FLOWER KNIGHT LEAF   作:藤宮ぽぽ

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6-4 出撃前夜2(アンゼリカとヒメシャラ、月夜に語る)

  

「そこな木の後ろに隠れておる者、何奴(なにやつ)じゃ!」

 

「ひいっ!?」

 

 

 驚いた。あまりに驚きすぎて、つい声まで出てしまった。

 

 別に隠れていたつもりじゃなかったんですけどね。先客がいるとは知らず、ただぶらぶら散歩しようかと思っただけなんですけどー。

 

 とはいえ沈黙に徹したところで、お互いに得になることはひとつもなさそうだ。

 かくなるわけで――

 あっさりと降参を認め、アンゼリカはおとなしく2人の前に姿を現した。

  

  

「……なんじゃ、そなたか」

  

「なんじゃって、そりゃちょっと失礼じゃないですかねー、ヒメシャラさん?」

 

「ほほほ……。すまぬ、他意あってのことではない。許せ」

  

 

 アンゼリカが頬をふくらませると、ヒメシャラは口元に手を当てつつ素直に詫びた。

 悪意を感じるどころか、そんな動作すら逆に優雅にさえ見えてしまう。それはもはや、ヒメシャラという人物がもつ天性のものなのだろう。

 

 彼女のかたわらには、ベルゲニアが黙然と控えている。

 こう言うのもなんだが、まるでワンセットのようだ。日頃から2人でいるところをよく見かけるし、仲間たちもその光景にすっかり馴染んでしまっている。

 ヒメシャラを太陽とするなら、ベルゲニアは月。あるいはそのように言えるかもしれない。ふと、アンゼリカはそんなことを思ってしまった。

  

  

「食堂におらんでもよいのか。プルモナリアらはまだ残っているのであろう?」

 

「そう言うヒメシャラさんたちだって、こっちに抜け出してきてるくせにー」

 

 

 幽霊屋敷と噂される物件を手に入れ、騎士団の拠点のひとつとして活用したい。ついては上層部と交渉の結果、交換条件として当騎士団の管轄範囲外での害虫討伐を請け負うことになった。

 作戦の開始は、明後日からとなる――

  

 夕食の時間が終わると、食堂では予定される遠征任務について参加メンバー全員が集められ、その目的や意義についての最終説明が行われた。

 さらにこれから、作戦行動についての具体的な討議がはじまる。ただ、その前にひと休憩入れてから話し合いに移ろう、というところだった。

  

 食堂や団長の執務室、また花騎士の自室などがある建物の中央部に設けられた、ほどほどの広さの中庭。

 すでに夜闇があたりを支配する刻限ということで、すっかり人の気配は消え失せているものの――今。

 その一角にある(あずまや)に、アンゼリカたち3人の姿はあった。

  

 

「わらわたちは……のう。イオノシジウムに万事任せたでな。あやつがむこうにおれば、何も心配なぞ要らぬわ」

 

「はあ、イオノジジウムさんですか。っていうか、え~と……」

 

「だらけるのが得意で、真面目に打ちこむ姿をまるで見ない。そう言いたいのだろう?」

 

「お、おおお思ってませんってそんなこと! べ、別にイオノシジウムさんと深い付き合いがあるわけじゃないですしっ!」

 

「ふふ……人の本質など、えてして常とは異なろう。複雑怪奇、ゆえに面白いとは思わぬか?」

 

 

 言いながら、愉快そうに笑うヒメシャラ。

 彼女の言葉の意味はわからないでもない。つまりは金運と縁がなさそうに見える人物が、ギャンブルでは意外な強運を発揮して周囲を驚嘆させる場合もありえる、という話だろう。

 となると。ヒメシャラもイオノシジウムも普段の仲はいざ知らず、花騎士としてはお互いに理解しあっている、ということなのだろうか。

 

 そんな関係が、ほんの少しだけ――

 

 

「いやいや、別にうらやましくなんてこれっぽっちもないですよ! 友情じゃ1マニーも稼げないですし、お腹だってふくれないですしね!」

 

「……何をひとりで勝手に盛り上がっておる?」

  

「あー……いやいや。っていうか、そんなことよりもですよ! ヒメシャラさんたちこそ、こんなところで何やってるんです?」

  

「見てわからぬか? 茶を飲み、ベルとともに月を眺めておる。それだけのことじゃ」 

 

 

 あっさりとそう言ってのけるヒメシャラの前のテーブルには、たしかに茶会にふさわしい食器の数々が並べられている。

 全部ではないにしても、食器の上に盛りつけられた菓子類のラインナップもなかなか豪勢だ。なかにはこれまで見たことのないものまであったりする。

 食後のデザートにしてはゼイタクすぎやしません?と、余計なお世話だとは承知しつつも、つい言葉が飛び出してしまいそうになる。それをギリギリ寸前で、どうにかアンゼリカはこらえた。

 とはいえこれだけ堂々とされていると、ひとたびストップをかけたところで、やはりどうしても口調が皮肉っぽくなってしまう。

  

 

「月見ですか。はあ、そうですかー」

  

「……何か面妖なことでもあるか?」

 

「いやー。別におかしいとか、そういうつもりはないんですけどね。でも、他にやることがあるんじゃないかなー、的な?」

 

「ほう。そなたは月を愛でるのが無駄なことじゃと、そう申すのだな?」

 

「まー、ぶっちゃけそうですね。心が豊かになるなんていいますけど、それよりも懐を豊かにするべきですよ。月を眺めてお金稼げます? 大富豪さんと友達になれます?」

 

 

 大金持ちにしてくれるというなら、穴が開くまで眺めよう。月でもなんでも、もう許してと泣きながら降参するまでいくらでも眺めつづけよう。

 けれど対価が得られないのなら、その行為になんの意味があるのだろうとアンゼリカは思う。

 何かをいただくからこそ、何かを差し出す。そういうものだろう。骨折り損のくたびれ儲けはノーサンキューだ。断じてダメそれ絶対。

 

 

「……まあよかろう、出撃前夜じゃ。互いの嗜好を論争など、それこそ月を前に無粋であろうしな」

 

 

 いくらかの間をおいて、肩の力を抜くような声音でヒメシャラが言った。

 彼女と同じように何か言いかけようとしたベルゲニアも、それを見て思いとどまったように口をつぐむ。息の合ったその動きは、さすがというほかない。

 

 

「して、月見でないのなら。そなたは何用があって、このようなところを彷徨して(うろついて)おるのじゃ、アンゼリカ?」

 

「私ですか? あー……えっと、それはですねー……」

 

 

 ここで人差し指を頬に当て、にこっとスマイル。

 

 

「いやー。またとないチャンス到来、といいますか。やっぱアレですね、地道に生きてれば、機会ってちゃんとめぐってくるものなんですね~」

  

「ふむ……?」

 

「まさか団長さんが、あの幽霊屋敷を買い取ろうとしてたなんて! これってやっぱり、別宅じゃないですか別宅!」

 

「なにを言っておる。騎士団の拠点として用いるという話だったではないか。となるといずれ、それに合わせて改築も……」

 

 

 ノンノン。まるで砂糖水に一ヶ月漬けたマニュのように甘いですねーヒメシャラさんってば。

 

 

「たとえ改築して『あれれ? 普通に住むには逆に不便だなー』とかになっても、最後にまた新しく建て替えればいいんです。まずは老後……いやいや引退後に備えて、ブツをゲットすることから。その第一歩がまさにこれ、的な?」

  

 

 正直に言って団長のことを見くびっていた。おおいに反省しないといけない。

 まさかもう、さして無理もなく物件を買えるほどのリッチメンにおなりあそばしていたとは。騎士団長の年収はんぱねー。

 この調子なら現役を退くころともなれば、どれほどの財をなしているのだろうか。震えが止まらない。

 その後の余生がガチで安泰なのは、もはや確定的に明らかだ。とすればもう、これは人生の大波といっても過言ではない。待望のビッグウェーブだ。

 

 

「まー、別荘に関してはですね。今すぐじゃなくていいんです。私、待てる女っすから!」

 

 

 ただ、みすみす見逃すという手だけはありえない。

 おいしいチャンスには積極的に乗っかる。これがアンゼリカ流だ。

 

 

「つまりぃ、今のうちにしっかりと団長さんを私の魅力で……んふっふっふー♪」

  

 

 夢を叶えるのは坂道を上ることと同じ、などと誰かが言ったらしい。

 とすれば夢が大きくジャンボなほど、その傾斜はきっと険しく厳しいものに設定されているはず。そう考えるべきだ。

 恐縮して縮こまっていては、とてもそんな坂道を上りきることなどできやしない。だからこそ、アンゼリカは堂々と胸を張った。

  

 

「もしも、もしもですよー。団長さんと私が結婚しちゃったらですね……。

 なーんと! この拠点の女主人になれるばかりでなく、別荘予定地まで持てちゃうことになるっぽいじゃないですかー♪」

 

 

 そして2人で寿引退してがっぽりと退職金をもらって、そのお金で別荘を豪邸に大改装。

 家事など面倒なことは雇い入れたメイドさんにすべて任せて、自身は念願の優雅でセレブな毎日を……。

 

 ――なーんて考えてたら、ワクワクが止まらなくなってきちゃってですね。興奮を少し冷やそうと、こうして宵の散歩に……的な?

  

 

「……あいかわらず下衆(ゲス)いことを考えておるの」

 

「な、なんですとー!?」

 

 

 心外だ。アイデンティティの侵害だ。

 さんざん命を懸けてきた花騎士人生なのだ。退役するときは、もらえるものをもらって当然だろう。

 そのうえでゴージャスな余生を望んで何が悪いというのだろうか。

 

 団長は、この上ない打ち出の小槌(はくばのおうじさま)であることは疑いようがない。

 だがしかし、世はすでに花騎士戦国時代。数えきれないほどの同僚(ライバル)たちが団長の隣というポジションを虎視眈々と狙っているのだ。うかうかしてなどいられない。

 

 

「ていうか、ヒメシャラさんは興味ないんですか、団長さんのこと。もったいないな~。まー、私にとっては競争相手が減るわけですし、そっちのほうが好都合なんですけどね」

 

「ふ、ふん。わらわのこの美貌になびかぬ殿方などおらぬわ。いかな団長とて、いずれは……」

 

「ほうほうほう。ヒメシャラさんだって、ばっちり乙女じゃないですかー。秘めた恋心、的な?」

 

 

 ……あれ。でもこれ、単純に喜んでいい話でもないんじゃ……?

 首をかしげて、ちょっと思考する。ぶるり。なぜだか急に背中に悪寒が走った。

 

 

「……しかし、戦いの前に夢を語る、か。ずいぶんと余裕のある話じゃ」

 

「それはのんびりお茶飲んでるヒメシャラさんだって、お互い様ですしねぇ。

 ま、でも、案外なんとかなるんじゃないですかー?」

 

 

 けろりとした顔で、まるで他人事のように語るアンゼリカ。たしかにそこからは、緊張感といったものを読み取ることはできない。

 そんな彼女を眺め、ふふふと不敵な笑みを返すヒメシャラ。こちらもまた、アンゼリカに勝るとも劣らないほどのリラックスぶりだ。

 

 

「そなたの言うとおりじゃ。もとより慢心しておるつもりもないが、戦いを前に怖じ気づくなど、わらわらしくもないしの」

  

 

 アンゼリカの記憶にあるかぎり、弱気になったヒメシャラの姿など一度も見たことがない。

 ときに不遜にすら思えるほど、確固たる自信が全身に満ちている。それが彼女という存在だろう。

 

 そんなヒメシャラは――今。月を眺めながら、何を思っていたのだろう。

 かたわらのベルゲニアもまた、ずっと沈黙したまま一言もしゃべらない。

 

 

「……そーいやベルゲニアさん、遠征メンバーに入ってませんよね? もー、団長さんったらうっかりさんなんだからー」

 

「団長殿の判断であれば、やむをえません。それにヒメ様も私も、すでに納得していますから」

 

「……一緒じゃなくても、お2人はいいんです?」

 

「……変わらぬな」

 

「はい……?」

 

「月はいつ見ても、変わらぬ。ずっとあるがままじゃ」

 

「えっと、それ本気で言ってます、ヒメシャラさん? むっちゃ変化するじゃないですか、月って」

 

 

 何が楽しいのか、周期的に同じことを繰り返しているのが月という存在だ。

 それでマニーを稼いでるわけでもないのに、律儀なことだとアンゼリカは思う。ボランティア的なものなのだろうか。

 

 

「そなたが言っておるのは満ち欠けの話であろう? そうではない、もっと深い……本質的なところじゃ」

 

「本質的、ですかあ? うーん……」

 

 

 ちょっとヒメシャラさんが何言ってるかわからない。

 

 肩をすくめ、アンゼリカは大きく首を左右に振った。だが、ヒメシャラはそんな様子をまるで気にするふうでもなく。

 ただ月を見上げながら、まるですっかり感じ入ったような表情とともに、彼女は言葉をつづけた。

 

 

「欠け、満ち。そしてまた欠け、再び満ちる。繰りかえしじゃ。そのサイクルはいつまでも変わらぬ」

 

「はあ。そーですねぇ……」

 

「わらわはまたここに戻ってくる。そなたもじゃ、アンゼリカ。

 さすればの、わらわとベルの日々ももとに戻る。なにも変わらぬよ」

 

「おっしゃる通りです、ヒメ様」

 

 

 なるほど。ヒメシャラの言っていることが、ようやくわかった気がする。

 情緒的、とでもいうのだろうか。アンゼリカにはなかなかできない考え方だ。

 

 

「そうですかあ?」

 

「……なに?」

 

 

 そんな彼女の考えを、まるごと否定する気はない。ただ、それでも――

 

 

「……いやまー、変わらないことも大事っちゃ大事かもしれないですけど。でもそれだけじゃ、ちょっと……ねえ?」

  

 

 うなずけるようで、どこかうなずけない。

 

 皆それぞれ、何かのきっかけなり転機なりがあったからこそ花騎士となって。

 守るべきものを見つけて。新しい友情をはぐくんで。そして、誰かを好きになったり愛するようになって。

 同じように見えていても、実は繰り返しではない。学習や体験、経験は時間とともに積み重なり、それを糧として本人すら気づかぬうちに変化していく。心や感情といったものも、また同様だ。

 むしろ、だからこそ。変化していくことを定められたのが人間という存在であるからこそ、反対にいつまでも変わらないものに何らかの意味を見出そうとするのかもしれない。

 ヒメシャラにしても、過去と今とできっと、同じ月見でも胸のうちに抱く想いは異なっているはずだ。それはひょっとしたら、団長との出会いが彼女をそうさせたのかもしれず……。

 

 そう。

 変わらないものは、なにひとつない。

 そして、変わっていくからこそ――延々と続いている害虫との戦いも、少しずつ明るい光が見えはじめているのではないだろうか。

 

 

「ふむ……」

 

「月のことは置いといてですね。私から見たら、ちゃーんと。ヒメシャラさんも変化してると思うんですけどねー。あ、もちろんベルゲニアさんもですけど」

 

 

 迷わずにそう言いきって。そこでようやく、アンゼリカはひと呼吸を置いた。

 こんなことを誰かに語るなんて、今までにあっただろうか。仮にはじめてではなかったにしても、えらく珍しいことをしてしまったという気分だ。

 

 

「って、えーと……そうそう! アンゼリカご意見箱の投書にですね、あったんですよそういうのが!」

 

「そうかそうか。ご意見箱に、のう」

 

 

 ……なんだか柄にもなく真面目ぶったことが、急に恥ずかしくなってきたー!

  

 普段の言動からは読みとれない一面を見せたかと思えば、まるで一瞬の気の迷いだったかのようにあたふたと慌てはじめるアンゼリカ。そんな彼女を、ヒメシャラはからかうような表情とともに見つめた。

 ただ同時に、その瞳の奥には軽い驚きと称賛の念がある。

 

 

「紅茶を飲んでいけ。ベルに用意させるゆえにな」

 

「……はい?」

 

「もう少しそなたと話したくなった。付きおうてくれるだろう?」

 

「どうぞ、アンゼリカさん。ヒメ様の向かいの席へ」

 

「え、ええと……?」

 

 

 ベルゲニアの誘導にしたがい椅子に腰を落ち着けたあとも、しばらくアンゼリカはぽかんと面食らったままだった。

 

 そのまま、夜空を見上げる。

 ――月が綺麗だった。

 

 

「そなたもあとで、イオノシジウムから話し合いの内容を聞くがいい。ふふ……いまだ誰も迎えに来ないところを見ると、団長たちもわかっておるのだろう」

 

「会議に出たうえに、なんで説明まで……とか、イオノシジウムさんにむちゃくちゃ嫌がられるようにしか思えないんですけど?」

 

「そうじゃのう。わらわもそれには同意じゃ」

 

 

 そう言って、ヒメシャラは愉快そうに笑った。

 ベルゲニアもまた、口元を軽くほころばせている。

 

 ――たまにはこういう夜も、悪くないかもしれない。

 

 

 

 

「……まー。それじゃさっそく、このアンゼリカさんみずから、自分の言葉を証明してみせちゃいましょうかねー」

 

「……ほう?」

 

「お月見も、まーたまには風流でいいんじゃないかな的な? そう意見を変えてみようかと。なんてったって『乙、気味』ですしね!」

 

「…………」

 

「うわーん、やっぱりポーチュラカさんのマネなんてするんじゃなかったー!」

  




アンゼリカは(その気になれば)できる子! すっごくできる子(その気になりさえすれば)!
通常verのデートイベでの彼女が、もうとんでもなくかわいいんですよ……!

それはさておき。
今回登場したヒメシャラとベルゲニアを含め、再登場を果たした花騎士はこれで4名(グリーンベルとベルゲニアは遠征任務には同行しませんが)となりました。
出撃前夜編は4つのお話で構成しているのですが、はたしてこのペースで予定している再登場キャラ全員を出すことができるのか……!

というわけで、次回は一気にどどーん!と、たくさんの花騎士が登場するお話になります。
その数4名。なんだか4という数字が続いてますが、単なる偶然です。4+4で、つごう8名となるわけですね。
最終的には再登場キャラは10名を予定しています。
  
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