「たくさん買ったな……」
「そうだね、でも衣装を作るとすぐになくなっちゃうんだ」
大量の荷物を両手で持った一眞と、後ろに手を組んで彼の少し前を進む曜。以前曜が誘った生地集めも、そろそろ終わりを迎えようとしていた。
今朝の集合も、そんなに早い時間帯でもなかったためか何事もなくスタートした。
「さあ、制服の生地を求めて全速前進、ヨーソロー!」
曜はなんだか張り切ってたなと一眞は感じていたスタートではあったが、特に気にしていないのが一眞だ。
衣装の生地……。大体は想像出来ると言っても、一眞には未だよくわからないものだ。だからこそ曜と共に見て回るその知らなかった世界は、彼にとって新鮮な経験になっていた。
「どっちの色がいいと思う?」
「俺に聞かないでくれ……」
「ええ~、たまにはカズくんの意見も欲しいんだけどな。ね、一回だけ!」
曜の願いに渋々承諾する一眞だったが、このやりとりはこの後数回は繰り返すことになった。
「ね、もう一回だけ!」
「いや、さっきも一回って言ってましたよね!?」
そうして、まだ早い時間帯ではあるが生地集めは終わろうとしているのだ。今は、公園の近くをゆっくり歩いている。これもまた曜の誘いだったりする。
「ねえ、ホントに大丈夫? 買ったのは私だし半分持つよ?」
「いいって、俺は荷物持ちなんだからこれぐらいはやらなきゃ」
一眞は笑顔で答えるのが、逆に罪悪感を増させる。加えて彼は荷物持ちという役割故に呼ばれているのだと本気で思っているみたいだ。
「もう、聞き訳がないな……らっ!」
曜は、一眞の手から荷物を取った。
「ちょっと……曜、待て!」
「へへ、荷物持ちとして役割を全うしたいなら、私を捕まえてね!」
いつもの敬礼をポーズをした彼女はすぐさま走り出した。さすがは運動部。彼女の瞬発力、ここでのスタートダッシュは凄まじいものだ。
「あははは、ほら、こっち」
「ちょっと、荷物があって走り難いんだって……!」
ひとしきり追いかけた2人は、近くのベンチに座って休んでいた。
「はあ~、やっぱり走るのっていいね!」
「いつも走ってるだろ……それに今の、なんか果南みたいだな」
「言われてみれば……そうかも!」
そこでまた面白くなって、自然と笑みが零れる2人。
さらにしばらくの沈黙の後、おもむろに口を開いたのは曜だった。隣に座る彼の顔を見ようとはしなかったが、その声の調子は先ほどとは真逆であったため、いつになく真剣な話であることが伺える。
「何か……あった?」
「え、どうしたの急に」
一眞には曜の質問の意味がわからず聞き返してしまう。曜も曜でどう伝えるべきか悩んでいるらしく、「う~ん」と言葉を詰まらせた後に、改めて言葉を発する。
「練習中って言うか……カズくんが鍛えてる姿を見てるとさ、なんか焦ってるように見えるんだよね」
「そりゃあ、あれだけのセット数だから――――「そうじゃなくて」
珍しく発する曜の圧に一眞は押されてしまう。頼ってほしいと言われたことを思い出した彼は「ごめん」と謝り、彼女が感じたものの正体、そして理由を語る。
「前に月で戦った時、俺思ったんだ。自分の知らないところで、自分の知らない脅威が、この星に牙をむいているんじゃないかって……」
彼はこれまでに地球を狙う異星人と拳を交えてきた。そこで彼は思ったのだ。この星を狙っているのは、アオボシたちだけではないこと。そしてまだ見ぬ脅威がこの広い宇宙に蔓延っているということを。
「だから、怖い……のかもしれない。どんなに頑張っても限界があるってことは、俺自身が一番わかってる。でもそれを認めたら、本当に守りたいものも守れないんじゃないかって……」
その恐怖心と不安が、一眞の鍛錬に打ち込む理由なのだった。果南に提案されたトレーニング。しかしその果南に小言を言っていた一眞は、彼女が示した以上のセット数を隠れて行っている。
自分が受け入れたその結果だとしても、中に刻まれている意志まで完璧になるわけではないのだから。
「……難しい問題だね。悔しいけど、私が聞いてどうこう言える問題でもないかな」
言葉通り、曜は悔しそうにスカートの裾を強く握る。彼の言葉はスケールが大きすぎる。守る側と守られる側という立場の違いが、彼にかける言葉を滲ませる。
「でも……」
それでも今、彼女がただ感じたことを伝えるのが、一番いいのではないだろうか。
「私ね、安心しちゃったかも」
「……安心?」
「うん。なんか、カズくんがどんどん遠い存在になっていってる気がしたんだけど、やっぱり違った」
横へ顔を向けるとさっきの真剣な表情ではなく、どことなく澄んだ雰囲気を纏っているように思えた。
「その怖いって気持ちがあれば、カズくんはもっと強くなっていけると思う」
怖いと思うことが力に……? 一眞は首を傾げる。
「力に溺れてないって感じかな。カズくんほどの力をもってたら、誰でも満足しちゃうと思う。でもさ、”守れないかもって……!”って不安で怖い気持ちがあるなら……何度でも立ち上がれるし、限界だって越えていくと思う」
力に溺れず、不安や恐怖と言った実に普通の、生物的な感情があるからこそ自分はまだまだ強くなれる。今はまだ、そういったマイナスの面が自分中に蔓延ってはいるが、それがいつか自分の力となる日を信じて共に歩んでいく。
人が誰しも、光と闇を抱えているように……。
そんな曜の晴れやかな表情と共に発せられた言葉を聞いた一眞は、思わず笑みをを零してしまう。
「そこで笑う!? 私、結構真剣に言ったんだけど?」
頬を膨らませて怒る彼女に謝罪する一眞。
「違うんだ。曜の言葉が、俺の考えている不安を簡単に吹き飛ばしたのが凄くてさ」
自分でうだうだ考えていた時よりも、何倍も早く頭がクリアになった。
「そ、そう……? なら、いいんだけどさ……」
隣で何かを誤魔化すように天を仰ぐ彼女を見つめ、再度頬を緩ましている。
だが、そこ近づく足音が1つ。さらに、その鬱陶しいほどデカい声は公園を揺らしているようだった。
「へえ、オマエがオーブってヤツか! 見た感じあのヒョロガキと変わんねえな!」
この場には似つかわしくない……今の時代とは遠くかけ離れた姿の男の姿がそこにはあった。ゲームに出てくる、拳闘士と呼ばれるキャラクターが身に付けていそうな衣装だ。
金赤の短髪が太陽に照らされ煌めき、睨んでいる緑の瞳だけでこちらを刺してきそうだ。日焼けした筋肉質の肌も照らされ、それはまるで全身が燃えているようにも感じられる。
「オレはオマエと戦いたくてうずうずしてんだ! リゲルがどうこう言おうと関係ねぇ!!」
「一方的にもの言いやがって……お前は何しに来たんだ!?」
立ち上がった一眞は盾になるようにして曜の前に立つ。今彼が抱いているのは言葉からもわかるように、一眞たちにはとても友好的ではないことを示している。加えて一眞たちを見据えるその瞳は、まるで飢えた獣のように獰猛で、凶悪で……そして危険だった。
そして口角を上げた彼は腰を落として構えをとる。体が燃え上がっているかのようなその姿で、男は口を開く。
「何って、オマエと戦いたいだけさ! 力の強いものだけが生き残る……これだけで熱くなるなんてモノはねぇだ……ろぉっ!」
彼がロケットの如く飛び出し、瞬きをした後には――――
――――下から抉ってくるような彼の拳が一眞の腹に食い込んでいた。
「がっ……!?」
食い込んだ場所から放たれたパワーが、一眞の体を引っ張るかのように後方へと運んでいく。大量の土煙を発生させながら一眞は地面を二転、三転とする。……転がるなんて生易しい表現ではないが。
「カズくんっ!?」
曜はたまらず彼の名を叫ぶ。地面に伏した一眞はどうにかして起き上がるが、先ほどの衝撃と痛み、そして多くの酸素が抜けていったために顔を歪めていた。
「……なんだ……お前……?」
彼の纏っている物からすでに怪しかったが、先の攻撃で確信が持てた。
「今のを耐えるとは、さっすがはオーブだ。まあ、今のはほんのあいさつ代わりだがな。オレはプロキオ。アルファルド様に仕える者だ」
アルファルド……。リゲルが仕え、そしてアルデバを消滅させた男。氷のように冷徹で、心に穴の開いた男。
「面倒くさいのがまた増えやがった……」
彼以外にも仕えている者がいるのは承知済みだが、これほどの力を持った存在がいるとなると話は別だ。
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ!!」
すぐさま地面を蹴ったプロキオの風を切り裂く剛腕が一眞へと迫る。間一髪でその拳を躱すことに成功。こちらも反撃に出るが、こちらの攻撃は見えていると言わんばかりに軽々と躱していく。
「話が早ぇのは良いことだが……」
片腕を掴まれ、視界がグルッと回転すると同時に”地面に立っている”という感覚が消失する。
「そんな甘っちょろい攻撃じゃ、オレには当たらねえ!!」
一瞬何が起こったかわからなったが、迫りくる地面に気付くと腕をバネのように使って体制を立て直す。相手も待ってくれるはずもなく、何発もの拳撃が一眞に迫りくる。腕を用いたブロックも多用するが、こちらの腕が持たなくなるのは確実だ。
「……の野郎っ!」
瞬時にブーストされた左腕を振るうと同時に、右足で蹴り上げる。相手の反撃を見越して、次の一手を打つ。
(力を……貸してくださいっ!)
自身の内で眠る彼に念じると、体が軽くなっていく。加えて先よりも攻撃の見切りやすくなった。
一眞が先ほどまでいた空間を、赤く燃え上がらせたようなプロキオの拳が突き抜ける。横へとステップしていた一眞の肘が顎を捉え、彼の頭が強引に曲げられる。
「へへ、楽しいなぁぁぁぁ!! ええ、オォォォォブ!!?」
口に溜まった血を吐き出しながら、再度の突撃。
一眞の視界から消え、真下からの足蹴りのラッシュが彼を襲った。
「ぐはっ……ごほっごほっ……」
全身に傷を負った一眞は、膝をついて咳き込んでいる。だが、依然としてプロキオはピンピンしているようで彼に歩み寄ってきている。このまま命を奪う気なのだろう。
「楽しかったが、まだオレには及ばないみたいだな。もっと熱くさせてくれると思ったのに残念だよ」
曜の叫ぶ声が聞こえた直後、2人の間に人影が乱入してきた。
「ずいぶんと楽しそうなことをしているじゃないか?」
「お前……なんで……」
「てめえ……」
一眞には振り返らず、アオボシはプロキオを直視している。
「手を出すな……そう言ったはずだけど?」
「はっ、誰がヒョロガキの言葉なんか聞くかよ。それに、アルファルド様の許可だってあるぜ?」
「はあ……?」
どうやら、内部でも上手くいってなような感じを連想させる。さらにプロキオは続けてヴィルゴと名乗る者が提案したことらしい。
「アイツのことだ。なにか面倒な計画でもやってんだろ。……ったく、オレは冷めたし帰る」
すると、遠くの方で地響きが起きる。何か巨大なものが降り立ったかのようだ。
「カズくん、街の方に怪獣が!?」
「「なに……!」」
曜の言葉はアオボシにも予想外だった見たいで、一眞とリアクションがシンクロしてしまう。
「あれはレッドキング……いやキングジョー……どういうことだ?」
アオボシは事情を把握していそうなプロキオを睨むが、彼は1つだけ告げた。
「オマエ、ダークリング持ってるのか?」
しまったと言わんばかりにアオボシは探るが、そこにダークリングは存在しなかった。
「成程ね……僕から盗んだってワケか……」
「へッ、そういうことだ。ヴィルゴはオーブの知り合いでも怪獣にしたんだろうさ」
彼から告げられたことの衝撃に目を見開く。まさか、Aqoursの誰かが怪獣にでもされたというのだろうか。一眞はすぐさま立ち上がろうとするが、未だに傷が痛んで上手く立ち上がれない。
「カズくん、大丈夫!」
「ありがとう、曜」
すかさず曜が肩を貸してくれたおかげで、何とか立ち上がることができた。
加えてプロキオはやる気が削がれたようで踵を返すが、立ち止まって一眞へと一言だけ言い残す。
「オーブ、また勝負をしに戻ってきてやる。必ずだ!」
背を向けたままでも、こちらに向かってくる圧に気圧されそうになる。それだけ伝えた彼の姿はアオボシと同じく、闇に包まれるようにして姿を消していくのだった。
「言っとくけど、今回は僕が召喚した怪獣じゃないからね」
何か言われると思ったのだろう。アオボシは腕を組んだままそう伝えてくる。
「そんなことはどうでも良い。今は、あの怪獣を止めないと……」
「でもカズくん、あの怪獣ってもしかしたら……」
曜もさっきの話を聞いていた。ならば、あの怪獣がAqoursの誰かという可能性もあり得なくはないということだ。
「大丈夫、今度こそ救い出してみせる! ああ、あと……」
一眞はアオボシに触れると、何かを念じるようにして目を閉じる。同じ種族同士が触れ合うことで、生体エネルギーを送ることができるように、逆に奪うことも可能なのだ。一眞のケガは全快とは言えないが、ある程度は治癒することができた。
「よし……サンキューな」
「お前が勝手に奪っただけだろ……」
少し青白くなった顔のアオボシが睨むが、一眞は気にせず曜に「行ってくると」とだけ伝えてオーブリングを空に掲げた。
光となった彼は、街を破壊している怪獣へと向かっていく。そして赤き形態バーンマイトへと変化させ、何度も捻りを加えたキックを食らわしていた。
公園に残された曜とアオボシの中には、実に嫌な空気が流れている。それもそのはず。以前一眞の正体を知った日、そして千歌の病室に彼が襲いに来た時と彼の悪行を目にしているのだから。
「彼の近くまで――――「私があなたのいう事を信じると思うの?」
「まあ、信じてくれないとは薄々わかってたよ。さっきからおもいっきり睨んでるしね」
「……でも、僕はあの近くにいるであろう、怪獣を生み出した人物と立ち会わなきゃいけない。それあの怪獣の近くにはAqoursのメンバーもいるみたいだよ……えっと……あれは1年生の3人かな~?」
話を聞いていると彼の企みが見え隠れするし、イラっともさせられる。現に彼は両手を双眼鏡みたいにして遠くを覗いている。言っていることがホントかどうかわからないが、万が一もあるかもしれない。そう心配した曜は、彼について行くことを渋々了承するのだった。
一眞はオーブオリジンになる過程で完成されたと思われますが、彼もまだまだ悩ませます。それが本編に出てくるかは明言できませんが……。
恐怖や不安を抱いても、それがプラスに作用するならそれでいいかなと思って劇中の台詞などに入れました。