「………っ………………っ……」
膝をつき、目の光が消えた一眞。彼の顔は白くなっている。それは死の淵からの生還というよりは、止め処のない記憶という莫大な情報が流れ込んできている影響が大きいだろう。
「その今にも吐きそうな最低な面構え……ようやく思いだしたね」
気味の悪いアオボシの笑いは、変わらず一眞を見下ろしていた。
「俺は……くっ、――――はあ……はあ……」
記憶の奔流が、一眞の頭を鈍器で殴るよな勢いと重さで襲い掛る。
まず何をどうすればいいのか、それすらもわからない。目の前にいるAqoursも、アオボシも、彼の視界には入るがそんなことに構っている暇などなかった。
「あ、スピカちゃん!?」
不意に呼んだルビィの声に、花丸が反応した。それもそうだ。東京で出会った、Aqoursが好きだと語った少女が、アオボシの横に立っていたのだから。
「なんで……」
あまりのことにルビィは言葉を失う。
「う~ん、ここは撤退だ、スピカ」
「どうして、せっかくのチャンスなのに!?」
「君はアイドルの前で実行するのかい? まあ、僕は構わないけど」
スピカは顔の向きを変えると、困惑と驚愕の表情で見つめるルビィや花丸と目が合ってしまう。
「………わかった」
「では、僕らはここで。シリウス、また来るよ」
フッと笑ったアオボシは、何かの怪獣カードを使ってスピカと共に、瞬時にその姿を消していくのだった。
しばらくの沈黙。一眞とAqoursの中では異様ともいえる空気が流れていた。それもそのはず。片やオーブの正体が一眞であり、そんな彼は地球人ではないという事実。片や、自身の記憶のふたが開けられ、様々な真実が表に出た状態。そんな中で普通に会話しろというのがそもそも無理な話だ。
「か、カズ……くん……?」
千歌は恐る恐る、目の前で膝と腕をついて震えている少年に声をかける。
「………っ!? あ、お……俺は……っ!?」
Aqoursの面々に見つめられていることに耐えられなくなった一眞。
彼はその場から逃げ出してしまった。
後ろから聞こえてくる、待ってほしいという意図の呼びかけも無視して。
一眞は四肢を振るって無限にも続くような道を走っていく。目には涙を浮かべ、後悔と罪悪感と嫌悪が混じった、最悪に濁った心を胸に抱えて。
――――俺は今の今まで、忘れていたのだ。アルデバという故郷が無くなってしまったことも、そこで救うことのできなかった人々への責任も、そして……自分を救ってくれた和哉のことも……敵の手に堕ち、自身を殺そうとする珠冬のことも……。
俺はそれを忘れ、3年という月日をのうのうと過ごしてきたのだ。記憶がないと、言い訳を続けて……。
「かぁ……あっ……ああ……!!」
息が切れそうになり、それでいて異様な声が漏れた。
途端、躓いて転んでしまう。俺は立ち上がるのことも、頭から転んだ痛さも忘れて、ただ謝罪の言葉を述べた。今まで忘れてしまっていたことに、自分がぬるま湯の中で平和に生きていたことに……。
気付けば、和哉と珠冬が住んでいた家にその足は向かっていた。しかし、そこはすでに空き地になっており、売りに出されていた。
「そんな……」
俺は、”俺の中にいるオーブ”に向かって声を上げた。周りからどう思われようと関係ない。その心の叫びは留まってはくれなかったのだ。
「どうして……どうして俺なんかを救ったんだよ……俺じゃなくて……和哉を……珠冬を……」
俺ではなく、あの2人を救ってくれればよかったのだ。和哉たちに助けられなければ、そのまま消えていったであろう命。それが俺だ。
今更嘆こうが仕方ないとは頭では理解している。しかし心では……それを受け止めることができなかった。
「俺は……俺はどうすればいいんだ…………」
その問いに答えてくれる者は、誰もいない。ただ、そこにはいつもの内浦の景色が広がっているだけだった。
~~
「……」
「頭の整理が、追いつかないよね」
千歌を病室に戻し、そこに集まった8人は先ほどまでの状況に言葉を失っていた。
切り出したはずの梨子の顔にも、未だ困惑の表情が強く残っている。
「まさかオーブが一眞さんで……」
「加えて異星人……ですからね」
ルビィとダイヤの姉妹も彼の真実を受け入れられていないようだ。
誰にも知られず、たった1人で立ち向かった男。彼は1人悩み、傷つき、それを悟らせまいと弱さを隠していた。皆心のどこかで不自然さには気が付いていただろう。しかし、そんなはずはないと思って疑問に蓋をして。
でも、彼は千歌を傷つけてしまった。それは変わりようがない事実。
加えて異星から来た人物であるというそれに、彼女たちは彼に対してどのように対応したらいいかわからなくなっていた。
「それでも、カズくんはカズくんじゃないかな……」
ふと、重苦しい空気の中に千歌の声が響いていく。
「千歌ちゃん、それって……どういう……」
「変わらないんだよ。ウルトラマンだったとしても、宇宙人だったとしても、どのカズくんもカズくんなんだよ」
いくつもの面がある。しかし、どれほどの面を持っていたとしても、その根底にあるものは変わらない。ただの友人で、先輩で、後輩で、昔からの付き合いで、Aqoursのマネージャーで……そうやって積み上げてきた彼がいなくなることは無いと。
例えそれが、異星人だったとしても。
「マルもそう思います。まだよくわからないけど、先輩は先輩で変わらないと思うずら。それに……異星の人とでも仲良くなれるって、マルは知ってますから」
「変わらない……ですか。確かにそうかもしれませんわね」
「リトルデーモンに理解を示すのが、堕天使であるヨハネの務めよね」
「先輩は先輩……うん、そうだよね!」
「千歌ちゃん……」
千歌の言葉に沈みかけ、困惑していた空気は幾ばくかはマシになった。
~~
彼女たちが病室で話し合ってから数時間後、一眞は淡島神社へと足を運んでいた。
オレンジに染まり、光を反射した海を見つめる。いつみてもこの光景は美しいと感じてしまう。しかし彼の考えがまとまるという訳でもなかった。
自分は
加えて”異星人”という彼女たちとは絶対に異なる種族。
――――やはり俺は……
「ここにいたんだ」
背後からかけられた声に反応し、顔を向ける。
そこには私服姿の果南が立っていた。
彼女はいつもと変わらぬ面もちであったが彼女の内には、様々な感情が蠢いている事だろう。
「そうだったんだ……」
設けられたベンチに腰掛け、これまでのことを語った一眞に果南はそう返した。想像もつかないような話のはずなのに、その声音はひどく落ち着いているように聞こえる。
「………オーブ、攻撃対象になっちゃったてね」
しばしの沈黙の後、果南は再度口を開く。オーブは人類の敵とみなされ、攻撃の対象になってしまったということを告げられた。
「俺も知ってたし、そうなるだろうなとは思ったよ。俺は……」
――――千歌を傷つけたんだから。
「それは私も許せない」
「そう……だよな」
覚悟はしていたが面と向かってはっきりと言われると、やはり心に来るなと一眞は苦笑いする。以前の病室で言った時よりも、
オーブへの攻撃も、これ以上犠牲を出さないように。そう考えて決められたことだろう。誰も傷つかないようにと戦いながら、いつの間にか自分が”傷つける側”になっていたのだ。ウルトラマン……その名に聞いて呆れる。
「でもね」
果南の声に、一眞は再び顔を上げる。
「千歌に言われて気が付いた。オーブも……カズも同じなんだなって」
「え?」
「ずっと、みんなを守らなきゃとかそんなこと抱え込んでたんでしょ?」
果南の指摘に、一眞は見透かされたような感じがして口を噤んでしまう。それは否定ではなく、図星だったから。
「ホントは言ってほしかったって、みんな思ってる」
「………でもそれじゃ、みんなに危険が」
「今更でしょ。そんなこと」
そう言われてしまえば、一眞はまた黙るしかない。果南の言う通り、これまで彼女たちは怪獣に襲われるという出来事が多々あった。
でもそれは、一眞が近くにいるからではないのか。自分がいるから、狙われてしまう。
「やっぱだ。俺といると……みんな不幸になる」
嫌になる程の自己嫌悪。過去の出来事を思い出した彼には、誰かといる資格などないのではと思わせるほど……失ったものが大きかったのだ。
「バカだな。私たちは自分の意志でいるんだよ? みんなカズのこと信じてる。例えウルトラマンでも、宇宙人でも、それは変わらない」
「……え?」
間の抜けた声で発してしまった一眞。その数秒後、果南の胸元へと引き寄せられる。頭をなでる手は温かく、そして優しかった。
「カズが誰であろうと、私も、みんなも、カズはカズだってわかってるから。だからそんなこと言わない」
「でも……俺は……」
ここから先の言葉が出てこない。何か言おうとすると、泣いてしまいそうな。そんな気がしたから。
「千歌を傷つけた。でも……それよりも、カズはみんなを守ってくれた。本当に嬉しかったよ。……………ありがとう」
そこで投げられる感謝の言葉。向き直った一眞は流れる涙を拭う。
「ゴメン。これまで黙ってて、みんなに心配させて…けど……」
「わかってるよ」
一眞が伝えようとする言葉を、果南は皆まで言うなと発言を遮る。
「あとそれ、千歌や曜にも伝えてあげなよ? 言葉で……ちゃんと言わないと伝わらない。私と鞠莉がそうだったようにね」
全ては伝わっている。そう思って果南と鞠莉はすれ違ってしまった。誰にももうそんな思いをさせたくない……。そう思って果南は一眞に言ったのだろう。
「わかった……ありがとう。ほんとに」
「ちゃんと話つけてきなよ?」
「ああ!!」
まだ、よくわからない。けど、光が見えたような気がした一眞はベンチから立ち上がると、階段を一目散に下っていった。
「はあ……いつの間にあんな頼もしくなっちゃったんだか」
3年の付き合い。鞠莉やダイヤ、千歌と曜と比べたら短い付き合いかもしれない。しかし、果南の目に映っていた一眞は今までの一眞とは違うと、そう感じさせるのだった。
~~
「はあ……はあ……はあ……はあ……」
病院への道を走っていく一眞。果南の胸の内を聞き、勢いよく飛び出した。しかしそれでもまだモヤモヤとした気持ちが残っているのもまた事実だった。
自分はここで生きていていいのだろうか。それだけが、ずっと頭の後ろで響いているようだった。果南は受け入れてくれると、そう言ってはくれたが……この心に突き刺さっている罪悪感は消えることは無いだろう。
「シリウス」
頭の考えをどうにかして振り払おうした、その直前。
「シリウス」
聞き慣れた声が、一眞の脳内にこだまする。懐かしく、力強く、優しいその声。
「……え」
しっかりと辺りの景色を見ると、そこは白く塗りたくられた謎の空間に変わっていた。すると自分の目の前にはしっかりと地面に立った彼の姿。
黒い髪が風に揺れ、同じくらい黒い彼の瞳が、力強く一眞を見据えている。俺は驚きのあまり、フラフラした足つきで近づきながら、3年も忘れてしまった彼の名を呼ぶ声が、まるで息のように零れた。
「……和哉。どうして……ここに」
その顔を一瞬悲しそうに滲ませると。再び穏やかな微笑を浮かべた。
「これはただの思い出。お前の記憶の欠片だ。多分、
「俺は……」
微笑を浮かべている友人は、一眞へとそっと近づく。
「もう、自分でもわかってるんだろ?」
「……ああ。俺は変えられない。この生き方を、この在り方を。でも、良いのかな……。俺は、また歩きだしても……」
過去の後悔は、一眞にずっとついて回る。それだけは確かだった。
「………過去は変えられない。だけど、未来はどうなるかわからない」
続けて和哉はゆるぎない調子で、言葉を紡いでいく。
「いいんだよ。お前はお前の信じた道を行けば。それを見送ってくれる奴もいるんだろ? だったらさ、そのまま進めよ、一眞……!」
最後に、力強く背中を叩かれる衝撃。
気付くころには白く塗りたくれた謎の空間ではなく、内浦の夜道に戻っており、そこには一眞1人しかいなかった。
「ああ。ありがとうな、和哉。俺がお前の……生きた証だ」
自分以外誰もいないその道で、一眞は呟くように礼を言うと再度走り始めたのだった。
次回「決意の聖剣」