FLOWER KNIGHT LEAF   作:藤宮ぽぽ

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6-11 決戦

 動きが格段によくなった。

 短い間の傾向だけで決めてかかるのは早計であるものの、村に駐在する花騎士たちの表情は明るくなり、溌溂(はつらつ)さが増したように思う。

 これも自分が連れてきた、スノードロップやカルミアをはじめとした花騎士たちとの交流の成果だ。

 村の花騎士にとっては、彼女たちは尊敬すべき先輩のように見えているだろう。そんな先輩たちが限られた期間とはいえ身近で生活をともにし、また気軽に接してくれるのだ。

 

 戦死した騎士団長と花騎士の墓を作ってから、3日ほど。

 いくつかの確認や準備をしているうちに、そこそこ時間が過ぎてしまった。

 

 今もまた、みずから志願してきた者を数個のグループに分け、害虫エリアとなる森の入口付近まで偵察に行ってもらっている。

 経験に乏しいだけで、彼らもまた立派な騎士団長であり、花騎士なのだ。足りないところは先輩である我らがそれとなく導き、手助けしてやればいい。

 そうした変化が見られていく一方で、彼らはまた、前回の敗戦の経過に一部誤認があったかもしれないと素直に認めるようにもなっていた。我々が戦死した霊と会い、そしてはじめて明らかになった2人の事情を受け入れたからだ。

 ……まだまだ新米といって差し支えない彼らだけに、その発言力は非常に低いことは容易に想像できる。ふたたび報告書を上げ、再検討を求めたとしても、上層部がどう応じるかはわからない。

 が、なんにしても。どのような結果になるにせよ、まだこれから先の話だ。

 

 おそらく下位の極限指定害虫だと思われる、あのムカデ型巨大害虫について。

 未来の話をする前に、今はやるべきことをしておかねばならない。

 

 

 

 

 

「……うむ。やはり感じるな……」

 

 

 まず、注意深く四方から眺め。それからようやく手に取ると、ふたたび食い入るようにじっと見つめる。

 たっぷりと時間をかけ、真剣な表情とともに目を細めていたヒメシャラが、何度も確認をくり返しながらそう断言した。

 

 

「たしかに、魔力がこめられておる。常人には感じ取れぬであろうが、経験を積んだ花騎士ならば誰しもが多かれ少なかれ感じるはずじゃ」

 

 

 やはりそうか。

 

 戦死した騎士団長から、花騎士の娘に贈られた指輪。

 幽霊となってまで害虫から取り戻したいという願いが果たされたのち、ゆえあって現在は2人の許可を得たうえで自分が預かっている。

 もしまた害虫に奪われたり、また失くしたりなどしたら、2人の霊はきっと許してはくれないだろう。想像しただけでも恐ろしい。注意して扱わねば。

 

 未来多き男女を結ぶ、その象徴たる品。

 そこにクリスタルが用いられるというケースは、はたして多いのだろうか少ないのだろうか。

 パワーストーンなどといえば聞こえはいい。が、いずれにしても、宝飾品に加工される前に十分な検討が必要な素材であることは間違いない。

 

 

「さすがは団長、このような目利き(しらべ)をわらわに任せるとは。よき人選じゃ」

 

 

 満足げにひとつうなずくと、あらためてヒメシャラは太鼓判を押した。

 彼女と同様の意見は、指輪に触れたムラサキハナナやキンギョソウからも指摘されていた。そこにヒメシャラの見解が加わったことで、確定的になったと考えてよさそうだ。

 

 

「この十倍は高価なものも、逆に子供騙しにしか思えぬようなものも。わらわの歓心を買うべく、幾多もの男どもが様々な指輪を贈ってきたものじゃ。もちろん、そのすべてを突き返してきたがな」

 

 

 あんな経験なぞ不要のものと思っていたが、そのときに(つちか)った目がまさか役に立つとはな。

 最初は皮肉っぽく過去を振り返っていたものの、今では得意そうに話すヒメシャラ。

 

 

「……ただ、わらわは鑑定士などではない。ゆえにこれ以上については、すまぬが団長の意に沿えぬぞ?」

 

 

 申し訳なく思う必要なんてない。十分に役に立ってくれた。

 宝石がいまだに魔力を失わずにいる、と確信できたところで満点だ。

 

 しかし、まだ気になる部分は残っている。

 問題はその魔力が、どのような作用を周囲に及ぼすか、というところなのだ。

 

 

「ふむ……?」

 

 

 軽く首をかしげるヒメシャラに、こちらの見解を伝える。

 

 ムラサキハナナやキンギョソウに話を聞くまで、最初のうちは、すでに力を失っているものだと思いこんでいた。

 クリスタル……といえば。我が騎士団にとってもある意味、その因縁は深い。

 真っ先に思い当たったのは、我々にとって不可欠というべきもの。すなわち、クジラ艇に搭載されているクリスタルの存在だった。

 そちらには害虫に対する浄化作用が確認されている。実際、何度もそれで危機を救われてきた。

 

 となると。

 害虫になんらかの影響を及ぼす魔力が秘められていると仮定すれば。

 ひょっとしたらこの指輪には、害虫を引き寄せるような効力があるのではないだろうか。

 

 戦死した花騎士の娘はみずから囮になり、害虫に包囲されて力尽きたという。いわゆる四面楚歌というやつだ。

 その一方で他の仲間たちは、ひとりの犠牲者も出さずに撤退することに成功している。

 囮とはいえ、瀕死の騎士団長を抱えながら自身も逃げていたようだ。そして結果として、見事なまでに害虫を釣りあげた。

 本人はついに逃げ切ることが叶わなかったにしても、かの娘の行動がもたらした成果は完璧だった。冷酷かもしれないが、彼女がみずからに課した役割と結果だけを見ればそうなる。

 その要因を考えてみる。すると、指輪に宿る魔力の影響があった、というふうには思えないだろうか。ひとつの要素、因果として、考えてみてもいいのではないだろうか。

 

 

「なるほどのう……。しかし、結論から言うとじゃな。それはあるとも言えるし、ないとも言える」

 

 

 答えにしては明確さを欠き、はっきりとしていない。どういうことだろうか。

 するとヒメシャラは、おそらくじゃがと前置きした上で。

 

 

「指輪にこめられた魔力とは、そもそも祝福の力にもなるし、逆に災いを呼び寄せる力にもなる。つまりは表裏一体、持ち主次第だとわらわは思う」

 

 

 ……なるほど。

 たしかに手に入れるよりもずっと以前から害虫を引き寄せる魔力があったとするならば、それは明らかに呪いの指輪と呼べるものだろう。

 そんなものを、わざわざ愛する相手に贈る者などいるだろうか。

 戦死した騎士団長は花騎士の娘を心から愛していた。それだけは間違いなく、疑いようがない。

 

 

「かの者は、クリスタルという宝石が珍しきゆえに買ったのかもしれぬな。さらには必ず幸運をもたらすなどという尾鰭(おひれ)が、客の興味を引くようについていたのかもしれぬ。相手を心から想うからこそ、たやすくそれに乗っかったのであろう」

 

 

 まったく同感だ。

 あの騎士団長はおそらく純粋に贈る相手の笑顔と幸福ばかりを願って、この指輪を買い求めたのだろう。

 

 

「魔力とは、それを行使する者に力を与え、あるいは心に描いたものを具象化させるもの。とするならば、じゃ……」

 

 

 そういうことか……。

 2人の霊は互いに愛しあっていると同時に、騎士団長と花騎士でもあった。

 その使命は当然、人々に平穏な世界を与えるべく励むこと。すなわち、害虫と戦ってそれを駆逐することに他ならない。

 ならば。任務であろうとなかろうと、もし害虫が近くにいれば、呼び寄せてでも撃破していけばいい。結果的に、平穏な世界で幸せに暮らすという彼らの望みとも合致することになる。

 つまりは、おそらく――花騎士という、世界花の祝福を受けた娘が手にしたことによって、後天的に発動するようになった魔力、といったところだろうか。

 

 その効力がどれほどのものなのか、それははっきりとしない。

 個人的な見解を言うならば、おそらくは思ったほど強い魔力ではないのではないだろうか。そんな気がする。

 魔力を感知できる害虫は一部に限る。とはいえ群れのリーダー格であるそれの興味を向けさせ、引きつけるだけの力があるというのは確実なようだ。

 甘い芳香を周囲に放ち、必要とする相手を求める。多くの生物が自然と有しているその力を、いま手にしている指輪に埋めこまれたクリスタルもまた発揮しているのだ――とまあ、そんなところだろうか。

 

 ならば。それを利用して、次の作戦を立ててやろう。

 戦死した騎士団長と花騎士の娘が(のこ)した指輪と、そしてその想い。それは、我らの騎士団が受け継ごう。 

 今度は攻守を逆転させる。こちらが彼らの領地に足を踏みこむのではなく、害虫たちにやって来てもらうのだ。

 

 

「……さて。どうじゃ、団長。わらわの貢献ぶりは、しかと団長の心を捉えることができたかの?」

 

 

 お、おう。

 おかげで次の作戦に、たしかな自信をもって臨むことができる、が……。

 

 

「ならば……のう? 指輪(これ)を有していた者たちも、すでに踏み越えたのじゃ。わらわたちも、その……次の一歩を進んでもよき頃かと思うのじゃが。より深くそなたに貢献できるよう、わらわも覚悟を決めたでな……」

 

 

 ヒメシャラといえば、勝ち気な性格という印象が強い。

 そんな彼女がまるで(ささや)きかけるように、恥じらいをあらわにしながら身体をこちらへと寄せてくる。

 

 

「ささやかな代物でよい。驚くほど安価でも、粗末なものとて、わらわは文句は言わぬ。団長からもらえる指輪なら、それだけで無上の価値を持つのじゃ」

 

 

 彼女の息がかかる距離。

 珍しく羞恥心で頬を染めあげて、ヒメシャラがゆっくりと顔を近づけてくる。

 

 ……不意に、その動きがぴたりと止まった。

 そして今度は、反対にこちらから離れてゆく。

 

 

「……すべての花騎士に等分に愛を与える、か。まったく、いつになったらその仮面を外し、荒々しき本性を見せてくれるのかのう……」

 

 

 最後のラインを超える寸前で、彼女の額をちょんと指先でつつく。そう思っていたこちらを先読みしたかのように、結局は機敏に察したヒメシャラのほうから距離を取ることになった。

 愛想を尽かされただろうか。そんなことを考えながら、背中にひとすじの冷たいものが伝わっていくのを感じた。

 が、少し恨めしそうな顔をこちらへと寄越したものの。まもなくそんなヒメシャラの表情は苦笑へと変わった。

 

 

「……まあ、こうして焦らされるのも、そなたの立場を考えればやむを得ぬかもしれぬな。良人(だんちょう)の伴侶となるには、寛容さも身につけようぞ」

 

 

 自分は部下に恵まれている。

 このようなとき、いつもいつも思い知らされることだ。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 花騎士どもが、今日もまた森の入口をちょろちょろと歩き回っている。

 あるときは大胆に森の中に入りこみ、しかし危険を察知するとすぐに退いていく。この前の戦いから動きが徹底されており、目障りなことこの上ない。

 すっかり数の減った支配下の手下(がいちゅう)のうち何匹かを使い、花騎士どもを釣ってみた。

 が、以前は面白いほど乗ってきたのに、今度は動じる様子が全くない。かといってそのまま一部が森の外へ出ようとすると、これがあの無様(ぶざま)な花騎士連中かと思えるほど、巧妙な連携で反撃してくるのだ。

 

 この前の戦いで受けた傷痕が、連中の血を欲してしきりに(うず)く。

 忌々しい。しばらくは傷を癒やすことに専念していたが、そろそろ限界だ。

 

 先日戦ったのは新手の花騎士だろう。今後さらに数が増えることはない、という保証はどこにもない。

 時間が経てば経つほど、多くの手下を失ったこちらが不利になるのは明白だ。

 連携して対処してくる花騎士ども。ならば、その連携ができなくなるくらいに大量の手下を一気にぶつければいい。

 しかし、もう駒がない。一匹残らず手下全部を動員して、一度きりの戦いで花騎士どもを打ち倒すしかない。

 まだそれは可能なはずだ。そして村もろとも焼き尽くし、灰燼に帰した光景を肴に勝利の祝宴を(たの)しもう。

 

 

 ――森の最奥にある巣から残存する全ての害虫を引き連れ、森の外を目指して行動を開始した。

 身を隠すのに好都合だった木々は、邪魔な花騎士さえ全員殺してしまえばもう必要ない。なぎ倒していくのに、何の躊躇も未練もない。

 当然というように、森の入口で花騎士どもに捕捉された。構わない。もとよりそのつもりだ。

 手下どもを全部ぶつける。すべて死んだところでどうということはない。

 こいつらの撃破に花騎士どもが力を尽くしている間に、自分がその一人一人を潰していけばいい。

 

 気配を感じる。

 以前、(たお)した花騎士が指にはめていたもの。いや、それに付いていた石。

 鈍い手下どもは何も感じないようだ。だからそれを奪うときも、形勢不利と見て退却するほかの花騎士どもへの追撃を最小限にして、石の持ち主である花騎士を囲むようわざわざ指示しなくてはならなかった。

 まあいい。どうせ手下どもには過ぎた品だ。その魔力を感じ取れるのが自分だけだからこそ、群れの頂点に君臨できるのだ。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「準備はいいですか、2人とも?」

 

 

 丘の陰に身を隠したモミジが、かたわらのイフェイオンとムラサキハナナへと振り返りながら言った。

 

 

「うん、大丈夫。いつでも合図して、モミジ」

 

「……わ、わたしもです。害虫の動きも予測内ですし、問題ありません」

 

 

 イフェイオンとムラサキハナナそれぞれの返事にうなずいたあと、丘の上を見上げる。

 ここから見える絶好の位置で自分たちと同様に潜んでいるイオノシジウムが、自身を見つめるモミジに気づいて軽く手を振ってきた。

 

 すべては入念に周辺の地形を調査しておいた賜物だ。

 モミジはこれから行動をともにする2人に、優しい笑みを向けた。イフェイオンもムラサキハナナも、どちらも信頼できる仲間だ。

 ただそれでも……イフェイオンと比較すれば、ムラサキハナナとは一緒に動いた経験はまだ数少ない。

 

 

「……イフェイオンさん」

 

 

 なにかを語りかけるように、モミジがイフェイオンに顔を向けながら目配せをする。

 すると明敏に彼女の意図を察したイフェイオンが小さくうなずき、無言のまま軽く微笑んだ。

 

 

「……あの、お2人とも……?」

 

「ムラサキハナナさん」

 

「はい……?」

 

「攻撃開始の合図。私でなく、ムラサキハナナさんが出してみませんか?」

 

「……え? わ、わたしがですか!?」

 

 

 それほど状況に余裕があるわけではない。

 突然の話に面食らうムラサキハナナに、畳みかけるようにしてモミジはつづけた。

 

 

「ごめんなさい、少し間違えました。私の代わりに出してください、ムラサキハナナさん」

 

「で、でもっ! わたしなんて……」

 

 

 大きく戸惑いつつ、助けを求めて隣のイフェイオンに顔を向けるムラサキハナナ。しかしそのイフェイオンの表情も、ムラサキハナナが期待するものとはまるで違っていた。

 

 

「大丈夫。わたしもモミジも、ちゃんと従うから。落ち着いてきちんとタイミングを見れば大丈夫」

 

「ううぅ……」

 

「……迷ってる暇はないですよ。ほら、もう害虫が迫ってきてます」

 

 

 これもまた経験のひとつだと、モミジは思う。経験を積み重ね、彼女なりに自信をつけていってほしい。

 案の定、気弱なところがあるムラサキハナナは戸惑いをみせている。しかしもう一押しだ。

 

 

「……お姉ちゃんの言うことが、聞けませんか?」

 

 

 我ながら、これはずるい物言いだ。けれど同時に、おそらくこれが姉というものだとも思う。

 妹のような――大切な仲間の成長を信じているからこそ、時にはこういう言い方もしてしまうのだ。今になって、それが深く理解できた。

 お姉ちゃん?と怪訝な表情を浮かべるイフェイオンに肩をすくめてみせる。戦いが終わったら、彼女にもムラサキハナナとの間にあった出来事をちゃんと説明しよう。

 

 

 

 

 ……少しずつ、あの石が放つ気配が強まってきている。

 他の手下どもがそれに気づく様子は、あいかわらずない。つくづく鈍い奴らだ。

 石を奪い取ったときもこちらが命令しなければ、目の前の別の花騎士どもとの戦いに熱中し、持ち主である花騎士を取り逃がしてしまっていたかもしれない。

 こいつらはただ単に、本能的に強い者に従っているだけだ。

 こんな手下どもを気にかける必要などまったくない。花騎士に襲いかかり、返り討ちにされるような弱い奴はそのまま死んでゆけ。

 

 不意に、側面を突かれた。

 石の魔力に吸い寄せられるかのように、ちょうど谷間のようになっている一本の道をただ前進することだけしか考えていなかった。

 左側の、背の高い丘。その陰に巧妙に隠れていた花騎士どもが攻撃をかけてきたのだ。

 咆哮を上げる。しかしそのときには、すでに手下の何匹かを失っていた。

 

 

 

 

「今度こそ終わらせる! 跡形もなく、消え失せろっ!」

 

 

 ――ひとりは、紅蓮のごとき(ほのお)をまとった大剣を軽々と扱う花騎士。

 彼女の闘気を具現化したような真紅をベースにした鎧に身を包み、モミジは一撃で複数の害虫を(ほふ)ってゆく。

 

 

 

「命乞いは許さない。倒す、害虫の魂までも、全部」

 

 

 ――ひとりは、先端に魔力をこめた長杖を自在に操る花騎士。

 その動きにはまるで無駄がなく、驚くほど的確に攻撃を害虫に叩きこんでいく。

 そして、決して突出はしない。害虫を消滅させるやすぐにバックステップし、イフェイオンは冷静に左右の仲間の状況を確認する。

 

 

 

「チャンスは逃がしませんっ! 必ず、勝利につなげてみせます!」

 

 

 ――ひとりは、手にした軍扇を振り下ろし、同時に自身の周辺に舞う魔力の刃で敵を斬り刻む花騎士。

 華奢な体つきながらしっかりと制御された魔力で斬撃を繰り出し、害虫を両断していく。

 ムラサキハナナのその効率的な動きは、すでにベテランの花騎士の領域と遜色はない。

 

 

 

 金属同士がこすれ合うような、けたたましい叫び声で巨大害虫が周囲を威圧する。と同時に、モミジを狙って全身を使った一撃を繰り出す。が、命中には至らない。

 ごく短時間のうちに、手下の小型害虫たちは目に見えてその数を減らしていた。

 もともと一対一ではモミジたち花騎士のほうに分があったのだ。そこに奇襲という形が加われば、もはや圧倒的な優勢といえよう。

 ようやくにして態勢を整え直した害虫たちが、いっせいにモミジたちと相対する構えをとる。

 と、その瞬間飛来した矢に貫かれて、また一匹の害虫が消滅した。

 

 

 

「ほらほら、盛り上がるのはこれからよ。あたしの矢をかわせるかどうか、自身に賭けてみなさい。ま、2度目の賭けはないと思うけどね!」

 

 

 ――頭上から、驚くほどの精妙さで害虫を次々と射抜いていく花騎士。

 丘の上に伏せた弓兵部隊さながらに、何人もの人間で行われるような斉射を、たった一人きりで実現してみせるイオノシジウム。

 最初の一撃を見舞ったあとは、主に空中を飛ぶハチ型害虫に目標を定め、狙い撃ちにしている。

 

 最初のぶつかり合いにしては、害虫側にとって明らかな大ダメージだ。依然として健在なムカデ型巨大害虫をのぞけば、ほとんど戦力が半減したに近い。

 それでも、モミジたちが身を退くタイミングは実に鮮やかだった。イフェイオンもムラサキハナナも余力を残しながらさっと害虫から距離を取り、イオノシジウムも害虫の飛行戦力を撃墜し終えると丘の頂上の物陰に身を隠した。

 それを見た残る害虫たちも、追いかけ始めようとしたところで――

 

 親玉のムカデ型巨大害虫がくぐもった唸り声を発したかと思うと、次の瞬間、今度は反対に聞く者の鼓膜を突き破るように甲高く咆哮()えた。

 まさしく威圧されたかのごとく、他の害虫たちの動きが止まる。そして……くるりと向きを変えると、導かれるように直進する巨大害虫に従って、丘の狭間の道を進みはじめた。

 指輪の魔力に引き寄せられていることは、もはや明らかだった。

 森から出てきた直後の戦力から半数といっていいほどの割合が、すでに潰えている。小型害虫たちを巨大害虫を守る壁とするなら、その様子は明確に崩壊の兆候を示しているといった状態だ。

 

 

 

 そんな壁の一角が、大きく崩れた。

 モミジたちが現れた反対側。右手の丘の奥から、別の花騎士たちが奇襲をかけたのだ。

 

 

 

「この身の程知らずが! 己の所業を悔い、来世での生き様を考えながら散るがよい!」

 

 

 ――強靭なる魔力でいかなる存在をも斬り裂く鉄扇を振るい、流麗なるさまで見る者の心を奪う花騎士。

 臆することなく群れに突っ込み、害虫たちが囲もうと動きを見せたときには、ヒメシャラの姿はもうそこにはない。

 果敢な性格と優れた戦いのセンスが彼女の敏捷ぶりを支え、たおやかな姿からは想像できないほどの戦果を叩き出していく。

 

 

 

「私の直感がキミたちの敗北を告げている……。どっか~んといくよー!」

 

 

 ――その愛らしい外見から繰り出される鉄槌は正確無比に害虫を捉え、一撃のもと打ち砕いていく花騎士。

 華奢な少女の身体で巨大なハンマーを自在に振り回すその姿は、キンギョソウこそ世界花の恩恵をもっとも強く受けているとすら思いかねないほどだ。

 うっかり勢い余った体勢を整えなおそうとする彼女の背後に、別の害虫が回った。それを察したキンギョソウがハンマーごとくるりと身軽に全身を回転させ、相手の動きを牽制する。

 と、次の瞬間、彼女を狙った害虫がなにかに斬り刻まれるようにしながら消滅した。

 

 

 

「死神が通りますよ~。注意……するまでもないか。もう死んじゃったし」

 

 

 ――断罪人のごとき大鎌で敵を刻み、自ら冥界への門にいざなう花騎士。

 キンギョソウの背後を襲った害虫を涼しい顔で葬り去り、息もつかずにプルモナリアは次の相手に現世との別れを強制していく。

 

 

 

 まるで一気に外皮が引きはがされるように、みるみるうちに親玉を取り巻く害虫たちが消滅していく。その速度はモミジやイフェイオン、ムラサキハナナ、イオノシジウムの4名の花騎士が攻撃したときと変わらない。

 またも巨大害虫が金切り声を上げると、それを合図として残りの害虫のすべてが一斉にヒメシャラの周辺に殺到していく。

 また同時に自身も頭を高く上げ、攻撃の体勢を取る。狙いはひとつ。仲間の害虫を巻き込んででも、確実にヒメシャラを屠ろうとする動きだ。

 

 

 

「いきます! みんなの笑顔のために、これ以上誰も傷つかないために!」

 

 

 ――頭の上。害虫たちを見下ろす場所に、真っ白な花びらが舞った。

 いくつもの白き花弁を操るは、ひとりの花騎士。イオノシジウムのちょうど反対側の丘の上に身を潜めていたスノードロップが、宙空に浮遊する花々に魔力をこめる。

 まもなく花々から放たれた光のシャワーが害虫たちの視界を純白に染め、まるで浄化させるかのように穢れたその身を分け隔てなく消滅へと導いてゆく。

 スノードロップの攻撃が終了した瞬間、大きく後方に飛びすさるヒメシャラ。直後、巨大害虫の一撃が彼女のいた地面を大きく穿ち、大地に亀裂を走らせた。

 

 息の合った連携を前に、取り巻きの害虫はごくわずかをのぞいて跡形もなく姿を消した。

 ボス害虫を無視し、ついに小型害虫たちが逃走に移った。しかしそれもふたたび駆けつけてきたモミジやイフェイオンによって両断され、むなしく塵へと形を変えていく。

 

 2度にわたって必殺の攻撃をかわされた巨大害虫が、怒りの咆哮を上げる。

 その瞳が闇の業火を灯し、潰されるべき相手だったヒメシャラを睨みつけた。

 

 

「ふん、醜怪よの。痴れ者ゆえに、同じ攻撃()が何度も通用すると思うておる。笑止千万じゃ」

 

 

 巨大害虫を正面に見据えながら、開いた鉄扇を口元に当てて優雅に構えるヒメシャラ。

 そのさまは、大胆であり不敵そのもの。たとえ敵がどれほど強大だろうと、常に不変でありつづけることがヒメシャラの矜持だ。

 

 

「忘れてもらっては困る。花騎士はわらわだけではないぞ? そして、そなたを覆う鎧はもはや砕け散っておることをな」

 

「そろそろこの巨大ムカデの棺桶の用意をしないとね。あ、もちろんヒメシャラさんにも用意するから、ほしくなったら言って。……冗談だよ?」

 

 

 巨大害虫の死角にいつの間にか回りこんでいたプルモナリアが、鎌を振りかざして呼吸を整える。

 彼女だけではなかった。その隣にもうひとり、キンギョソウもいる。

 

 

「……準備はいい、プルモナリアさん?」

 

「地獄の扉はもう開いてる。いつでもどーぞー」

 

「よーし。それじゃ…………ぶっとんじゃええぇぇっ!」

 

 

 キンギョソウが自分のハンマーにありったけの魔力を注ぎ、何倍もの大きさへと変形させる。まるで巨大な鉄塊だ。

 

 

「私とプルモナリアさんとの合体技! 名前は、ええっと……スカルコンビネーションっ!!」

 

 

 キンギョソウの声と膨張したハンマーに目を奪われている間に至近距離まで迫っていたプルモナリアが大鎌を振るう。

 一撃、二撃、三撃。まるで複数の鎌が乱舞するかのように、死神の刻印が無数に巨大害虫の身体に刻みつけられてゆく。

 そしてそこに、ロケットのように射出されたキンギョソウの鉄塊が直撃した。その一撃はプルモナリアによって切り裂かれていた害虫の厚い外皮を突き破り、周辺の構造物を破壊するには充分すぎるほどの威力だ。

 

 

 

 

 ――また、巨大害虫の声が聞こえた。

 しかし今度は、これまでとは違う。明らかに苦悶の叫びといった感じだ。

 

 モミジやヒメシャラといった攻撃部隊が周囲の小型害虫を蹴散らし、ついに親玉の巨大害虫を丸裸にしたのが見えた。

 ただそれでも、まだ屈しない。巨大なだけあってムカデ型害虫は想像以上にタフなようだ。花騎士たちの攻撃を受け、たまに反撃をしながら、それでもなおこちらに近づいてきている。

 大きな傷を負わせたとはいえ、やはりまだ正面に立ちつづけるのは危険だ。

 仮に正面で巨大害虫の気を引くにしても十分な対策があること、基本的にはヒット&アウェイで挑むようモミジたちには命じてある。

 

 

 ――狙いを変えたか。

 残りの力を振り絞って、巨大害虫のスピードが増したように感じた。こちらに向かってくる。いよいよその姿がはっきりと見えるようになってきている。

 懐から取り出していた箱の蓋を開け、中に眠る指輪を取り出して高く掲げた。

 

 お前の狙いはこれだろう?

 来い。お前の命が尽きる前にここまで到達できるか、勝負だ。

 

 まだ距離があるものの、巨大害虫の視線がこちらをはっきりと捉えた気がした。

 前回の戦いのときもそうだった。数日ぶりに、ふたたびお互いの視線が交錯するのを感じた。

 大将同士、先に潰えたほうが負けだ。ここで決着をつけようではないか。

 

 

「だんちゃんは、カルミアが守るデス! ううん、ここにいるみんなで守るデース!」

 

 

 近づいてくる。

 隣にいたカルミアが、周囲に声をかけるのが聞こえた。彼女の声と同時に、自分の左右に複数の人間の気配や息遣いを感じることができる。

 

 ずらりと、花騎士や騎士団長が肩を並べていた。村に駐在する、まだ経験の浅い者たちだ。

 自分からは何も指示することはない。前回の戦いののち別行動をとっていたカルミアが彼らとの信頼関係を築きあげ、今はみごとなほどに束ねている。

 本陣の戦力は彼らが頼りだ。それだけしかいない。いや、彼らだけで充分だ。

 

 

「迎撃準備! えれがんとに待ち受けるデス! 終わったら、みんなで勝利のハグをするデース♪」

 

 

 カルミアとて、まだまだ戦歴豊富とは言いがたい。しかし周りの花騎士や団長たちはカルミア以上に不足している。

 それでも先輩花騎士の指揮を受け、彼らの姿には自信と闘気とをうかがうことができた。

 ある者は剣を構え、ある者は槍の穂先を向け。カルミアの号令のもと、巨大害虫にそれぞれの武器を突きつけ、堂々と対峙する。

 

 

 

 

「団長のもとへは行かせない。必ず、ここで仕留める」

 

「よき決意じゃ、イフェイオン。しかし、()()()()を忘れてはならぬぞ」

 

「もちろん。ヒメシャラさんこそ、一緒に巻きこまれたりしないようにね」

 

 

 巨大害虫の攻撃をかいくぐり、2人の花騎士がそれぞれに斬撃を浴びせる。

 それでもなお、相手は容易に倒れない。継続してダメージを与えつづけているとはいえ、油断すれば反撃の餌食となりかねない。

 何倍もの体格差からくる一撃は、わずか一発とはいえ花騎士を致命傷に至らしめるにはなお十分だ。

 

 

「まだ息があるか……。それなら、息の根が止まるまで叩き斬るまで!」

 

「至近距離で立ち止まるわけにはいきませんし、攻撃が軽くなるのは仕方ありません。でも……見てください、モミジさん」

 

 

 その攻撃力もさることながら、耐久力も驚異的だった。

 いまだに前進を止めず、団長のいる本陣へと向かいつづけている巨大害虫。しかしそのスピードは明らかに落ち、余裕はなくなってきているはずだ、とムラサキハナナは見た。

 あとひと押しだ。そして戦局は、まさに最後のひと押しの地点へたどり着こうとしている。

 

 ごくりと、ムラサキハナナは自分の喉が鳴る音を聞いた。

 軍扇を掲げる。これを振り下ろせば、いよいよ最後のトラップが発動することになる。

 不安な気持ち。自分程度が大それたことをしているという気持ちを、心の底に押しこめる。

 仮に失敗しても、ほかの先輩花騎士たちがフォローしてくれる。あえて楽観的な考えをめぐらせ、一度空気を深く肺の奥へと送りこんだ。

 

 

「私の直感に賭けてみる? えへへ、それで失敗したなら私の責任ってことにしちゃえばいいからさ」

 

「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます、キンギョソウさん」

 

 

 キンギョソウとモミジが顔を見合わせ、互いにうなずいた。

 ムラサキハナナはそんな2人のことなど見ていない。キンギョソウたちとは反対の方向から「味方の棺桶を用意する必要はなさそうだね……」と(つぶや)く声が聞こえたような気がしたが、それもすぐに意識の外へと押しやった。

 

 集中。

 高く上げた腕は、まだそのままでいる。

 視線の先にあるのは、巨大害虫。ほかは何も見えていない。今この瞬間は、ほかに必要なものは何もない。

 ただじっと、巨大害虫の動きだけを凝視する。

 

 ――ムラサキハナナの腕が一気に振り下ろされた。

 

 

 

 

 ムカデ型害虫がひときわ耳に響く金切り声を放ちながら、その巨体を大きくくねらせた。

 片方の目に、一本の矢が突き立っている。同時に、苦痛に全身を歪ませる巨大害虫の周囲にいくつもの白い花が咲く。

 瞬間。魔力の束が数条の光の軌跡を描いて、目標物を突き刺した。

 

 

「今ですっ、アンゼリカさん!」

 

「あたしたちからの、とっておきのプレゼントよ。受け取りなさい!」

 

 

 ついに前進を止めた巨大害虫に、スノードロップとイオノシジウムの声が重なる。

 丘の上に立つ2人。彼女たちよりさらに高い上空に、ひとりの花騎士が待ち受けていた。

 

 

「わ、わかってたことだけど、重いんですけどこれ! っていうか、落としちゃっていいんですよね。ね!?」

 

 

 巨大害虫が目標地点に到達する少し前に思いきり飛び立ったはずなのに、もうかなり高度が下がっている。もともとそんなに高く飛べるわけでもないのだから当然ではあるが。

 世界花の加護を受け浮遊することができる花騎士は彼女だけでないとはいえ、アンゼリカの能力のひとつであることは間違いない。

 手にした物体の重みでふらふらと安定感に欠けながらも、巨大害虫の真上の位置をなんとか確保する。

 

 

「それじゃあ、いきますよー! ……どっせぇぇぇぇいっっ!!!」

 

 

 アンゼリカでさえ必死なのだから、一緒に運搬する彼女のお供である天使と悪魔はよりいっそうどちらも必死だ。

 そんな1人と2匹が全力を振り絞って、いっせいにムカデ型害虫めがけて投擲した。

 

 

 それは――目標物の全身をすっかり覆ってしまえるほどの、大きな投網だった。

 

 

 

「うっわ、軽い! あんな重いのを投げたあとの私の身体めっちゃ軽い! これが錯覚ってやつですか? 今なら私、どこまでも飛べちゃう的なー!?」

 

 

 本陣の新米花騎士たちが歓声をあげるのが聞こえたような気がした。

 落下とともに円を描くように網裾が開き、巨大害虫の周囲に広がる。頭から網をかぶることになった巨大害虫が振りほどこうとするが、当然ながら魔力によって耐久性を強化ずみだ。

 抵抗すればするほど、もがけばもがくほど、網はいっそう複雑に身体に巻きついていく。

 

 簡単に破られたり、引きちぎられたりはしないはずだ。

 そう計算してはいるが……その巨体に見合うほどのパワーがある相手だ。網が持ちこたえていられるのも、想定しているほど長くないかもしれない。

 だが、歴戦の花騎士たちがこの害虫を仕留めきるのには、十分すぎる時間だろう。

 

 

 

 ついに、この瞬間がやって来た。

 

 終わりだ、害虫。

  




かくしてボス害虫との決着がつきました。
明るい場面、悲しいシーン。どんな場面を書くにも苦労があるのと同じくらいに楽しさもありますが、同様に今回の戦闘シーンも頭を悩ませながら終始楽しみつつ書くことができました。
いよいよ次回、大団円です!
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