Pratico-Inerte -アークナイツ二次創作短篇輯-   作:道臣

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いつでも夢を

 ドクターは、なんでも知っています。天災と鉱石病のことだけではありません。世界にある文学、歴史、人々のことも幅広く知っていて、楽しそうに、あるいは哀しそうに話してくれます。

「朋遠方より来るあり。亦た楽しからずや」

 これはチェルノボーグ事変でロドスの人員が増えた時に、ドクターが言った言葉です。多くの友人と本当の道を進めることは良いことだ。という意味だと言っていました。多くの人を抱えたロドスの未来に、希望を見て言ったのだと私は思います。

あるオペレーターが鉱石病の症状で苦しんでいる時には、哀しそうな表情でぽつりと呟きました。

「之を亡ぼせり。命なるかな」

 ドクターがこういう口調で話すとき、私は必ず強い感情を見出します。純粋で汚れない喜怒哀楽の感情。それがドクターの中で重い重い質量を伴って漏れ出るのが、ドクターにとってのこうした言葉なのでしょう。

 

 私は最初、どうしてドクターがこんなことをするのかが分かりませんでした。

 

 一度、ドクターに聞いてみたことがあるのです。どうしてドクターは、自分の言葉ではなく他人の言葉に思いを載せるのですか。と。するとドクターは決まりが悪そうな顔で、分からない。と言ったんです。私はこういった言葉が好きだが、それを何故呟いてしまうのか自分でも分からない。と。

 

 

 ドクターは格言だけではなく、歌もよく歌います。ある時は大声で、ある時は口ずさみ、またある時は口笛でそれを誦します。私もみんなも、なぜかドクターのその歌に引き寄せられてしまいます。楽しい時ばかりではありません。哀しい時でもドクターは歌い、それを私達は黙々と聞いているのです。不思議なことに、ドクターは記憶を失くした今でもそういった歌を覚えていて、事あるごとに自分でも気づかないうちに口ずさんでいるのです。後から私達が指摘すると、驚いた表情をします。身体が覚えているのでしょうか? それとも、ドクターにとって、歌や言葉というのは本当に忘れられないほど重要なものなのでしょうか?

ドクターにとって特にお気に入りなのは、少し悲しい曲のようでした。曲調は明るくて、歌詞はホロリと切ないような曲。それがドクターのお気に入りでした。この暗いことばかり起こる世の中で、ドクターは悲しいことがあると頻繁にそうして歌っていました。

 例えばAceさんが死んだと分かったときには、本当に心痛な表情で歌っていました。

 

 思いもよらず我一人 不思議に命ながらえて

 赤い夕日のこの土地に 友の塚穴掘ろうとは

 

 ですがドクターも、嬉しい時は楽しい曲を歌います。

 誕生日をお祝いすると必ず楽しそうに。

 

 丘を越えて行こうよ

 真澄の空は朗らかに 晴れて

 楽しいこころ

 鳴るは胸の血潮よ

 讃えよわが青春(はる)

 いざゆけ

 遥か希望の丘を越えて

 

 龍門でファウストとメフィストの二人と対峙したときは。

 

Pleased to meet you

Hope you guess my name

But what's puzzling you

Is the nature of my game

 

 と、不敵な笑みを浮かべながら呟くように歌っていました。

 

 ですが、私がドクターの歌の本当の意味に気づいたのは、龍門での作戦が終わった時でした。瓦礫の中から星を見上げながら、ドクターは大声で歌い始めたのです。それは私から見ても苦痛な表情でした。楽しそうな顔をしてグシャグシャに泣いていたのです。

 

 星よりひそかに 雨よりやさしく

 あの娘はいつも歌ってる

 声が聞こえる 淋しい胸に

 涙に濡れたこの胸に

 言っているいる お持ちなさいな

 いつでも夢を いつでも夢を

 星よりひそかに 雨よりやさしく

 あの娘はいつも歌ってる

 

 この時ばかりは一緒にいた私もブレイズさんも、怪訝な目をドクターに向けました。なぜそれを今ここで泣きながら歌うのか。意味のない戦闘を続け、得るものはなく失うばかり。そのような状況でロドスもレユニオンも絶望を我慢している中で、どうしてそんな歌が歌えるのか。

 ブレイズさんが皮肉たっぷりに、瓦礫の中で夢ね。と呟くと、ドクターはその言葉には意も介さず、一緒に歌おうと言ってきました。私もブレイズさんも困惑するばかりですが、何度も何度もドクターが歌うその曲はすでに私の頭の中にべったりと張り付き、中々取れることはありませんでした。私もこれでドクターの気が済むならと思い、一緒に歌うことにしました。大量の瓦礫と亡骸のど真ん中、疲れ果てた三人が円座を組んで空を見上げて高々と歌ったのです。

 すると驚くべきことが起きました。まずブレイズさんがドクターのように泣き始めたのです。いつも強がっている彼女が号泣する様に私も目を疑いました。しかしブレイズさんは歌うのをやめようとはしません。それどころかドクターに合わせ、泣き声と感情を孕んだ歌声を天に昇らせていきます。

 気がつくと、私も泣いていました。それを自覚した瞬間から涙が止まらなくなりました。私もドクターやブレイズさんと同じくらい大声で泣きながら歌っていたのです。

 

 星よりひそかに 雨よりやさしく

 あの娘はいつも歌ってる

 声が聞こえる 淋しい胸に

 涙に濡れたこの胸に

 言っているいる お持ちなさいな

 いつでも夢を いつでも夢を

 星よりひそかに 雨よりやさしく

 あの娘はいつも歌ってる

 

 歩いて歩いて 悲しい夜更けも

 あの娘の声は流れくる

 すすり泣いてる この顔上げて

 きいてる歌の懐かしさ

 言っているいる お持ちなさいな

 いつでも夢を いつでも夢を

 歩いて歩いて 悲しい夜更けも

 あの娘の声は流れ来る

 

 言っているいる お持ちなさいな

 いつでも夢を いつでも夢を

 儚い涙を うれしい涙に

 あの娘はかえる 歌声で 

 

 歌えば歌うほど涙が止まりませんでした。でも歌うのをやめることはできません。ドクターやブレイズさんもそうだったに違いないでしょう。涙と声が枯れるまで歌うしかないことは明白でした。

 

 次に気がつくと既に朝日が昇っていました。どうやら疲れてそのまま眠ってしまっていたようでした。龍門近衛局の隊員さん達がやってきて、私達三人をロドスまで送り届けてくれました。

 

 私はあれ以降、なぜドクターが歌を口ずさむかをよくよく理解できたと思っています。

 この世界では誰もが自分の感情を押し殺しています。ロドス、レユニオンにいる感染者たちばかりではありません。私もあなたも、絶望の淵に立たされ続けた人間は限界を超えて感受性を押し殺してしまいます。それは暗い暗い、洞窟の中のような人生をはじまりなのです。でも誰もそれに気づくことはありません。絶望の淵に立たされ続けて、自己防衛本能として感情を押し殺したならば楽になれます。それに周りのみんながそうやって生きてきているならば、ますますその間違いに気づくことはないでしょう。ドクターは、押しつぶされそうな絶望の中でなお、自分の気持ちを殺してしまわないように歌っていたのです。精一杯の気持ちを込めて、尚この変えられないであろう世界に立ち向かおうとしていたのだと思います。

「いいもんだね」

 帰り道、ブレイズさんがそう言いました。何のことを言っているのか、私にはすぐにピンときました。

 歌っている間は、私も悲しくて仕方がありませんでした。救えるはずのロドスのオペレーター、レユニオンの人達、龍門スラムの子供達。そうしたものに対する私の押さえつけていた感情が解き放たれたように私の中から溢れてきたのです。ですが、終わった後は途方もない虚しさと一緒に僅かでも希望が沸いたような気がしました。

 

 ――ああ、ドクター。あなたはこの暗い世界で、誰もが感情を押し殺す世界で、絶望の淵に立たされてなお自分と世界に正直であるために歌を歌うのですね。

 

 楽しいときはもっと楽しくなるように。悲しいときはその悲しさを封じ込めてしまわないように。

 感情を押し殺し続けたら、それは化け物となってその人を襲うでしょう。呑み込まれたその人はもう二度と陽の当たる世界に身を置くことはできません。暗い暗い洞窟の中をさまよい続けて死ぬしかなくなってしまいます。もしそうなってしまったら、是非ドクターのように歌ってみてください。ある時は大声で、ある時は誰にも聞こえないような小声で。それがあなたを照らし出し、再び日の当たる洞窟の出口へと誘ってくれるでしょう。

 ドクターは私なんかより、よっぽど優秀な感情アーツの使い手です。だって、こうして人の心を再び取り戻すことができるのですから。

 

 最後にひとつ、ドクターから教えてもらった歌を書いておきます。龍門で歌ったものと同じく、ドクターが大好きな歌です。

 私へ。もしも感情の受け止め方を忘れてしまったときは、これを歌ってください。きっと、再びそれを取り戻せるはずです。

 

 

I'm singing in the rain

Just singing in the rain

what a glorious feeling

I'm happy again

I'm laughing at clouds

So dark up above

The Sun's in my heart

And I'm ready for love

 

Let the stormy clouds chase

Everyone from the place

Come on with the rain

there's a smile on my face

I'll walk down the lane

With a happy refrain

I'm singing Just singing in the rain

 

Why am I happy

And why do I sing?

Why is September as sunny as spring?

Why do I get up

Each morning to start?

Happy and hear up

With joy in my heart

Why is each new task

A trifle to do?

Because I am living

A life full of you

 

I'm singing in the rain

Just singing in the rain

What a glorious feeling

I'm happy again

I'm laghing at clouds

So dark up above

The sun's in my heart

And I'm ready for love

 

Let the stormy clouds chase

Everyone from the place

Come on with the rain

There's a smile on my face

I'll walk down the lane

With a happy refrain

I'm singin'

Just singin' in the rain

In the rain

In the rain

 

 

 ――某月某日

 ――アーミヤの日記より抜粋

 




選曲は私の趣味です。

使用楽曲コード:00701653,01300679,0S043408,0S315009

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