「また雨が強くなってきたね」
窓の外に目を向けたルビィの呟きに、一同は視線を移す。彼女の言う通り、空は暗く淀んでいた。その光景が目に入ってしまえば、件の空と同じように気分が落ち込んでしまうのは仕方ないと言えよう。
「夜になるにつれて強くなるって言うし……」
ホワイトボードを前にした梨子の言葉に「無理して続けない方がよさそうですわね」とダイヤは提案する。確かに強くなってからでは色々と不便も生じるだろう。
「もうすぐ地区予選なのに~」
「入学希望者も50人超えてきたんでしょ」
地区予選を前に、練習を早く切り上げるのは不本意だと千歌。さらに曜も、もう1つの目標である入学希望者が遂に半分を超えたことを知らせる。頑張りたくなる気持ちもわかるのだが、と果南は練習に熱の入る2人を諫める。
「安全第一、今日のところは終わりにしよう?」
「はいこれ」
すると鞠莉が手渡してきたのはカイロだった。そこまで寒くもないのになぜ、と果南は尋ねる。
「”待てば海路の日和あり”って言うしね」
「ハハ……かいろだけにってか……はは……」
今は思うようにいかなくとも、じっと待てばそのうちチャンスがめぐってくる。だから辛抱強く待てという意味だ。だがそんなことよりも鞠莉のジョークに一同は固まり、果南は手に持ったカイロを落としてしまうのだった。
「果南ちゃんと梨子ちゃんはうちの車ね、曜ちゃんも乗ってかない?」
「いいの」
今回はバスではなく、それぞれの車でという事になった。そして善子はどうすると千歌は聞いたのだが……
「嵐は堕天使の魂を揺さぶる……秘めた力がこの羽根に宿────」
「ふざけてる場合じゃないよー」
そんな言葉を残し、千歌も車に乗りこむ。
「ま、まあ、気を付けて……な」
せめてもの……という事で一眞は声をかけた。しかし善子は「この近辺に家はあるので大丈夫です(意訳)」とのこと、加えてルビィも「すぐそこだもんね」と心配している様子はなさそうなので、大丈夫だろう。
「善子、あんまり身体冷やさないようにね!」
「んなのわかってるわよ! あとヨハネッ!」
窓から顔を覗かせた珠冬に突っかかる善子だったが、それもすぐに終わる。そして黒い傘をさした彼女の横を車が通り過ぎれば、さっきまでのことは嘘だったかのように静かになった。
「胸騒ぎがするこの空……最終決戦的な何かが始まろうと────」
言い切る前に吹かれた猛烈な突風によって彼女の傘は持ち主の手を離れ、どんどん遠ざかっていく。
「こらー、待て!」
それは面白いくらいに風に運ばれ、善子はキャッチし損ねる。まるで生き物のようにアグレッシブだ。だがある程度進むと傘は止まった。離れた善子を待っている……と言えそうなもので、実際彼女も口に出した。
「その動き……何かが私を導い────」
しかし、またもやすべてを言い切る前に突風が彼女を襲う。それは彼女の言う、堕天使の祝福なのか。すると傘の引っ掛かった場所からガサガサ……と妙な音が聞こえてきた。
「……え、なにっ!?」
突然の物音に、善子は構えてしまう。しかし人の好奇心や探求心というのは時に恐怖を上回る。やるなと言れればやってみたくなり、見るなと言われれば見たくなる。それは太古の昔から変わることのなく、もうそれはDNAに刻み込まれているのではないかと思いたくなるほどのものだ。日本の昔話にも書かれている。
そんな好奇心が善子を傘の下へと誘う。
善子が見たのは一見普通の段ボール箱。それが小刻みに震えているのだ。気になって仕方がない善子は躊躇うことなく、箱の中を覗き込む。
「狼……? いや、ライオン……? まさか、堕天使の眷属……にしては色が明るいわよね……じゃあ天界の神獣!?」
傍から見れば、訳の分からないことを口走っているようにしか見えない。しかし彼女にとっては一大事だったのだ。いったん目を離し、自分を落ち着ける善子。
「善子、そんなわけないでしょ。あなたは見間違えているのよ。そうよ、絶対そうだから……」
そしてもう一度、先ほどの視覚情報を疑うように目を細めて覗き込んだ。
「…………ダメよヨハネ。そんなわけないでしょ」
半分パニックのようだが、自分に言い聞かせて踵を返そうとする。しかし鼓膜を震わすのは背後から聞こえる弱々しい鳴き声。振り向いてしまえば、己を見上げている緑色の瞳が目に入る。目に入ってしまえば、善子は離れようにも離れられなかった。数秒、或いは数分見つめ合った末に彼女がとった行動は────
~~
「いける、大丈夫」
「うん、絶対動かない。これは保証する!」
曜と一眞は自信たっぷりの様子で話しかけていた。しかし直後に見せた悪戯っ子のような笑みが不安を煽っているが、彼は気付いていないだろう。
2人の念押しに、階段の方からソロソロと近づき揺れる赤紫色の髪。わなわなと震える手が千歌の飼っている犬、しいたけに触れる瞬間目を見せて小さく吠える。
「イィ~!? やっぱり無理ー!!」
「あっ、惜しいなあと少しだったのに……」
すぐさま後退した梨子を見て残念そうに語る一眞。しかし当の本人は「やっぱ無理よ~!」と返す。そんなやり取りをしていれば、障子が開きダイヤが顔を覗かせる。
「騒がしいですわよ」
「梨子ちゃんが、しいたけと目が合って触れるかもって」
「ほんと!?」
すると話を聞いた千歌も顔を覗かせる。そこまで怖がるものではないと、ずっと梨子に言っていた千歌だからなおさら嬉しいのだろう。梨子の手を引き、しいたけの元まで連れていく千歌。
2度目のチャレンジ……だったが
「ヒィイィ~!? ダメ、やっぱり無理!」
またもや失敗。しいたけが直前で吠えてしまうのが原因だろうが、こればかりはどうにも。梨子のおっかなびっくり、というのも悪いのかもしれないが。
「う~ん、しいたけ梨子ちゃんのこと大好きだと思うんだけど……」
千歌は不思議そうに呟くが梨子は「そんなことない」と返す。
「そんなことある。犬は見ただけで、敵と味方を見分ける不思議な力があるって」
梨子に説明していた千歌の話は、自然と一眞も聞き入っていた。一見信じがたいようにも聞こえるが、世界が世界だ。何があっても不思議じゃない、などと考えていると「いい加減始めるよ」と果南が呼びかけてきた。
そもそも、今日十千万に集まったのは他でもないラブライブについての作戦会議。「今日こそ考えないと。時間もないんだよ?」と進行していくのは果南だ。
「わかってるずら……」
「でも、テーマっていわれると」
「どうしても思いつかないよね……」
次の予選ではどういったテーマの曲、ダンスで勝負するかという事なのだが、どうにもアイディアが出てこない。1年生はお手あげといった感じだ。
「ですが暗黒と言うのはあり得ませんけどね」
あらかじめ出ていたであろうその案をダイヤが却下すると、隣から「どうしてよ!」と抗議の声が聞こえてくる。
「堕天使と言えば暗黒。Aqpursと共に歩んだ暗黒の堕天使ヨハネ軌跡を────」
「やっぱり輝きだよ!」
「聞きなさいよー!!」
もうお決まりだと言わんばかりにスルーして千歌が挙げたのも、彼女の根底にあるあもの”輝き”だった。
「まあ、輝きってのは千歌が始めた時からずっと追いかけてきたものだからね」
「ですがAqpursの可能性を広げるためには、他にも模索が必要ですわ」
そう話す果南とは裏腹に、ダイヤに至ってはあまり好感触ではなさそうだった。加えて携帯の画面を一眞たちに見せる。
彼女の再生した動画からは、以前とは異なる曲調で踊る2人の姉妹の姿が映し出されている。その激しいフォーマンスには、つい目を奪われてしまう。
「これってSaint Snowさんなの!?」
「ひとつに留まらない多くの魅力を持っていなければ、全国大会には進めませんわ」
「そうだよね。次はこの前突破できなかった地区大会……」
ダイヤそして曜の言葉に、皆は納得する。限りある1つよりも、様々な面を見せる複数魅力がある方が強いに決まっている。今まで見せてこなかった新たな風。それを起こすべきなのかもしれない。
「何か新しい要素が欲しいよね」
「新しい……要素……」
皆が考え込む沈黙を破ったのは、意外にも寝息だった。視線を向ければ、鞠莉は瞳が描かれた眼鏡を着用している。
「またこんな眼鏡で誤魔化して……あれ?」
梨子が彼女から外せば、その下には眼鏡と同じような瞳の描かれたシール。まさかの二重対策。
「待てば海路の日和あり、だって」
「焦らず時機を待てってか?」
「鞠莉ちゃん、長い話苦手だから……」
彼女のマイペースさには、ため息を吐くも時もあるが、張り詰めた空気を和らげてくれることもある。今はその両方だ。
そして千歌は同意を誘うように善子に語り掛けるが、隣から聞こえたのは善子の声ではなく、しいたけの鳴き声。まさかの出来事にみんなは驚いて声を上げる。
「善子ちゃんがしいたけちゃんに!?」
「そんなわけないでしょ!?」
「ふわぁ~、騒がしいデスネ~」
いつも通りのAqpursらしい雰囲気になったなと考えていれば、花丸の報告が聞こえてくる。どうやら善子からメールが来たみたいだ。
「天界の勢力の波動を察知したため、現空間より離脱……」
「天界の勢力のはど……え?」
「どゆこと?」
「要するに、”帰る”ってことずら」
花丸の訳に「素直にそう言えよ!」と一眞がツッコミを飛ばすのは、仕方がないと言えた。
~~
「うし、今日の散歩は終わりだ。しいたけもお疲れ~」
しいたけからリードを外しつつ、頭を撫でる一眞。今日はしいたけの散歩を任されていたのだ。気持ちよさそうに頭を預けてくるしいたけを見て、先の千歌の言葉を思い出す。
「敵味方を見分ける不思議な力……ね」
今はこうやって接してきているという事は、自分のことを味方とみているのだろう。その時、彼の中にはある考えが頭を過った。
「ああ、悪いなしいたけ」
なにをしているんだと、掌を舐められ我に返る一眞。そのまま犬小屋へとしいたけを戻し、彼は部屋へと戻ろうとする。
だが寸前に彼が脚を止めたのは、携帯の着信を示すバイブレーションが伝わったから。そのまま流れるような手つきで携帯を耳に当てる。
「はぁーい、もしもし~」
間の抜けたような声と調子で話しながら、裏口の方から十千万へと入っていく。表から入ると怒られるのは、千歌とのやり取りもあってか体に染みついている。
「……うん。……うん。……う、えっ、え……?」
片方の靴を脱いだところで手が止まる。「わかった。わかったから。はいはいはいはい。すぐ行きますから! はいはい、わかったよ!」と電話越しからでも若干押され気味な一眞は電話を切り、もう一度靴を履きなおして外出するのだった。
「で、どうしたんだよ?」
腕組みをし、尚且つジト目で見つめる一眞。その視線の先にいたのは、焦り気味の梨子だった。
「ちょっと一眞くんに聞きたいことがあって……」
「それはわかってる。けどさ……なんで廊下で話してんだよ?」
一眞は梨子の家に呼ばれていたのだ。連絡を貰った後すぐ行ってみれば、梨子の母親が案内してくれた。妙にテンションがおかしかったような気もするが、多分気のせいだろう。
「梨子、やったじゃない!」
「……っ、そ、そんなんじゃないから! ほら、お母さんはもう行っていいから!」
「あらそう? じゃあ一眞くんもごゆっくり~」
「ああ……はい……」
そんなやりとりがついさっき行われていた。しかしそれは置いといていいだろう。
話を戻せば、廊下で突っ立ってただ話している状況を一眞は尋ねているのだ。
「あははは……」
「いやいや、笑ってる場合じゃなくて……」
「そうね。ごめんなさい。実は────」
梨子が説明するには、あの作戦会議の後沼津まで忘れ物を届けに行った梨子は善子に会ったらしい。すると彼女は何やら、子犬くらいの大きさの生物を保護していた。だが、善子の家はペット禁止。しかしこのまま放置……にしておくわけにもいかず……
「それで、預かってくれって頼まれた訳か」
話が見えてきた。廊下で話しているのもおそらく、部屋にいるから入れないというやつなのだろう。母親にもまだ伝えていないようだから仕方ないとはいえ、どうして部屋に入れたんだよと言いたくなってしまう。
「そうなのよ……ってなに笑ってるの?」
梨子にとっては深刻な状況だからなのか、口元の緩んだ一眞を見て頬を膨らます。
「ごめんごめん、別に悪気があったわけじゃないよ。……でもさ、いいチャンスなんじゃねえの? これを機に克服しちまえよ」
「そうだけど、そうじゃないというか……。あのね、善子ちゃんに頼まれたの……犬じゃないの」
梨子の告白に一眞の頭は一瞬、疑問符でいっぱいになる。しかしそう言えば、さっきの説明でも子犬とは言っていなかったような……と記憶を整理していく。
「じゃあ、なんだよ?」
「それが……わからないのよ」
「わからない? そりゃないだろ。名前がわかんなくても、ネットで調べれば近いのだっていくつかヒットするだろ」
「それがネットにも載ってないのよ。見た目も何も、一度も目にしたことがないの」
広大なインターネットのどこにも載っていないとなれば、餌のアレコレもわからないのは当然と言える。「なら善子はどうしてたんだ?」と聞いてみれば、彼女は犬用のミルクやドックフードを食べさせていたんだとか。
「……大丈夫なのか?」
「今のところはね。それに、善子ちゃんが一番大好きって言ってたのは小型犬用のビスケットよ」
「おいおいおい、ホントに犬じゃないの?」
疑いの目を向ける一眞だったが、一方で梨子がここで嘘を吐くとも思えない。そのまま彼は梨子が自分を読んだ理由を尋ねる。
「呼んだ理由ってのは、その……動物? のことだよな?」
「うん。一眞くんなら何か知っているかなと思って」
「わかった。とりあえず見てみようか」
梨子の「ありがとう」という声の後、意を決して自室の扉を開けば、そこには見たことのない生物が皿に盛られたクッキーを食べている光景だった。
「……ホントだったんだな」
「信じてなかったの!?」
「ああ、いや違うって。ほら、現実味が湧かないと言うか……何と言うか……」
「まあいいわ。それで、どう? 見たことある?」
梨子は相変わらず部屋に入らないみたいだが、一眞は臆することなく部屋に入っていった。そして、近くまで寄るとしゃがみ、その生物をのぞき込む。
それは竜とライオンを掛け合わせたような姿に青い体色とオレンジ色の爪、そして全身に白い鬣が生えている生物だった。恐怖を煽る見た目ではあるが、大きさが子犬程度であること、そして妙にしおらしいからか、脅威には感じなかった。
「頼ってくれて有難いけど、俺にはさっぱりだ。まあ直感だけど、この星のモンじゃねえ……ってくらいしかわかんね」
「それ、大丈夫なの?」
この星の生物じゃないと言われれば、今の梨子みたいに不安になるだろう。だが、今の様子ではそこまで危険だと感じることもない。
さらにその生物は、扉を開けた梨子に気が付くと、彼女を見上げ近づいていく。しかしそれも敵意からではないというのはなんとなくわかる。
「大丈夫だと思う。それに、梨子に懐いているみたいだしな」
「冗談じゃないでしょうね?」
今度はこちらが梨子にジト目を向けられた。先の仕返しだろうか。
「冗談なんかじゃないって。ほら、千歌の言ってた……敵と味方を見分ける、ってやつ」
預かった生物の正体はわからないが、梨子が預かっていても問題ないだろうという判断で、その場はお開きとなった。
「とは言っても、力になれなくて悪かったな」
「ううん、そんなことないよ。今日はありがとう」
力になれずと謝罪する一眞に声をかける梨子。そこには先ほどの不安に塗れた様子ではなく、どこか穏やかな顔を見せている。
彼女の様子から、これからは何とかやっていけるだろう。しかし、地球外の生物を流石にあのままにしておくわけにもいかない。遅かれ早かれ、いつかはその問題と向き合うことになる。そのことを考えると、少しだけ憂鬱な気分になってしまう。
「共には暮らすことはできないのか……?」
夜空の下呟かれた彼の言葉は誰にも聞かれることなく、まだ早いと感じるくらいの、冷たい風と共に流されていくのだった。
善子が見つけ、梨子が預かった生物……。その正体は如何に。
まあ、細かい設定が明かされていないことを良いことに書かせてもらってます。