FLOWER KNIGHT LEAF   作:藤宮ぽぽ

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第五章【軍師ふたり】(ムラサキハナナ、ワレモコウ)
5-1 悩める軍師と嘱望する軍師


  

 どうして。

 どうして自分は、こんなところに立っているのだろう。

 

 そんな疑問が、心の中に浮かび上がり。消え――

 そして再び、現れる。

  

 まただ。また、自身の未熟さに囚われかけている。

 いつも顔を出してくる、弱気の虫。

 花騎士になったのだ。であるならば、害虫討伐の最前線にいるのは当然のことではないか。

  

 ――気持ちを入れ替えなくちゃ。

 誰にも気づかれぬよう、小さく頭を振って。ムラサキハナナは、悪い癖を振り払おうと試みた。

 

 

 正面。

 目の前には、10人を超える花騎士たちが、ずらりと肩を並べている。

 みんなムラサキハナナよりも豊かな戦歴を誇り、騎士団の在籍年数も長い。普段はとても優しく、いざというときは頼りになる先輩たちだ。

 そんな先輩たちにとって。実際のところ、自分という存在は迷惑になっていないだろうか。

 

 ムラサキハナナの横には、もうひとり、同じ役割を受け持った花騎士がいる。

 これから行われる討伐任務。その作戦の内容を今まさに、集まった全員に説明しているワレモコウだ。

 そのワレモコウもまた、ムラサキハナナにとっては先輩のひとりになる。それどころか、この騎士団では最古参のメンバーでもあった。

 彼女が構築する作戦はいつも緻密で、それでいて整然としていて。基本的な法則たる戦理に従って無理を強いることもなく、ムラサキハナナからすると良きお手本そのものだった。

 

 ――そのワレモコウが話す作戦内容も、しかし今は頭に入ってこない。

 

 団長を中央に挟み、左右にいるのはワレモコウと、そして自分。

 向かい合うようにして居並んでいる先輩たちからすれば、そんなムラサキハナナの立ち位置は、生意気そのものと映ってはいないだろうか。鼻持ちならない後輩と思われていないだろうか。

  

 

「――は……です……。……ナナ?」

  

「……え!? は、はいっ!」

  

「……ここまでで、ムラサキハナナから補足するようなことはあるです?」

 

 

 いつの間にか、意見を求められていたようだ。

  

 

「えっと……。何も、ありません……」

 

 

 それなのに。

 心の奥底に根を生やしたような葛藤を制圧するのは、とても難しくて――

 

 何事もなかったかのように、ワレモコウの作戦説明が再開される。 

 ムラサキハナナを追及するような声も、落胆めいた反応が返ってくることもない。

  

 ただ、それでも。

 期待に応えられなかったという後悔の念が胸の中に広がっていくのは、どうしようもなかった。

 

 

 

   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 無事、討伐任務が終わった。

 

 損害らしい損害はなく、こちらの予測を上回るような動きも、害虫側にまるで見られなかった。

 数だけは多く人手を要したものの、計算された動きと連携をもって常に圧倒し、時間もわずかで済んでいる。意外なほどに脆かった、という印象を抱いた花騎士までいるかもしれない。

  

 まさに完勝というべき結果に導いたのは、戦いの主導権を確実にこちらへと引き寄せ、一度たりと害虫側に手放すことのなかったワレモコウの作戦があったからこそだ。

 彼女の知略の恩恵がなければ、数名の怪我人くらいは出ていたかもしれない。

 

 当のワレモコウ本人はというと。功績を誇る様子など、どこにも見られない。

 いつもと変わらない彼女独特のペースで、帰路のあいだもずっと飄々(ひょうひょう)とふるまっていた――ように、ムラサキハナナには思えた。

 

 

(それにひきかえ、わたしといえば……)

 

 

 今回の討伐任務で、まるで役に立たなかった。

 貢献できたものはひとつすらないと、苦々しい気持ちが湧きあがってくる。

 

 ……結局、いつもの自分のままだ。

 

  

 害虫の脅威から無力な人々を守る花騎士の数は、実に多い。

 そのなかでムラサキハナナは特に体格や肉体的頑健さに優れているわけではなく、あるいは群を抜く魔力に恵まれているわけでもない。

 そして、何よりも――まわりの花騎士たちは、誰もが年長者ばかりだった。

 騎士団内でほぼ最年少といえるほどの、自身の年齢。いくら努力したところで埋めることなどできないその事実が、もともと臆病な性格の彼女を余計に引っこみ思案なものとさせていた。

 

 

「うう……。このままじゃいけない、と分かってはいるんですが……」

 

 

 害虫の大群と真っ向からぶつかるのは自信がなくても、一方で作戦立案能力には自信がある。

 はるかに実戦経験の深い先輩のワレモコウの戦術案にいつも感心したり学ばせられたりしながら、自分ならさらにそこに上積みすることができる、という自負もあった。

 

 けれど。言いたくても、言い出すことができない。

 

 

(……ワレモコウさんの作戦はいつだって間違いがないし、それなのに余計なことを言って年下なのに生意気とか思われたら……)

 

 

 作戦を考えるのは好きだし、自分なりの理論もきちんと構築している。

 参謀タイプの花騎士と認められ、比較的小規模だったり目立たない場面の戦闘においては、鋭い戦術案を披露することもあった。

 しかし、一転して多くの者たちの命運を左右するような場になると、積極性が影を潜めてしまう。先輩花騎士に対する遠慮が、あと一歩踏み出す勇気を大きな迷いへと変えてしまうのだ。

 

 

「……こんなわたしじゃ、明日からみなさんに合わせる顔がないです……」

 

 

 ぽふっ、とベッドの枕で顔を覆いながら、行き場のない後悔にもだえるムラサキハナナ。

 拠点に帰還してからずっと、自室にこもったままだ。

 夕食を告げる合図に応じることもなく。ずっとひとり、ベッドの上で煩悶を繰りかえしている。

 

 いっそこのまま、気づかぬうちに眠ってしまって。そして翌朝には自分もみんなも、今日の記憶を失ってしまっていたらいいのに……。

 両手いっぱいに抱えた枕に顔面を押し当てたまま、ムラサキハナナはベッドの左右をゴロゴロと転がりつづけた。

  

 ――そんなときだった。部屋のドアがノックされたのは。

 

 

「……ひゃっ、ひゃいっ!?」

 

 

 文字どおり飛び上がらんばかりに驚き、同時に転げ回ったおかげで服が大きく乱れてしまっていることにはじめて気がついて、思わず顔が真っ赤になる。

 それから少し冷静になって、ここが自分の部屋で誰に見られたわけでもないことを確認して。そこでようやく、注意を壁ぎわへと向けることができた。

 

 そろそろと扉へと向かい、おずおずと押し開ける。

 

 

「あれ……ワレモコウ、さん……?」

 

 

 その先に立っていたのは、彼女の敬愛する先輩花騎士の姿だった。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「多事多端なのは、モコウたちだけ? 今日の害虫の群れ、断じて壊滅には至ってないです……?」

 

 

 特徴的な言い回しでそう切り出したワレモコウは、作戦会議と称してムラサキハナナを部屋の外に連れ出すことに成功すると、今度はそのまま自分の部屋に招き入れてしまった。

 昼間の出来事を引きずったままのムラサキハナナとしては、できれば今はそっと、殻のなかに閉じこもっていたい。

 とはいえ、『作戦会議』なのだ。

 ワレモコウと騎士団内に2人しかいない作戦参謀役を与えられている花騎士としては、その言葉を持ち出されると、参加せざるをえなくなってしまう。

 

 

「……ムラサキハナナも、知っているです?」

 

 

 差しだされた椅子にちょこんと座るやいなや。

 自分と向かい合うように腰を下ろしたワレモコウが、いくつかの資料を机の上に広げた。

 

 

「あの周辺は、かねてからの調査の対象地域? その結果が、さっきご主人のもとに届いたです?」

 

 

 ワレモコウの言う『ご主人』とは、団長のこと。それが本人としては一番自然な呼び方なのだという。

 今では誤解することはないものの、最初にムラサキハナナが耳にしたときは、思わず団長との関係をあれこれと疑ってしまったものだ。

 

 

「モコウたちの予測通り、巣を発見……。放っておくには、あまりに危険です?」

 

 

 やっぱり、という言葉をムラサキハナナは飲みこんだ。

 そのあたりに害虫の巣が存在しているであろうことは、ワレモコウと一致する見解だったのだ。

 

 巣があるということは、一帯が害虫にとって住みやすい環境にあるということになる。

 今日の討伐を思い返しても、数だけは多かった。となれば、巣の周囲にかぎって今回よりもその密度は薄い、などとは考えられないだろう。

 調査報告によれば、害虫個々の脅威度そのものは、今日のそれと大差なさそうだという。それなら、現有戦力で充分に対処が可能だ。

 放っておけば、他の害虫までもが集まってくるかもしれない。居住性に優れた場所が急速に発展するというのは、害虫だけでなく人間の世界でもそう変わらない。

 結果、巣の規模が巨大化すれば、いかに歴戦の花騎士とて手を焼くことになりかねなかった。

 

 

「そ、それじゃ、迅速な討伐が必要なのでは……?」

 

 

 遠慮がちに口にするムラサキハナナに、ワレモコウは大きくうなずいてみせる。

 

 

「……でも、花騎士が休養する時間も、断じて不可欠です?」

 

「……はい?」

 

「一日や二日、ゆっくり英気を養うくらい、害虫も待ってくれるはず?」

 

 

 きょとんとなるムラサキハナナ。

 緊急性を確認したばかりだというのに、奇妙なほどのんびりとした、あまりにも落ち着き払った返答だ。

 しかし、そんなムラサキハナナの反応など気にも留めぬように。ワレモコウは姿勢を大きく崩すと、椅子の横に置いてあったバッグの中をごそごそと漁りはじめた。

 

 

「腹が減っては任務遂行も危ぶまれる……。体調管理に健康維持、それもまた花騎士の立派な仕事です?」

 

 

 言いながら取り出したのは、携帯用にとラッピングされた複数のサンドイッチだった。

 それらの包みをひとつひとつ解くと、その半分をすっと向かい側へと押しやるワレモコウ。そのときはじめて、ムラサキハナナは自分が夕食を食べていないことに気がついた。

 

 

「モコウが夕食の時間に間に合わなかったのは、ご主人の執務室で調査報告を聞いていたから? 断じて一生の不覚です?」

 

「……ありがとうございます、ワレモコウさん……」

 

 

 一人分の量としては、明らかに多い。

 ムラサキハナナは頭を下げるとともに、その半分を受け取った。

 

 

 

  

 ――目の前の少女がこの騎士団に配属されて、どれくらい経つだろうか。

 

 考えてみるとそう長い日数ではない、と振り返りながらワレモコウは思った。

 少なくとも古参と呼ばれる自分の在籍期間とは、まるで比較にすらならない。

 

 そんな彼女に一目置くようになったのは、とある話を団長から聞いてからだった。

 ムラサキハナナもまた、浅いなりに実戦経験を積んできている。その中で……かつて一度、団長の身を狙おうとした害虫を見事な作戦で倒したのだという。

 

 

(大将を囮にするというのは、断じてためらいが生まれるもの? 即座に判断したムラサキハナナは、見上げるべき……?)

 

 

 簡単にできるようなことではない。

 仮にワレモコウがその立場にいたとして、果たしてムラサキハナナと同じ決断が下せるかどうか。自分でも分からない。

 それゆえに――ワレモコウは彼女を認め、その意見を求めるようになったのだった。

 

 ……だからこそ。惜しい、とも思う。

 

 

(たしかに軍師は、少し臆病なくらいでちょうど釣り合いがとれる、です……?)

 

 

 でもそれは、程度にもよるだろう。

 甘言を頼りにし、拙速を重んじ長考を軽んずる者に、軍師の資格はない。同様に驕慢(きょうまん)な精神もまた、もっとも忌避されるもののひとつだ。 

 後者において、ムラサキハナナの傾向は逆の方向に強すぎる。そう思えてならない。

 控えめな性格は好ましい。しかし彼女の場合、それが過度に作用して才能そのものすら殺しかねないという、そんな危惧を抱かせてしまうのだ。

 

 目の前でもくもくとサンドイッチを口に運ぶ少女を、あらためて見やる。

 その姿が小さく感じるのは、彼女が気にしている年齢ということもあるだろう。ただ、それだけではないような気もする。

 

 

「……そういえば、さっきの情報にひとつ加えることがあるです?」

 

 

 もっと多くの実戦の機会を与えるべきだ。

 そうして蓄えられた経験はやがて自信へと転化し、自らの(かせ)を取り外すきっかけとなるであろうから。

 

 

「発見した害虫の巣は、2つ。それに合わせてこちらも討伐部隊を分割しても、戦力は充分です?」

 

 

 ワレモコウの説明に、こくこくとうなずいて同意を示すムラサキハナナ。

 

 

「部隊が2つできるのなら、作戦参謀もそれぞれにつくべき……?」

 

「……ふえ?」

 

「ムラサキハナナには、断じて一方の部隊の作戦指導を任せるです?」

 

 

 こともなげに、そう宣告する。告げられた少女の顔が、驚きへと変化するのを見つめながら。

 

 

「……部隊を二分すると言った時点で、ムラサキハナナなら予測したと思ったです……?」

 

「そ、それは……そうなんですけど……」

 

「討伐先で作戦を示すことは、はじめてではないはず……? 今になってためらうのは、少し不可解です……?」

 

「以前はその、もっと少人数の部隊でしたし……。分割したといってもこれほどの規模になると、いろいろな花騎士さんに指示をしなければいけなくなりますし……」

 

 

 ムラサキハナナが戸惑うであろうことは、最初から分かっている。彼女らしくはあるが、同時にもどかしいという思いもあった。

 けれど、害虫はこちらの事情に合わせてはくれない。

 戦いに勝ち、害虫の脅威を少しでもなくすためには、常に相手を上回らなければならない。

 そのために今、自分がなすべきこと――

 

 だから。ワレモコウは、次の一手を投じることにした。

 

 

「……ちょっと、モコウについてくるです……?」

 

 

 気がつけば、2人ともいつのまにかサンドイッチを食べ終えている。

 今が、ちょうどいい時期なのかもしれない。

  

  

 ムラサキハナナが説明を求めるような表情を見せたが、完全に無視する。

 それ以上は何も告げず、ただ黙って立ちあがって――

 

 そのまま後ろを振り返らずに、ワレモコウはまっすぐ入口のドアへと向かった。

  

  

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