なにやら最近では『守護神蟲』なる単語も飛び出して、敵どころか「実は味方だった!」的な位置にシフトしつつあるようですが。
まだラスボス格としてバリバリ元気に(?)活躍しておられた、そんな時期に書かれたのがこのお話だったりします。
4-1 カルミアも一緒にやるデス♪
「ほわあぁぁ……」
感嘆まじりの吐息が、思わず口をついて出た。
想像していたより、はるかに広大な敷地。
重厚な雰囲気のなかに
心のうちに描いていた世界を、そこはまるきり超越していた。
「すごいデス! これはまさしく、まさしく……えれがんとデース!」
はじめて訪れた、本物の騎士団。
幾多の花騎士を擁する、その拠点。
これからここで、新たな日々がはじまるんだ。
そう思うと、あれもこれもと興味が次々に湧いてくる。
憧れから現実となった、花騎士の世界。それは、カルミアの興奮度を一気に最高潮にまで押し上げてしまった。
くるくると、軽やかに愛用の傘を回しながら。着任の挨拶に赴くこともすっかり忘れてしまったように……カルミアはただただ、騎士団の威容に圧倒されていた。
◇ ◇ ◇ ◇
それから、新しい生活にすっかり慣れ親しんでしまうまで。
カルミアを迎えたのは、多忙で濃密な毎日だった。
最初に抱いた印象どおり、この騎士団の規模は、スプリングガーデンの各処に点在するうちでも、有数のものを誇っていた。
ただそれだけに、所属する多数の花騎士の全員に挨拶回りするだけでも、簡単には終わらない。生まれ持った性格で初対面の相手ともすぐに打ち解けられるとはいえ、さすがにこれだけ立て続けにとなると、ちょっとした苦労なのだとはじめて知ることにもなった。
騎士学校を卒業して、カルミアに示された配属先。学生として送った日々と実践の場での生活とはやっぱり違うことも多くて、最初は戸惑うことが自分の任務なのではないだろうかと、そんなふうに思うことすらあった。
それでも、誰の上にも等しく。
すべての花騎士に、時間はきわめて公平に流れていく――
◇ ◇ ◇ ◇
「だんちゃーん! 今日も一緒に遊ぶデース♪」
とたたたたっ。
軽快そのものなリズムを刻んで、一直線に団長の執務室へと駆け寄ってくる足音。
その声の正体を確認するいとますらなく、執務室の扉が外側から遠慮なく開かれる。
「……いないデス?」
きょろきょろ。
部屋の内部を見回して、確認。
それから、カルミアは力が抜けたように肩を落とした。
「せっかく、今日はお休みの日なのに。がっかりデース……」
着任時の自己紹介もそこそこに、ハグからはじまったカルミア式の挨拶にも、咎めることなく受け入れてくれた団長。
優しくて、さらに頼もしくて、そしてカルミアの大好きな存在の姿が、今は見当たらない。
部屋の主は、どうやら不在のようだ。
とはいえ。完全に無人、というわけでもなく。
「カルミアさん? 団長さんに用事ですか?」
団長とは違う声音を、カルミアの耳が捉える。明らかに女性のものだった。
が、カルミアからの返答はない。何事もなかったかのごとく、すたすたと部屋の中央を突き進んでいく。
そしてそのまま、まるで片付けられたように一番奥の壁ぎわに置かれていた団長の執務椅子の前に来ると。ぴょこんと飛び乗るように着座して、そこでようやく口を開いた。
「ここ、だんちゃんのお部屋。なのに、ひとりで何をやってるデス?」
自分に投げかけられた質問に答えるより、逆にカルミアから問いかける。
「わたし、ですか? わたしは、団長さんが留守のあいだにと思って……」
――肩先で揃えられた栗色の髪が、ふわりと揺れた。
可憐さと明るく健康的なイメージを完璧なまでに調和させた、ひとりの花騎士。
そんなスノードロップは、カルミアの非礼にも怒ったそぶりはまるで見せない。
木漏れ日のような、温かみのある笑顔をのぞかせながら。穏やかに、彼女は説明をつづけた。
「こうやって、部屋のお掃除をしてあげてるんです。普段からお仕事が大変みたいですし、ほら、すぐに書類なんかも溜まっちゃって」
話をしながらよいしょと、いくつかにまとめた書類の束のひとつを、本棚の前に積まれた別の山へと運んでいくスノードロップ。
「ふわあぁ……。本当にすごい量デース……」
もとは一枚の紙片とはいえ、山となるほど積もった束を繰り返し運搬するのは、なかなかに骨が折れそうだった。
よく見れば、部屋の側面にはホウキやバケツといった清掃用具が並んで置かれている。書類整理だけでなく、かなり徹底した掃除を行うつもりのようだ。
「スノーちゃん、これを全部ひとりでやりきろうだなんて、すごいデス! カルミア、驚きデース♪」
「す、スノーちゃん……?」
「……そう名前を呼ぶの、だめデス?」
「い、いえ! 急だったから、少し驚いただけで。
えへへ、なんだか嬉しいです……」
苦手な相手なんて、どこにもいない。
誰とだって、いつでも仲良くなれるカルミア。
そのうえこうして、すぐにニックネームをつけてしまうことで、ごく自然に互いの距離を縮めてしまうことができるのが、彼女の大きな長所のひとつだった。
「わたしも、今日は非番をいただいてるんです。でも、自分の部屋でひとりでいるのも、なんだかもったいない気がして……」
「それ、とってもよくわかるデス! カルミアもお休みの日は、ひとりよりもみんなで遊んだほうが楽しいと思うデス~♪」
「ふふ……そうですね」
ストレートな驚きと賛辞、そして疑いようのない好意を寄せてくるカルミアに、少し照れたように話すスノードロップ。
「それに部屋の掃除とか、家事そのものがとっても好きなんですよ。部屋がキレイになっていくと達成感を得られるというか、楽しい気分になっちゃって」
言われてみればたしかに、カルミアがこの部屋に入ってはじめて彼女の姿を見た時から、心ならずやっているといった雰囲気はまったくなかったように思う。
小さいことにもよく気がついて、これまでにもカルミアに何度か声をかけてくれたことを覚えている。
いつも笑顔を絶やさず、分け隔てなく優しくて。故郷を離れて多くの姉と気軽に会えなくなってしまったカルミアにとって、まるで新しい姉がこの騎士団でできたような気分だった。
「よーし。それならカルミアも、今日はスノーちゃんのお手伝いをするデース! 2人で力を合わせて、だんちゃんが帰ってきたら褒めてもらうデス~♪」
勢いよく椅子から立ち上がり、ふんっと意気込んでみせるカルミア。
スノードロップのように、家事がとりわけ好きというわけではないけれど。でも、姉のようにあたたかな相手と一緒なら、きっと楽しくできるはずだ。
「でも、その前に……スノーちゃんと、がんばろうのハグをしてからはじめるデース♪」
「ちょっ……カルミアさんっ!?」
ぴょんっ。
その場から一気にジャンプするように、スノードロップの胸元へと飛びこんでいくカルミア。
対して不意打ちに驚く受け手のほうは、まるきり備えを取ってはいなかった。
「わっ、わわわっ!?」
結果。2人はもんどりを打つようにして、そのまま床へと倒れこんでしまう。
同時に、まだ整理しきれていなかった書類の何枚かが、ひらひらと宙を舞った。
「あいたたた……。カルミアさん、大丈夫?」
2人ともケガがないようなのは、幸いといったところだろう。
手早く互いの無事を確認して、ほっと安堵の息をつくスノードロップ。
と、その時――
ふと、カルミアの手にしているものに気がついた。
「あれ? カルミアさん、それって……」
「……ふにゅ?」
飛びつかれて大きくバランスを崩したスノードロップに対して、無我夢中だったのだろう。いつの間にか何か掴んでいたことに、カルミアはまったく気がつかなかった。
溺れる者はなんとやら。けれど、それが2人のまわりを舞っていた書類の一枚であったのでは、なんの助けにもなろうはずがない。
これでは手伝うどころか、かえって邪魔となりかねない。と、今さらのごとく反省しつつ……その意欲にさらなる油を注いだカルミア、だったが。
「……スノーちゃん?」
安堵した様子に変化はないものの。その一方でカルミアを受け止めたまま、今度は固まってしまったスノードロップ。
衣服越しに伝わるぬくもりと優しく甘い香りを感じながら、カルミアは凝固したままの彼女の視線の先を追う。
自身が手にした書類。そこに記されていた、ひとつの単語。
期せずして。
カルミアとスノードロップは、お互いの顔を見合わせていた。
「……ないど、ほぐる……?」
――
古代の住人にして、人々の記憶に悪夢として留まりつづけている名称。
しかし封印という過程を経た今となっては、それは伝説的存在として、多くの者にとって現実感を伴わぬものとなっているはずだった。
……これまでは。
千の足を持ち、無数とも思われる眷属の上に君臨する、忌まわしき暴威。
すべての生命にとっての、
「これ、最近復活したって噂になってる……」
『ナイドホグル討伐における精鋭部隊の選抜概要』
そう最上段に特記された文字からも、案件の重大さがうかがえる。
<――かかる未曽有の有事に際し、各地の騎士団は速やかに強力無比なる花騎士部隊を整備し、これに当たらしめよ。
なお、参集すべき所定の地点、また日時については――>
夢物語などではない。
伝説が、現実のものとして世界を覆っている。そのことを、書類の内容は雄弁に証明していた。
「これは……。きっとすごい任務になるデス……」
当然、この騎士団からも人員を出すことになるのだろう。
おそらく、戦力として最高クラスのものを要求されるに違いない。規模に応じた役割を考えれば、そうでなければむしろ不自然だ。
再び書類へと落とした視線は、もはやそこから逃れられなくなっていた。
団長の口からは、いまだ何も告げられてはいない。
深入りはよくない、ということはわかっている。けれど、一度湧きあがった好奇心を抑えこむのは困難だった。
「カルミアさん……?」
「ひょっとしたら……ううん、ひょっとしなくても。とってもとっても、びっぐなちゃんすなのデース♪」
身体の内側が、何かもぞもぞするような気分だった。
こうして真っ先に重要な情報と巡り会えたのも、間違いなく縁というもののおかげだろう。
――カルミアが大活躍し、そしてみんなが羨むような一大物語。
それは、きっとここから始まるのだ。