FLOWER KNIGHT LEAF   作:藤宮ぽぽ

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3-3 イフェイオンとモミジ、それぞれの想い

  

 モミジは、困惑していた。

 

 きのう騎士団の拠点に帰ってきたあと、イフェイオンの一件をスズランノキから聞かされた。

 冷静になって考えてみれば、もっともなこと――と、反発する気は少しも起きなかった。

 とはいえ、それはモミジが深く信頼するスズランノキの言葉だからであって、もしイフェイオン自身から直接口にされたなら、素直に受け入れられたかどうかは分からない。

 

 

(だから。まず、落ち着いて話をしよう……)

 

  

 幸いなことに、今日はお互いに時間に余裕があるようだ。

 とはいえ食堂では、真剣な話をする場としては適当でないように思える。食べ物を口にしながら気楽に話すような内容ではないからだ。

 けれど。そんなことを理由に言い出しかねているうちに、事態は勝手にどんどんと進んでいき――

  

 そして、気がつけば。

 なぜかイフェイオンと2人きりで、大浴場にいるのだった。

 

 

 

 イフェイオンにしても、他の花騎士たちと考えは変わらない。つまり、入浴するのは任務を終えてから、とするのがいつものパターンだ。

 それから思えば、こんな昼間から大浴場を利用するのは、本当に特別ということになる。が、特別でもなんでも、いっこうにかまわない。

 とにかく今は、身体じゅうが生クリームでベトベトになってしまったのを、早くなんとかしたかった。

 

 拠点内で過ごす花騎士が多いということは、今日にかぎって大浴場も早くからにぎわっているかもしれない。一刻も早く入浴したいという気持ちはあるものの、顔見知りの花騎士と出会っていちいち事情を説明する必要を考えると、わずらわしい気分にもなってしまう。

 ところが、イフェイオンの想像に反して――まだ日も高く昼食時間を終えたばかりの浴場は、閑散という表現そのままの姿で、あっけにとられる彼女とモミジを迎え入れていた。

 まるで、2人が本日の一番風呂の主であるかのように。

  

  

 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

  

  

(これは……勝てないかも……)

 

 

 一目見た瞬間、イフェイオンは内心で白旗を上げざるをえないような気分に襲われていた。

 

 身体のあちこちに付着した生クリームを洗い流したあと、浴槽に浸かる直前、入念にかけ湯をするモミジ。

 彼女の全身に注がれ、そして弾かれる飛沫。

 昼の窓から差しこむ陽光を浴び、キラキラと黄金のように光輝を放ちながら。まるでモミジの身体を守護する妖精のように、その周囲で踊っている。

 あれほどの巨剣を軽々と扱いながら、硬くゴツゴツとした部分はわずかほども見られない。どこまでも均整のとれた、そして充分な色香をも感じさせるプロポーション。

 ほどよく実った2つの隆起を経て、湯が足下に向かってなめらかな肌を伝っていく。優美そのものといったその光景は、思わずはっと息を呑むくらいだった。

 

 

「……? どうしたんですか、イフェイオンさん?」

 

  

 イフェイオンの視線に気づいたモミジが、手を止めてこちらを見た。

 

  

「う、ううん。なんでもない」

 

  

 あわててイフェイオンも湯桶を手にすると、いささか乱暴にざぶんと湯を身体にかけて、いそいそと浴槽のなかに身を沈める。

 

 昼間の大浴場は、いつも以上に輝いているように見えた。

 湯水も清潔さがありありとうかがえて、どこまでも透き通っているようだった。

 

 

(こんなときくらい、ちょっと濁っててもいいのに……)

 

 

 魅力的な女性というのは、まさにモミジのような身体つきのことをいうのだろう。これではお互いの差があまりにも鮮明に浮かび上がってしまう。不公平のきわみだ。

 胸のボリュームに関してだけは、モミジにも負けてないと思う。けれど、身長についてはもっと伸びてほしかった。どこか子供っぽさが抜けきらない容貌も、総合的な色香を損なわせている一因となっているに違いない。

 

 

(……ようやく分かったよ。きのうの害虫討伐の帰り、団長がわたしじゃなくて、モミジを選んだ理由が……)

 

 

 完全に納得だ。

 どんな花騎士にも普段は分け隔てなく接している団長とはいえ、たまにはその双肩にのしかかった重責から解放されたくなるときもあるだろう。まして凱旋途中ともあれば、気持ちもいくらか緩むはずだ。

 もし自分が団長の立場であっても、モミジを選ぶに決まってる。自虐的に、イフェイオンは認めた。

 

 

「……さっきから様子がおかしいですよ、イフェイオンさん?」

 

「……別に」

 

  

 こちらをうかがうモミジに、わざと顔をそむけるイフェイオン。それと同時に、ぱしゃりと湯水が跳ねた。

 この行動も失敗だ。如才なくその場をやり過ごすのではなく、どうしてこんな明確に拒絶的な意思を示してしまったのだろう。

 

 

「でしたら……聞いてください」

 

  

 昨日からつづく、重ね重ねの失態。

 なのに、それでもなお。イフェイオンの背中に向かって、モミジは語りかけるのを止めようとはしなかった。

 

    

「昨日のこと、なのですが……」

 

 

 

  

 モミジは、思う――

  

 さっきの食堂では、とても切り出す気にはなれなかった。雑然としたあの空気の下では、せっかくの真剣さが伝わるかどうか非常に疑わしい。

 でも、この大浴場なら。幸いなことに、他の人間もいない。イフェイオンと2人きり、何を話そうが周囲を気にする必要はない。

 ニシキギは今ごろ、スズランノキからおおいに絞られているところだろうか。もともと悪気があったわけではなさそうだし、結果的にこの場を作ってくれた感謝をこめて、あとで何かしらフォローしてあげてもいいかもしれない。

 

 

「……ごめん、モミジ。それ、聞かないでいい、ということにはできないかな……」

 

  

 しかし。

 モミジとはまるで正反対に、大浴場に来てからのイフェイオンは、理由は不明ながら先刻にも増して自分の殻に閉じこもってしまったように見えた。

 

  

「……あなたとは、たまたまチームを組んだだけだし。それだけで団長と何があったかなんて、わたしが聞く必要はないよ」

 

「……え?」

 

 

 思わず、聞き返してしまった。

 何を言っているのだろうと、イフェイオンの意図がモミジには理解できなかった。

 

  

「団長と私に、何かおかしいところがあるんでしょうか?」

 

「だ、だって昨日、2人だけで……」

 

  

 なるほど。イフェイオンが言っているのは、帰還途中の出来事のことだろう。

 

  

「はい。団長についてくるよう、命令されたので」

 

「……そうだよね。あなただけ、特別にね」

 

「はあ。でも、いつものように護衛の任を果たしただけですよ?」

 

  

 ありのままに、昨日のことを正直に告げる。すると目の前で、イフェイオンがあきらかに戸惑いはじめた。

 とはいえ何が彼女をそうさせているのか、モミジにはまるで見当がつかない。

 どうもイフェイオンは、なにか大きな勘違いをしているのではないだろうか。そんな気がする。

 

 

「街のなかといっても、不測の事態というものはありえますし。それに最近、騎士団長ほどの身分の人のひとり歩きを懸念する声がどこかで上がった、なんて噂を聞いたような気もします」

 

  

 これは私の推測でしかないですが――もしかすると団長もその噂を耳にして、余計な波風を立てないようにしたのではないでしょうか。

 推測、などと前置きをしつつ。けれどほぼ間違いないだろう、とモミジは思っている。

 

  

「護衛役に私が選ばれた点は、おそらくですけど……」

 

「待って、わたしに言わせて」

 

  

 イフェイオンの声が、モミジの次の言葉を押し止める。

 

  

「たぶん、そう……護衛役ということを内外に示すには、わたしやスズランノキの武器より、モミジのような大剣が誰の目からも一番シンプルで分かりやすいから、とか……」

 

「はい、私も同じように思います」

 

  

 話が進むと同時にイフェイオンが少しずつ冷静さを取り戻していっているように見え、モミジは内心で安堵の吐息をついた。モミジの知るかぎり、こんなイフェイオンの姿を見るのははじめてだ。

 ただ、今度は一目でわかるくらい、彼女の顔がみるみる赤くなっていった。湯に当たったのかと一瞬思ったが、どうやらそれとは違うようだ。

 

   

(……かわいい……)

 

 

 モミジはふと、イフェイオンの姿にそんな思いを抱いた。

  

  

 

 

 ――もしも、自分が男性だったとしたら。

 自分の横にずっといてほしいと願うのは、イフェイオンのような愛らしい女性ではないだろうか。

 そんなふうに、モミジは思う。

 

 小柄なせいか丸みが強調されたように見える全身は、非常に女性的だ。それでいながら身長とはアンバランスに思えるほど胸のふくらみは充分に自己を主張していて、彼女の顔立ちのように美しく整ってもいる。

 

 

(団長の一番に……どんなことでも、私はなりたい)

 

 

 丸みを帯びているといっても、無駄な贅肉はどこにもない。イフェイオンが手足を大きく伸ばしたとき、驚くほどすらりとした手足が現れるからだ。

 

 

(でも、ひとりの女性としては……今のままでは、彼女にとても及ばない……)

 

 

 湯水を通して見ても、きめの細かそうな肌だということは一目にしてわかる。

 厳選された、甘い果実。そんな彼女の肢体が湯水の表面の動きに合わせて波のように揺れる姿は、思わず魅入ってしまいそうになるほどだった。

 

  

「はあ……」

 

  

 思わず漏れてしまう、感嘆のため息。

 

  

「一番になるには、あとどれくらいかかるんだろう……」

 

 

 ――そこで、はっと気がついた。

 ほとんど反射的に、周囲を見回してしまう。そこではっきりと、視線が交錯する。

 

  

「……も、もしかして、今。その……なにか口に出していましたか……?」

 

  

 ちょっとだけ申し訳なさそうな顔とともに、イフェイオンが小さくうなずく。今度はモミジが赤くなる番だった。

 そして、やっと。

 今ごろになって、先ほどイフェイオンが赤くなった理由がなんとなく理解できたような気になるモミジだった。

 

   

 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

  

 ――それから、しばらく。

 いちど湯から上がり、身体を洗って。温まった身体を軽くクールダウンさせると同時に、心の平静を取り戻すようよう努めて。

 なんとなく、2人は壁面にもたれかかりながら、肩を並べるようにしてふたたび浴槽に身を沈めていた。

  

 ふたたびの、無言。イフェイオンの方からも、言葉はない。

 それでも。沈黙が破られるまで、思ったほどの時間はかからなかった。

 

 

「……イフェイオンさんの一番って、何ですか?」

 

「……どうして、そんなことを聞くの……?」

 

  

 そう返されつつも、この大浴場ではじめに言葉を交わしたときに比べて、明らかに硬さは感じられない。

 

 決して、譲れないもの――

 モミジの中で、きっとそれは終生変わることはないだろう。

 けれど、折り合いをつけることはできる。相手の気持ちに寄り添えると感じたなら、なおさらだ。

 

 

「……花騎士って、本当にいろんな人がいますよね」

 

  

 器用に話すことは、正直苦手だ。

 

  

「性格は様々ですし、境遇だってみんな違う……」

 

  

 だけど、とにかくぶつかってみるしかない。

 その結果、イフェイオンの理解が得られなかったとしても、それはそれで仕方のないことだと諦めればいい。モミジはそう決心した。

 

  

「それでも、私は。どんなことでも、一番になりたいんです……」

 

「……」

 

「……どう、ですか。おかしなことだと、イフェイオンさんは思いますか?」

 

「……一番になりたいというのは、あなたにとってすごく大事なことなんだよね……?」

 

「はい、とっても」

 

「……うん、分かった」

 

 

 人それぞれの、譲れない思い。

 花騎士であるかぎり、その思いはまばゆく輝いていて。そして、何にも増して強固なものに違いない。

 その大切さに気づいたからか。イフェイオンはそれ以上、踏み込んではこなかった。

 

 

「でも、昨日のような戦い方は……勇猛というなら聞こえはいいけど、見方を変えれば蛮勇というふうに受け取ることもできる」

 

「……否定できません……」

 

「指揮官の団長が倒されたら、元も子もない。だから、もう二度とやらないで……とは、言わない」

 

「……え?」

 

 

 満たされている湯が、小さく波打つ。

 あらたまったようにイフェイオンは浴槽の中で体勢を変えると、モミジと正面から向き直った。

 

  

「もう少しだけ、周囲を気にするようにして。そうすればわたしももう少し、うまくフォローできると思うから……」

 

「……分かりました。約束します」

 

「……なら、もうこの話はこれでおしまい。分かってくれさえすれば、それでいいもの」

 

 

 ふっと表情を緩めるイフェイオンを見て、彼女が今の言葉にどれだけの実感をこめていたのかを、モミジはあらためて思い知った。

 

   

 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

  

 ――かつて、取り返しのつかないものを失った。

 大切な家族であり、追いかける目標として慕っていた姉。

 その背中をもう追うことはできない、と教えてくれたのは、団長だった。そしてそのとき、同時に団長が示してくれた姉の遺志が、モミジの心の支えとなった。

 

 しかし、そればかりではない。思い返してみれば、モミジの心に開いた空洞は、彼女がひとりで埋めたのではなかった。

 スズランノキが、ニシキギがいてくれたことで、空洞の奥底が奈落へとつながっていたかもしれないところを、寸前で引き揚げられたのだ。今の自分がいるのは、2人のおかげだった。

 それでも、空洞の存在を忘れたことはない。完全に埋まることはなく、いつまでも存在しつづけるに違いない。

 

 

「……一見すると、冷たそうに見えますけど。でも、イフェイオンさんって……」

 

  

 お互い、なにかに強く執着しつづけている。もはや得ることは叶わないと知っているにもかかわらず、だ。

 あるいは自分と彼女は、とても似た者同士なのかもしれない。

 

 

「……本当は、面倒見が良くて。アプローチの仕方はまるで違うけど、それでもスズランノキが2人いるみたい……なんて、そんな気がします」

 

  

 笑顔を見せている自分に、モミジは気がついた。

 

 いつかイフェイオンにも、姉のことを話せる日が来るに違いない。

 そしてそれは、思ったほど遠いことではない。そんな気が、モミジにはしていた。

 

 

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