FLOWER KNIGHT LEAF   作:藤宮ぽぽ

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6-2 花騎士いろいろ、幽霊もいろいろ

 その戦力も。また戦歴も。スプリングガーデンでも有数のもの、というのは間違いないだろう。

 まだ若いにもかからわず明敏な判断力と指揮能力は高く評価され、民衆からの信望も厚い団長が率いる騎士団。

 その核心部……本営は、もはや街というより都市と呼ぶにふさわしい市街の中心地にある。

  

  

 ――どれほど騎士団の規模が巨大化し、戦力が充実しても。

 いかなる精鋭を揃えたところで、悩みが完全に尽きることはないのだろう。

 どんな組織にもままならぬことは多かれ少なかれあると思うが……実のところそのひとつは、かつての農民が抱えていた不満とあまり変わらなかったりする。

    

 街中の警備任務については、当面のところ何の問題もない。

 問題は、街の外で起きる事件や害虫の襲撃だ。現状、ことあるたびに本営のある街の中心部から出撃することになる。

 しかしそれでは、緊急の通報を受けて城外へ急行する場面になると、いかにももどかしい。街の規模が大きいぶん、外縁部の城門まで距離があるためだ。

 任務が人々の生命に直結する以上、即応性は重要といえる。場合によっては本拠から城外へと向かうその時間が致命的なタイムロスとなりかねない。

  

 だからこそ。

 外縁部の城門に近く、危急のさいに時間を空費せず現場に駆けつけることが可能な――

 そうした中継所あるいは詰所といった施設を城外に保有したいというのは、以前からずっと考えていることだった。

  

 

 そして、今。

  

 まさにうってつけというべき土地と建物がその主を失い、あらたな所有者を求めている。

 しかもいわゆる「いわくつき物件」として、城外という立地とも重なりとんでもなく安い。

 騎士団の所有地として運用するなら上層部と掛け合って認可を得る必要があるものの、今の身分ならこれまでのささやかな蓄えと数年ほどの負債で、個人的にも手に入れることができそうなほどだ。

  

  

「……ふうん。で、今後の騎士団の活動のために、どうしてもほしいんだ、偉い人?」

  

 

 執務室を訪れたプルモナリアに事情を説明しつつ、揃えた資料のいくつかを彼女の前に差し出す。

  

 多少の無理をすれば、個人として所有することも不可能ではない。けれどその場合、騎士団として運用したとなるとあとあと面倒そうだ。

 なので、土地と建物を購入したい旨の理由とそのための予算を要求する、申請書。さらに問題の土地に関する情報をまとめたもの。

 そうした書類の束を突きつけて、上層部に認めてもらうのがやはり一番だと思う。

  

 

「うん……悪くはないんじゃないかな。ただその場合、建物は少し改修とか、場合によっては建て替えることになるかもしれないよね」

  

 

 もちろん、その可能性は十分にある。

 害虫との戦いに備えた出撃拠点としての役割、あるいは花騎士の休息所としての機能。

 他にもまた、害虫に襲われて傷ついた人間を収容し早急の処置を施す野戦病院として活用する場面が訪れるかもしれない。

 あれこれと用途が広がれば広がるほど、普通の人間が穏やかに暮らしていた建物の構造のままでは不都合もいろいろと出てくるだろう。

  

 

「そうなると、まとまった予算が必要になるな。まあ、団長のことだから、勝算あってのことだと思うけど……」

 

 

 だからこそ、その土地に目をつけたのだ。

 そう言いながら、その驚くほどの安さと、「いわくつき」の具体的詳細が書かれた紙片をプルモナリアに見せた。

  

 

「……なるほどね。それじゃあ、そんな話をわたしにしたってことは……」

  

 

 どうやら、プルモナリアも察してくれたみたいだ。

 感情をあまり表面に出すことがないものの、頭の回転は速い子だ。話が早くて助かる。

  

 ――もともとの屋敷の持ち主は、騎士団の関係者だったんだ。

 と、彼女に伝える。

  

 

「それは、こっちの資料にも書いてあるね。そっか、とっくの昔に引退して、それからは騎士団と関わることもなく、その屋敷で余生を過ごしてたんだ」

  

 

 騎士団の拠点の中だけでも関わる人間といえば、騎士団長や花騎士のほかにも様々だ。

 国との連絡役を務める文官はしょっちゅう出入りしているし、上層部の人間が視察に来ることもある。施設の保守に外部の専門業者を頼るときもあれば、食堂の運営などはそれこそ丸ごと委託している。

 そのような関係者のひとりとして、屋敷の持ち主はかなり昔に、事務方として従事していたことがあったらしい。

 とはいえあまりに過去のことになるため、自分も含め、面識のある人間はおそらくこの騎士団内にはいないだろうと思われる。

  

 

「それじゃあ、ひょっとして。お亡くなりになった原因は、害虫に関係してだったり……」

  

 

 いや、そうではないみたいだ。

 かぶりを振りながら、とある書類の一点を指し示す。

 

 

「病死、って書いてあるね」

  

 

 その最後が幸福に包まれていたか不幸にあったものかはわからないが、少なくともベッドの上で迎えられた死であったように思う。

 プルモナリアが言ったように、害虫に襲われて命を落とす人間も多い。比較的穏やかに最後の時間を送ることができたというのは、ある意味幸運に恵まれたともいえる。

  

 ただ――それだけに。

 どうしても引っかかってしまうのだ。

  

 

「……そうだよね。それなら、どうして『ワケあり物件』になんかなってるんだろう……?」

  

 

 幽霊が出るという、まことしやかな噂。それが破格の安値の最大の理由だ。

 

 小首をかしげて、プルモナリアが疑問を口にする。

 体格が小柄なこともあって、その仕草はどこか可愛らしい。

  

 

「山とか森の奥で、害虫に襲われて……というなら、その後おばけになるのは珍しいことじゃないけど。でも、ここに書いてあるのを見ると、それとはぜんぜん違うわけだよね?」

  

 

 こちらを見つめてくるプルモナリアに、はっきりとうなずく。

  

 

「普通に暮らして、死因も普通の病死なんだよね。なのに、どうして幽霊になんかなっちゃったんだろ……?」

  

 

 そこがポイントであり、引っかかっている問題なのだ。

 害虫との生命のやり取りを日常とするだけに、幽霊とはいえ必要以上に恐れるつもりはないし、怯えているわけでもない。

 だがやはり、問題や支障はないに越したことはない。なんらかの未練や心残りがあるとすれば、解決してもやりたいところだ。

 

 とはいえ、普通の人間に幽霊が見えるわけがない。

 ましてや会話や交渉など、とうてい不可能だ。

  

 

「……わかった。つまり偉い人は、そのおばけにちゃんと棺桶に入ってほしい、と。わたしにそう交渉してきてほしいんだよね?」

  

 

 まあ、そういうことになるかな。

  

 

「うん、いい判断。その次に棺桶に入るのは、偉い人かもしれないしさ。わたしみたいな葬儀屋とその前にしっかり繋がりを作っておくのは無駄じゃないよね。

 ……冗談だよ?」

  

 

 彼女特有の声音もあって、あいかわらず冗談が冗談のように聞こえない。

  

 幽霊と接触できる花騎士は他にも何人かいたが、あいにくそれぞれがなんらかの任務を抱えていた。

 ただ、その中で偶然、手の空いている者がひとりだけいる。その花騎士をサポートにつけよう、とプルモナリアに約束した。

  

 

  

  ◇  ◇  ◇  ◇

  

  

 

「――おーい、プルモナリアさーん。心ここにあらずってカンジですけど、大丈夫ですかー?」

 

 

 今回のパートナーとして同行しているアンゼリカの声を耳朶(じだ)が捉え、プルモナリアの意識は急速に水面へと浮かび上がった。

 時間にして、それほどは経っていないはず。しかしそれでも、しばし亡我の時間を過ごしてしまっていたようだ。

  

 気がつくとアンゼリカもまた、屋敷の主の幽霊のもとに歩み寄っている。

 ……のみならず、何かしらの話を持ちかけているようだった。

  

 

「あー、話の腰折っちゃってすみませーん。それでですねー、このお屋敷を譲ってもらうついでに、秘匿していた隠し財産とか秘宝的なアレとかの場所もですね、私にだけこっそり教えていただけるとー」

  

「って、ストップストップ! なに聞き出そうとしてるのアンゼリカさんー!」

  

「やだなーもー。ちょっとしたジョークですよジョーク。ポップでフランクな、軽い挨拶みたいなものじゃないですか」

  

「かるい…あいさつ…?」

  

 

 むしろ軽くめまいがした。

  

 本人がよく口にするように、アンゼリカの外見は同性の自分から見てもたしかにかわいらしい。

 けれど真面目な交渉において彼女の存在は役に立つのか、プルモナリアはもはや完全に懐疑的になっていた。

  

 

「……すみません。話を戻します。

 最終的には先ほどにもお話ししましたように、この屋敷を譲っていただきたいんですけど……その前に、どうして亡くなってからもこの場所にとどまっているのか、よければ理由を教えてほしいんです」

  

 

 丁寧な口調を意識して、プルモナリアは霊に語りかける。

  

 幽霊になってまで成仏を拒んでいるということは、相応の理由があるのだろう。

 可能ならその心残りをなんとかしてあげたい、という思いは団長と同じだった。

  

 

「わたし、実家が葬儀屋なんです。なのでアフターサービスについても、まあ、いくらか慣れてるというか……」

  

 

 事前の情報では、幽霊はひとり。初老の人物のそれだけという想定だったのだ。

 それが実際にはもうひとり、小さな子供の霊までもがいる。

  

 

「こちらのお子さんは、お亡くなりになってからどれくらい経つのかわかりませんけど……。ずっと一緒にお2人がここにいる理由、それを教えていただけませんか……?」

  

  

  

  

 ――交渉は、思いのほか順調に進んだ。

 昔のこととはいえ、騎士団に関わっていたという館主。その経歴が、プルモナリアたちに対して友好的に働いていることは明らかだった。

  

 成仏を拒んでいる理由を明かす前に、どうやら見せたいものがあるらしい。

 そして2人の霊はむしろ歓迎するかのように……今を生きる花騎士たちに、屋敷の中を案内してまわった。

  

 

 

 

「うわー。なかなかステキなお部屋じゃないですかー」

  

 

 アンゼリカの声が、明るく弾んだものになった。

  

 プルモナリアたちがいくつめかに案内されたのは、とある一室だった。

 貴族の部屋ほどではないにしても、一般庶民の自室にしてはいくらか広め。ちょっとばかり裕福な家の部屋、といったところだろうか。

 華美というにはいささか物足りず、それがかえって雰囲気を嫌味のないものにしている。調度品のセンスも悪くない。

 全体的に赤やピンクといった明るい色彩で整えられていることから、この部屋の主は女性だったのだろうか。

  

 片側にはデスクと鏡台が並べられ、その反対側にベッドが置かれている。

 かつては清潔だったに違いない……が、今は無人のまま放置された時間の長さを示すものがうっすらと積もっていた。

  

 

「す、素敵な部屋ではあるんですけど……やっぱりホコリが気になりますね~」

  

「待って、アンゼリカさん」

  

「このベッドなんか、叩いたらとんでもなくヤバい的な? って、どうしました?」

  

「……あれを見て」

  

 

 枕元の壁ぎわ。

 そこに、スタンド状の小さな額縁に収まった、一枚の絵が置かれていた。

  

 ――立派な絵画だとは、お世辞にも言いがたい。

 正直に言ってしまえば、ただの落書きとしか思えないほどだ。

 けれど、日々の終わりを迎えるベッドで、すぐ手に取れる位置に置かれているということは……ありし日の部屋の主にとって、この絵が非常に大切なものであったということがわかる。

  

 

「ええと、これは……天使の絵、ですか……?」

  

 

 最大限の好意的な表現を用いて言ってみたものの、自信はない。

 もっとちゃんと見てみようとプルモナリアが絵に手を伸ばしかけたところで――唐突にその動きが止まった。

 この部屋に案内してからこちらを見守るようにしていた2人のうち子供の霊が、彼女の裾をつかんで引き留めるような動きを見せたからだ。

  

 

「……あ、すみません。これは簡単に触れちゃいけないものなんですね」

  

 

 子供の霊の反応から、プルモナリアは機敏に腕を引く。そしてすぐさま謝罪した。

  

 故人となり持ち主を失ったからとて、その遺品にみだりに触れたり雑に扱ってはならない。葬儀屋として当然の心得だ。

 プルモナリアの謝罪を受け入れたように、子供の霊はすっと彼女から離れていく。

 老人の霊も気分を害したようには見えない。もっとも感情がどれほど存在しているかわからない幽霊を相手に、その様子からプルモナリアがなんとなく察しただけだが。

 

 ただ、契機になったことは確かなようだ。

 これまでいくつかの部屋を回ったものの、さらに前に進む材料を見つけられずにいたというのが現状だ。

 それが、いよいよ。閉ざされていた箱が、ゆっくりと開いていくように――

 そう感じたのは、訥々(とつとつ)と、老人の霊がプルモナリアとアンゼリカの2人に語りはじめたからだ。

  

  

  

 

 この部屋に住んでいたのは、子供の霊の姉。

 つまり、2人に話しかけている館主の娘だったという。

 そしてその娘は、プルモナリアが団長との会話の中で得た情報によれば――

  

 

「花騎士、なんですよね……?」

  

 

 家族の仲は悪いわけでないらしい。

 それでも彼女が帰省する機会が限られているのは、花騎士という職務の過酷さゆえのことだろう。そのことは、この場にいる全員が理解している。

 結局。死のまぎわに、父は娘と会えなかったという。

  

 自分たちが亡くなったことを、いつか帰省してきた娘に直接伝えたい。

 それが可能なのかはともかく、だから自分たちはその日が来るまでこの屋敷に留まっているのだ。

 

 そう、老人の霊はプルモナリアたちに告げた。

  

 

「あー。えっと……そのこと、なんですが……」

  

  

  

  ◇  ◇  ◇  ◇

  

  

  

「……そっか。そんなことが……」

 

 

 ぽつりと漏らしたプルモナリアの言葉が、すべてを語り終えると同時に沈黙が舞い降りた執務室の中に、意外なほど大きく響いた。

  

 

「それじゃあ、いつまでも待ちつづけて……いくら待っていたところで、娘さんが帰ってくることはないんだね……」

  

 

 そう。

 幽霊になってまで老人と子供の2人が望んでいた願いは、永遠に果たされることはない。

  

 ――花騎士の娘もまた、少し前に亡くなっていた。

  

  

  

  

 土地購入のための申請書類をいったん脇に押しやり。

 かわって上層部から届いた資料に、あらためて目をやる。

 

 それによれば。こことは別の騎士団に所属していた彼女は、さる害虫との戦いにおいて戦死した……ということになっていた。

 資料をプルモナリアのほうへと押しやり、しばし瞑目する。

 新設されたばかりらしく、まだごく小さな騎士団だったようだが、彼女を率いていた騎士団長までもが同じ戦いで戦死しているところを見ると、かなりの激戦だったのかもしれない。

  

 だが――

  

 

「……あー。これはよくないね……」

  

 

 そうなのだ。

 資料を読みすすめるプルモナリアの表情が険しくなるのも無理はない。

  

 

「命令違反、あるいは敵前逃亡の嫌疑あり、か。これじゃ偉い人のさらに偉い人たちには悪く思われてるに違いないよね……」

  

 

 ため息をつくにも似たプルモナリアの言葉に、重々しくうなずく。

  

 他の資料をあわせて読むと、いくつかの小さな騎士団が共同して討伐にあたった戦闘での出来事だったらしい。これらの資料そのものが、その戦いで運よく生き残った花騎士たちが作成したものだ。

 となると、この資料に記述された内容が、上層部が判断する最有力の根拠ということになる。

 仮に命令違反なり敵前逃亡なりが誤解だったとしても、真っ先にその疑いを晴らしたいだろう当事者たちが戦死してしまっているのでは、第三者が(くつがえ)そうにも容易なことではないだろう。

  

 どんな理由があったにせよ、騎士団にとっては不名誉きわまりない記録ということになる。

 死亡したのなら、当然遺族にその旨をすぐに伝えるはずだ。資料を読むかぎりでは、館主が亡くなるよりも花騎士の娘が戦死した日付のほうが数日ばかり早い。

 大切な家族を失ったのだ。にもかかわらず、老人が息を引き取る前にその情報がもたらされなかったのは、上層部が判断に時間を要したためなのか、あるいは……。

  

  

  

  ◇  ◇  ◇  ◇

  

  

  

(……でも、そんなこと、簡単には言えないよね……)

  

 

 こうして幽霊になってまで、娘の帰りを待っている父。

 そして同様に、姉の帰りを待っている弟。

  

 

(……あなたたちが待ちわびる人は、もう帰ってくることはありません、なんて。たとえ帰ってきたにしても、きっとそれは胸を張ってではなくて……)

  

 

 今回、プルモナリアがこの洋館を訪れた理由。それは彼らに真実を伝えることではない。

 まずは様子見。噂のとおり本当に幽霊がいるのかどうか。そして自分たちの騎士団が土地と建物の所有を検討していること。

 それを確認し、また伝えることができれば、ひとまず十分だった。そして、しっかりと果すことができた。ミッションコンプリートだ。

  

 

(……アンゼリカさん、どうしよう?)

  

(んー、そうですねぇ……。どうせいつかは伝えなくちゃいけないんだし、ここは真実を一気にズバっと!的な?)

  

(…………)

  

(……って、まー、いきなりそうするのも考えものですかね。ヘタに恨まれてこの屋敷を渡さない、とか言われたら困りますし)

 

  

 噂の幽霊とのファーストコンタクトを取ったあとの行動については、プルモナリアに一任されている。

 葬儀屋の娘という経歴と経験が買われていることは確かだろうけど、また同じくらいプルモナリア個人に対する団長の信頼もうかがえ、単純に嬉しかった。

  

 

「……わたしたちも花騎士ですから。娘さんについての情報を手に入れるのは、難しくないと思います」

 

 

 決めた。

 事実を隠し、請け負ったふりをして、やはりいったん引き下がろう。

 

 

「もう少しだけ待っていてください。次に来たとき、きっと彼女の近況をお伝えしますから」

 

 

 次の一手をどうするか、もう一度じっくりと考えるべきだ。

 チャンスが消滅したわけではない。一歩ずつ進みながら、次の機会を待てばいいのだ。

 生きてさえいれば、それができる。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 2人の花騎士を噂の幽霊と接触させてから、数日後。

 大きな支障もなく任務を果たしてくれたプルモナリアを、ふたたび執務室に呼んだ。

 

 

「ちょうどわたしからも、次の対応をどうするのか団長に聞こうと思ってたところ。なにか名案でも浮かんだ?」

 

 

 そう聞いてくるプルモナリアに、にやりと笑ってみせる。

 執務机の上には、今日も紙の束がどんと置かれている。当たり前といえば当たり前だが、前回とは内容の異なる資料や書類の山だ。

 その中の必要なものを抜き取り、彼女に手渡す。

 

 

「……偉い人も、ずいぶん思いきったことをしたね……」

 

  

 こくこくと小さくうなずきながら読みすすめていくプルモナリア。

 こちらの行動に感心してくれているのはたしかだろうけど、それ以上のものは口数の少ない彼女の表情だけではなかなか読み取れない。

 

 

「でもこれで、堂々と騎士団があの土地と屋敷を買い取ることができるね。予算も十分だ」

 

 

 そのとおり。

 さらには、ひょっとしたら……家族の帰りを待ちわびる2人の幽霊にも、いくらかは良い報告ができるかもしれない。

  

 

「偉い人がその気なら、わたしも協力するよ。わたしたちがいま知っているだけを話してさようならじゃ、おおいに寂しいもんな……」

  

 

 ――先日、貴騎士団より要求された土地の購入とそれに充てる資金の給与について、これをすべて認める。

 そのかわり自らが提示した案を遺漏(いろう)なく実行し、当該地域に残存したままになっている害虫の勢力を、騎士団から戦力を派遣して完全に撃破覆滅(ふくめつ)すること。それが唯一の条件となる――

 

 

 幽霊となった2人の家族である花騎士が戦死した先では、害虫側に新しい動きがないことを幸いに戦力の立て直しに努める一方で、ふたたび討伐を行える余裕がないらしい。

 

 それならば。我が騎士団の花騎士が、彼らに代わって討伐任務を引き受けたい。たとえ自分たちが受け持っている領域の範囲外であっても、害虫を野放しにはしておけないからだ。

 わざわざ遠くの地域にまで遠征してもらうことになる花騎士に対する手当は、当騎士団の貯蓄および騎士団長の収入から支給する。

 上層部にはただ、先日上申した外部拠点用の資金供与と保有の認可の2点のみを、早急に行ってもらいたい。

  

 

 ……プルモナリアの言うとおり、我ながら思いきったことをしたものだと思う。

 ただ、交換条件という形での提案に上層部が乗ってきたことで、一気に話は進んだ。これまで臨時予算を出し惜しみされてきたものの、これ以上気を揉む心配は完全になくなったわけだ。

 

 幽霊になってまで家族の帰郷を待ちわび、そしておそらくその身を案じてもいる。

 知ってしまったのも、きっと何かの縁だろう。こちらにとっても有益な結果に結びつくのなら、多少の骨折りはやむなしだ。

 それに問題となっている害虫を撃破することがまず第一の目的だが、実際に現地で情報を集めることで、なにか新しい発見があるかもしれない。

 

 

「あのおばけたちにまた説明することになるんだし、それなら私も参加することになるよね。これから忙しくなるな……」

 

 

 プルモナリアにしても、2人の霊のことはやはり気がかりなのだろう。やれやれといった口調ながら、雰囲気は決して乗り気でないようには見えない。

 

 幽霊屋敷そのものについて、当然ながらそれを知る花騎士は多い。

 しかしプルモナリアとアンゼリカの2人が得てきた幽霊の正体まで知る者はまずいないだろうし、ましてやその屋敷を買い取ろうと考えていることはまだ公表もしていない。

 それがようやく公表するタイミングを得た、ということだろう。

 

 

 

 ひとりの花騎士と、そして騎士団長の戦死。

 それは自分たちにとっても、決して他人事ではない。いつかの未来、我が身に降りかかってくるかもしれないのだ。

 ならばこそ。関わる機会ができたのなら、目を閉じたままにしてはおけない。

 

 

 近々開くことになる作戦発表の場で、最後はこう言って締めくくることにしよう。

 

 

 命令違反、あるいは敵前逃亡の嫌疑あり。

 その真相を、我が騎士団の手で確かめてみないか――?

  




第六章を”起承転結”で分けるとすると、「起」の部分はこれでおしまいになります。
いまだに登場している花騎士はプルモナリアとアンゼリカの2人だけですけど、いよいよ次回から少しずつ他のキャラが再登場してきますよー。

それにしても、このコンビ。いざ書きはじめてみると勝手にどんどん動いてくれて、終始楽しく書くことができました。ありがたやありがたや。
  
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