Pratico-Inerte -アークナイツ二次創作短篇輯-   作:道臣

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前回シリアスだったんで今回ネタです。
台詞とか地の文アカンって言われたら消します。


スカジ -天災と呼ばれた女-

 昭和三十三年、日本は戦後の混乱期を抜け、高度経済成長に突入しようとしていた……。そんな表の世界とは真逆の場所。雷鳴轟く嵐の夜。魔物が潜む闇の世界で、とある伝説が始まろうとしていた……。

 

 

「悪いなぁ……! 姉さん……! それ、ロンや……!」

 クロワッサンが不敵に笑い、手牌を開いた。スワイヤーの顔には苦渋が浮かぶ。

 クロワッサンの情け容赦のない手がそこに現れた。断幺ドラドラの満貫手である。

「くそ……落ち着け……!落ち着くのよ私……!」

 これでスワイヤーの点棒は残り五千二百点を残すのみとなった。もう後はない。彼女の命の綱はこの箱の中に点々と散らばった数本の点棒だけなのである。

 これを失えばすべてが終わる。

 雷鳴轟く嵐の夜。スワイヤーはクロワッサン、チェン、ホシグマの三人と賭け麻雀に興じていた。

 否、「興じて」いたというのは不適切である。これは断じて遊びなどではない。スワイヤーにとってこの対局は今後の龍門近衛局における彼女自身の沽券に関わっていたのである。

 

 話は数日前に遡る。ロドスは龍門からとある依頼を受けた。それは今後龍門が再び緊急事態に陥った際に備えて、龍門当局各セクションを中心区域から分散する措置に関連して一部データを別の地区へと移行せよというものであった。これを受けたロドスはペンギン急便に下請けを出す。そこでペンギン急便では紙媒体における書類を、レユニオン残党から守りつつ龍門各地の指定された場所へと配達することとなったのである。

 ペンギン急便あるところには事件あり。当然の如くレユニオン残党に襲撃された彼らは、あろうことか開封厳禁の書類の一部を四散させてしまったのである。クロワッサンは報酬の減額を懼れこれを回収したのであるが、その中の一つ。どこにでもあるようなA4用紙を数枚束ねた文書が、スワイヤーをこの災禍へと巻き込むことになったのであった。

「えーっと……何々? 『龍門近衛局予算案改訂に関する重大極秘文書』……やて?」

 あろうことかクロワッサンはその内容を読んでしまったのである。これは表向き近衛局の予算案をウェイ長官直属の補佐官を通さずに近衛局と財政局で直接交渉し、部局間の意思疎通を図るものであったが、裏ではスワイヤーが当該交渉の実権を取りまとめることができるというものであった。

 つまりスワイヤーによる予算による近衛局私物化計画だったのである。

 クロワッサンはこれを恐喝の道具とし、スワイヤーに龍門における物流への口利きを求めた。しかしスワイヤーは首を縦に振らなかった。龍門政府当局に関する物流はスワイヤー一門が取り仕切っていたからである。

 そこでクロワッサンは最終手段に出たのであった。

「なぁなぁ姉さん。アンタも強情なお人でんなぁ。そこまで粘られたら私としても困ってしまいますわ。どないでしょ。ここは一度白黒ハッキリ、勝負で決めさせてもらうっちゅうんは」

 

 

 つまりスワイヤーは、極秘文書の返還をダシに呼び出されてしまったのであった。定められた日時に雀荘の扉を開いたスワイヤーは眼を疑った。

 

 な、なんてあの忌々しいチェンと、ホシグマまでいるのよ……!

 

 そう。全ては最初からクロワッサンの手の内だったのである。チェンとホシグマを抱き込んだ上で三人対一の勝負を挑み、さらにスワイヤーに圧力と緊張を強いる。端から公平な勝負などするつもりはない。明らかな不正、不公平が、スワイヤーにのしかかっていた……。

 

 

「ロンです。裏ドラは……なし、と……。ニ千六百点です……!」

「チッ……!」

 ホシグマがスワイヤーを仕留められなかったことに対してチェンは明らかな舌打ちをする。だが、スワイヤーはチェンの態度を気にしている場合ではなかった。

 半分を持っていかれ、残り二千六百点。場は東三局。この半荘で最下位に落ちればクロワッサンに勝つことは事実上不可能となってしまう。

 負ければ選択を強いられる。談合(くちきき)か、暴露か。

 なんでよ……。なんで私がこんな目に……! ただ私はちょーっと……、近衛局を自分のものにしようとしただけじゃないの……!

 あてのない怒りが彼女の心中に木霊する。

 今この卓に彼女の味方は存在しない。全ての黒幕クロワッサン、不倶戴天の仇チェン、チェンの腰巾着ホシグマ。その全てが敵なのである。

 誰でもいい……! 私には味方が欲しい……!

 この状況を何とかして頂戴……!

 それができれば誰だって……!

 たとえ悪魔でも……!

 

 

 雷鳴と雨音は鳴り響き止まず、雀荘の静けさをより一層際立てていた。そんな中で響いた異音。このような状況でなければ気づくこともなかったであろう微かな音に、卓を取り囲む四人全員が振り返った。

「……」

 それは扉を開ける音であった。降り注ぐ雨に打たれながら、長身白髪の女がそこにいた。

「ん? スカジはん、ちょっと間が悪いなぁ。ここは今貸し切りなんや。当たるなら他にしてくれへんか?」

「ちょ、ちょっと待って」

 クロワッサンを遮ったのはスワイヤーであった。

「彼女は私が呼んだのよ。十二時を過ぎても私から連絡がなければ、様子を見にこいって言ってあったの」

 当然そんな約束はなかった。ただスワイヤーは間が欲しかっただけなのだ。この状況を逆転できるような間が欲しかった。

 麻雀は運半分、判断力半分の勝負である。当然運のみでは勝てず、正しい判断のみでも勝てるものではない。そして雀士がどうにもできないのは前者の方であった。いくら相手の手を読めたとしても自らに手が来なければそれでおしまいなのである。

 故にスワイヤーが必要としていたのはこの"間"であった。続いていた勝負を途中で止める。つまりクロワッサンに向いていた流れを一旦止めたのである。それからならば自分に運が向いてくることがあるかもしれない。対策を考えている暇などない。スワイヤーが今頼みとしていたのはこの流れのみなのである。

 スワイヤーがスカジの相手をしている間、チェンやクロワッサンは熱が冷めたように携帯を弄ったり、あるいは牌を眺めたりしている。相手にとっても流れが止まった。これならば、行けるかもしれない。スワイヤーは一縷の希望に縋っていた。

 

 スワイヤーが抱いた一筋の光明。流れの転回はここから徐々に起こることとなった。

 

 勝負再開。東四局。親はスワイヤーの対面、クロワッサン。

 きた……!

 スワイヤーに一発逆転の手が入る。十巡目にして萬子の混一色七対子ドラ待ち。自摸れば倍満手である。これをモノにできれば一万六千点。現在のニ千六百点と併せて一万八千六百点。一気に二千点の差をつけて三位に浮上できる。クロワッサンから上がれば一万二千の行ってこいで二万四千点差を詰めることができるのだ。

 

 でも問題は……。

 

 対面クロワッサンの立直であった。捨て牌から察するにタンピン系統。一方スワイヤーの手は六萬もしくはドラの中であった。

 

 奴の手は恐らくタンピン。中は河にあるから捨てられるけど、この六萬はド本命ね……。

 

 スワイヤーは箱をチラリと一瞥する。手持ちはニ千六百点。もし放銃すればたとえクロワッサンがメンピンのみだったとしても二千九百点。点棒をすべて失い、敗退する。その危険は冒せない。

 となると、現物の中よね……。

 六萬に伸ばしかけていた手を中に移そうとしたその時だった。

 

「自分の死にざまを見届けることね」

 

 卓を囲む誰でもないその声色。冷たく言い放つような言葉を発したのはスワイヤーの背後に構えるスカジであった。スワイヤーも思わず振り返り、言葉の真相を探ろうとする。

 しかしスカジは黙って彼女を見つめているだけであった。声と同じ色をした目線でスワイヤーの顔を睨むように見続けている。

「なによアンタ。ちょっと黙ってなさい。今いいとこなんだから」

 気の強いスワイヤーもそう言い返すが、彼女の頭の中ではスカジの言葉が反射していた。

 確かにそうだ。こんなところで安牌を切って何になるというのか。これでは満貫八千止まり。四万点近い差があるクロワッサンを相手に東場が終わろうとしているのだ。ここで安目に逃げては到底勝てないであろう。ここで逃げてはスワイヤー一門の名が廃る。それにここで逃げるような小物ならば、そもそも近衛局をわが手に収めるなど到底不可能ではないのか。

 

 やはり、六萬を切るしかないわ……!

 

 ここを通しきるしか勝ちへの道は残されていない! その覚悟を胸に秘め、手牌から六萬を取り出す。

 

 通れ……!

 

 自らの矜持を全て込めた一牌を河へと打ち込む。

「強打ヤメテクダサイ」

 雀荘を仕切るショウの注意も意に介さない。これが通らなければ全てを諦める。その意を打牌で体現し、ゆっくりと指を牌から離す。

 

 …………。

 

 チェンは動かない。

 ホシグマは動かない。

 そして、クロワッサンも動かない。

 

 通ったわ……!

 

 僥倖であった。

 直後、下家のチェンがスワイヤーのロン牌、中を持ってくる。タンピン三色一向聴のチェンは、これが危ない牌だと知りつつも切ってしまう。誘惑に負けて。もしスワイヤーが立直を宣言していれば、賢明なチェンは中を切らずに手牌で抱えていただろう。しかし、スワイヤーは立直を宣言していなかった。故に起こった誘惑。チェンの脳裏に「まだ大丈夫だろう」という甘美な囁きが浮かんだのである。

「ロンよっ……!」

 スワイヤーの目論見は見事に的中したであった。

 放銃したチェンから一万二千点を奪い去り、一挙に三位に駆け上がる。

 

 この時から、勝負の流れはゆっくりとスワイヤーの方へと向き始めた。




つづく。
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