「はぁ……はぁ……はぁ……っ!!」
口元を拭い、目の前に立つ男を見据える。その眼前の男は、こちらと違い息1つ乱れていなかった。対する一眞は乱れた呼吸をどうにか整え、木刀を片手に走り出した。
袈裟斬りを受け止められれば、拳を突き出す。剣を使うだけが戦いではないと、セリザワの動きから学んでいた一眞の反撃。しかし上げられた片足で阻まれ、同時にこちらの木刀が弾かれる。そしてセリザワの木刀の先端が、前髪を掠っていけばその風に髪が揺らされる。
「おおっ……!?」
数秒後、額に蹴りが加えられる。その衝撃に一眞の体は一回転。ドサッと重たい音と共に地面に転がる。
「いいか、動きにはそれぞれの癖が出る。それを把握し、隙を見つけろ。慣れない動きをされれば、当然相手は自分のリズムを崩す」
「は、はい……」
未だ鈍痛が響く額をさすりながら、一眞は立ち上がる。セリザワの動きは、幾銭の戦いを潜り抜けてきたもの歴戦の戦士を思わせるものだった。その鋭い観察眼も、相手を確実に崩していく姿勢が見て取れる。
「動きと言うものには、予備的な動作が付いてしまう。例えば視線だ。次に動く場所や地形、相手のどの部位に攻撃を加えるか……。その視線にも注意できれば、的確に防ぎ、次の一手を加えることができる」
言うのは簡単だが、そこまでの余裕、テクニックが今の一眞には無いに等しかった。しかし、できないと言ってばかりもいられないのも事実。そんな無茶な言葉と共に、セリザワは再度木刀を構えた。
「即実戦形式の訓練……なんていうのはオレの分野ではないが……!」
その穏やかな口調からは想像もつかないほどの剣戟が迫ってきた。受ける側の一眞は、ただ必死にくらいついて行くことしかできなかった。
「これで覚えてもらうぞ、一眞くん」
~~
「千歌ー頑張ってー!」
場所は変わり、浦の星の体育館。そこでは千歌がパフォーマンスの練習を行っていた。友達の声援を背中に受けて走り出す千歌。安全のためのマットが敷かれた場所まで助走をつけて回ろうとするが、どうしても失敗してしまう。
一眞が居なくなってから5日。千歌たちは変わらず練習をしていたのだが、彼女個人のパフォーマンスは未だ成功していなかった。
そんな千歌を心配そうに見つめるAqoursや浦の星の生徒だったが、千歌は「もう一回」と立ち上がる。
「少し休もう? 5日もこんな調子じゃ体壊しちゃうよ」
「ううん、まだ大丈夫。もうちょっとで掴めそうで」
「地区大会まであと二週間なんだよ? ここで無理して怪我したら……」
梨子と曜が声をかけるが、千歌は頑なに首を縦に振ろうとはしなかった。まだできる、もう少しで……と。諦めない姿勢は良いことだが、それはそれとしてどこかに危うさを感じているのも事実だった。千歌のその止まることのない姿勢が、取り返しのつかない事態を起こすような気がして。
「……」
果南も眉を顰めて千歌のことを見ているが、声をかけることはしなかった。彼女もわかっているからだ。千歌は言っても止まらないと。
「わかってる。でも、やってみたいんだ。わたしね、一番最初にここで歌った時に思たの。みんながいなければなにもできなかったって……。ラブライブ地区大会の時も、この前の予備予選の時も、皆が一緒だったから頑張れた」
千歌は、1人では何もできていないと思っているようだった。それこそファーストライブの時だって曜や梨子が隣にいてくれたし、学校の皆や街の人々がいたから体育館を満員にすることができた。そこには、いずれAqoursに入る6人だっていた。地区大会の時も、予備予選の時でもそうだ。Aqours8人や学校の皆、それにマネージャーの存在……。それらの力があって今がある。だから、自分だけでは何もできていないじゃないかと千歌は思っているのだ。
「学校の皆にも、町の人達にも助けてもらって……だから、ひとつくらい恩返ししたい! 怪我しないように注意するから、もう少しやらせて!」
それだけを残し、千歌は助走開始位置に戻る。みんなの力を借りてきたから、今度は自分が返したい。その想いで、彼女は練習に取り組んでいたのだった。
木刀を打ち合う音、そして時には骨や肉体を打ち付けられているような音が森の中で反響している。
「……っ! はああ!!」
側面へ回り込み、そこから一気に間合いを詰めにいく一眞。しかしその一閃も、セリザワの前では無力にも受け止められてしまう。
「どうした、君の力はこんなものか?」
鍔迫り合いの中、セリザワは問い掛けた。押し込まれないように踏ん張っている状況にしては、随分と余裕のある声の調子。おまけに表情も、眉1つ動かさない涼しい顔で剣を受けている。
「……そんな訳、ないです! ぐおっ!?」
そんなセリザワにとは対照的に一眞は力を籠め、剣を押し返そうとする。さらに彼の問いに触発されて一眞が反論しようとすれば数回、木刀を腹部に受けて怯んでしまう。
「……呑み込みが早いな。1人で戦っていたとはいえ、素晴らしいものだ。とは言っても、君はまだ直線的すぎるな。もう少し柔軟に動くといい」
「は、はい……」
セリザワの動き、特に剣の腕には敵いそうになかった。ここまで何度も刀を重ねたが、一向に崩せるヴィジョンが見えてこない。こちらの攻撃を予測されているようで、こちらが一手を出せば幾多もの鋭いカウンターが返ってくる。まさに剣を極める点に至った人……というのは彼であると思わせてくれる。
「────ウルトラマンの力を借りていることに、君は頼りすぎてしまっている」
特訓を始める前、セリザワから最初に言われたのがそれだった。フュージョンアップ……2人のウルトラ戦士の力を借りて戦うことに慣れてしまったことで、逆に己の力が発揮できていないというのが彼の見解だった。確かにオリジンに覚醒したからといっても、積極的にはならなかった。それはどこか、怖かったからかもしれない。本当に1人で戦うという事が……。
「頼りすぎてしまう……」
「別に”頼るな”と言っているわけではない。どんな戦士であろうと、1人では限界がある。1人で何でもできると思い込んでいるうちでは、強大な敵に勝つことはできない。君はその辺、もう理解しているだろう。だが今度は、君自身の力を高める時だ。君は未だ磨けていない原石……と言えばいいだろう」
俯いた一眞の肩に、セリザワの手が置かれた。
「さあ、あまり時間がない。すぐ始めるぞ」
「は、はい!」
こんな感じで特訓が始まったわけだ。この五日間のうち、今は実戦形式になってはいるものの最初の3日はそんなものではなかった。
「うあっ!? ……どこから来るか予想つかねえ」
おそらく攻撃を的確に見極め、防御するためなのかもしれないが、鉄製のブーメランを投げられた。これを手刀と蹴り、そして木刀で迎撃しようというものだ。しかし、これが滅茶苦茶痛い。体中にある痣のどれかはこれが原因だろう。最初は何もできず、ただのサンドバックだった。
「どうした? まだまだ始まったばかりだぞ」
「はい……!」
(いやいやいや、めっちゃ痛いんですけど! しかも四方八方から容赦なく投げられる……)
また、こちらは攻撃ができずひたすらに避けるというものもあった。変化していく攻撃に目を即座に慣らすというのもあるのだろう。セリザワの容赦ない剣戟や先を尖らせた丸太を振り子として使って鍛えることとなった。
(避けないと、マジで斬られるか刺される……)
どこかで死を覚悟した一眞も、目を血走らせて特訓に臨んでいた。
その他にも基礎的なものもあり、ビシビシと鍛えられた。しかしこれをやっているとどことなく、日頃のストレス発散ではないだろうか……なんて失礼なことを思ってしまう。だが、彼に限ってそんなことは無いだろうと一眞も口には出さなかった。
それらを踏まえてたどり着いたのが、今の実戦形式の打ち合いだった。
「君は体術もそうだが、剣の腕はまだまだのようだな」
「以前は剣で打ち合っていたりもしていたんですけど……」
一眞は懐かしむように口を開いた。”彼”と剣の特訓をしたのも、もう遠い思い出だ。だからなのか、オーブシャドウには敵わななかった。見知った仲だからこそ、動きが読まれていたのだ。
「思い出話もいいが、今はそれどころではないぞ」
「わかってます」
そうして剣での打ち合いになったわけである。オーブカリバーを上手く使いこなせていなかったのも、敗因の1つだとセリザワは言っていた。それを克服するためと言うもの以外にも、この特訓にはワケがある気はするのだが、彼はそれ以上何も言うことは無かった。
~~
薄暗い雰囲気の船内に溜息を吐きつつ、アオボシは歩を進める。別段何か目的があるわけでもなく、ただなんとなくで脚を動かしていた。
自身もウルトラマンと同じ存在となり、彼を切り裂いた時の感触は今も腕に残っている。その時の音も、己の心音も、耳にこびりついている。それほどまでに衝撃的で、心地のいい体験だった。しかし
「次は、あの姿で街でも壊してみるか。フフッ……」
ウルトラマンが人々に剣を向ける姿を見れば、彼らはどんな反応をするのだろうか。それを考えるだけで、自然と口角が上がってしまう。あの
「オイ、待て。テメェ、どういうつもりだ?」
「……何が?」
「何がじゃねえ。なんでオーブを殺さなかった」
個人的な思いに耽っていると、壁にもたれ掛かっていたプロキオからそんなことを聞かれた。彼らからすれば、当然の問いではあるが。
「あいつが思ったよりしぶとかっただけ。あとは……時間切れさ」
「はっ……どうだか」
「話はそれだけかい? 君の話を聞いてると僕は疲れるんだ」
やれやれと、アオボシは両手をあげて首を振る。そのまま彼から離れようとした時、プロキオは言葉を口にした。
「通達だ。次オーブを倒せなければ、オマエにあとは無い。オレ的にはその方が良かったりするけどな」
「……」
アオボシは足を止める。こういうのもなんだが、あまりにも予想外のことだった。それなりに尽くしてきた気はするし、歯向かうこともなかった。
「気まぐれかもな、それとも、ヴィルゴの奴が
「………」
プロキオの話を黙って聞いていたアオボシ。彼は内心「あの女狐め」と煮え立たせていただろう。しかし、ここで手を出してはあの女の思う壺……と言うやつなのかもしれない。ならば残された道は1つしかない。シリウスを討つ。それだけだ。敗北させるとか、膝をつかせるというものではなく、完全に息の根を止めるという事だ。
「ま、精々頑張ってくれ」
様々な考えをめぐらすアオボシへ、たったそれだけを言い残してプロキオは通り過ぎていった。
「好き勝手にやってきたツケってわけか。まあ、僕がシリウスを潰せばいい簡単な話さ」
悲壮感と怒りが混じった複雑な思いの中で、アオボシは独り言を口にした。
~~
「痛てて……」
一方千歌は、十千万前の浜辺で練習を繰り返していた。ズキズキと痛む腰をさすりながら彼女は立ち上がる。体育館での練習から数時間経ち、日が傾いている今では顔の絆創膏だったり腕の湿布の数も増えていた。
「大丈夫ー?」
「平気だよ~!!」
そのように曜へと返した千歌は、再び練習を再開する。
「気持ちは分かるんだけど、やっぱり心配……」
「だよね……」
気持ちはよくわかるがそれでも心配せずにはいられないと、梨子と曜、そして果南は千歌の練習風景を見ていた。
「じゃ、2人で止めたら? 私が言うより2人が言ったほうが千歌聞くと思うよ」
さらに果南はそう言って2人に促した。年上の自分が言うよりも、同い年2人の方が話を聞いてくれると思ったのかもしれない。だけど、止めることはできないのだ。”気持ちがわかる”から。そんな逡巡を繰り返してしまう。
「くそっ!?」
幾度目かの打撃が一眞の体に走る。そして数秒後、視界がグルんと回りながら背中に走る衝撃で、肺の中の空気が抜けていく。
「やっぱり……強いですね……」
「褒めるのではなく、オレに一撃でもくらわせるのが先だ」
とは言っているものの、セリザワは嬉しそうなのは声の調子でわかった。一瞬の緩んだ場の空気。その隙に酸素を体に回し、一眞は立ち上がる。
「ああ、俺だって諦めねえよ……」
今も練習を続けているであろう、千歌のことを脳裏に浮かべる。「やめる?」と聞かれれば決まって「やめない」と答えるみかん色の髪の少女。彼女の練習に付き合えないのは申し訳ない。後で説教ならいくらでも受けよう。でも、そうやってみんなの中にいる自分を思い浮かべるだけで、一眞の中には力が湧いてくるのだった。
(なにが普通怪獣だよ……お前はとっくに、普通じゃ収まらねえよ!)
「普通怪獣?」
「普通怪獣ちかちー。何でも普通で、いつもキラキラ輝いている光を遠くから眺めてて……」
果南の横で、梨子は以前千歌が語った自虐的なその呼び名を口にした。
「本当は凄い力があるのに……」
「自分は普通だっていつも一歩引いて……」
自分のことはいつも一歩引いて、普通だと卑下している。遥か遠い先にあると思っている輝きを、遠い眼差しでずっと見つめているだけなのだと、千歌は思っているようだ。
「だから、自分の力でどうにかしたいって思っている。ただ見ているんじゃなくて、自分の手で……」
尻餅をついた千歌は、そのまま沈み行く太陽に手を伸ばした。これまでは引いていたからこそ、スクールアイドルとなった今はその手で自分の輝きを掴もうとしているのだ。それと同時に、このパフォーマンスを成功させることがそんな普通怪獣から抜け出すチャンスなのだと千歌は思っているのかもしれない。
それを聞いた果南は腰掛けていたボートから立ち上がると、千歌の下へと歩いていく。
「千歌」
「果南ちゃん……」
そこで果南は、千歌へとあることを持ちかけたのだった。
今回の特訓シーンの一部は、わかる人にはわかるアレです。