言葉。それは今も変わらない、あの言葉。
「ハグ……しよ?」
昔との姿が重なり合いながら、果南は両腕を広げた。それを見た鞠莉は大粒の涙を流しながら、彼女の胸に飛び込んだ。それは、ようやく2人のわだかまりが解消されたことを意味していた。2年という長い時間を、埋めるように彼女たちは泣き続けた。
2人の姿を遠くから見ていたダイヤは、納得したように静かに校門から出てくる。もう彼女たちは大丈夫だろうと、そう確信をもって。
「ダイヤさんて、本当に2人が好きなんですね」
するとその姿を見ていたのか、千歌が嬉しそうに声をかける。
「それより、これから2人を頼みましたわよ。ああ見えて2人とも繊細ですから」
千歌に託し、自分はこの場から去ろうとする。自身の役目はここで終りだと。
「じゃあ、ダイヤさんもいてくれないと」
彼女からの誘いに戸惑いつつも、生徒会の仕事があるからと断ろうとする。しかし、真意の見え隠れする顔を千歌は見抜いていた。
「それなら大丈夫です。鞠莉さんと果南ちゃんと……あと、7人もいるので」
千歌の視線につられてダイヤも向くと、銘板のところから6人が顔を覗かせていた。するとルビィはダイヤの方へ歩み寄った。
「親愛なるお姉ちゃん、ようこそAqoursへ!」
新たにライブで使う衣装を、ダイヤに手渡した。
あの時、もうできないと諦めたスクールアイドル。それをもう一度できる喜びを噛みしめ、彼女は微笑むのだった。
未熟DREAMER
9人となったAqoursの新曲。3年生が途中で制作をやめた曲。それが長い時間を経て、完成したのだ。
曲のサビとともに、背後で空へと立ち昇っていく花火。多くの観客が心を奪われていくように、一眞もその光景に目を奪われてしまう。
「Aqoursか……」
「どうしたの?」
懐かし気にグループ名を声に出す果南に曜は問いかける。
「私たちのグループもAqoursって名前だったんだよ?」
「え、そうなの!?」
「そんな偶然が……」
口に手をあてて考え込む梨子。その後ろで首を縦に振るルビィ。偶然にしては、すごい確率なのではないかと、一眞も考え込む。
「私もそう思ってたんだけど……」
すると1人、離れたところで立っていた人物に視線が向けられる。それはスクールアイドルというものに蓋をし続けていた人物であった。
「千歌たちも、私も鞠莉も、多分乗せられたんだよ。……誰かさんに」
その間にも、ヤツは迫っていた。それは彼らにとって
次回シャイ煮です。