花騎士・サツキ。
在籍期間は古株と呼ばれるに相応しく、拡充をつづけるこの騎士団において後輩たちをまとめるリーダー格のひとりだ。
そんな彼女を「さっちゃん」と気安く呼びつつ、どこでも追いかけてくるような人間は……たったひとりしかいない。
「さっちゃんさっちゃん! さっちゃんはどう思うデース?」
「あのねぇ、カルミア……」
正直なところ、サツキ本人はこの呼ばれ方があまり好きではない。
だから、思いがけなく同じ騎士団に所属する先輩後輩としてカルミアと再会したとき、以前とまったく変わらない距離感で接してくる幼なじみの態度に、思わず天を仰いでしまったほどだ。
「? さっちゃん、どうかしたデス?」
「……ふう。もういいわ……」
当のカルミアには、まったく邪気がない。それゆえ彼女の笑顔を見ると、抗議する気持ちもすっかり失せてしまう。
「……それで、何の話?」
「決まってるデース! あの《ナイドホグル》のこと、さっちゃんもカルミアと一緒に、だんちゃんから聞いてたデスー!」
ああ、なるほど……。
熱に浮かされたというか、興奮した気持ちをそのままにしてサツキの部屋に飛びこんできたカルミアの意図が、ようやく分かった。
「そうねぇ……」
カルミアとスノードロップが誰よりも早くその情報に接した、同じ日の夕食後。
そのときはナイドホグルという新たな脅威についての確認と概況説明が行われただけで、具体的なメンバーの選考や発表といった内容は日を改めて次回以降に、という話だった。
「選ばれるとしたら、やっぱり経験重視よね~。それに他の騎士団と協調することにもなるのだし、ある程度世慣れていることも求められるかもしれないわねぇ」
団長の説明にもあったように、きわめて危険な相手だという。
つまり、あらゆる――場合によっては悲劇的な事態まで、おそらく想定に入ってくるということだ。
「いいわね……。このいかにもピンチな感じ、たまらないわぁ……」
サツキが求めてやまないもの。
逆境や危機に身を置いてこそ、生きていることへの充足感が得られる――とするなら、今回の討伐任務は、まさしく理想的と呼べるだろう。きっと最高の刺激を味わえるに違いない。
実績は着実に積み重ねてきている。後輩の花騎士からも信頼され、評価もそんなに悪くはないと思う。
ただ、どうにも改めがたいのが……危険な状況を好み、あえて身を追いこみたいという願望を抑えきれず、自身のみならず他者にまで向けてしまう場面が往々にしてあるということが、サツキ本人も自覚している大きな欠点だった。
「選抜部隊! カルミアも加わるデス~♪」
「……あなたが?」
「カルミアならできるデス! いっぱいい~っぱい大活躍して、だんちゃんに褒めてもらってハグするデース♪」
「ちょ、ちょっと待って。まだ誰ひとりとして、決まっているわけじゃないのよ?」
経験や実績、また場合によっては他の騎士団の花騎士を統率する可能性も考慮されるとすれば、日頃からリーダーを務めるサツキが選出される公算は高い。
しかし、一方でカルミアとなると。まだ騎士団に配属されて日が浅いことは、やはり無視しえない判断材料のひとつといえる。
高い意気込みは評価できるにしても、それだけで選ばれるほど今回の任務は甘くないはずだ。
「う~ん、決めるのは団長さんなのよねぇ……」
そう言って、サツキは自身の考えを口に出すのを控えた。
今、自分の下した判断をカルミアに告げたところで、それはサツキの思考が導いた結論でしかないからだ。
「……でも、何が起こるか分からないのよ~? ひょっとしたら、私たちの想像以上に手強い相手かも……」
話しながら、同時に頬が緩んでくる。スリルは高ければ高いほど楽しいだろうし、歓迎したいところだ。
「大丈夫デ~ス! さっちゃんがいてくれるデス!」
「ちょっと、私がいるからって、それが……」
「カルミアに花騎士の才能があるって言ってくれたの、さっちゃんデス。そのさっちゃんと一緒なら、どんな害虫だってえれがんとに倒せるデス~♪」
ぴょんこぴょんこ。
腰かけているサツキのベッドの上で軽く飛び跳ねながら、疑うことなく真っすぐな瞳を向けてくるカルミア。
「だから……さっちゃんから、だんちゃんにお願いしてほしいデ~ス。カルミアなら選んでも大丈夫だって、そう言ってほしいデス」
――なるほど。
つまりこれが、今回の来訪の一番の目的なのだ。
カルミアとしては、討伐任務にぜひとも加わりたい。けれど新参の身では選抜メンバーに抜擢される可能性の低いことは、充分に理解しているのだ。
そこで、自身で嘆願するより、サツキの推薦という形をとった方が、団長への説得力が増す。そう考えたに違いなかった。
「……そうね~。あなたがついてくるのも、アリかもしれないわねぇ……」
……それならば。
逆境に追いこまれ、心身をすり減らしながらギリギリで乗り越えていく楽しみを知ったら、カルミアはどうなるだろう。
その前に苦しさや痛々しさに耐えかねて、サツキを強く責めることになるかもしれない。
どちらの結末を迎えるにせよ、どう転ぶか分からないというスリルが味わえそうな気がする。
花騎士となった以上は、遅かれ早かれ、困難な状況に直面するはずだ。それに正対し、向き合うことは義務であり、逃げることは許されない。
カルミアにとっては、ひょっとすると今回がその試練の場なのかもしれなかった。
……サツキは、ふたたび自分の頬が緩んでしまうのに気がついた。
「今のままでも、充分に強くなったと思うわ~。恐ろしくて強大な害虫と聞けばそれだけで怖気づいてしまう子もいるはずなのに、あなたは自ら進んで加わろうとしているんだもの……」
甘えたがりなところは、今も昔も変わっていないけれど。
まさかこんなになるなんて、昔は想像できなかったわねぇ――
ともに過ごしたかつての時間を、脳裏に淡く再生しながら。
ゆっくりと。
サツキの思考は、ひとつの決断にたどり着いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「そんなことがあったんですか……」
――拠点の内部が、全体的にどこも慌ただしくなってきている。
これまでに感じたことがないほどの緊張の糸が随所に張りめぐらされ、所属する花騎士の誰もがそれぞれの鍛錬や任務に普段以上の身を入れているように見えた。
各騎士団は持てる戦力のうち、きわめて強力な精鋭部隊をナイドホグル討伐へと割かねばならぬ一方で、それぞれが受け持つ地域の平和や安定維持も怠ることはできない。
状況は、あきらかに常とは異なっている。
だからこそ、余計なことに心を
「……その後、2人で話をする機会は……?」
拠点内の一角に設けられた、屋内訓練場。
外窓が備えつけられた壁面に身を寄せつつ、それから彼女はぴたりと口を閉ざしてしまった。
不承不承といった態度もあらわに経緯を語り終えるや、外の景色へと顔を向けたまま、こちらを振り返ろうともしないサツキ。
そうした彼女の反応を見れば、自身が投じた質問の答えはスノードロップにも容易に推測することができた。
「でも……ちょっと意外かも」
「……」
「サツキさんだったら、その……逆に積極的に送り出しちゃうんじゃないかって、そんな気がしたから……」
スノードロップも知っている。というより、公然の事実というほうが近い、サツキの癖。
――来たるナイドホグル討伐に関しての選抜人員が発表されてから、数日ほどが過ぎた。
公表されたメンバー表のなかにサツキとスノードロップという、両者の名前を見ることはできる。
しかし。カルミアという文字は、なかった。
「あのときのカルミアさんのすごく気落ちした顔、わたしも見ました。だから、わたしにできることがあれば、何かしてあげたいなって……」
団長の執務室で思わず顔を見合わせた、あの瞬間から。非常に強い興味と意欲をカルミアが示していたことは、スノードロップもよくわかっている。
だからこそ自分まで心が痛むし、消沈するカルミアをフォローすることができれば、と思わずにはいられなかった。
「……お節介よねぇ、あなたって」
サツキが、ぽつりと漏らす。
「そうかもしれません。でも……それが、わたしだから」
スノードロップの花言葉のひとつは、『慰め』。
誰かが立ち直り、再び笑顔を作れるまで。いつだって、いつまでも、その力になれたらいいと思っている。
「……花騎士を目指すって言い出したときも、そうだったわ。真っすぐで、一直線なのよねぇ……」
スノードロップは、ただ穏やかにうなずいた。
カルミアとは幼なじみなのだという。だからきっと、自分が入りこめない何かが、2人の間にはあるに違いない。
「物怖じをしないというあの子の性格は、それはそれで悪いものではないんだけど……」
「それでも、他の騎士団からは実力と同時に、おそらく信用も求められると思います。そうなると……」
カルミアが騎士団に所属して、まだ日が浅い。そんなことは隠しきれるものでもなく、つまり信用を得ることは難しいと判断するのはやはり妥当というべきだろう。
「私の欠点、あなたも知ってるでしょぉ? 危険と聞くとね、つい飛びこんでしまいたくなるのよ~。私自身もかわいい後輩ちゃんたちも、一緒にまとめてね」
「……はい」
「……だけどね~。本当に危ないところへは、飛びこむのは私ひとりで充分なのよ」
え、と言葉に詰まるスノードロップ。
いまだに窓の外へ向けた姿勢を崩さないサツキだが、きっと彼女の驚きには気づいたはずだ。
「本当に危険なら、ね。そんなところへ、他の誰かを導けるわけないじゃない」
決してサツキに自殺願望があるわけではない。目指すところは、ピンチからの生還なのだ。
逆境のなかに希望を見出す。スノードロップもサツキも、アプローチはまったく異なるものの、願うゴールは同じなのだ。
「……わかった気がします」
「……何が、かしらぁ?」
「サツキさんが、とても優しい花騎士なんだって。いつもみんなのことを気にかけているんだって、そうわかったんです」
それでも、サツキはこちらを振り返ろうとはしない。振り返る必要もなかった。
こんなにもお互いに、胸襟を開いて語り合っている。それだけで充分だった。
「……後悔することが、ふたつに増えたわ~。ひとつは、あなたに全部知られてしまったこと」
「わたしは嬉しいですよ? サツキさんと、こんなにも話すことができて」
やれやれといったふうに、わずかに首を振るサツキ。
まるで降参といっているようだ、とスノードロップは思った。
「ふたつめは~……あの子を納得させきれなかった自分、かしらね」
「……やっぱり優しいです、サツキさんは」
――かけがえのない、大切なもの。
それを守りたいという気持ちは、誰もが有するものだ。
「カルミアの素質も、実力も。実績にしても、そんなものは関係ないの。ただ私は、あの子を危険な場所に投じたくはなかった、それだけなのよぉ……」
最終的な判断に、本人がどのように望んでいようとも、カルミアの身の安全を拠り所としてしまう。そのことを、サツキ自身がはっきり気づいてしまったのだ。
表面には決して現わさずとも、つまるところ優先したのは理よりも情。それが花騎士として正しい判断なのか、疑問に感じる内心の声もたしかに耳にしながら。
……サツキの一方的な思いは、しかしカルミアには伝わらなかった。伝わらなくて当然だ、とも思う。
それからというもの、関係の修復には至っていない。気まずい思いを抱えたまま、お互いに顔を合わることすら避けてしまっているのだった。
――本当は理解しているのだ、とスノードロップは思う。ただ、理解していても素直に実行に移せないことは、どんな人物にだってある。
本当の子ではないのに慈愛をこめて育ててくれた大切な人たちを、父母と素直に口にすることをためらっていた、かつての自分のように。
「……わたしが言うまでもないかもしれません。だから、言うのは一度きりにします」
「……」
「ちゃんと伝えれば、カルミアさんもサツキさんの気持ちに気づいてくれるって……わたしは信じます」
「……わかってるのよ、そんなことは……」
このままでいいとは、もちろん思っていない。
それでも、何かきっかけがほしい。そう、サツキは思うのだった。