ドクロはかわいい。
ただかわいいだけじゃない。そのうえかっこいい。
かっこかわいい。つまりは最強のタッグ。これ以上のものがこの世にあるはずない。
そう固く信じて疑わないキンギョソウにとっては、まさしく。
この瞬間こそが、千載一遇のチャンス――のように思えた。
「ねえねえ、プルモナリアさん」
いま必要なのは、勇気。怖れずに前に踏み出す、一歩めの勇気だ。
来たる討伐任務にむけての説明とミーティングが終わり、そのまま食堂を出ようとしていたプルモナリアを呼び止めたキンギョソウ。
すると彼女は無言のまま、ただこちらを振り返った。
「プルモナリアさんってさ、実家が葬儀屋さんなんでしょ?」
「……うん、そう」
こくり。
一度だけ首を縦に振ると、あとはキンギョソウをじっと見つめてくる。
なんというか、質問する前もその後も、驚くほどの落ち着きっぷりだ。
「……ごめんね。ひょっとして、あまり触れてほしくなかったりする?」
「ううん。そんなことない……」
よかった。
話の途中にもかかわらず、急に態度を変えられてしまうのはもはや慣れっこ。それでも、第一声からマイナスイメージを持たれてしまうのはさすがに避けたい。
ともに討伐任務にあたるのは、実は今回が初めてのことだったりする。
とはいえキンギョソウにとって、プルモナリアは以前からひそかに関心を寄せていた花騎士のひとりだった。勝手だとわかってはいるものの、なんとなく彼女にはシンパシーというか、親近感のようなものを抱かずにはいられないのだ。
それとなく聞き出してみたつもりだが、家業についても不本意めいた印象はあまり持っていないように感じる。
これは……今度こそ、いける!
仲を深めるには、またとない絶好の機会だろう。
「じゃあさじゃあさ、ドクロってどう思う?」
「……?」
「すっごくかわいくない? かわいいよね、ね?」
「別に、かわいいと思ったことはないけど……」
「……ですよねー」
ちーん。
終わった……。
葬儀屋という家業から察するところ、そういったものに触れる機会は自然と多いはず。
ゆえに彼女なりに愛着のような感情があったらいいな、いやいやあるんじゃないだろうか、いやいやいやいやあるはずに違いない!と、そう大きく期待したものの。
どうやらキンギョソウの勝手な思いこみで、他の花騎士たちの反応とさほど変わるところはないようだった。
しかし――
(だからといって、今日の私はひとあじ違うよ。だってチャンスであることは変わりないんだし、うん!)
やっぱりどう考えても、葬儀屋が家業というのはドクロマニアたらんとするには大きなアドバンテージとしか思えない。
なにしろ好きになるきっかけはいくらでも、そこらじゅうに転がっているのだ。実家の仕事がイヤでたまらないというのなら諦めもつくけれど、そうでないなら可能性はゼロじゃない。
ここで引き下がっては、またいつもの繰り返しだ。どんなに待っても、同好の士はついに現れないまま終わってしまうだろう。
「聞いたことがあるんだ。こんなときの私に送る、励ましの言葉。なせば大抵なんとかなる!……って」
「……?」
「あ、ごめんね。つい心の声が漏れちゃったみたい。んでね……」
「……わたしも聞いたことがあるよ。キンギョソウさんって、ドクログッズをたくさん集めてるんでしょ?」
「う、うん……?」
あれ?
こちらからではなく、プルモナリアのほうから話をつなげてきたことに、思わず面食らってしまったキンギョソウ。
なんだろう。これまでとは違う、はじめての展開だ。
当のプルモナリアはといえば、そんなキンギョソウの戸惑いに気づいたのか、それとも気づいてないのか。淡々とした調子はあいかわらずのまま、話をつづけてくる。
「あまりそういうのに詳しくはないけど……この前、街のお店で売ってるのを見たよ」
「え、本当っ!? どんなやつだった? かわいかった? 新商品の札とかついてた!?」
「ちょ、キンギョソウさん落ち着いて……!」
ぐいぐいぐい。
ドクロ話に食いついてもらおうとするつもりが、逆に自分が食いついてしまった。
これ以上ないほどがっつりと。もはや完全に一本釣り(釣られ)状態だ。
でもこればっかりは大目に見てほしい。餌が魅力的すぎるのがいけないのだ。
「明後日から任務開始だよね。だったらさっそく、明日行ってみなくちゃ! プルモナリアさん、そのお店の場所を教えて……」
「それなら、一緒に行く?」
「……え、いいの?」
「うん。さっき偉い人が任務前だから明日はみんな休みって言ってたよね。わたしも特にやることはないし」
「うわ~、ありがとう~! 私ね、いつか誰かと一緒にドクログッズ買いに行きたいって、ずっとずーっと思ってたんだ~!」
「別に大したことじゃないよ。キンギョソウさんだって、いつかは棺桶に入ることになるんだし。顧客とのつながりは葬儀屋にとっても大事なものだからね。
……冗談だよ?」
――だが、今回は様子が違った。
いつもならすかさず眉をひそめられるような、プルモナリアの冗談にも。まるでなんでもない話であるかのように、キンギョソウの満面の笑みは少しも崩れない。
「……ごめん。悪く思わなかった……?」
「ふぇ、何が……?」
念のために確認してみるも、本当にキンギョソウはまったく気にしていないようにしか見えない。
それどころか――さすがにこの返答は、プルモナリアにとっても意外だった。
「そりゃ、私だって自分が死んじゃうのはイヤだよ? 嫌だけど……やっぱりお葬式ってドクロと近いところがあるよね? だから、こう、ワクワクもしてくるっていうか……!」
「……やっぱり、キンギョソウさんって変わってるよね」
「え~、そうかな~? 別にそんなにおかしくはないと思うんだけど……」
「大丈夫。変わってるのはキンギョソウさんだけじゃないから。……ふふふ、変わり者同士だ♪」
ちょっぴり不服そうに、首をかしげるキンギョソウ。
そんな彼女に、プルモナリアは普段あまり見せることのない笑顔をむけた。
気が合うのか、それともただの気のせいなのか。
どこか不思議で、そしてどこか納得なコンビが爆誕(?)した瞬間……なのかもしれない。ひょっとしたら。
◇ ◇ ◇ ◇
「はあ……」
完全に予定外の外出から、やっと拠点へと戻ってきた。よろよろとした足取りで、そのまま自分の部屋へと向かう。
まるで慣れない仕事に神経をすり減らしたあとのように。途中の廊下を歩きながら、イフェイオンは盛大なため息をひとつ吐き出した。
――まったく、さんざんな目に遭った。
昼食の時間がそろそろ終わろうとしている。
訓練場へと足早に向かおうとしている花騎士を見かけたし、反対にこれといった予定がないのか、のんびりとくつろぐ花騎士の姿も見つけることができた。
翌日には遠征任務が控えているという理由で、参加メンバーのひとりであるイフェイオンも今日は特に任務を与えられていない。せいぜい自主的に鍛錬に励むくらいだ。
なのにせっかくの休日にも、心は少しも晴れなかった。今もまた、ようやく半日が終わった、という気分でしかない。
没頭するような趣味や有意義な時間の潰しかたを、これまで知らないまま生きてきた。だからこそ、何をすべきかわからないまま持て余してしまうのだ。
団長から任務や命令を与えられれば、ただそのことのみを考え、全力で集中すればいい。そうしていたほうが、かえって気が楽だ。
「スノーちゃん、発見したデス!」
「あ、ほんとだ。おーい、イフェイオンさーん!」
その声に、イフェイオンの足が止まった。
振り返ると、2人の花騎士がこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。
カルミアとスノードロップ。明日からの遠征任務で行動をともにする相手だ。
最近、この2人が一緒にいるところをちょくちょく見かけるようになった気がする。
そういえば少し前に、とある任務で同じチームになったようだ。ひょっとしたらそのとき、親睦を深めたのかもしれない。
「ごめんなさい、急に呼び止めて。いま、時間あります?」
「大丈夫だよ、特にすることもなかったから。……それで、何?」
軽く息を整えながら話しかけてくるスノードロップに、やや素っ気ない口ぶりでイフェイオンは訊ねる。
が、我先にとばかり声を上げたのは、返答を期待した相手ではなく。その隣にいるカルミアだった。
「……それ、なんデス?」
カルミアが指差す先。
彼女につづいてそれを発見したスノードロップも、同じように興味深げな表情になった。
「……ああ、これ……」
まるで珍しいものを見た、とでもいった気分なのだろう。2人のリアクションも無理はない。
皮肉ぎみにそう思いながら、イフェイオンはそのブローチを軽く指でつまんだ。
胸元にピンで留める、さほど目立たない小さなブローチだ。
「……さっき、キンギョソウさんとプルモナリアさんがどこかへ行こうとしているところに、たまたま通りがかって――」
プルモナリアはともかく、明らかにテンションのおかしかったキンギョソウ。
そして、ご機嫌なキンギョソウからは引きずられるように、プルモナリアからは引きこまれるように。
2人よりは3人でとか、これも仲良くなるチャンスだからなどと、あれやこれやと強引に詰め寄られて。手持ち無沙汰のイフェイオンまでも、キンギョソウのショッピングに付き合わされたのだった。
「で、それを買ったデス?」
「せ、せっかく一緒に出かけたんだし。何も買わないのもキンギョソウさんに悪いかと思って……」
ブローチの表面の下半分に、小さくドクロが描かれている。
キンギョソウがこよなく愛するドクログッズに興味が湧くことはなかったけれど。まあ、このブローチ程度ならつけていても気にならないだろう。
「……ふふ」
「……なんですか、スノードロップさん?」
「あ、いえ。なんだか、その、嬉しくなっちゃって……」
今の会話にスノードロップが嬉しがるような要素などあっただろうか。
内心で首をひねって思案するも、イフェイオンには思いつかない。
「わたしも、うまく言えないんですけど……みんなが仲良くしているのって、やっぱりいいなあって」
「カルミアもそれ、わかるデス! みーんなとたくさんハグして、いっぱいいっぱいハグするほど嬉しくなっちゃうデス♪」
にこやかに話すスノードロップに、その場でぴょこぴょこと跳ねて同意を示すカルミア。
無邪気というか、素直すぎるというか。ほとんどお子様と変わらない。
昔の自分のままだったら、スノードロップもカルミアもおそらく――人生で深く交わることなど決してなかったであろう性格の相手、のように思う。
それが今、イフェイオンが身に着けた装飾品をきっかけに、ごく普通に会話している。そんなことを考えると、ふと、どこかくすぐったいような感覚が襲ってくる。
不思議と悪い気分ではない。
「ごめんなさい。勝手なことを言って」
「ううん、それはぜんぜん構わない。けど……」
「……けど?」
「その……わたし、あんまりこういうの、慣れてないから……」
ただひとりの人物を除いて、以前ならば他人のことなど、まったく興味も関心も示すことがなかったイフェイオン。
それが利用すべき相手ならば、本心を隠していくらでも調査し、情報を仕入れながら付き合うことはできる。しかし逆に関わりがなければ、こちらから介入したり歩み寄るなど無駄という以外に意味を見出すことができない。
イフェイオンが体験した過去の悲劇的な出来事を知る花騎士は、おそらくまだ少ない。
けれど彼女がこの騎士団へやって来てからどのように過ごしたかは、今では多くの花騎士が知るところだろう。
それなのに、誰ひとりとして、自分に対する見方が変わったと感じられる者はいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
幽霊――
スノードロップも、いくつかの怪談話を知っている。書物で知ったものもあり、
中にはその手の話題を苦手として避けようとする花騎士もいるものの、存在そのものを否定するような者はおそらくいないのではないだろうか。そんなように思う。
害虫との戦いは、死と隣り合わせだ。今日の死者は明日の我が身であるかもしれないからこそ、幽霊という存在は花騎士個々で温度差があるものの、比較的身近にありふれたものとして認められているのかもしれない。
(花騎士になった娘を持ち、その帰りを待ちわびるお父さん……)
普段とは毛色の異なる、遠征という形での新しい任務の詳細説明を受けたのち。他のメンバーたちが次々と食堂を後にしてからもスノードロップはしばらくそこに留まり、思案を重ねていた。
彼女にも、思い当たる節があった。他ならぬ自分自身だ。
スノードロップの両親は、本当の親ではない。産みの母親とは死別し、さらには捨て子となった彼女を、代わりに幼少時からずっと育ててくれたのだ。
だからスノードロップにとっては、血のつながった親については、これといった思い入れがなかった。今どうしているのかも、知る手がかりさえない。
深い慈愛をもってここまで養育してくれた現在の両親こそ、本物の親だと心から感謝している。花騎士としてそのもとから巣立った今もなお、彼らはスノードロップのことを心配し、気にかけてくれているはずだ。
どんな思いで、幽霊になった父は花騎士として旅立つ娘を見送ったのだろう。
そしてまた、どんな思いで娘の帰りを待っているのだろう。
また、手紙を書こう。お父さん、お母さんと、そのように書くのはやっぱり少し気恥ずかしいけど、前にそうしたときはすごく喜んでくれたという。
だったら、いつか。
……いつの日にか、勇気を出して。直接、2人をそう呼んであげよう。
「……ちゃん」
「…………」
「スノーちゃん……?」
「……わわっ!?」
遠くから。そして次はすぐそばで。自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
物思いに沈んでいたスノードロップの意識が、闇の中で光を見つけたかのように覚醒する。
最初は霞みがかった視界で、ただぼんやりと。それが次第に形を整え、焦点が合った瞬間に彼女の目の前にあったのは……鼻先が触れ合うほどの距離でこちらを覗きこんでいた、カルミアの不安げな顔だった。
いきなりだったので、つい驚いて声が出てしまった。
ここ最近、カルミアとはずいぶん打ち解けるようになったと思う。
故郷に何人もいるという姉に対するように素直に甘えてくるカルミアに、スノードロップもつい自分がお姉さんになったような気分になってしまう。もし妹がいたらこんな感じなのだろうか。
「……ごめんね。ちょっとぼーっとしちゃってたみたい」
「なんでもないなら、カルミアも安心♪ でもスノーちゃんが気になることがあれば、カルミアになんでも話してほしいデス……」
うん、何かあったらそうするねと、カルミアの不安を打ち消すように笑顔を作ってみせる。実際、カルミアが不安がるようなことは何もないのだ。
彼女がスノードロップのことを「スノーちゃん」と呼ぶのも、もうすっかり慣れた。こちらからは特にあだ名で呼ぶことはないものの、「カルミアさん」から「カルミアちゃん」へと進化し、ぐっと距離は縮まっている。
ミーティングが終了しても席を立とうとしないスノードロップに気づき、自分もそのまま待っていてくれたのだろう。
つい先ほどまでの気配がまだ残っているから、それほど長く待たせてはいないはずだ。そう確認したあと、スノードロップは軽く息をついた。
「んへへー……♪」
「……なに、どうしたの?」
「カルミア、だんちゃんに頭を撫でてもらったデス。そしてお願いされたのデス! スノーちゃんのこと、よろしく頼むって」
「え……!?」
「だからカルミア、こうして待ってたデス。だんちゃんの頼みなら、いくらでも待てるデース♪」
かわいらしいドヤ顔とともに、えへんと胸を張るカルミア。それに対して、スノードロップは自分の耳がかあっと熱くなるのを感じた。
(見られちゃった、よね……?)
物思いにふける自分の姿を見て、団長さんにどう思われただろうか。
つい油断して、恥ずかしい姿を見せたりなんかしていなかっただろうか。
(べ、別におかしなことを考えていたわけじゃないし、大丈夫だよね!? うん、きっと大丈夫、大丈夫……)
自分に言い聞かせて、なんとか心を落ち着けるべく深呼吸をする。
とはいえ団長さんのことだから、そんな無防備な姿もかわいかったよとか、なんでもない表情でさらりと言ってきそうな――
そんなことを想像すると、ふたたび顔の表面温度が上昇していくような気がするスノードロップだった。
……しばらくの間、乙女心と羞恥心、さらにはいくらかの自己嫌悪の三つ巴の争いが胸中で繰り広げられたものの。やがて三者が生み出す動揺の波が少しずつ収まっていくと、かわって現れたのは団長の深い心配りに対する感謝の念だった。
おそらく団長はスノードロップが自身の両親と、亡くなったあとまで娘を想う幽霊の親とを重ね合わせてしまったことに気づいたのだろう。そして、そんな彼女の気持ちを声をかけることで破ってしまうのは無粋だと、そう考えてカルミアに任せたに違いなかった。
花騎士の一人ひとりに、団長が惜しみなく注ぐ愛情。それが感じられるからこそ害虫との果てのない戦いの日々にも耐え、なおかつ騎士団が我が家のような心地よさにいつも包まれているのだと思う。
できることなら。スノードロップはそんな団長を手伝い、力になりたい。
少しでも、春の木漏れ日のような居心地を騎士団のみんなが感じられるように。たとえ困難や辛苦に見舞われようとも、常に光を見出すことができるように。
「……そうだ!」
「ふゅ? スノーちゃん、何か楽しいことを思いついたデス?」
「えへへ……うん、そうだね。とっても楽しいことだと思うよ♪」
実は、スノードロップにはひとり、気になっている花騎士がいる。
その彼女にはもう、両親はいない。害虫によって殺されてしまったのだ。
それから彼女は両親の死の原因となった騎士団長を探し求め、それまで仇と思い定めていた人間が真の相手とは別人ということを知り。自らに対する罰とばかりに、周囲から与えられるぬくもりを受け取りかねている。
けれど、スノードロップはこれだけは知っている。
真心がこめられた人のあたたかさは、必ず。いつか必ず、どんなに冷えきった心にも届くということを。
ひとりぼっちだった自分を、そして今は他の誰かを、必ず救ってくれるということを。
「だからね。カルミアちゃんにも協力してほしいな、と思うんだけど……」
「よくわからないけど、カルミアにお任せ! スノーちゃんがやりたいことなら、お手伝いするデース!」
◇ ◇ ◇ ◇
「……決起集会?」
はい、そうですと、目の前のスノードロップがにこやかにうなずく。
「遠征しての討伐任務なんて、そうあることじゃないですし。その前にみなさんと、ええと……無事に帰ってこられるよう、前祝いでもしておきたいなー、って」
「…………」
もともと人見知りとは縁がなく、誰とでも公平かつ穏やかに接している……というのが、スノードロップに対してイフェイオンが抱いている印象だ。自分のようにひねくれもせず、同じ花騎士でもそのまっすぐな性格には、ときに眩しくて直視できなくなるくらいだ。
とはいえ、それにしても。前祝いの集会など、少し楽観的すぎてはいないだろうか。
いささか彼女らしくない、という気がした。このような発想をするとしたら、スノードロップの提案というよりも、むしろ……。
「夕方から食堂で開くデス! カルミア、今から楽しみ~♪」
むしろ、彼女の隣にいるカルミアのほうが思いつきそうではある。が、それもまたちょっと違うような気がしなくもない。
「お菓子の用意と、あとちょっとだけお料理も作ったんですよ。カルミアちゃんにも手伝ってもらって」
「スノーちゃんのお料理、絶品! お腹がペコちゃんじゃなくても、いくらでも食べられるのデス!」
「急にはじめたので、そんなに大したことはできませんけど。イフェイオンさんも、ぜひ参加してくださいね」
「……えっと、その……」
発案者の思惑と参加者候補の思惑とは、いつも一致するとはかぎらない。
即答するには誘いの内容がいきなりすぎて、イフェイオンはとっさの反応に窮してしまった。
――本当に今日は、どういう日だろう。
ついさっきまで、キンギョソウとプルモナリアの2人に付き合ってきたばかりなのに。今はまた、今度はスノードロップとカルミアの2人だ。
催しだとか行事だとか、そういった人々の陽気な営みには、どこか馴染みきれない自分がいる。
目的のために必要だと判断すれば、参加することに否やはない。そうやって、これまでにもそつなくこなしてきた。
しかし今は……目的というものが、そもそもなくなってしまっているのだ。
となると、自分でもどうしたいのか、よくわからなくなってしまう。
「もちろんモミジさんも参加してくれますよ。今回の遠征メンバーにはいませんけど、スズランノキさんやニシキギさんも来てくれるそうです」
なんでそこでみんなの名前が、と言おうとして、イフェイオンはやめた。
団長の判断とスズランノキの要望で、近ごろモミジたちとチームをよく組むようになっている。そしてたしかに、そんな彼らとは最近になってよく話をするようになってきてもいた。
それでも、かつての自分がどのような意図のもとで団長に近づこうとしていたのか、モミジ本人たちにまだ直接話したことはない。すでに誰からも感づかれていることだとわかっているのに、自分から切り出せないままでいる。
ただ一途に団長のことを信じる彼女たちに対する、負い目のような感情。それがイフェイオンにとって乗り越えられない壁であったし、また乗り越えてよいのかどうかさえわからない。
「その、わたしは……」
もう、いいんじゃないだろうか。
さっき、キンギョソウとプルモナリアに誘ってもらえた。連れていかれた場所がドクログッズ売り場というのには困惑させられたものの、2人がイフェイオンを対等の仲間だと思ってくれていることは十分に伝わってきた。
モミジたちにしても同じだ。信頼できるチームメンバーとして、何も疑うことなく背中を預けてくれている。
「えっと……ごめんなさい。すごく残念だけど……」
だから、もういい。もうこれ以上は。
真相を知らずに過去の自分が団長に向けていた害意は、間違いなく本物だ。
周りの花騎士たちが忘れようとしてくれても、自分は忘れられない。忘れてはならない。
だから……優しくしてくれるたび、忘れてしまいそうになるから。もうこれ以上、優しくしてくれなくても……。
――ぎゅっ。
「……え!?」
何かに密着された。
違う。カルミアが、まるでしがみつくように、こちらを力一杯抱きしめてきたのだ。
「スノーちゃん、とっても心配してたデス! だからこうやってカルミアとハグして、もうお友達♪ それで次にスノーちゃんともお友達になってほしいデース!」
ぎゅーーっ。
「って、ちょっ……カルミアさん!?」
どこからどう見ても裏表のない、カルミアの正直なハグ。
条件反射的に距離を取ろうとするのを見越したような、たっぷりと力のこめられたものでありながら――それは不思議なほど心地よく、心のどこかが軽くなっていくような気がした。
とっさに助けを求めるように、イフェイオンはスノードロップへと視線をむける。と、それに気づいたかのように、ハグの力も弱まった。
……正面から、スノードロップと視線が合う。
「イフェイオンさんも参加してくれないと困ります。だって、こういうのは一人でも仲間はずれにしちゃダメだって、わたしは思いますから」
……まったく。呆れるくらい、お節介者ぞろいだ。
視線を重ね合わせて、はっきりとわかった。「前祝いの集まり」などという、こじつけめいた名目に、うっかり思い違いをするところだった。
この唐突で強引な企画の発案者は、他ならぬスノードロップだったのだ。
ようやくにして、見えてくるものがあった。
どれほどイフェイオンが戸惑い、受け入れかね、歩み寄ることをためらおうとも。彼らは何度でも、イフェイオンの内奥に存在する氷壁を溶かすことを諦めようとはしない。
過去の彼女の行いを知りながら、それでも未来の苦楽をともにする仲間として迎え入れようとしてくれているのだ。
不意にこみあげてくる何かを感じ、イフェイオンは上を向いた。
「次はスノーちゃんの番! カルミアみたく、スノーちゃんもぎゅってハグするデース。それでみんなみんな、とっても仲良し♪」
「わ、わたしが……というか、わたしもするんですか!?」
そう言って面食らうスノードロップをよそに。カルミアはイフェイオンへのハグを解くと、そのまままるで子供がせがむように、「早く早く♪」とスノードロップを促した。
――たまには。
受け入れることが彼らの喜びにつながるのなら。そのまま身を委ねることが、あるいは過去の
ただ、彼らのぬくもりに、正面から向き合っていけば。自分でも気づかぬうちに、ひょっとしたら……なにかが、変わっていくことになるかもしれない。
「え、えっと。それじゃ、イフェイオンさんが嫌でなければ……」
おずおずとスノードロップが両腕を広げ、恥ずかしそうにしながらじりじりと近寄ってくる。
誰かの胸に飛び込むなど、いつ以来だろう。
もはや過去の記憶に残っているかどうかすら自分でもわからないそれを、今、やってみるのもいいかもしれない。
彼女が、今。
これまで見せたことがないような笑顔を、仲間たちに向けていることに――
気づいていないのは、イフェイオン本人だけだ。