「えーーーっ!?」
――まあ、そういう反応が返ってくるよな。
害虫との緒戦を終え。完全撃破には至らなかったものの、一名も欠けることなく村へと帰還したのち。
集団のボスであるムカデ型巨大害虫の奇襲を受け、こちらの身をかばって負傷したカルミアの手当てがすむと、彼女に戦列から離れ後方待機するように命じた。
「こんな傷くらい、へっちゃら! だんちゃんとスノーちゃんが力いっぱいぎゅーってハグしたって、どこも痛くもなんともないデース!」
食ってかかるほどの勢いで、自身の健在ぶりを必死にアピールしてくるカルミア。
こんなふうに簡単に受け入れてもらえないことは、だいたい予想がついていたが……。
巨大な害虫が、その全身を余すところなく使ってのしかかるという圧力。そんな途方もないパワーを小さな身体で受け止めて、全力で抵抗したのだ。
いかに花騎士、また花の蜜を飲んでだいぶ回復したとはいえ、身体の内側にダメージが残っていないだろうか。そうした気がかりを、綺麗さっぱりと拭い去ることはできない。
自分のすぐ隣には、スノードロップがいる。
村に帰還するまでの間も、さらに医務室で治療を行っているときも、カルミアを心配してずっと付き添っていたのが彼女だ。
そのスノードロップを制し、ちゃんとこちらから説明すると話したのは、他ならぬ自分自身だ。
この身を守ってくれての負傷。だからこそ、なおさら他人に説明を任せるわけにはいかない。そう思ったのだ。
「……だんちゃんはカルミアのこと使えない子だって、嫌いになっちゃったデス……?」
そんなことはない。あるはずがない。
その点ばかりは強く否定しつつ、決して彼女を遠ざけようとして言っているのではないということを、あらためて伝える。
必死に頑張ったのに次回から戦列を離れろと言われれば、誰だって不満に思わないわけがない。簡単には割り切れないというカルミアの気持ちはもっともだと思うし、十分に理解できる。
しょんぼりとうなだれるカルミアの頭を優しく撫でながら、なんとか納得してもらうべく説得をはじめた。
害虫との戦いでの負傷など、日常茶飯事だ。
すでに外傷はほとんど消えかかっている。これなら少なくとも表面上は今後に影響が残ることはないだろうという見立てを受けており、ひと安心している。
だがやはり、できることなら完全に癒えたかわからない状態で、連戦となる次の戦いに臨んでほしくはない。万が一ということがある。
今日の戦闘で害虫側が受けたダメージは甚大なはず。
この様子なら、こちらの戦力がひとり欠けたところで大勢に影響はないだろうというのは、他の花騎士たちとも共通の見解だ。
ましてカルミアはこちらの身を守って自身が傷を受けてしまったのだ。恥じることは何ひとつないし、むしろ堂々と療養に努めてほしい。
「うー……」
いまだに不満の声を漏らしてはいるものの、こちらの説明を聞いているうちに少しずつ気持ちが軟化してきているのは間違いないようだ。
そう。決して邪魔者扱いするのではない。この点に関してだけは、何度も重ねて言うべきだろう。
そして……必要不可欠な戦力だからこそ、彼女には特別な任務を引き受けてほしいのだ。
「とくべつな任務、デス……?」
ああ、そうだ。
名目は後方待機だが、ただのんびりと過ごしてもらうわけじゃない。さらにまた、負傷して戦線から離れたという形は、むしろかえって好都合なのだ。
「……スノーちゃん……」
「……うん。何、カルミアちゃん?」
「カルミアのこと、いっぱいいっぱいハグしてほしいデス。そしたら……だんちゃんのこと、任せられるデス……」
「……もちろん!」
そう答えながらカルミアの前に歩み寄り、優しく抱きしめるスノードロップ。
とたんにカルミアの全身から
「安心して、カルミアちゃん。みんながいて、ひとつのチームなんだから。誰もいなくなったり置いていかれたりしないで、全員で帰ろうね」
まるで小さな子をあやすかのごとく、深い情愛のこもった声で語りかけるスノードロップ。
そばで聞いているこちらまでが一緒に心が温かくなってくるような、そんな優しさだ。
「……わかったデス。カルミア、だんちゃんの言うとくべつな任務をがんばる! でも、その前に……」
じーっ……。
この場合、カルミアの要求はいつもシンプルだ。
少しだけ肩をすくめたあと、わかったという言葉とともに彼女に歩み寄る。
ハグの体勢を解いたスノードロップがこちらを軽く見上げ、嬉しそうに微笑みながら場所を譲ってくれた。
◇ ◇ ◇ ◇
次の日を迎えた。
日が改まったとはいえ、最終的な目的はなんら変わらない。連日の行動になるが、太陽が頂点に届くよりも早い時間に村をあとにした。
昨日、なんとか説得を受け入れてくれたカルミアは、この場に姿はない。別の任務を遂行するため、村に残っている。
――今日の目的は、害虫と戦いを決することではない。
その前に、ひとつ。どうしてもやっておきたいことがあった。
明らかな寄り道、といわれても仕方がないと思う。余計な感傷を引きずっているという指摘にもまた、きっと苦笑しながら首肯することだろう。
だが、それでも。どんな言葉を投げられようとも、やらねばこちらの気が収まらないのだ。
向かった先は、森ではなく。
命を散らした若き騎士団長の花騎士の霊がいる、あの丘だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……団長。えっと……」
――昨日の夜。
彼女の来訪を受けたのは、だいぶ遅い、深更といっていい時間だった。
それが日常とはいえ、昼間には害虫との激戦を繰り広げたあとだ。すでに多くの花騎士たちは夢の国の住人になっているであろう。そんな頃合いだ。
部屋の扉の前にぽつんとたたずむ彼女もまた花騎士のひとりであり、若い女の子でもある。廊下の薄明りの中に浮かび上がる少女の姿は、ひどく頼りなげに見えた。
事前になにかしらの示唆や打診を受けた覚えはない。まるきり突然の訪問だった。
正直、これで何も意識するなというのは、さすがに無理な話だ。
そのまま部屋の前に立たせっぱなしでいるというわけにもいかない。
なので、少女――イフェイオンに、部屋の中に入るかと声をかけてみる。
武器を携行せずその身ひとつという姿は、不思議とそれだけで新鮮に見える。ごく普通の、どこにでもいる女の子とさして変わらない。
ただその一方で、美の女神の寵愛を受けたと思わせるその容姿はどこか憂いを帯び、時として危うさを秘めた工芸品のように感じなくもない。
「団長の部屋……。こんな時間だし、それにわたし、こんな姿だよ? それでも入っていいの……?」
こんな姿とは、丸腰だということを言いたいのだろうか。それでいてイフェイオンから拒絶の意思は欠片ほども感じられない。
彼女の肩を抱くようにしながら、扉を閉める。瞬間、ふわりと、心がくすぐられるような香りを鼻孔がとらえた。
ふと、昼間のスノードロップの香りを思い出した。
こんなふうに言うと誤解を受けるかもしれないが、彼女たちそれぞれで微妙に違う。
どちらが良い香りだとか優れているだとか、簡単に決められるようなものではない。ただ、どちらもが異性を
帰るなら今のうちだぞ、と冗談まじりに告げる。
こんな時間に、しかも無防備そのものといった格好で異性の部屋に訪れてきて、その意味が理解できないイフェイオンではないはずだ。
「……い、いいよ。団長がそうしたいなら、いつだって……」
こちらから顔をそむけ、うつむき加減に視線を部屋の床へと落としながら。
「団長にだけ、何かをしてもらうのはズルいから。だから先に、わたしにしたいことを全部して……」
単なる言葉。なのにそのイフェイオンの言葉は蠱惑的な魔力を帯びて、あたかも耳もとで
窓の外は都市部にはない濃墨の闇が広がり、ランタンの光源のみが部屋をほんのりと照らしている。これから夜のひとときを過ごすには十分で、絶妙な明るさだ。
「団長になら、何をされたって構わない。わたしは絶対、あなたを拒んだりなんかしないから……」
みずからが宣言したとおり、イフェイオンはすっかり受け身の体勢でいる。
このまま何をしても、たとえそこに愛があろうとなかろうと――間違いなく彼女は受け入れてくれる。それはもはや確信そのものだった。
ちょっとばかり顔を上げ、こちらの顔色をうかがってくるイフェイオン。
その瞳には、どこか期待するような光も感じられる。だがそれ以上に、何か思いつめたような表情が気になった。
「おっぱい、触る? 服の上からでも、直接ぎゅって握ったりしてもいいんだよ」
言葉を投げかけながら、わざとイフェイオンは胸の下で腕を組んでみせた。
美しく整ったイフェイオンの双丘が、この年代の女の子特有の甘酸っぱい色香とともに強調される。服の上からでも容易にわかるほど、その恵まれた豊かな実りは思わず息を飲むほどだ。
「それよりも、最初からもっとすごいことされちゃうのかな、わたし。朝までずっと、何時間も団長のおもちゃにされちゃって……」
言葉を重ねるたびに 後戻りすることができなくなっていく。
歯止めを失ったまま昂りがどんどんエスカレートし、このまま理性の壁を突き破った先に身を委ねたい欲求が感情を一色に染めあげていく。
「んっ……。団長……」
そのままイフェイオンに近寄り、彼女をベッドの縁に腰かけさせる。やはり抵抗する素振りはまったく見せない。
そして、自分は……部屋の反対側にある机の椅子に、彼女と向かい合うような形で座った。
「……だん、ちょう……?」
……話したいことがあって来たんだろう?
自制心をフル動員させ、可能なかぎりの穏やかさをこめて、彼女に言った。
「……わたし、また団長の優しさに甘えることになっちゃう。ごめんなさい……」
謝ることはない。
イフェイオンは文句なく、十分に魅力的な女性だ。そのことは、すでによく知っている。
ただ、今夜はそんなことをする夜ではなかった。それだけのことだ。
互いの気持ちを落ち着かせるための、しばらくの沈黙。
惜しいことをしたという気持ちと、これでよかったという気持ち。いまだふらふらと揺れ動く天秤の重石を、努力して後者の皿の上に積んでいく。
「その……昼間のこと、なんだけど……」
――さっきイフェイオンは、自分のことを優しい、と言ってくれた。
そして、それに甘えることになる、と。
だが。自分に言わせるなら、それは違う。
彼女の内奥にある心根のほうこそ、何倍も純粋だし、他の誰にも負けず劣らず優しい。
このような提案を持ちかけてくる。代償に自分の身を捧げてでも。
そのこと自体が、すでに何よりもの証拠ではないか。
イフェイオン自身はおそらく気づいていないだろうし、その性格上、口にしたところで素直に受け止めてくれるかどうかわからない。
だから今は、心の中でだけふたたび言葉にしよう。
彼女は自分より、よっぽど優しい女の子なのだ、と。
◇ ◇ ◇ ◇
目的の丘の上へと、やってきた。
広いだけで、小さな木立がいくつか点在する以外は何もない場所だ。ただその分だけ遮るものがなく、自分たちが滞在する村の姿を眼下に収めることができる。
周辺に害虫の存在がないことを確認したあと、今回は花騎士全員とともに登ってきた。
こちらからは見えないが、当然その様子は霊の2人にはずっとわかっていただろう。
あいかわらず、プルモナリアとアンゼリカ以外は、その姿を認めることも声を聞くこともできない。
彼女たちの案内ですぐそこにいるという場所まで来ると、2人の霊がたたずんでいるとおぼしき方向にむけて今日の来訪の目的を告げる。
そして率いてきた花騎士の一同を横に整列させると、彼女たちとともに深く一礼して哀悼の意を捧げた。
無念の死をとげた
しばらく、そうしたのち。
こちらをうかがうように眼差しを向けてくるイフェイオンに、大きくうなずいた。
昨夜の彼女との語らいはついに最後まで甘い話には発展しなかったが、まあ、それもやむなしだろう。
「……せめてもの、わたしたちの気持ちです。その、ずいぶんと遅くなっちゃいましたが……」
「わらわたちの
霊となった2人のために、墓を作ってあげたい。それがイフェイオンの願いだった。
そして今朝、あらためて彼女の口から仲間たちへ提案がなされたとき、スノードロップもヒメシャラも、そして他の花騎士たちも一も二もなくすぐに同意の声をあげた。
不名誉な戦死と記録され、遺族に満足な情報すら提供されていないとすれば、墓などおそらくないだろうと想像するのが自然だろう。実際この丘や周辺にもそれらしきものは目にしていない。
今さら慰めになるかどうかはわからない。が、死者に対する礼は尽くすべきだし、それに早いも遅いもないだろうと思う。
騎士団の本拠地に戻れば、
まだ誰の名を刻むことに至ってはいない。が、こうして関わりをもった騎士団長と花騎士ということで、そちらに記すことを検討してもいいかもしれない。
その件については昨夜、夜更け前にムラサキハナナと話し合った。もしそうなれば、名を刻む役はおそらく自分とムラサキハナナが負うことになるだろう。
――ただ、それらとはまた別に。いまひとつ判然としないことが、他にも残っている。
しかし、今。その疑問も、ようやくにして氷解した。
「……なるほど、つまりあの子は弟さんなんですね。そしてあなたは、害虫にその弟さんが襲われたのを転機にして騎士学校に入った、と……」
報告にあった、発端となった屋敷で見かけたという、小さな子供の霊。
戦死した2人のための墓標を設ける作業のかたわらで、プルモナリアを介して聞き出したところによると。花騎士の霊の弟であるその子は、まだ幼いにもかかわらず害虫に襲われて命を失ってしまったらしい。
館主である父がかつて騎士団に関係していただけあって、2人の子たちも花騎士や騎士団長といった存在に強い興味と憧れを持っていたという。
そして、姉は弟の死を契機として本格的に花騎士を志し、騎士学校に入学したというわけだ。
「そっか……。普通、生きてる人たちには弟さんのおばけは見えないからね。あの館主さんも自分もおばけになったことで、はじめて再会できたというわけだ」
プルモナリアの話になるほど、と相づちを打つ。
その様子は彼女やアンゼリカだけしか感じ取ることはできないが、子供の霊について話題に出したとき、驚くと同時に嬉しそうな雰囲気を花騎士の霊から感じたのだという。
それを聞いて、こちらもどこか少し温かい気分になった。きっと、とても仲の良い
◇ ◇ ◇ ◇
「……それでは団長様、行ってきますね」
ああ、とうなずき。十分気をつけるようにと念を押して、ムラサキハナナたち数名の花騎士を送り出す。
2人の霊のためにささやかな墓を作ったあと。いくらかの休憩時間を挟み、行動を次へと移した。
あらためて周辺の地形を調べ、そしてそれをよりしっかりと把握すること。
昨日も行ってはいるものの、今回は本腰を入れての再調査だ。
いくつもの丘が折り重なっているこの場所は、身を潜ませながら敵を迎え撃つのに有利な地形といえる。
村そのものの防衛力は低くとも大きな被害の経験が少ないという事実は、この地形による恩恵が関係しているのは間違いない。
ただそれも、場合によっては正反対に作用しかねない。隠れて行動するのに都合がよいということは、そのまま害虫側にも当てはまるのだ。
ひょっとしたらすでに、害虫の隠れ場所などといったものがあるかもしれない。そちらに対しての調査も不可欠だ。
地形を掌握することは、その地形を100%活用するのに必須のことといえる。ムラサキハナナはそのことをよく知っているし、安心して一任することができる。
「任せてよ、団長さん。なんかね、今日の私はいつもと違う気がするんだ!」
自信にあふれた表情でそう請け負うのは、キンギョソウだ。
「こう……キュピーン!とね。いつもより、勘が冴えてるっていうか」
元気よく意気ごむ彼女の頭を軽く撫でながら、頼む、と言葉を添える。
キンギョソウの直感は、おおいに頼りになる。実際に昨日の戦闘でも、彼女の直感による警告が、巨大害虫の奇襲を完全に成功させることを阻んだ要因のひとつになったのは間違いないし、その後の深入りの愚を避けることにもつながったのだ。
害虫が隠れ潜んでいることはおそらくないだろうが、油断はできない。そんなキンギョソウの直感は、ムラサキハナナの調査の助けになってくれるだろう。
先行する花騎士たちと、彼女たちが戻ったあとに再調査する後発組と。
今回もチームを2つに分け、それぞれに時間を置いて行動に当たらせることにした。
そして、もうひとり――
姿勢を正し、墓の前で丁寧に両手を合わせる、スノードロップ。
そんな彼女の後ろ姿を黙然と眺めていると。やがて彼女が自分の髪の両側に手をやり、つづいてぱちんと髪留めを外す音が聞こえた。
「こんなものしかなくて、ごめんなさい。……いつかこの場所が、お2人の好きな花の色で彩られますように……」
花騎士たちが持参したささやかな花が供えられた墓石に、一輪の花を模したスノードロップの赤い髪留めが添えられる。
こちらの視線に気がついた彼女が振り向きざま、はにかみながら微笑んだ。
瞬間。まるで戒めを解かれたかのように、スノードロップの豊かな後ろ髪が風に乗ってたなびく。
何か言葉を返さねばと思いつつも、とっさに思い浮かんでこない。髪留めがなくなっただけで、大きく雰囲気が変わった気がする。慈愛に満ちた少女さながら、今まで見たことのないスノードロップがそこにいた。
「あの……団長さん……?」
その声でようやく我に返る。すまないと返事をし、小さくかぶりを振る。
ついうっかり、髪を下ろしたスノードロップに見とれてしまった。
常に几帳面に身だしなみを整え、さらに恥ずかしがりでなかなか隙を見せない彼女のこと。
たかが髪留めひとつとはいえ、こうした姿を見られるのは実に貴重であることは間違いない。
「あー! 何してるんですかー!」
と。
こちらの様子に気づいたアンゼリカの声に、思わず心臓が飛び跳ねた。
いや、別にやましいことをしているわけじゃないのだが。
「ダメですよNGですよーそういうのは。フライングで団長さんを誘惑するのはですね、ちゃんとこちらを通してからにしてもらわないと的なー」
「ちち、違いますっ。団長さんを誘惑だなんて、そんな……!」
豊かに広がった髪に隠れて見えないが、おそらく耳元まで真っ赤に染まりながら必死に抗弁するスノードロップ。
それまでの空気が一気に吹き飛び、まるで台無しになってしまった。どうしてくれるんだこれ。
というわけで。
アンゼリカ、と静かに彼女の名を呼ぶ。
「どうしました、団長さん? もしかして幽霊の2人と、なにかまだ話したいことが思い浮かびました? 先発組のプルモナリアさんに替わって、意思疎通はこのアンゼリカにお任せあれですよ! それはもう、フィクションとノンフィクションとを織り交ぜこねくり回して……」
お前、減給三か月な。
「団長さんの愛が過酷すぎるー!?」
通訳にフィクション入れるな。こねくり回すな。
◇ ◇ ◇ ◇
――納得できないか?
さりげなく近づき、そう声をかけながら。
ムラサキハナナたちの姿が丘から消えたのち。残った仲間の輪から外れ、木の根元にひとり座りこんでいるイオノシジウムの隣に、並んで腰を下ろす。
「……そういうわけでもないけど……」
しばらくの間を置いて、反応が返ってくる。
一応は、こちらの問いを否定した形になっている。とはいえ、ひどく曖昧だ。
「……ううん。誤魔化しても意味ないわよね」
それまでうつむき加減だったイオノシジウムの頭が持ち上がると同時に、小さく嘆息する音が聞こえた。
……彼女の不満は、理解できないわけではない。
「間違った評価は、ちゃんと正すべきよ。このままでいいなんて、絶対おかしいわ」
命令違反、あるいは敵前逃亡。生き残った花騎士たちからそのような嫌疑がかけられているとは、2人の霊は想像すらしていなかったようだ。
そのことを告げた瞬間、ひどく驚いていた……というのは、プルモナリアから昨日聞いた彼らの様子だ。
最初から、彼らにはそんな意思など毛頭なかったのだ。
そのとき、騎士団長はすでに自身で歩行が行える状態でなかった。ゆえに敵前逃亡など、仮にしたくともできなかったといえる。
命令違反についても、情状酌量の余地は十分にある。少なくとも決めつけて一方的に断じるのは、いささか乱暴にすぎた。
スノードロップにも話したことだが、当時の2人が置かれた状況を考えれば、もう少し他の結論を出すべきだったと思う。
……が、それはこうして直接に会話を交え、詳細な情報が得られたからこそなのだ。誤解や食い違いがあったところで、それを責めるのもまた行き過ぎといえるのではないだろうか。
結局のところ、仲間たちが混乱状態に陥っていたこと、また彼らが冷静に分析できるほど経験豊かでなかったことも不幸に拍車をかけたように思う。
「死人に口なし、とはいうけど。でも、今はそうじゃないわよ。あたしたちがいるんだもん。頼まれれば、彼らに代わってあたしがガツンと言ってやるわよ、ガツンと」
周囲が勝手につけた虚像が独り歩きし、本当の自分が歪められてしまう。
そんな悩みに付きまとわれてきたイオノシジウムだからこそ、彼らが受けた誤解というものに対してナイーブな姿勢をみせているのだろう。
その一言には重みがあり、彼女の純粋で真っすぐな思いが詰まっていた。
「……でも。彼らは望んでないんでしょ、そんなこと。せっかく疑いを晴らすチャンスだってのに……」
戦死した2人が霊になって現世にとどまっている理由。それは、失われた名誉を取り戻したいためではなかった。
もっと大切な……彼らにとっては無二ともいえる大事なことの前には、もはや名誉などわずかほどの価値もないのだ、と彼らの意を汲んだプルモナリアは言っていた。
たしかに花騎士の父親をはじめ、武勲や功績を第一に願っていたという様子は当事者たちからあまり感じられない。そのうえ先祖の功績なり不名誉なりを後世に伝えていく親類も他にいないようだ。
だが、騎士団長の遺族についてはどうなのだろう。そちらについては明らかでないものの、2人の霊の意見が同じだったことを考えると、おそらく似たり寄ったりなのではないだろうか。
残念だとは自分も思う。が、2人が誤解を解くことに執着する意思がないのなら、それでも強引に関わるのはこちらの独善でしかない。
噛んで含めるようにそう告げると、しばらくしてから「そうね……」とイオノシジウムは不承不承といった様子ながらうなずいた。
名誉よりも大切なもの。
彼らが現世を去ることができなかった、貴重な品物――それをポケットから取り出す。
「指輪、か……」
イオノシジウムがそう呟くのが聞こえた。
こちらが用意した木箱に納められた指輪。花騎士の娘の名が刻まれ、そして生前の彼女が所持していたものだ。
この世に残した未練。命を失い、害虫に奪われたままのそれを取り戻したくて、幽霊になってまで執着しつづけていたのだ。
その後ふたたび手元に戻ってきたあとは、本人の許可を得て、こうして一時的に預かっている。
「見せてもらってもいい……?」
ああ、とうなずき、彼女に手渡す。丁寧にそれを受け取ったイオノシジウムが、真面目な顔を崩さないまましげしげと眺めた。
「……ま、わかるような気もするわ。乙女心ってやつよね」
指輪はこうして取り戻すことができた。ということであれば、2人の霊は未練を満足へと昇華させ、いつ成仏してもおかしくないということになる。
が、そこをプルモナリアを通してこちらの希望を伝え、もうひとつの目的を果たすまで見届けてほしいと頼みこんであった。
2人の絆があの巨大害虫を打ち倒す瞬間を、どうか最後に見届けてほしい。逝くのはそれからでも遅くはあるまい。
きっとそれも、まもなく果たせる。おそらく数日のうちには片付けることができるだろう。
あまり引きずらず、可能なかぎり早急に彼らの魂を解放させたいとは思う。
……ん?
そんなことを考えていると、イオノシジウムがじっとこちらの顔を見つめているのに気がついた。
「……なーんでもないっ! どっかの団長さんも少しは見習ってくれたらなー、って思っただけよ」
どうした?という問いにイオノシジウムから返ってきた答えが、これだ。
苦笑を交えながら、善処する、と返事をする。
口ではそう返したものの、彼女たちが寄せてくれる好意に対し、最終的にどう応えていくのか。それは自分でもまだわからない。
言いたいことを言うと、こちらに指輪の入った箱を返してくるイオノシジウム。
「まったく、そういうとこよ。……あの子みたいに、あたしはいつでもオッケーなんだけどねー」
その場ですっくと立ちあがった彼女が、若き花騎士と団長の墓標に視線を送る。
しばらくそうしてから振り返ると 今度はいたずらっぽい光をたたえた瞳をこちらに向けてきた。
「いい? 期待させたぶん、いつかしっかりと責任を取ってもらうわよ?」
――入れ替わりの時間がやってきた。
ムラサキハナナ、キンギョソウ、スノードロップ、プルモナリアといった面々が帰還し、交替でイオノシジウムをはじめとした残りのメンバーを送り出す。
ただ、行動を開始する前に。こちらが言い出すまでもなく、彼女たちは姿の見えぬ同僚に祈りを捧げるため、墓標の前に手を合わせた。
「……もしできたら、わたしのお父さんとお母さんに伝えて。いろいろあったけど……今のわたし、きっと幸せだよ、って」
「……私も、姉と会ったら伝えてください。これからも、どんな結果になろうと、それでもずっと一番を目指しつづける、と……」
イフェイオンとモミジには、また自分たちとは違う強い思い入れがあるのかもしれない。
どちらもかけがえのない大切な人物を、害虫のせいで失っている。
死者に対する想いは、一人ひとり様々に異なっていていい。そうあるべきだと思う。
それぞれが、思い思いの言葉を2人の霊に投げかけていく。
誰ひとり、それを笑う者はいなかった。