「千歌、具合はどう?」
「もう、大袈裟だな果南ちゃんは~大丈夫だって!」
みかん色の髪を揺らし、千歌は微笑んだ。あの後千歌はみるみるうちに回復し、次の検査で問題なければ即退院というほどの状態にまでなっていた。たまに外に出歩いては、他のメンバーに止められるという毎日を過ごしていた。
「他の皆は?」
「今日はオフにした。こんなことがあったし、あまり追い込まない方がいいかもってダイヤが。それにみんなも納得したし……」
しかし、彼女にはまだ言えていないことがあった。一眞のことだ。彼も彼でどこへ行ったか分からなくなってしまい連絡もつかない。曜もその件でだいぶ参ってしまっている。
今のAqoursは、辛うじて繋がりを保てている状態でしかなかったのだ。
「そっか……。早く私も復帰しなきゃね」
「千歌はしばらく安静だよ」
「なんで~!!」
「さっき言ったでしょ? けが人なんだから」
「はいはい。わかりましたよ~だ」
唇を尖らせた千歌は窓の外を見て、果南に尋ねた。
「今日も来てるの?」
「うん……。何度も聞かれて大変だったよ」
今日も来ている……それはマスコミであった。世間では今、オーブに対しての批判が高まっている。徐々に膨れ上がったその疑心が、前回のギャラクトロンとの戦いで爆発したのだ。
怪獣と同じく、オーブは人類の敵だと……それをどう思っているのか、被害者として千歌にインタビューをしたいのだろう。スクールアイドルとしての面を持つ彼女は、大きな影響力になると。
「どうせ、千歌からオーブを批判するコメントを引き出したいんだよ」
果南の口調が、少し強くなる。それを察した千歌は彼女に声をかける。
「果南ちゃんは、オーブのことが憎いの?」
「何言ってんの? 千歌がこんなになったのはオーブのせいでしょ!? それこそ千歌はオーブが憎くないの?」
声を荒げてしまうのも無理はなかった。オーブが千歌を救出していれば、このようにベッドに横たわっている必要もなかったのだから。しかし、それをわかった上で千歌は彼が悪くないと言う。
「私ね……わかる気がするんだ。オーブの気持ち」
あの時……ギャラクトロンに捕まった時、千歌の意識はなかった。恐らく乗っ取られていたと、他の皆との話で決着がついていた。それはオーブも同じなのでは? と。
「それにね、攻撃をされた時……意識が流れ込んでくるような気がしたんだ。”悔しい”とか”悲しい”とか……私が東京で味わったのと同じような気持ちが……だから、オーブも私と……みんなと同じような気持ちだったんじゃないかなって」
最終的に、彼は負の感情に呑まれてしまったのではと千歌は感じていたのだった。
「あんまりそうこと外では言わないでよ?」
「なんで? 私たちはずっとオーブに助けられてきたじゃん! 果南ちゃんもそうでしょ!?」
「千歌は死にかけたんだよ!?」
「でもほら、生きてるじゃん!!」
腕を広げ、元気だということをアピールする千歌。その姿に、果南はため息を吐いた。もう何言ってもだめだと諦めたのだ。
「はあ………あ、私そろそろお店あるから」
「わかった。またね」
病室のドアから青いポニーテールの姿が消えていくのを確認した千歌は、膝を抱え込んだ。
「カズくん、どうしちゃったのかな……」
千歌は気付いていた。彼がここに現れないのは、どこかに行ってしまったのだと。みんなは一眞のことを話題に出そうとしないし、何しろ彼自身が病室に来ることがなかったのだから。
どこかへ消えてしまった彼の背中を探すように、彼女は曇り空を見つめていた。
~~
また、
街頭のテレビで彼女のへインタビューが~という報告を聞いたときは、涙があふれた。だが同時に、
今の一眞の心は、まるでボロボロになり、欠けそうになった剣のよう。あと少しの衝撃でポキッと折れてバラバラに砕け散るくらいには、彼の心は限界であった。
だから、病院に来てしまう。千歌の口から放たれる言葉がどれほどのの悪罵であろうとも、一眞はそれを受け入れなくてはならないと。ここに来た理由は、ただその言葉を聞くためでしかない。
病室のドアを開ける。ここまで恐る恐る入った一眞を見て、多くの人は笑うだろう。しかし、彼にとってはそれどころではなかった。今にも吐きそうなのを必死で我慢し、冷や汗が背に走るのを意識しないように、呼吸が浅くなるのを歯を食いしばって耐える。
だが、
病室には誰もいない。ベッドにいるはずの千歌の姿も、そして他のAqoursの姿も。
「……は、ぁぁぁ……」
少し安心したのかもしれない。彼は短く息を吐いた。
「……カズくん」
背後から呼ぶかけられた声を聞いた瞬間、一眞の背筋、肩は何かに貫かれたかのように震えた。
一眞の後ろには、簡素な私服を着た千歌が立っていたのだった。
「あ……」
「もう、こんな時まで何やってたの? みんな心配してたんだよ?」
言葉がひねり出せない一眞に、千歌はいつもの調子で歩み寄ってくる。
「うん、どうしたの?」
「い、いや……」
「そうだ、ここで話すのもなんだし、外出ようよ!」
言い淀む一眞へ、千歌はそのように提案する。
「今だったら人もいないし、病院の敷地内を歩くだけだから、ね?」
「……わかった」
千歌のペースに乗せられ、渋々承諾するのだった。
肌にチリチリと刺してくるような太陽の光が妙に鬱陶しい。今日が雲一つない晴れとは、今の今まで気が付かなかった。
「なんか久しぶりじゃない? こうやって何もせずに歩くの」
「……そうだな」
何をやっているんだ! 一眞は心の中で自分にイラついていた。彼女とこうして肩を並べ歩く資格などないと思っていながら、今こうして歩いているという事実に。
己の心の弱さ故の行動……。そんな自分に嫌気がさしてくる。
「……なあ、千歌はどうも思わないのか?」
「何が?」
「お前がギャラクトロンに捕らわれたってのに、俺は……」
おもむろに言葉を紡いだ一眞。しかしそこから先の言葉が出てこない。
「でも、カズくんには何かやらなきゃいけないことがあったんでしょ? それなら仕方ないよ。あとね、そのことで曜ちゃんがすっごく悩んでたから、ちゃんと後で2人で話し合った方がいいよ」
千歌の屈託のない笑顔が、心に刺さる。そう言って、人の在り方を否定しない千歌。だからこそ皆が彼女に惹かれていった。
けど、一眞にとっては地獄の苦しみだった。今ここで罵倒された方が、何倍も楽だっただろう。しかし、彼女はそうしなかった。そうしなかったどころか、友人との心配もしている。
いったいどこまで、お前は俺を苦しめるんだ……
「やあ、久しぶりだね」
瞬間的に現れたかのように、いつの間にか目の前には2人の人影があった。
1人は、黒いスーツを着た青年。背丈は一眞と同じか、それより少し高いくらい。
もう1人は、綺麗なピンク髪の少女。無表情のようでいて、その金色の目には嫌悪の表情が宿っている。
「お前……!」
「あなたは……えっと、アオボシさん!」
千歌へ手を振るアオボシ。何しに来たという一眞の問いに、彼は反論する。
「君の方こそ何しに来ているんだ? 彼女と一緒に歩くなんて……よくそんなマネができたものだよ」
「黙れ……!」
彼への剣幕を見た千歌は、底知れぬ不安を覚える。一眞がここまでの表情を見せたことは一度もなかったからだ。
自然と彼の服の裾を掴んでしまう。
その光景を見て、アオボシの口角が上がる。
「Aqoursとの絆は断たれても、彼女とはまだみたいだね。けど、それもお終いだ」
「何を言ってる……」
「僕は……いや僕たちはオーブとAqoursとの間にはなにか硬い絆が生まれると思って、それを壊そうとしてきた。けど、僕たちが手を出さずとも、君自身が断ち切ってくれた。力を求めたお前は見事闇に呑まれ、彼女を殺そうとした。そして絆は断たれ、君は1人だ。加えて面白いことに地球人からも銃を向けられている……」
「ねえ、さっきから何を言ってるの!?」
千歌は一眞へ問おうと肩を揺らすが、無言のまま佇むだけだ。
「まあ、僕はそんなことどうでもいいんだ。ただ、君が打ちひしがれる姿を見たいだけ。3年前のようにね」
バット星人が善子を誘拐したことも、結果的には防げたザラブ星人のことも、そしてセゲル星人のことも……すべて彼が仕組んだことなのだろう。表向きは地球を侵略するという名目でありながら、その実はアオボシからの妨害……。
惑星侵略連合すらも使い、一眞へ、そしてAqoursへと亀裂を入れるための策だったのだと。
「何を言っているんだ……お前は……」
震えている一眞の声。膨大な情報量に、理解が追い付かない。理解したくなかったのだ。
「けど、ここは復讐を果たしたい君に任せることにしよう。スピカ」
前へ一歩踏み出したピンク髪の少女。彼女は懐からダークリングを取り出した。
「今日こそ……やっと復讐を果たせる。私の兄を奪ったお前に……! ウルトラマンオーブ!!」
その言葉に驚愕した者が1人。千歌である。彼女はこの場で暴露された真実を受け止めきれていないようで、一眞に詰め寄る。
「そんなの嘘だよね? ……嘘でしょ? ねえ、何か言ってよ!!」
しかし一眞は無言のまま。
呆れたように息を吐くアオボシは、これを見ろと空を指さす。
空に作られた巨大な穴から現れたのは、赤い凹凸が無数に生えた”尻尾”であった。見覚えのある一眞は、それに目を凝らす。
「お前が切り落としたマガオロチの尻尾だ」
サンダーブレスターとなって戦った時、ヤツから切断し放り投げてしまったものだ。
「さあ、始めるんだスピカ」
頷きもしないスピカは、カードを取り出した。そこいはなにやら異形の怪獣の姿が描かれている。
2体の怪獣を読み込んだダークリングが展開されるとスピカは赤く輝き、マガオロチの尻尾と同化した。
数秒後、巨大な轟音とまばゆい光が辺りを支配する。
黒い身体の胸部には怪しく光る発光体。長い突起の伸びた肩から脚部、そして側頭部にかけてはゴツゴツとした赤い体表に覆われており、頭部にはサメや深海魚を思わせる顔が付いていた。
合体魔王獣ゼッパンドン。それがスピカの変身した怪物の名前だ。
「千歌は早く逃げろ!」
そう言って一眞は走り出そうとした瞬間、千歌に引き留められてしまう。
「どういうことなの!? 本当にカズくんが……」
千歌の目が見えない。どのような思いでその言葉を口にしているのか、一眞にはわからなかった。ただ一言
「……ごめん」
そう言って手を振りほどき、ゼッパンドンへと向かっていく。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!!!!」
様々な思いが詰まった叫びと共に駆けながらオーブリングと前方へと突き出した。
スペシウムゼペリオンで地面へと降り立ったオーブは、数秒だけ後方を確認する。
そこには驚愕の表情を浮かべていた千歌が、
――――はやく逃げろ
それだけ伝えたオーブは、瞬時にゼッパンドンへと向きを変える。
鉛のように重い体を動かし、目の前で復讐に燃える少女へと距離を詰めていった。
側面に手刀を撃ち込み、まわし蹴りが頭を捉えるも、その攻撃がヤツに効いていないことは明らか。
(………ッ!!)
強力なエネルギーを感じ取りながら、オーブはその姿をバーンマイトへとチェンジ。
その剛力でゼッパンドンの体に腕を回して、人々のいない場所へと移動させた。
(俺が、俺が君の兄に何をしたんだっ!?)
理解できない復讐心をぶつける彼女に、一眞は問いかける。
「なんで……なんであなたは何も覚えていないの! 3年前……あなたもいたでしょ!! 私の兄が、オーブに殺された時!!!」
(……っ!?)
バーンマイトの攻撃を受け流しながら語ったのは、彼にとっては衝撃的だった。
3年前……彼が覚えているのは病院のベッドで目覚めた時からであり、それより前のことは知らない。そんな出来事も知らない。
彼女が言っているのは、恐らく一眞が覚えている事よりも前に起きたことだ。かといってオーブがそんなことをすると思えない一眞は、彼女へ反論する。
(そんなはずはない……オーブがマガゼットンを倒したんだ。そんなオーブが、人を殺すなんて……)
「そんなことはどうでもいい……! あなたは私を逃がし、その後死んでしまったと思っていた。でも、生きててくれた……。なのに……よりにもよって仇と一体化しているなんて!」
鋭い右腕の爪が、オーブの体を抉る。後退するオーブに口から放たれた火球が直撃。その巨体を地面に打ち付けてしまう。
「千歌ちゃんっ!!」
背後から曜の声が聞こえ、千歌は振り向くと、そこには8人全員が来ていた。オーブが現れたこと、そして病院から千歌がいなくなったために探しに来たのだろう。
「何やっているんですの!? こんな危険を冒して……さっ、はやく避難しますわよ!!」
「ダイヤさん待ってください! ……カズくんなんです」
涙をためた目で、千歌は逃げようとする全員を止めた。胸の前で握られていた手が、震えていたことに梨子は気が付く。
「一眞さんが、なんなのです?」
「……オーブなんです。あそこで怪獣と戦っているウルトラマンは、カズくんなんです!!!!」
千歌によって知らされた事実に全員は言葉が出なかった。Aqoursのマネージャーとしての彼が、先輩としての彼が、友人としての彼が……目の前で戦っているウルトラマンオーブだということに。
《ウルトラマンオーブ ハリケーンスラッシュ》
素早い身のこなしで空へと避けたオーブ。それを墜とそうと、頭の両端についた器官から紫の光線を発射する。
しかし宙返りでその光線を避けると、もう一度距離を縮め切り裂こうとオーブスラッガーランスを振るった。しかしゼッパンドンはその姿を消すと、また別の場所へ姿を現す。ゼットンの瞬間移動だ。
以前にも攻略したことのある能力だが、今のオーブにはそれを破るだけの精神的余裕がなかった。そのため、高速移動で場所を捉え、刃を突き立てる。
しかしどれも空を切ることしかできなかった。
(オーブランサーシュート!!)
高威力の光線が放たれ、ゼッパンドンへと接近していくが
「ゼッパンドンシールド」
先ほどとまでは打って変わって冷静な声で発したスピカ。すると前面に展開された六角形のバリアが光線を防ぎきってしまう。
(このぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!)
防御を解除した隙に懐へと突撃し、ようやく刃が胸元へと突き刺さる。するとオーブは即座にレバーへと手を掛ける。
(ビックバンスラスト!!)
内部から爆発するように光線を放っているが、その全てがゼッパンドンに吸収されてしまう。
さらに高熱で溶かしていくようにしてオーブスラッガーランスまでもが……。
「もういい……消えて」
口から放たれた雷撃がオーブの体力を奪っていく。胸のカラータイマーも点滅し、彼は膝をついてしまう。
最期の一撃にと、両端の器官から紫の光、口からは雷撃の青い光……とオーブを仕留めようとエネルギーをチャージする。
再度スペシウムゼペリオンにフュージョンアップしたオーブもエネルギーを貯める。スペリオン光線で相殺しようというのだ。
両者の大量のエネルギーが中心で衝突。しかしジリジリとオーブが押されていき、最終的に
「ウアァアァアァァァァァッッ…………!!!!!」
断末魔の後の大爆発でオーブの姿は完全に消えてしまったのだった。
「うぐっ……ぐぐっ……ああ……がはっ……ゴフッ……」
地面に倒れている一眞は全身に傷を作り、血を吐いている。着ている服もボロボロだ。それほどまでゼッパンドンの威力は凄まじかった。それは彼女の、スピカの復讐を果たすという決意の表れ。
――――――ぼやけている視界。遠くなる周囲の音、下がっていく体温。一眞はこの時、自分の死を予知した。このまま何もしなければ、自分は確実に死ぬのだと。
遠くから誰かが駆けてくる見える。その影は9つとなっているようだ。
目の前に立ち止まる影たちよりもずっと近い場所に、脚が見えた。
「このまま死ぬのもいいけど、それじゃ面白くない。君自身も可哀想だしね」
死に体となった彼を見下ろすアオボシは、まるで千歌たちに説明するようにして口を開いた。
「僕たちの種族は人間と同じ体、見た目、生体構造をしている。でもね……1つだけ違うものがある。それは同じ種族同士が触れ合うことで、生体エネルギーを分け与えることができるってものなんだ……。まあもっとも、同じ種族なんて僕と彼くらいしか生き残っていないんだけどね」
そう言って一眞の手に触れたアオボシ。数秒後、千歌たちは信じられないものを目にした。
徐々に一眞の傷が治癒していっていったのだ。まるで時間が巻き戻るかのように、元からケガなど負っていなかったように……完璧に。
「おっとまいったな……ここまで上手くいくとは、さすがウルトラマンと同化したアルデバ人だよ」
「ア、アルデバ……人……?」
恐る恐る同じ言葉を繰り返す千歌に、アオボシは笑う。
「そっか、君たちは知らないのか。そう、僕と彼……”シリウス”はアルデバ人。すでに消滅したアルデバって星の生き残りなのさ」
彼に治癒してもらった感覚……それはとても懐かしくものであった。
刹那、彼の声が聞こえ始める。
――――僕と彼はアルデバ人。すでに消滅したアルデバって星の生き残りなのさ
まどろみの中で、開かなかった箱がようやく開くような感覚。靄のかかっていた景色が一気に晴れ渡っていく。
ノイズがかった脳裏の映像も、鮮明に映し出され始めた。
(ああ……そっか……そうだった……)
一眞の意識は遠い……遠い……すでに失われた星での記憶に浸っていたのだった。
はい。膨大な情報量でした。
アオボシはただの一眞に執着したヤベー奴です。ただ一眞の負けた姿を見たい。それだけです。しかし、それはオーブの正体=一眞とわかってからその方向にシフトしたので、最初は上からの命令を忠実に実行していただけでした。
スピカは1話の冒頭を読んでいただければ……食い違いがあるのも一つのポイントです。
一眞とアオボシは異星人だったという訳です。
次回からは過去の話をやっていきたいと思います。