「それじゃサンダーソニア、お願いね」
「はいっ!」
――イオノシジウムさんの指示を受けて、私ことサンダーソニアは、手にしている金色のハンドベルを大きく上下に振りました。
村のみなさんに、支援物資の配給が開始されることをお知らせする合図です。
物資の数々が順番に並べられ、準備の整った広場にはすでにかなりの人が集まってきています。
でも、もしかしたらまだ気づいていない人もいるかもしれません。そう思って、私はできるだけ遠くにも響くよう、懸命に腕を振りつづけました。
「ではみなさん、これから配給券を二枚ずつお渡ししますので、受け取ったらそれぞれの列に順番にお並びください。
物資は不足なく充分にお配りできるはずですので、どうか慌てることなく、列を決して乱さないよう心がけていただいて――」
グリーンベルさんの説明にうなずきながらも、村の人たちは今か今かと待ちきれないといった様子です。
配給する物資は、二種類。広場を大きく二分して、それぞれに受付とお渡しする場所が設置されました。
東側ではイオノシジウムさんとグリーンベルさんが担当する食料品、そして西側はペポさんとランタナさんが担当する日用品とわずかながらの娯楽用品。それが今回の支援物資の中身です。
一方で、私の担当はというと、手伝ってくれるウィンターローズの騎士見習いさんたちをまとめながらの、行列の形成やその監督。また、不正を行う人がいないか、目を配ることも含まれています。
この村じゅうにも雪が降り積もって寒いはずなのに、広場周辺だけが人々の熱気で寒さを少しも感じません。それは同時に、辺境の村の生活が過酷だという証拠のようにも私には思えました。
だからこそ、不測の事態や混乱が起きないよう――村の人たちに残念な思いをしてもらわないよう、公平かつ正確に行わねばなりません。
でも……きっと大丈夫。みなさんの足音を聞いていると、気持ちが浮き立っているだけ。
ソワソワやワクワクといった気持ちばかりで、悪心を胸に秘めた、重たいすり足のような足音はどこからも聞こえてはきません。
「よし……頑張らなくっちゃ!」
――私が気合いを入れたそのとき、グリーンベルさんの開始の合図が聞こえてきました。
「はーい、押さないでー。押さないでくださーい。品物はたくさん用意してありますからー!」
「かじらないでー。ペポをかじらないでくださーい。ペポをかじっていいのはわたしだけですからー!」
最初のうちはそんなペポさんたちの言葉が聞こえてきたりもしましたけど、特に混乱や問題らしい事態も起こらず、順調に配給は進んでいきました。
通りがかった列の途中で、年老いたおばあさんから感謝の言葉をかけられたりして。ちょっと気恥ずかしくもあったけど、嬉しい思いもしたりしました。
物資を受け取って、自宅へと戻っていかれたのでしょう。時間の経過とともに、だんだんと広場の混雑ぶりも落ち着いてきます。
開始からずっと動きっぱなしだった私たちも、ちょっと休憩。現場は交代してくれた騎士見習いの人たちにお任せです。
……の、はずだったんですが。
「みんな、いいー? よーく見ててねー。ここをこう、ちょっと押してみると……ほら、動いた!」
ペポさんが手にしたおもちゃを操作すると、その周囲をぐるりと囲んでいた小さな子供たちが「わぁー!」と、いっせいに歓声をあげました。
ペポさん、子供に大人気です。
たとえ疲れていたって、子供の前では一気に吹っ飛んでしまうのかもしれません。そんなペポさんの笑顔を見ていると、まるで花の蜜を飲んだかのように、こちらまで元気になってしまいます。
……あれ。でもそういえば、ランタナさんは……?
「それじゃあねー、今度はこっちのおもちゃだよ。えーっと、こっちはねー……」
ぺしゃっ。
そのときでした。
ペポさんの顔が、いきなり真っ白になっちゃったのは。
「うははー。ペポ太郎め、油断したなー。戦いはもう始まっておるのだー!」
「もうー。いきなり雪の玉を投げてくるなんて、ひどいよランタナちゃん!」
そう言いながらも、嬉しそうなペポさん。つられて子供たちも笑います。
「おもちゃの解説は終わった? なら雪合戦しようじぇー! さあさあ子供たち、勇者ランタナ軍と魔王ペポ軍に分かれて戦争するじょー!」
「うぅー、不意打ちしておいて勇者って、それぜんぜん説得力ないよー。でも、だったらここは悪い勇者をみんなでやっつけないとね。終わったら、またおもちゃの話をしようねー」
「おれ魔王軍ー!」「魔王やだー。勇者軍がいいー!」などときゃっきゃとはしゃぎながら、あっという間にそれぞれのチームを作る子供たち。
その光景を眺めながら、イオノシジウムさんがやれやれといった感じで肩をすくめました。
「まったく……元気ねえ、あの二人は」
「あなただって、けっこう子供に好かれているじゃないですか。参戦してきたらどう?」
「やーよ。めんどくさいし、暑くなるもん。グリーンベルこそ、一緒に混じってきなさいよ」
こちらはすっかり、くつろぎモード。
休憩時間だし、こっちの方が正しい姿といえなくもないですが……。
「私もバナナオーシャン所属だし、雪合戦ってほとんど経験したことがないんですよね。まあ、どうせやるなら、最初からしっかりと作戦を立てて……わきゃっ!」
ぱしっ!
ひゅんっ!
「ふははは! 戦場エリアは広大無辺、観覧席という安全地帯なぞどこにもないのじゃ。見たか、私のとっておきの二連弾……って、な、なんだってー!?」
完全に蚊帳の外とばかり、のんびりと会話していたところ。
流れ弾とは明らかに違う、最初からこちらを狙った一発がグリーンベルさんに直撃――って、雪玉を受けたときのグリーンベルさんの驚き声、ちょっとかわいかったかも……。
その一方で、イオノシジウムさんはというと。こちらは何事でもないように、ひらりとかわしていました。
「ふふーん。甘いわね、ランタナ」
「ぬぬぬ、やるなイオノシジウム。ひとかたならぬと思っておったその回避力、幼少時の度重なる雪合戦で磨かれた成果であったとは!」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」
でも、ランタナさんの挑発行為を受けて、イオノシジウムさんにもばっちり火がついちゃったようです。
「まあいいわ。あたしが加わるとなったら、あんたなんてボッコボコの雪まみれよ?」
「おうさ、上等でい! やれるものならやって……へぶっ!」
「わーい、さっきの不意打ちのお返しだよ! 油断したのが悪いんだからね、ランタナちゃん♪」
「よーし。それじゃあたしはペポに加勢するわ。グリーンベル、あなたも入れて3人でワンサイドゲームよ」
「まったく……元気なのは、誰かさんも一緒じゃないですか」
つい今しがたまでの気が抜けきった姿とは一転して、軽快に駆けていくイオノシジウムさんの背後で、グリーンベルさんも重い腰を上げます。
でも、気づいちゃいました。不承不承といった感じのグリーンベルさんも、その表情はぜんぜん違っていることに。
すぐに本人も、そのことに気がついたようです。そして、もう本物の笑顔を隠そうとしないまま、私に手を差し伸べてきてくれました。
「……ともあれ、いただきものにはお返しをするのが礼儀ですから。サンダーソニアさん、あなたも一緒に行きましょう?」
「はい、ぜひっ!」
最初は魔王軍に入って、ひとしきり雪玉をぶつけあって……。
でも最後まで一人きりじゃランタナさんがかわいそうだから、途中からは勇者軍に入ってあげようかな?