1人の驚きの声が静かな朝に響く。
「今度はなに?」
「いい知らせではなさそうですわね」
携帯を耳から離した鞠莉の反応からして、あまりいい話ではなかったというのは明らかだ。
「実は学校説明会が一週間延期になるって……」
その知らせに9人が息を呑む。なんでも、雨の影響で道路の復旧に時間がかかるからなのだそうだ。
(こんなとこでアイツの影響か……)
一眞の手に力が入る。そもそも話に出た雨……その原因というのが昨晩倒した台風怪獣の仕業だというのだから仕方がない。しかし、このような形でこちらに被害が出てくるとは思っていなかった……その歯痒さ故だ。
「でもよりによって……」
そう……よりにもよって何故このタイミングなのだろうか。一難去ってまた一難……困難や課題は休まることを知らないようだ。
するとみかん色の少女は、屋根伝いに歩いていき「どうしたの? もっといいパフォーマンスになるように頑張ればいいじゃん」とみんなを励ます。しかしそういう意味ではない。彼女にはわかっていなかったのだ。
「千歌さん、そうじゃないんですってば」
「え?」
「たはぁ……」
「問題です。ラブライブ予備予選が行われるのはいつでしょうか?」
見かねた曜が彼女に問題を出す。千歌も難なく「学校説明会の次の日曜でしょ?」と返す。すると曜とスイッチするようにして今度は梨子が問う。「その学校説明会が一週間延期したらどうなる?」と。
「そんなの簡単だよ……え、うわああああ!?」
その事実に気付いてしまった千歌はたちまちバランスを崩し、屋根から落下したのだ。
しかし、美渡さんとしいたけがクッションになったことで何事もないまますんだ。後が怖いが、彼女はそれどころではなかった。学校説明会と予備予選、それが開かれるのは――――
「同じ日曜だ!!」
そのことにようやく気付いたからだ。
~~
「んで、どうするんだ?」
学校の体育館、それもステージの上で相談する11人の生徒の姿がそこにはあった。説明会と予備予選、どちらもAqoursにとっては大切なステージだ。学校を存続させるためにには、どちらが欠けてもいけない。しかし開催日が同日であることがネックだ。2つの場所に同時に居れる訳でもない。だからこそ、こうやって相談しているのだが……。
「まずはどこで行われるか見てみよう。解決策はその後で」
そう言って果南が持ってきた地図を広げれば、彼女が予備予選が行われる会場を示してくれた。
「山の中じゃない」
「今回はここで特設ステージを作って、行われることになったのですわ」
「それで学校は?」
しかし学校までの道には、バスも電車も通っていないと果南が言う。では乗り継いでいくのはどうか? という案も、複雑すぎて難しいと……。
「はあ……到底間に合いまセーン」
悔しいが鞠莉の言う通りかもしれない。乗り継いだとしても時間がかかるし、なにより本数が少ない。待っている間に時間になってしまう事もあり得なくは無いのだ。
「空でも飛ばなきゃ無理ずらね……」
花丸の言うように、道なりに進むよりも空を飛んで一直線に行くことさえできればこの問題は解決なのだが、ここにはそんなものなど持ち合わせていない。
「クククッ……ならばこの堕天使の……翼で!」
「おおー、その手があった」
「いい案ですね、ヨハネ様」
「堕天使ヨハネの翼で会場入りずら」
「嘘よ、嘘! 常識で考えなさい!!」
いつもの調子である善子を1年生3人が茶化していると、「そうだよ!」と千歌が声を上げる。
「なにがだよ?」
「だから、空だってカズくん!」
「は?」
千歌が言うのは、ヘリに乗って空を飛び移動すればいいではということだったのだ。鞠莉の家ならば自家用のヘリを保有していると聞いたので、実現できなくはない話だ。
「ヘリに……乗るんですか?」
「何よ珠冬、怖いの?」
「べ、別に高いところが怖いだなんて一言も言ってないんだけど!?」
「そこまでは言ってないわよ……」
目を輝かせている人が数人。そして空を飛ぶことを不安視している人物もいるようだった。
「いやでも、ゼッパンドンの時は?」
怪獣にしろウルトラマンにしろ変身した時……特に最初はまるで高い所にいるように見えるものだ。怪獣の高さとなれば、まるで空を飛んでいるように見えるだろう。一眞はそのことを聞いたのだった。
「その時は大丈夫だったの! ってかよく覚えてない」
彼女には申し訳ないが、それしかないのだと内心謝罪しながら千歌は頼み込む。
「Oh、流石千歌っちその手がありましたか! 早速ヘリを手配して……と言えると思う?」
「……ダメなの?」
「Of course! パパには自力で入学希望者を100人集めると言ったのよ! 今更力貸してなんて言えまセーン!!」
却下されると同時に、今後は小原家の支援は無しとして考えろと言われてしまった。自力でどうこうしなくちゃいけないのはそうだが、こればっかりは少しへこむ。周りの先輩や後輩が落ち込んでいるのは別の意味かもしれないが。
「よくないけど、よかった……」
ならば海はどうかと提案するが、果南の家は仕事で使うから無理、曜の父親の船……というのもなしだ。
「じゃあ、やっぱり空……あっ!」
千歌の視線はこの集団唯一の男子に向けられた。そうなれば自然と彼も察したようで、自分を指さしながら「……俺?」と聞いてくる。
「そうだよ! ウルトラマンの力、お借――――「ダメだ」ええ!?」
「前は頭に血が上ってやりかけたけど……そんなことしてみろ、一大騒ぎだ。それにAqoursとオーブに接点があると勘付かれるのも面倒だしな」
そう言ってなんとか諦めてもらった。彼女たち以外に正体がバレれば、何が来るかわからない。そうすればラブライブや廃校阻止といったことができなくなる可能性もある。それを危惧してのことだった。
「現実的に考えて、説明会とラブライブ予選……2つのステージを間に合わせる方法は……1つだけ」
その方法というのは、トップバッターを引き当てるということだった。最初に歌うことができれば、バスに乗り込んで浦の星にもギリギリで間に合うと。
「ダイヤさん、ですがその方法って……」
「ええ」
珠冬や一眞は方法を知っているからか、不安そうな視線を向ける。その方法というのは……
「抽選ですわ!」
ホールに集められたのは、予備予選に参加するスクールアイドルたちだった。ここではくじ引きによって発表する順番を決めていくのだ。
「抽選つったって、誰が行くんだ?」
「ここはやっぱりリーダーが……」
やはりというように千歌に抜擢される。しかし梨子が携帯を取り出して見せたのは星座占い、そこには『超凶』という今日の運勢だった。
「自信無くなってきた……!」
「なら曜が行けばいいんじゃね? 最初から参加してたってことで」
「え、私!?」
「それがいいずら、運も良さそうずら」
次に指名された曜だが、彼女も少し不安なのか本当に良いのかと確認してくる。
一眞も彼女を信頼し、大丈夫だと背中を押そうとしたところで「待って」と声を上げる者がいた。
「悪は最大のピンチ……堕天使からのレジェンドアイドル! このヨハネが行きまーーす!!」
そこで手を挙げたのはまさかの善子。しかし、当然……というのは可哀想だが周りからはストップをかけられてしまう。
「ないずら」
「ぶっぶーですわ」
「それ、冗談だよね。笑えないけど」
「ああ、笑えない」
「どうしてよぉ~~!!!」
千歌が改めてその訳を言った。「じゃんけん負けてばっか」だと。さらに、1年生の証言から彼女の不幸エピソードの数々がでてくる。
「マルたちがいつもハッピーなのは善子ちゃんのおかげずら」
不運を吸い取ってくれているということだろう。もしそうなのであれば、彼女には悪いが感謝するしかない。
「不幸じゃない! 善子言うな! 普段は運を貯めてるのよ!!」
さらに「見てなさい、いざという時の私の力を」と自信満々なのが伝わってくる。ここまでされては流石に、ダメだと一蹴することもできない。果南もダイヤに相談している。すると、ダイヤは善子の方へと歩み寄る。そして言ったのだ。「この場でわたくしとじゃんけんをしましょう」と。
「勝てば善子が引けるってことだな」
「そういうことです。ちなみに今日のわたくしの運勢は超吉ですわ!」
「う~ん、なんとも言えません……」
「ダイヤさんも見てたんだ……」
ダイヤの運勢はどうあれ、善子は勝負を呑んだ。そして勝ったのは……
「堕天使ルシファーよ、そして数多のリトルデーモンたちよ……ヨハネの福音、全魔力をここに召喚せり……ヨハネ、堕天!!」
勝利を収めた善子。そして、彼女の引いたラブライブ予選の順番、本当の勝負ともいえるその結果は――――
~~
(なんだ……この怪獣はッ!?)
沼津から遠く離れた海辺の街を猛進し暴れている怪獣に向かって、オーブオリジンは夜空の下聖剣を振るう。
事の始まりは数十分前。食い入りるほどでもないし、”あること”への気晴らしだったのかもしれないが、地球に帰還した火星無人探査機のニュースを見ていた千歌と一眞。
別段、何か珍しいという訳でもなかったのが突然、何かが肥大化していく様子が映ってしまったのだ。すぐさまオーブへと変身した一眞が現場に向かう頃には、その”何か”は数十メートルへと巨大化していたのだった。
街や人々を襲うその姿は両眼が飛び出しており、体はヌメヌメした粘液で覆われ、背中にはイボがある。一言で言えば巨大なナメクジだ。
加えて、両目から放たれる光線を受けてしまった者を見たが、動きを完全に停止し硬直しているようだ。これ以上被害を増やすわけにはいかないと、地上に降りたオーブは剣を突き立てるのだったが……
(攻撃がうまく通らねぇ……!)
おそらく体表を覆った粘液のせいだろうか。勢いを殺され刃が上手く通らないのだ。そして狼狽えていれば、向こうからの力強い体当たりがオーブを地面に倒れさせる。
「ほんとに……なんなんだよッ!?」
別のことに気を取られているためなのか、強めの口調で毒づくと同時にそれまた八つ当たりの如く巨体を蹴り飛ばした。
(くそっ……なにやってんだ……)
今の自分がいつもの通りじゃないことくらいわかっている。それでも――――
――――どっちも大切だもん
(…………ッ!? おああっ!?)
不意を突かれたオーブの衝撃が、海水を舞い上がらせた。その巨大な水飛沫の一部が、怪獣の皮膚に当たる。すると当の怪獣は苦悶の声をあげているではないか。皮膚を見やれば、その海水の当たった部分が煙を上げて溶け始めていた。
(もし、コイツが見た目通りナメクジと同じなら……)
自分の立つ場所と目の前の怪獣……双方に目をやった彼はオーブカリバーを振るい、水のエレメントを解放させる。
「オーブウォーターカリバー!」
切っ先から放たれた液体は、まるで巨大な鞭のような形を作る。頭上で何回か振り回し、怪獣へと飛ばす。そして怪獣の体を拘束。水というのは変幻自在の存在。時には相手を縛り上げるロープのような形状を作り上げることも可能になる。
怪獣を縛り上げ、その巨体を海へと投げ入れた。
すると狙い通り。96.6%ほどの水と約3.4%の塩分を含んだ海水に沈んだ火星からの贈り物は、徐々に溶解していくのだった。
「なんだ……電話か? もしもし……?」
巨大ナメクジを倒し十千万に戻ってくると、急に携帯が振動したのだ。すぐさま耳へやると、いつもの雰囲気よりも落ち着いた……というよりも暗いと言った風な彼女の声が聞こえてきた。
『もしもし、大丈夫だった?』
「うん、まあまあ……かな」
『そっか……やっぱり、さっきのこと?』
「それはお前もだろ、曜」
それは十中八九、抽選会の結果だ。Aqoursの順番は24番目……最初どころではなく真ん中だ。善子を責めたくはない。それに、これは結局……誰がやっても同じ結果になっていたのではないかと感じてしまう。こればかりはしょうがない。
しかし、この順番だと説明会とラブライブ……そのどちらかしか取れない。その選択を突き付けられたが無論、誰も選ぶことはできなかった。理由は簡単「どっちも大切」だから。
『予選も学校説明会も、どっちも大切。千歌ちゃんの言う通りだよ』
「でも、選ばなきゃいけない……」
『うん。私も千歌ちゃんたちと一緒にラブライブに出て輝きたいって思ってるよ。けど……』
「それができたのは学校のおかげでもある」
『うん……』
確かにラブライブに出場したいという思いも本物だ。しかし出ようとしたのは、一体何のためなのかと考えた時、行きつく先は……廃校の阻止。
「すべてが関わって、輝きに繋がっている……それは浦の星もってことなんだと思う。だから……」
『やっぱり、選べない……よね?』
「ああ……選べそうにない」
しかし、どうしても選べないという結論に帰化してしまうのだった。
「……うん、じゃあな。」
電話を切った時に頬を掠めたその風は……妙に冷たかった。
ラブライブも学校も、どちらも大切なもの。どちらかだけなんて無理です。