あれから数週間の時が立った。
その長いようでいて短い期間の中で、シリウスとリゲルの溝は知らず知らずのうちに広がっていった。
闘いの中で初めて受けた挫折。そしてシリウスに追い越されたという屈辱……。その小さな闇は、時間が経つにつれてどんどん広がっていった。
「どうしてお前なんだ……?」
「ん、何がだ?」
リゲルの恨めしい声にも気付かず、シリウスはいつものように友と接する態度で聞いてくる。それが無意識に、リゲルの心の火に油を注いでいるとは知らずに。
「お前の力だ。まだ気づいてないようだから言っておくけど、お前は追い詰められればられる程強くなる……僕よりもね」
「それはないな」
「なに?」
シリウスは自身の力を聞かされても、喜ぶことも、鼻にかけることもせず、リゲルより強くなるという可能性を否定した。
「だってさ、俺は感情を切り捨てられない。どこまで言っても、心を捨てきることができないんだ。だから……」
感情に任せて動けば、戦場では隙が生まれる。以前からずっと言ってきた言葉をシリウスは心に抱え続けてきた。自分では割り切ることはできないと知りながら。
いつかは、心の弱さを突かれて死ぬだろうと、彼は言ったのだ。だからこそ心を捨てられるリゲルより強くなることは無いと……。
ほんとに、腹が立った。
力を持っているものが己を卑下する姿なんて、力がない者からしたら馬鹿にされているようなものでしかない。
~~
今日も今日とて、2人は訓練を始めていた。互いに打ち合わせる鉄の音。空気を切る音。互いの息遣いが響く。
しかし、シリウスはアオボシの動きがやけに鈍いことに、そして攻めてこないことに気が付いていた。剣を軽やかに避け、鍔迫り合いから首元まで刃を近づける。
「おい、らしくないじゃないか。お前が攻めてこないなんて」
「たまにはこういう事もあるんだよ。黙ってろ」
シリウスがしゃがみ込むと、頭があった場所を足蹴りが捉えようと繰り出された。
「お前こそ、もっとできるだろ? 力出せよ!」
「……の野郎ッ!!」
リゲルの力が増し、一気に押し切られてしまう。だが、それをも見越していたシリウスは剣を担ぐように体制を変えて、動きを阻害しないように受け流した。そのまま右の肘を後方へと撃ちだす。加えてまわし蹴り。
だが、反転した動きでリゲルも相殺していく。
一進一退の攻防、2人の状態はまさにそれであった。
そして勝負はあっけなく終わった。何回目かの鍔迫り合いの後、リゲルの刃がシリウスの喉元を捉えたのだ。
「……やっぱりお前の方が強いよ」
肩をポンッと叩いたシリウスが立ち去っていく。
訓練の熱がいまだ残るこの空間に一人取り残されたリゲルは、地面を蹴り上げた。
(あいつ……手ェ抜きやがった……)
リゲルは気付いていた。彼は最後の最後で手を抜いていたということを。その気になれば自分を打ち倒せていた筈だ。しかし、彼はそれをしなかった。
シリウスなりの気遣い?
だとしたら余計なお世話だった。そこまでして勝ちたくはないと、そんな怒りが心を支配する。
「あいつ……実戦の中でどんどん成長している……」
この数週間でシリウスは救助の傍ら、送り込まれてくるアンドロイドやロボットとも戦っていたのだ。その成長速度は凄まじく、以前苦戦したアンドロイドを即座に倒してしまうほどに。
その事実に気付いてしまったこの時が、
途端にこの星のことなどどうでも良くなった。すると、これまで何のために、どうしてここまで戦ってきたのだという疑問が溢れてくる。守れなかった人々の光景も、焼かれた草花や地上の光景も。すべてが何だったのかと……。
脳裏に流れ込んでくる様々な自己矛盾や嫉妬、葛藤の果てにリゲルは…………
発狂した。
そして彼の心は闇へと堕ちたのだ。心に空いた穴が、どんどん大きく広がっていく感覚。
リゲルの口元に、歪んだ笑みが浮んだ。
~~
「頼む……目を覚ましておくれぇ……」
「………」
若い女性の手を握り、俺は自身の生体エネルギーをわけあたえた。アルデバ人が唯一持つ種族間の能力。しかし、女性は目を開けることなく、力尽きてしまった。その証拠に、握った手から力が抜けていくのを感じた。
「そんな……目を目を覚ましてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
隣で見守っていた老人は、遂に泣き崩れてしまった。話を聞くところによると、女性は老人の孫らしい。娘をを早々に失い、生き残った孫だけは……と頑張っていたのだが、レグリオスの襲撃に遭ってしまったとのことだ。
「……」
救えなかった……。その歯がゆい思いで、握った拳に力が入る。いくら生体エネルギーをわけ与えることができて、怪我が治せるとしても、そこには限界がある。
そんなことは知っている、わかっている……だけど……そんな現実はあまりにも残酷過ぎた。
そんな無力感に襲われている中だった。
遠くの方から紛れもない恐怖の悲鳴が聞こえたのは。
俺は全速力で声の元へと向かう。声の反響からして避難所内であることは確かだ。しかし、その中で一体何があったというのだ。攻め込まれたことなんて、今の今まで一度もなかった。
とは言っても悲鳴の声は尋常じゃない恐怖に襲われているようだったしなにより、俺の心に響いたということが、緊急事態だということを俺自身に訴えかけているようだった。
「な、なんだ……これ……」
そこには声を上げたであろう女性が、血を流して倒れている。1人だけではない。避難所に身を寄せていた多くの人たちが、何者かによって斬り伏せられているのだ。
「おい、しっかりしろ! ……ダメか」
肩を叩いたり、呼吸を確認してみるが、誰も反応を示すこともなく、息を吹き返すこともなかった。
一体誰が……
すると、前方から刀を引きずって歩いてくる少年の影が目に入った。俺はその受け入れがたい事実に、声を震わせる。
「嘘……だろ? お前がやったのか、リゲル……?」
返り血を浴び、真っ赤に染まったリゲルが立っていた。その立ち姿に以前までの面影はなく、虚無を見つめるような彼の目には、底知れない闇が見えた気がした。
「なんで……なんでこんなことを……!?」
「”なんで……?” この星には守るに値する価値も、やる意義も無くなったからさ」
変わり果てた彼の姿に、俺は言葉を失う。
「だから、僕はアルファルドに付いた。破壊するってのがどんなものか知りたくてね」
「……で、どうだったんだよ」
アルファルド、おそらくレグリオス星人だろう。彼が侵略側についてしまっていた、その事実があまりにもショックだったためにそれを紛らわしたいのか、彼の心を理解しようとしたのか、気が付けばリゲルに心情を訪ねていた。
「……最高だったよ。何にも縛られず思うがままに力を振るう……それがこれほどまで気持ちいいとはね。クククッ……」
「何が最高だよ、気持ちいいだよ!! いたずらに誰かの命を奪うなんて……」
でも同時に、俺には彼がどうしてここまで追い込まれていたのかがわかったような気がした。リゲルは、ずっと現実を見続け、自分を縛り付けていたのだ。それが壊れ、狂気に呑まれた。
「さて、僕にはまだやることがあるからね。君と悠長に話す時間は無いんだ」
「俺がみすみす行かせると思うか!」
リゲルを足止めしようと、俺は地面を蹴った。
しかし、目前で頭に強い衝撃が加えられる。何が起きたか分からず、俺はそのまま地面へと倒れてしまった。
「僕が何も対策をしないでいると思った? まったく、素直過ぎるんだよお前は……」
「リゲル、本当にこの先にあるのだな?」
「言ったでしょ。これは確かな情報だって」
第三者がリゲルとの会話を始めた。にしても随分と警戒している。寝返ったとしても未だ信用はされていないのだろう。
酷い頭痛と薄れていく意識の中、俺が最後に聞いた言葉で、俺の背筋は凍り付いた。
「――――惑星破壊爆弾は、この先に保管されている」
~~
目が覚めると、急に肌寒い光景に襲われる。冷たい床に寝かされていたが、避難所ではなさそうだ。
目の前には、大きなモニターやらコンピューターなどのシステム類が並んでいた。恐らく、ここはレグリオス星人の宇宙船の中だ。
「目が覚めたか……アルデバの住民」
俺の傍らにはリゲルと、豪勢な格好の男が立っていた。
その男の目には生きているとは感じられないような冷めた目をしている。
「彼はアルファルド・レグルス様だ。僕たちの星を侵略しにきた……レグリオス星人の長さ」
「お前が……」
何故……そう聞きたかった。どうしてこのアルデバを侵略……いや、蹂躙したのかを。しかし、何を聞こうと、彼からは納得するような答えは返ってこないだろう。彼には俺が感じるよな倫理も常識も通用しない。そう感じ取ったからだ。
「じゃあ、シリウスにも見てもらおうか。惑星の最期を」
「……は?」
唐突に言われたその言葉に、俺は困惑した。
「アルファルド様がくる前に、アルデバにきた侵略者の置き土産。知ってるよね?」
「惑星破壊爆弾……」
「その通り」
どうしても拒む舌を、俺はどうにかして動かした。
惑星破壊爆弾。その名の通り、惑星丸々1つを消し飛ばすほどの威力を持った爆弾だ。
とある侵略者が使おうと脅しをかけてきた品物。しかし結局使われる前にレグリオス星人の介入により未使用のまま、アルデバの人々が回収。厳重に保管されていたのだ。リゲルが避難所を襲ったのは、この爆弾を入手するためもあるのだろう。
「やめろ……やめてくれ……」
モニターに映されるアルデバという星の全身。
俺の声は届くことなく、彼らは何やら爆弾の操作を始めている。それはおもちゃの弄るように軽々しく、そして愉快そうに。
「こんなド派手な散り方はなかなか見られませんよ」
「その点においては君に感謝しよう。……さあ見せてくれ! この大きな命が散らされる瞬間を!!」
そうか、レグルスはこの一瞬でしか喜びを感じ得ないのか。俺は悟ると同時に、とてつもない恐怖を覚えた。彼……アルファルド・レグルスは話が通じる相手ではないと。
「……めろ」
『起爆まで5……4……3……2……1……』
アナウンス音が鳴り響くのも忘れ、俺は声を上げた。
「やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
星の内部から光が漏れたかと思うと、即座に大爆発が宇宙に広がっていく。眩い光と衝撃波が船を襲う。光が収束していくと、そこには今までの星はなく、ただの漆黒が広がっていた。
「あ、ああ……こ、こんな……なんで……こんなことに……」
膝をつき、絶望する姿があまりにも面白かったのだろう。リゲルは口元を歪ませ、
「いいじゃないか。いつ終わるかわからない状態より、終わらせてやる方がマシだと思うけど」
「………っ!?」
横で話しかけるリゲルに、俺は拳を振るった。
「ふざけるなっ! お前がこんなことしなければ――――「しなければなんだ!? 勝っていたとでも? 理想を見るのもいい加減にしろ。お前のような理想ばかり見る奴なんて気味が悪い」
「てめえーーーっ!!!」
激情に駆られた俺はリゲルの脚をかけ転ばせると、その上に馬乗りになる。反撃してこないのが不思議だったが、そんなのはどうでもよかった。
彼の言葉が、とても痛かった。
あり得もしないような幻想を抱いて、理想を追いかけるその姿。それは、ただの道化と変わりないのかもしれない……そう思った……思ってしまったからだ。
「お前は破綻者だよ。助けられなかった奴らに後ろめたさを感じて、誰かを助けなければなんて考えてる歪な愚か者だ!」
「うるさいっ!!」
殴られ続けながらも、リゲルの言葉は止まらない。
「お前のような半端な正義が一番質が悪い。力も碌にない癖に、何でもかんでも救っちまうその在り方が。自覚がないってのが……一番最悪なんだよ。わかるか、シリウス!!」
助けられなかった人の顔、少女たちの顔……その全てが星の爆発と共に散った。もしかしたら、こんなことになるなら……助けなかった方が……
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
俺は何発も、何発も、何発も何発も何発も……アイツの顔面を殴りつけた。彼の言葉を否定したくても、それができなかったから。
「ハッ……アハッ、アハハハハハハッ!!」
殴られている中でも、リゲルは笑い続ける。口の中が切れて、血で赤く染まりながらも笑う彼にはもう、昔の”リゲル”という俺の友人が消え去ってしまった事を嫌でも理解させられる。
「ほら……やれよ……お前も僕と同じように闇に堕ちよう……」
そこで、俺は振り続けた拳を下ろした。途端に拳を振るう自分が怖くなったのだ。
「………………俺には………できない……」
力の抜けた俺の体が横へと倒れこむ。
残念そうな顔で、あるいは失望した顔でアルファルドと立ち上がったリゲルは俺を見下ろしていた。
「ごめん……ごめんな……」
星と共に散った人々に謝罪の言葉を声に流しながら、暗い牢獄へと引きずられていった。
~~
俺はその後、看守の隙を突いて牢獄から逃げ出した。こんなところで死を迎えるよりもよっぽどいいと思ったからだ。
ここは囚人など捕ったこともなかったのだろう。あまりにも警備が緩すぎた。
(……コイツで逃げ出すしかない)
脱出用のポッドに乗り込み、巨大な宇宙船からなんとか離脱。しかし、俺の見込みは甘かった。船の機銃に撃たれ、コントロールを失ったポッドはとある惑星の重力に引かれて大気圏に突入する。
混濁する意識の中で見た星の表面は、アルデバとは比較にならないくらい青かった。
煙を上げるポッドから、ヨロヨロとした動きで出てきたシリウス。疲労や傷の痛みで、まともに歩くことすらできなかった。
「…………」
数歩歩いただけで、身体は地面に倒れてしまった。肉体も限界だったのだ。
今の彼には不時着した惑星――――地球の、それも日本の内浦という場所の自然も、潮の匂いもわからなかった。ただただ疲れて、悲しくて……そんな感情しかなかった。
「あ、あの…………大丈夫ですか!?」
すると、倒れるシリウスを見ていたのだろうか、誰かが駆け寄ってくる。それは、以前彼がしていたことと同じように。
ピンクの髪を揺らした少女は、彼の意識がないことがわかると、誰かを呼ぶように走り出していった。
ホントは前回と今回を合わせて出したかったのですが、アイディアが出なくてこんなことに……そしてようやく地球へと降り立ちました。(めっちゃ後半駆け足だった……)
最後のは……はい、そういうことです。