FLOWER KNIGHT LEAF   作:藤宮ぽぽ

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4-3 花騎士カルミアとして

  

「……カルミアのこと、さっちゃんはちっともわかってくれてないデス……」

 

 

 つぶやいた声は、重く淀んでいて。

 今のこの部屋にぴったり、なんて自嘲的に思ったりする。

  

 窓からの明かりが、ただひとつの光源。

 暗闇同然という表現がふさわしい部屋の片隅で、カルミアはぽつんとベットの上に膝を抱えながら丸くなっていた。

 

 

「さっちゃんはずるいデス……。カルミアもあんなにお願いしたのに、なのに自分だけ……」

 

 

 みんなの役に立ちたい。そして、いっぱい褒めてほしい。ハグもしてもらいたい。

 それなのに。

 役に立つどころではない。現実はまだ一人前の花騎士と認められているかすら覚束なくて、求められることさえなかった。

  

 ひとりきりで過ごす時間は、とても寂しくて。

 闇深き沼地の底へと、どこまでも引きずりこまれていくようで。

 

 

 …………。

 

 

 ……なーんて。

 

 

「――そこまで落ち込んじゃったと、カルミアのこと思ったデスかー?」

 

 

 くるくる、くるくる。

 

  

「ほら、傘も元気いっぱい!

 カルミアは立派な花騎士なのデス。いつまでもくよくよしてるような、そんな子供じゃないのデース♪」

 

 

 えっへん。

 

  

 そう、カルミアはえれがんとな花騎士なのだ。

 いじけた上にいつまでも我を張るよりも、次のステップに向けて堂々と胸を張ろう。

 

 

「……よーし。いざ、勝負するデス!」

 

 

 愛用の傘を構えなおして。近づいてくる数匹の小型害虫と、正面から向かい合う。

 

 

 ――定期的に騎士団が巡回する、林間をつらぬく一本の小径。

 

 周囲を林に囲まれて見通しが悪いうえに、道幅も狭い。すれ違うことすらギリギリになるかといったふうな、間道のような道だ。

 そんな道でも、利用する者はいる。いくつかの村や集落を目指すには最短ルートということもあって、急ぎの旅路においては重宝されることもあるのだという。

 

 幸いなことに普段は害虫の出現頻度は高くなく、したがって警戒区域内における重要性は低い。

 今回の害虫の出現についても小さな規模と推測されており、少人数の花騎士で充分に制圧が可能――と考えられていた。

 

 

「蝶のように舞い、次から次へと害虫を倒すデス! そして、だんちゃんに褒めてもらうデス~♪」

 

 

 カルミアの望みどおり褒めてもらえたら、お返しにめいっぱいハグしてあげるのだ。そうすれば、きっとカルミアも団長も幸せな気分になれる。

 

 

「まだまだデス! 今度は蜂のように……どんどん先へと突き進んでいくデース!」

 

  

 ――嘘だ。

 もうすっかり気にしていないなんて、そんなことはない。

 

 おそらくこれが、対ナイドホグル選抜隊が出発する前の、最後の討伐任務。

 スノードロップが隊長を務めるこの部隊に、サツキの姿はない。おそらく別の任務が与えられているのだとは思うが、それを知ろうともしなかった。

 いつもならべったりとくっついていたいのに、今は別々に離れていたい。

 ひょっとしたら団長は何かを察して、2人を引き離したのだろうか。それならそれでありがたいし、今は別行動でいるほうが気が楽だった。

  

 ……とっくに元気になっているのなら、今のこの気持ちはなんなのだろう。

 

 

「さっちゃんがいなくたって、ひとりで……カルミアはたったひとりで戦えるデース!」

 

 

 目の前の害虫を難なく片付けると、さらに林の奥へと小走りに分け入っていく。誰かが制するような声を耳にしたような気もしたものの、頭の中にまでは入ってこなかった。

 

  

「もっともっと……みんながカルミアのことを頼ってくれるまで、もっといっぱい害虫を倒すデス!」

 

  

 そうだ。実績が足りないというなら、作ればいいのだ。

 出てくる害虫のどれもが、カルミアもよく知るタイプばかりだった。いわゆる小型に分類されていて、さほどの脅威と認められてもいない。

 ただ、数だけは意外と多い。完全に想定外だった。

  

 左右に立ち並ぶ木々に遮られて、手にした傘を縦横無尽に振り回すことができない。

 自然の厄介さに気を取られ、いつもと勝手が違う慣れない動作の連続は、世界花の加護を受けているとはいえど、考えていた以上の体力を着実に奪っていく。

 

  

「これじゃ、いくら倒しても……いつまでも、さっちゃんと一緒に任務なんてさせてもらえないデース……」

 

  

 だいぶ呼吸が上がってきている。

 いつも肌身離さず持ち慣れているはずの傘ですら、その重みがじわりと感じられるようになってきた。

 どれくらい奥へと踏みこんでしまったのだろうか。周囲に他の花騎士の姿がないことに、やっと気がついた。

 頭をもたげてくる弱気の虫。さっきまで軽快に動いていた両脚が、ためらうようにその動きを弱めた。

 

 しかし、まだ望みはある。

 

 小さな群れとはいえ、その数は一つや二つ程度ではなかった。それはつまり、どこかにこの集団を率いるボス格の親玉が潜んでいるということではないだろうか。

 そしてそれをカルミアが単独で倒したとなれば、これはもう、誰もが彼女の実力を認めざるを得ない大金星となるだろう。

 

  

「カルミア、これまでさっちゃんにずっと甘えっぱなしだったけど。やっと花騎士になれて……今度はカルミアが、さっちゃんの支えになってあげるのデース!」

 

  

 だから、ここでやめるわけにはいかない。

 

  

「まだまだへっちゃら! こんなところで音を上げるなんて、カルミアはちっとも……」

 

  

 ――足が、ようやく止まった。

 そして。今度は逆に、先の一歩を踏み出すことができなくなった。

 

  

「や、やっと、ボスのお出ましなのデス……」

 

  

 ズシン、ズシンと。

  

 こちらへゆっくりと、確実に近づいてくる振動。

 明らかにこれまで相手にしてきた害虫とは一線を画する、地響きとともにカルミアの身を威圧感が包んだ。

 周囲の木々がメリメリと音を立てながら薙ぎ倒され――そして、視界を覆わんばかりの禍々しいフォルムがあらわとなってくる。

  

 カルミアの身長の数倍はあろうかという、巨大な害虫。

 騎士学校にいたころ散々に覚えさせられた、複数の花騎士で渡り合うのが定石とされている相手だった。

  

 比較的安全とされている場所に、なぜこんな大型害虫が。そうした疑問を、カルミアはあわてて打ち消した。

 今はそれについて考えている時ではない。ひとりきりで目前に迫る脅威への対処を終えてから、考えればいいことだ。

 

  

「カルミアが、あの大きな害虫を、やっつける……。そして、みんなから、いっぱい褒めてもらう……」

 

  

 心臓が早鐘を打っている。

 傘の柄を握る手が、みるみる汗ばんでいくような気がする。

 

  

「褒められるだけじゃなくて……ハグだって、たっぷりしてもらえるはずデス。うっかり窒息しちゃうかもしれないデス……」

 

  

 騎士学校の座学で何度も教わりはしたものの、実際に目にするのは初めてな大型害虫。

 とはいえ、案外ひょっとしたら拍子抜けで、実際は弱いかもしれない。見かけ倒し、という言葉もあることだし。

  

 なのに、左右の脚が震える。

 渾身の力を、カルミアは全身にこめた。

 

  

「い、いくデス。えれがんとに突撃する、デース……」

 

  

 その気になれば、できないことなんて何もない。

 死力を尽くせば、前途は開ける。

 そしてやっと、果敢で一人前の花騎士なんだと認めてもらって……。

  

 ――いや、違う。

 

  

「本当は……ひとりで戦おうとしちゃ、だめデス。みんなに伝えて、大きな害虫は花騎士全員の力で倒すんだって、そう教わったデス……」

 

  

 だが。そんなことをすれば、きっとこの大型害虫に致命的な一撃を与えるポジションは、他の経験豊富な先輩花騎士のものとなるだろう。

 カルミアに求められる役割は支援的なものにとどまり、順当に色あせてしまうことは目に見えている。ここまできて、それは嫌だった。

 

  

「でも、カルミアは……。それでもカルミアは……花騎士なのデース!!」

 

  

 自分に言い聞かせるように、カルミアは叫んだ。

 おかげで、ずいぶんと吹っ切れた。

 

 ……これから行わねばならないこと。

 それは、蛮勇を誇示してみせることでは、決してない。

  

 本当の花騎士が、果たさねばならないこと。

 もう一人前なのだと、誰もに認めてもらいたいのなら。今こそ、それをしっかりと示そう。

  

 もう迷わない。

 あとはただ、実行に移すのみ。

 

  

「害虫にはハグしてあげないから、敵同士っ! そしてカルミアを追いかけてきて……みんなで力を合わせて、やっつけるデース!」

 

  

 前進ではなく、後退。

 大型害虫が自分の小さな姿を発見したと認めた直後、カルミアはくるりと半身をひるがえして駆けはじめた。

  

 ……どれくらい走れば、味方のもとへたどり着けるだろう。

 頭上に広がる雲の流れる方向や、わずかに差し込む太陽光の角度からだいたいの方角はなんとか見当がつく。しかし、やみくもに深入りしたせいで、距離についてはまったく把握できていなかった。

 

  

「でも一度決めたからには、絶対にみんなのところへ誘導してみせるデース!」

 

  

 薙ぎ倒されるばかりの進路上の木々にはかわいそうだけど、自然の回復力に期待するしかない。

 

  

「鬼の害虫さーんはー、傘の鳴る方へついてくるデース!」

 

  

 ぱしぱしぱし。

 ときおり振り返りつつ、手にした傘を叩いたりかざしたりして、相手を挑発することも忘れない。

 本当に効果があるのかはわからないけど、それでも注意を引きつけていられるのなら有効と考えていいと思う。

  

 ……ゴールまで、あとどれくらいだろう。

 まだ遠いかもしれない。ひょっとしたら、すぐそこかもしれない。

  

 仲間の花騎士と合流して害虫を倒したら、まずみんなとハグしよう。それで元気いっぱいに回復して、だんちゃんにも褒めてもらって。ええと、それから……。

 そうだ。さっちゃんに、頑張ったことを伝えよう。あと、ワガママを言ってしまったことを謝ろう。

 そして、カルミアを置いて出立する姿を、笑顔で見送ってあげるのだ。

 

 

  

 ――不意に。

  

 風に舞う、大きな花びらが現れたように思えた。

 花弁は大きくその身を広げると、中央から一条の光線を放つ。それはカルミアの脇を通り抜け、まっすぐに大型害虫へと命中した。

  

 ……ようやくにして、最初から害虫を狙っての一撃だったということにカルミアは気がついた。

 

  

「カルミアさん! 大丈夫ですかっ!?」

  

「スノーちゃん……?」

  

「他のみんなもすぐに来ますよ。もう、ひとりでどこか行っちゃったって、心配したんだから……」

  

「えへへー。……ごめんなさいデース……」

 

  

 安心した。その途端、思い出したように疲労感が全身を駆けめぐった。

 油断すると今にも両膝が折れてしまいそうになるのを、カルミアはなんとかこらえる。そんな彼女に、スノードロップは優しく微笑んだ。

 

  

「ううん。無事なら、それでいいんです。

 ……それよりも、よく頑張ったね。途中で諦めたりもしないで、こんな大きな害虫を、たったひとりでここまで導いてきてくれたんですから」

 

  

 思わぬ一撃を受け、咆哮をあげる大型害虫。

 わずかに後退すると態勢を整え、眼前の小さな花騎士たちを怒りに燃える眼で睥睨(へいげい)する。

  

 しかし、それがなんだというのだろう。

 ひとりじゃない。2人いれば、それだけで力が湧いてくる。

 

  

「カルミアさんが繋いでくれた希望、わたしたちで……いえ、みんなで無駄にはしませんっ!」

 

  

 カルミアの身をかばうように、彼女と大型害虫の間に割って入るスノードロップ。

 同時に、左右の木々の葉が大きく揺れる。その中から複数の人影が現れるのが見えた。

 

 ……花騎士として、やるべきことをちゃんとやれたのだ。

 カルミアは、そう思った。

 

  

  

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

  

  

 あれからさらに、数日ほどの時間が経ち。

 いよいよ、ナイドホグル討伐の選抜部隊が拠点をあとにする日がやってきた。

  

 出立するまでの、わずかな時間。サツキの部屋には、複数の人影がある。

 部屋の主たる自分のほかに、もうひとり。招じ入れた人物と飾ることのない、いつもと変わらぬ時間を過ごしていた。

  

 お互いに、時間をかけて話をした。

 なんのことはない。2人の絆の前では、ただそれだけで充分だったのだ。

 

  

「……それじゃ、あとのことは頼むわねぇ」

  

「はーい! カルミアにお任せデース!」

  

「……いい? 私たちが留守にしている間も、騎士団としての務めは何も変わらないのよ~?」

  

「わかってるデース。さっちゃんは安心して、大船に乗ってどんぶらこするといいのデス♪」

 

  

 気負うことなくあっさりと請け負うカルミアに悟られぬよう、サツキは小さく肩をすくめながら苦笑する。

 まったく、こういうところは昔から変わっていない。

 

  

「でも……安心できるわぁ。今のあなたなら」

 

  

 数瞬前のサツキの苦笑が、微笑みへと取って替わる。

 どうしても選抜部隊に入って活躍したい、と駄々をこねていたカルミアの姿は、もうない。 

 

  

「あなたのこと、見直したわ~。……ううん、ひょっとしたら……」

 

  

 カルミアを見る自分の眼が曇っていただけなのかもしれない。複雑な気分とともに、サツキは心中でひとり嘆じた。

 

  

「ひょっとしたら……何デス?」

  

「何でもないわ。ただ、そうね……」

 

  

 かぶりを振り、カルミアの頭をそっと撫でる。

 

  

「あなたはもう、私たちと肩を並べられる、充分に一人前の花騎士よぉ」

  

「さっちゃん……」

 

  

 ――害虫と対峙しながら、ふと隣を見る。

 そこには、カルミアの姿がある。むこうもサツキに気がついて、迷いのひとつもない笑顔をサツキに向けてくる。

 いつまでも「さっちゃん」と呼んでくることだけは改めてほしい点だけども……さして遠くないうちに訪れるであろう、そのような未来の光景も、案外悪くはないかもしれない。

 

  

「さっちゃんがカルミアをそんなに褒めてくれるなんて、素質を認めてくれた稽古のとき以来デス! とってもとっても、大感激!」

  

「ちょ、ちょっと……!?」

  

「お礼と、それといってらっしゃいの気持ちをこめて、とびっきりのハグをするデース! ハグハグ~♪」

 

  

 思いきり甘えるように、ベッドに腰をかけたサツキに向かって、カルミアは一直線に全身でダイブする。

 勢いを受け止めきれず、そのままベッドに転がる2人。溢れんばかりの笑顔をカルミアから向けられて、ついサツキも笑ってしまっていた。

 

  

「……サツキさーん。そろそろ出発の時刻で……って、そ、その……ごめんなさいっ!」

  

「ちょ、ちょっと! これは違うわよぉ~!」

 

  

 一瞬にして。部屋のドアを少しだけ開けて姿をのぞかせたスノードロップが、ベッドの上で繰り広げられている光景を見た瞬間、即座に撤退をはじめた。

 そんな彼女の背中にサツキの慌てた声が届く。すんでのところで衝撃のスクープは、どうにか誤解ということで終わりを迎えることができた。

 

  

「あ、スノーちゃん! スノーちゃんにもいってらっしゃいのハグをするデース♪」

 

  

 なかばサツキに押しのけられるようにして身を起こしたカルミアが、懲りずに今度はスノードロップへと駆け寄っていく。

 わ、わ、と戸惑いながらも、ぽふんと飛びこんできたカルミアを受け止めるスノードロップ。今度は転ぶことなく、大胆な少女をかろうじて全身で迎えることができた。

  

 けれど。

 出立の挨拶は、これだけでは終わらなかったのだ。

 

  

「えーっと……いってらっしゃい、はカルミアさんもですよ? なるべく早く、準備を整えてくださいね」

  

「……ほえ?」

  

「わたしたち3人、みんなで一緒に行きましょう」

 

  

 そんなはずはない、と首をかしげるカルミア。それとサツキ。

 そんな2人の眼前に、スノードロップは手にした一枚の書状を広げてみせた。

 

  

「カルミアさんに補助任務、そして選抜部隊の補充要員として同行してもらう、という団長さんの命令書です。

 ……ちょっと差し出がましかったかもしれないけど、わたしが団長さんに推薦してみまして……」

  

「え……ええええ~~っ!?」

 

  

 ――3人がナイドホグル討伐へと出発するまで。

 もう少しだけ、賑やかな時間が騎士団内に流れそうだ。

  

  

  

  

「望遠の絆」 ―了―

  

  

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