FLOWER KNIGHT LEAF   作:藤宮ぽぽ

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遠征任務開始!
ここから物語は一気に佳境へと突入していきます。


6-7 First attack(上)

 人生において、もっとも長い時間を過ごす場所――

 もし、そんな問いが自分に投げかけられれば。騎士団長という身分が与えられているかぎりは、執務室がその答えということになるだろうか。

  

 騎士団の拠点で次々にもたらされる書類と格闘するのは、もはや日課のようなものだ。

 とはいえその一方で、屋外に出ることも少なくない。花騎士たちの討伐任務に同行することもあるし、旅をするのもすっかり慣れた。

 だが、よくよく考えてみれば。ごく普通に庶民生活を送るだけなら、旅などという行為はそれほど縁のあるものではないように思う。

 害虫はどこにでも現れる。が、やはり人間が密集していない場所、人里から離れるほど巣を作り、害虫なりのコミュニティを形成している傾向が強い。

 とすれば街の周辺といった近場程度ならともかく、遠方への往来が前提となる場合、それが可能となる人間や職種は限定されてくるのは自明の理だ。

 害虫と戦うことを使命とするからこそ、世界を縦横に旅することができる。そのことを、我々は忘れてはならない。

 

 

 

 ――ごく普通の、ありふれた中規模クラスの村。

 背の高い建物の姿を見ることはなく、これといって目新しさや興味を惹かれるようなものは何もない。

 城壁に相当するものといえば、村の周囲をぐるりと囲った柵しかない。このくらいの村なら、さして珍しい光景でもないだろう。

 それでも、過去に大きな悲劇に見舞われたといった記録はないという。そのためか、先日騎士団が害虫と交戦し大打撃を受けたにもかかわらず、村人たちの雰囲気はどこか穏やかなままで、あまり深刻に受け止めている様子は見られなかった。

 

 

「遠路のお越し、お待ち申しておりました。お力添え、感謝いたします!」

 

 

 目的の村に到着するまで、道中これといった問題もなく。

 村に駐屯している数名ほどの花騎士や騎士団長の迎えを受け、総指揮官として彼らを束ねていたと思われる団長のひとりと挨拶を交わす。

 

 ……ほとんど一瞬、といっていい。

 たったのそれだけで。先日の戦いで彼らが敗れた原因のひとつが、早くもわかったような気がした。

  

 どの者たちも疑いようのないほど、新米(ルーキー)そのものだったのだ。

 

 ――新米といっても、正式に花騎士や騎士団長と認められた者たちだ。何も知らない素人とはあきらかに違う。

 わずかとはいえ、実戦も踏んでいるのだろう。騎士学校や専門の養成機関を卒業するまでに、何度か経験してきているはずだ。

 だが、場数の決定的な不足ばかりはどうしようもない。

 

 なるほど。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは、こういうことだったのか。

  

 どの騎士団も、設立されてまだ日の浅いものばかりのようだ。それぞれの騎士団長が率いる花騎士の数もほんの数人ばかり、という規模でしかない。

 だからこそ、この村に配置することを上層部は考えたのだろう。比較的討伐しやすい害虫の相手をさせ、じっくりと経験を積ませるためにだ。

 同時に新しい花騎士を加え、徐々に騎士団としての陣容を整えていき。しかるのちに、本格的な害虫との交戦地域へと送り出す――

 悪い案ではない、と思う。うまく機能すれば、新人たちのよい育成の場になるだろう。

  

 ただ、今回は……その目論見が大きく外れてしまった。

 まだ経験の浅い彼らがぶつかったのは、おそらく他の地域から流れてきたと思える強力な害虫だったのだろう。いくつかの情報を統合すると、どうもそんな感じがする。

 

 

 

 村の入口からさして歩かぬうちに、駐在する騎士団が使用しているという営舎に着いた。

 そのまま基本的な施設を2つ3つほど案内されたあと、いくつかの部屋を自分や花騎士たちの居室用にと提供してもらう。同じ騎士団長でもこちらが格上ということで彼らが使っていた執務室まであてがわれそうになったが、それは丁重に断った。

 あくまで自分たちは一時的に滞在するにすぎない。任務を終えて引き上げたのちはまた彼らが共同して村を守っていくことになるのだし、それなら執務室も今までどおり彼らが使うべきだろう。

 執務が必要になれば、会議室や作戦を議論するのに使われている部屋を借りればいい。自分用の居室がひとつと、あとは連れてきた花騎士たちが休息できる部屋がいくつかあれば十分だ。

 

 まずは各自それぞれに旅装を解き、小休止を挟んだあとで。

 ふたたび集合するとチームを2つに分け、さっそく行動を開始させた。

 ひとつはムラサキハナナ、ヒメシャラ、アンゼリカ、イオノシジウム、モミジ、イフェイオンによる、村の内々を視察し、また外周部周辺の様子を観察するチーム。

 もうひとつはスノードロップ、カルミア、キンギョソウ、プルモナリアからなる、村の騎士団の面々から情報を集めたり、前回の敗戦による心のケアに当たるチームだ。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「団長さんの予想どおりでした。やっぱり、自信をなくしちゃった子が何人かいるみたいで……」

 

 

 カルミアとともに報告に現れたスノードロップの言葉を聞きながら、軽くため息をつく。

 無理もない。勝利に酔いしれる前に、仲間を失うような敗北を経験してしまったのだ。

 結果、花騎士として認められたとはいえ、力量不足や無力感といった心理的ダメージを抱えこんでしまった者が現れても不思議ではない。

 

 

「……でも、大丈夫です。短期間でどれだけのことができるかわからないですけど、みんなに希望を取り戻してあげたいですから」

 

 

 この村に着いて彼らの姿を見るまで、正直そこまで頭が回らなかった。

 傷ついた心の内側に優しく触れ、癒すことを得意とするような花騎士は何人か思い当たるものの、今回はスノードロップしか連れてきていない。

 だが、そんなスノードロップの隣で、任せてくれとばかりに胸を叩く少女がいた。

 

 

「そんなときこそ、ハグするデス! ハグしてしょんぼり半分、そしてかわりに元気を注入してあげるデース!」

 

「心配ないですよ、団長さん。カルミアちゃんのハグはみんなを勇気づけてくれますし、キンギョソウさんプルモナリアさんも相手の話を親身に聞いてあげてるみたいです。その点、わたしのほうが見習わなきゃなーって思うくらいですし」

 

 

 ……そうか。それなら安心かな。

 カルミアのハグなら何度も受けたことがある。折れかかった心を支える力があるかと問われれば、間違いなく深くうなずくだろう。それだけのものが、あのハグにはあるように思う。

 彼女たちに任せておけば、たぶん大丈夫だ。

 

 頼もしげな表情でカルミアの横顔を眺めていたスノードロップが、視線をこちらへと転じる。そして心配ないとばかりに、柔らかく微笑んだ。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 翌日。

 

 日々の巡回や村内部の治安維持といった活動は駐在の騎士団や花騎士たちに任せ。

 さっそく、率いてきたメンバーとともに出撃した。

 

 どの花騎士たちも、自慢の者たちばかりだ。それぞれに個性や得意とする領分は異なりつつも、半数以上は他の騎士団でも問題なくリーダーを務められるほどの力量があるだろう。

 遠征前に取り寄せた資料と、村に駐在する花騎士たちの実際の体験談から、害虫たちの戦力も把握ずみだ。

 

 相手側のボスは、大型のムカデ型害虫。

 群れの頂点に君臨しているだけあって知恵があるのか、確実に獲物を捕獲するために、待ちに徹しつつ罠を張ってくる可能性が考えられるという。

 前の討伐戦では、そこを見事にやられた。そのうえ複数の騎士団による寄せ集めだったために、混戦となるや全体の指揮をする者がいなくなってしまったらしい。

 下り坂を転がり落ちるように、まもなく戦局は劣勢に陥る。一角の足並みが乱れたことで、あっけないほど簡単に全員が混乱する事態にまで広がってしまったのだ。

 その点でもまた、彼らの経験の浅さが大きく裏目に出てしまったといえるだろう。

 

 今さらであるが、功績に(はや)り、猪突することは固く戒めてある。一方で練度や士気の高さは言うに及ばない。

 小知恵が回る相手というなら、まずは小手試しだ。一気に勝負を決める必要はない。

 連携を怠り、個々の勇に誇って猛進したあげく各個撃破の愚さえ犯さなければ、この戦力なら――

 

 

「はい。制圧することは難しくない、と思います」 

 

 

 隣に従っているムラサキハナナが、こちらの思考を読んだかのように声をかけてきた。

 心配することはないと、笑顔で彼女は語っている。

 ……だが、惜しい。

 残念ながら、その笑顔には硬さが隠しきれていない。80点といったところだろうか。

 

 

「え、えっと……その、団長さま!?」

 

 

 あまり目立たぬようにしながら。さりげなく、ムラサキハナナの頭を軽く撫でてやる。

 作戦を立てることと、その作戦を遂行するための勇気と信頼感を周囲に与えること。両者は似ているようで、まったく異なる。

 これまで前者に偏る傾向が見られたムラサキハナナだが、軍師はときに一流の俳優としての仕事も要求されることに気づいたのだろうか。

 それは好ましい成長と変化の証であり、いずれそう遠くないうちに彼女の笑顔は自分のみならず味方全体を鼓舞し、大きな力へと変えてくれることになるだろう。そう思えた。

 

 

 

 

 ――村を出てまもなく、はじめて特徴らしい光景が目の前に現れた。

 

 いくつも、まるで折り重なる絨毯のように、視界一面に広がる丘。

 北側の平坦な地形とうって変わって、村を挟んだ反対側は凸凹とした複数の隆起が、あたかも海面の波のような姿を見せている丘陵地だった。

  

 これらの丘という天然の防壁を武器に、過去には害虫の襲撃を撃退したことがあったという。たしかに丘の上からの攻撃は少人数でも行え、戦術的に有効だろう。

 その丘のむこうには森林地帯が広がり、少しずつ緑が濃くなるとともに害虫の活動領域(テリトリー)との境界が曖昧になっていく。おそらくさらに奥には彼らの()()があるのだろう。

 先の戦いでは森の中にまで進軍し、そこで敗北したという。ただ相手の害虫側もそこまで踏みこまれたことに警戒でもしているのか、幸いそれから森の外に出てきてはいないらしい。

 しかし、いつまでもおとなしくしているという保証はない。彼らの中核を撃破していない以上、そう遠くないうちにふたたび森の外に出てくるのは必至といえる。

 

 

 

 森に達するいくらか手前、いくつかの丘を越えたところで、いったん全員の足が止まった。

 目の前にはひときわ広く、なだらかな丘がある。最も先行していたモミジとイフェイオン、そしてプルモナリアとアンゼリカの4人がその入口に立ち止まり、やがて後続のこちらが追いつくという形で合流した。

 周辺に害虫の気配は感じられない。それでも寸分も警戒を怠らないまま、やや緊張した面持ちでモミジが報告してくる。

 

 

「団長。やっぱり……いるみたいです……」

 

 

 そうか、とうなずきながらプルモナリアへ視線をやり、そのままアンゼリカへと移す。と、2人ともはっきりと首を縦に振った。

 

 

「……2人。間違いなく例の花騎士と、彼女を率いていた団長だと思う……」

 

「ですねー。まー、一番最初に見つけたのは、きのう周辺の状況視察をしぶしぶ……じゃなくて誠心誠意がんばった、このアンゼリカさんの功績なんですけどねー」

 

 

 丘のいただき。そこに、戦死をとげた花騎士と騎士団長の幽霊がいるのだという。

 もちろん、プルモナリアたちのような能力を持たない自分には、彼らの姿などまったく見ることはできない。なんの気配もなさそうな無人の丘が、ただそこにあるだけだ。

 

 

「聞いてますー? ちゃんと耳に届いてますー? っていうか、シリアス的なとこに私だけコメディ入っちゃってませんかねこれ?」

 

 

 村に駐在する花騎士たちもまた、霊視ができる者はひとりもいないらしい。

 つまりプルモナリアやアンゼリカといった存在がなければ、彼らはただ――場合によっては永遠に、ずっと人知れず留まりつづけるだけだったかもしれない。

 

 命令違反にしろ敵前逃亡にしろ、きっと彼らなりの言い分があるに違いない。

 しかし、それを受け入れてもらうどころか、伝えることさえ叶わない。その無念は察するに余りある。

 

 

「……話しかけてみる、団長?」

 

 

 もとより、はじめからそうするつもりだ。

 イフェイオンの問いかけに力強くうなずき返す。すると彼女はすっと自分の横に並び、ボディガードのように身を寄せてきた。

 

 

「だったら、わたしも一緒に行く。わたしは相手が見えないから……何かあったら、盾にでも使って」

 

「もちろん、私も同じくです。プルモナリアさんにアンゼリカさん、少しでも異変があればすぐに知らせてください」

 

 

 イフェイオンにつづき、モミジも同行を申し出てくる。どちらの表情も真剣で、こちらの身を案じ、何があっても守ろうとする決意がひしひしと伝わってくる。

 2人につづいてさらに続々と他のメンバーたちも名乗りを上げかけたが、途中で手を振って押しとどめた。

 あまり大人数で近づいても、かえって身構えさせてしまうかもしれない。イフェイオンとモミジ、そして通訳を頼むプルモナリアとアンゼリカの4人でひとまず十分だろう。

 害虫の襲撃もゼロとは言いきれない。他の者はしばらく周囲の警戒にあたっていてもらいたい。

 そう告げて、プルモナリアが指差す方向へと足を向けた。

 

 

 

 

 ――それは、とても小さな。

 騎士団と名乗るのさえ気恥ずかしくなるような、2人だけの騎士団だった。

 

 村に駐在する騎士団でも、もっとも新参。新しく創設されたばかりの、生まれたての雛のようなものだった。

 団長と、花騎士は彼女のひとりのみ。当然ながら、実績はゼロ。

 つまりは最初の……初任務で、2人ともに命を落とした。そういうことになる。

 

 

「……でも、出会ったのはずっと前から、だったんだって」

 

 

 ときに相づちを打ち、手振りを交えながら、プルモナリアが幽霊の語る話をこちらに伝えてくる。

 何も知らなければただ虚空に向かってひとりで問答を繰り返しているようにしか見えないが、その先には間違いなく幽霊となった2人がいるのだろう。

 会話をはじめる前までは構ってほしそうな様子を見せていたアンゼリカも、自分から役割をプルモナリアに譲り、今はおとなしく聞き役に回っている。

 

 

「……そっか。2人とも、お互いのことが好きだったんだね……」

 

 

 やるせないといったような、小さな嘆息をプルモナリアがこぼす。

 騎士団長と花騎士との恋愛。そのこと自体はよくある話だ。

 

 それにしても……なるほど。

 以前、幽霊になった者は生きている者よりも正直だ、とプルモナリアが教えてくれたことがある。

 まさしく、彼女の言うとおりだ。

 

 恋そのものは順調だったようだ。

 出会いは、花騎士の娘が騎士学校で暮らしていた時代からという。そしてお互いに自由な時間ができればデートを重ね、少しずつ愛を育んできたのだそうだ。

 やがて、2人とも巣立ちのときがやって来た。一方はゼロから新しい騎士団を創設することになり、もう一方は自ら志願してその騎士団に所属する花騎士の第一号となり。

 そして――

 

 

「……最初の討伐任務ということで、気負いすぎていたのかもしれませんね。でも……それ以上、言葉が見つかりません……」

 

 

 沈痛な表情とともに、つぶやくように言葉を漏らすモミジ。

 これが2人の運命というなら、なんと残酷なのだろう。

 ここにいる全員が、きっとモミジと同じような思いを抱いているに違いなかった。

 

 

「……2人が想い合っていたということは、よくわかるよ。でも、だからといって……」

 

 

 束の間の沈黙を破ったのは、イフェイオンの声だった。しかしそれも最後まで言葉を紡ぐことができず、途中で口を閉ざしてしまう。

 

 ――2人の境遇には、同情して余りある。

 だが、花騎士と騎士団長でもあった。その地位には相応の役割と責務があるのだ。

 イフェイオンの言葉の先にあるものについては、自分もまったく同感だった。同情はするものの、それが命令違反なり戦場離脱にどう結びついていくのかは、より深く話を聞いてみないと評価することはできない。

 

 

「……問い質してみる、偉い人?」

 

 

 気が進まないだろうが頼む、とプルモナリアに返す。

 

 もしかすると、これから行う害虫との戦いのヒントが見つかるかもしれない。

 そうでなくとも、ここまで関わってしまったのだ。やはり可能ならば、彼らを弁護する材料のひとつでも見つけてやりたかった。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 人々が安全に生活を営むエリアの外縁部に達した。

 この先は、いよいよ危険と隣り合わせの森の中だ。が、当然ながら、ここで引き返すという選択肢はない。

 害虫の姿はまだ見られない。しかし遭遇するのも時間の問題でしかない。そう考えるべきだろう。

 

 鬱蒼(うっそう)とした森だった。

 いくつもの広葉樹が不規則に立ち並び、縦横に広がった葉が日傘のように日光を覆いつくしている。

 まるで迷路のようだ。害虫と戦うほかに遭難にも気をつけないといけない。

 長時間戦いつづけるには、あきらかに適していない。長引くほど思わぬ危険が待ち受けている場所といえるだろう。

 

 フォーメーションも、ほんの少し手を加えた。

 護衛としてムラサキハナナひとりが自分の脇を固めていたのだが、今ではカルミアとスノードロップの2人も加わって――

 ……ん?

 

 

「スノーちゃん、なんだか嬉しそうデス!」

 

「え? そ、そうかな……?」

 

 

 どうやらカルミアも、同じことを感じ取ったようだ。

 なので自分も同感だと、スノードロップにむかって深くうなずく。

 

 

「ごめんなさい。いつ、どこから害虫が襲ってくるかわからないのに……」

 

 

 気にするな、とかぶりを振る。

 すっかり気を抜ききっていたわけでもないだろう。幸いにしてまだ害虫に遭遇してはいないし、それならずっと緊張感を維持するよりも多少は肩の力を抜いていたほうが、いざというときに全力を発揮できるかもしれない。

 そう言うとスノードロップはほっとした表情を見せつつ、あらためて気を入れ直したようだった。

 

 

「……あの2人、敵前逃亡なんて、完全に誤解だったんですよね?」

 

 

 ああ、そうだな。

 言葉とともにうなずいたあと、彼女から視線を外して別の方向を見やる。

 彼女との会話にかまけて自分が注意を怠っていたのでは話にならない。騎士団長がそんなことでは、花騎士たちに示しがつかないだろう。

 

 

「命令違反だって……そんなつもりは、はじめから2人にはなかったんですよね? そうですよね、団長さん」

 

 

 ああ。多分そうだと……。

 軽く相づちを打つ。同時になんとなく彼女の様子が気になって、そちらを振り返ってみた。

 ……ところで、密着すれすれにまで迫っていたスノードロップと、あわやそのままぶつかりそうになった。

 ちょ、顔近い近い!

 

 

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

 

 まるで身を乗り出すような形で至近距離まで近づいていたスノードロップが、次の瞬間はっと気づいて顔を赤らめながら離れていく。

 と、同時に。彼女の後ろ髪が風に揺れ、甘やかな芳香がふわりと鼻先に届いた。

 

 しばらくお互いに口を閉ざし、いくらか冷静になったところで。先ほどのスノードロップの声音を脳裏で反芻(はんすう)してみる。

 そこには、どこか懇願するような響きが混じっていたかもしれない。

 

 ……よくよく考えれば、敵前逃亡したはずの2人がそろって戦死したというのも、いささかおかしな話だ。

 敗北に直面した戦場で、余裕を保ったままでいられる者などいないだろう。まして、経験豊富な者は誰ひとりとして存在していなかったのだ。

 それがゆえの誤認、というのが、真相ということになるのではないだろうか。

 

 

「……本当に、疑念が解けてよかったです。誤解だったんだって、ちゃんと知ることができて……」

 

「スノードロップさん。でも……」

 

「……うん。亡くなってしまったことは、変わりませんよね。だけど……それでも、やっぱり嬉しくなってしまうんです」

 

 

 ちょっとした出来事があったものの、どうやらスノードロップも落ち着きを取り戻したのだろう。

 ムラサキハナナに語りかける彼女の表情には、戦闘前にもかかわらず、どこか穏やかな気配をうかがうことができた。

 

 次代の花騎士と団長として村に配属された2人が迎えた末路を思えば、誰もが悲痛の念を禁じえない。

 しかし、ただ痛ましく思うばかりではない。スノードロップが感じている、明るい材料といったようなものも、たしかに得ることができたのだ。

 

 

「あの2人だって、きっとすごく頑張ったんです。たしかに結果は悲しいけれど……だからといって誤解を受けたまま、生き残ったみんなから()け者にされる理由なんて、ひとつもないんです」

 

「……はい」

 

「だから……わたしも頑張らないと、ムラサキハナナさん。みんなの、団長さんの、そして……あの2人のためにも」

 

「……そうですね。あの人たちの死を無駄にしないためにも、必ず害虫を撃破して。そして、ちゃんと報告してあげないといけませんよね……」

 

 

 彼女たちのやりとりを耳に入れながら、あらためて思う。

 

 他人の身の上でなく、まるでスノードロップ本人に直接起きた物事であるかのように。

 相手の肩を抱き寄せてともに悲しみ、憂い、そして本心からの笑顔を見せて。当たり前のことだと言わんばかりに、他者に寄り添っていくことができる。

 そう簡単に真似などできないだろう。しばし緊迫した状況であることを忘れ、そんなスノードロップならではの深い愛情に感じ入らずにはいられなかった。

 

 

 

 だが――

 どうやら、お喋りはここまでのようだ。

  




団長に就任した直後に誰もが必ず通る道。当然ながら、「戦力はゼロ」なわけです。
そこでまず無料10連で運試しをしたり、あるいは豪気にも有料ガチャを回したりして、かたちだけの戦力を整えて。といって素材の備蓄もないので、いきなり強化するわけにもいかず。
そんな騎士団が、うっかり最初から難易度ハードを選択してしまったら……。と、そんなイメージをもとに、今回のお話を書いてみました。

――が。思った以上に長くなってしまいました。これはもはや分割するしかない!
(下)となる次回、ついに害虫との戦闘に突入していきます。
  
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