戦いは終結した。
アンゼリカの放った投網により身動きを封じられたあと、花騎士たちの攻撃を浴びて地に倒れ伏し。
その巨体でほしいままに暴れまくったボス害虫も、ついにクリスタルと似た輝きを周囲に振りまきながら消滅していった。
モミジ、イフェイオン、ムラサキハナナ、イオノシジウム。
そしてヒメシャラ、キンギョソウ、プルモナリア、スノードロップ。
さらにはカルミアもアンゼリカも、みんなよくやってくれた。
今回もまた彼女たちは持てる力を存分に発揮し、多大な戦果を挙げてくれた。
一方で、村に駐在する団長や花騎士たちも、よく頑張ってくれた。
なかには戦いが終わると同時に極度の緊張からか目の前で地面にへたりこんでしまっている者も何名かいるが、大きな怪我をしている者はひとりもいないのは幸いだ。
彼らの表情はみな一様に明るい。主戦級の活躍ではなくとも自分たちもいくらかは勝利に貢献できたのだという思いが、その表情をよいものにさせているのだろう。
今回の戦いは彼らのなかできっと、貴重な経験になるに違いない。
丘の上を見上げながら、そう思う。犠牲になった者たちのためにも、心から願わずにはいられなかった。
そんなことを考えていると、団長のひとりがこちらに近づいてきた。
と、他の花騎士や団長たちも、いつの間にか顔をこちらへと向けている。
勝利の酔いは早くも消え去り、その団長の瞳には誠実な輝きがあった。
彼だけではない。他の誰もが同じように真剣な表情をしている。
やがて彼は自分の目の前にまで来ると、深々と頭を下げた。そして、まるで全員を意思を代表するように、ひとつの頼みごとを口にする。
――それを断るつもりなど、はじめから頭にはなかった。
誰が最初だったかはわからない。
それまで統一されていたかのように整っていた、全員の歩調。それが誰かの一歩によって乱れ、瞬時にして他の者がつづき、一気に弾けたようにバラバラに崩れ去った。
丘の頂き。彼らが守るべき村の姿が見渡せる場所に、ぽつんと立つ墓。
そこに向かって、若き花騎士や団長たちがそれぞれに駆けていく。
制止しようなどという気は、まるで起こらない。
日数でなら、自分たちよりも彼らのほうがずっと長い付き合いなのだ。
だから。戦死した2人の霊がいる丘に自分たちを案内してほしいと頼まれたとき、拒む気持ちはわずかほども湧いてこなかった。
ごめんね。
ごめんね、本当に――
謝罪。悔悟。告げることができなかった気持ち。
ある者はあふれる涙とともに、またある者は叫ぶように。さまざまな想いを、花騎士としての第一歩をともに過ごした仲間の墓にぶつけていく。
ついさっきまでの、害虫討伐直後の疲れきった彼らの姿はそこにない。今はただ、一緒に成長していくはずだった戦友に対する純粋な気持ちが、疲労をどこかに押しやっているのだろう。
後ろを振り返ると、自慢の部下たちがそんな彼らの後ろ姿を見守っていた。
スノードロップが自分の目元に手をやっている。イフェイオンもまた泣き笑いのような表情を浮かべている。
モミジやヒメシャラ、イオノシジウムやキンギョソウといった面々も、穏やかな表情でただ見つめている。
ふと、あることに気がついて、プルモナリアのほうを見やった。
彼女が向けている視線の先に2人の霊はいる。そう思ったのだ。
ようやくにして、やっと。今度こそ本当に、彼らに指輪を返さなくてはならない。
なおも思い思いに語りつづけている新人花騎士たちと同じく、自分も霊の姿は見えない。けれど、せめて感謝の意くらいは、あらためて彼らと向き合いながらしっかりと伝えたい。
プルモナリアの視線の先。そっちか。たしかにいる。
花騎士の娘。
幻かと思い、目をしばたたかせてみる。いる。自分にも見える。
まるで透きとおるような銀色の長い髪の、落ち着いた印象を受ける女性だった。
少し大人びた感じすらあるのは、たとえ短い時間であったにせよ心から愛した伴侶との日々のゆえだろうか。
彼女が微笑んだように見えた。すると整った顔立ちのなかに愛嬌らしさがにじみ、それが彼女の魅力をさらに引き出しているように思えた。
花騎士の娘の隣には、彼女の騎士団長も立っていることがなんとなく感じられた。が、指輪を託した本人でないためか、あまりはっきりと認識できない。
まもなく花騎士の娘も彼と同じように、また見えなくなってしまうだろう。彼らの願いは全うされ、こちらの任務ももうじき完全に終わるのだ。
プルモナリアが、すっと自分の隣に進み出た。
花騎士の娘がこちらに一礼し、彼女に向かって何か語りかける。
幽霊の姿が見える、そのことがまず奇跡だ。さすがに声を聞き取ることまではできない。だが、不満に思うことはない。必要ならあとでプルモナリアが教えてくれるはずだ。
指輪の入った箱を取り出す。プルモナリアに語り終えた花騎士の娘がそれを見て、こちらに満足したような笑みをむけた。
彼女の口が開く。今度ははっきりと、彼女の声が聞こえた気がした。
その姿が、霧のなかに紛れ込むように。徐々に、ゆっくりと霞んでいく。
消え失せてしまうのではない。新しい道を、彼女は歩きはじめたのだ。
騎士団長の彼とともに、永遠に分かたれることのない誓いの道を。
◇ ◇ ◇ ◇
あれから数日が過ぎ、全員が無事に騎士団の拠点へと帰還することができた。
ムカデ型巨大害虫を撃破したのち、彼らの巣を発見して掃討するのは容易だった。
まるで打ち捨てられた家のように、害虫の一匹すらいなかった。つまりそれは、前日の戦いで文字どおり全戦力をもって我々に戦いを挑んだということで間違いないだろう。
そのまま巣を破壊し、周辺の浄化を行いながら逃げ延びた害虫がいないことをはっきりと確認する。
こうして、ついに。この地で果たすべき役割は完全に終了した。
「だんちゃーん! カルミア、きちんとりすとあっぷしたデース!」
いつものように執務室のドアが元気よく開け放たれると、同じくいつものように軽快な足取りでカルミアが入ってくる。
そしてそのまま机の真横まで歩み寄ると、その上に何枚かの紙片を置いた。
よくやってくれた。そう言いながら軽く頭を撫でてやると、「えへへ~」と幸せそうな顔をするカルミア。
遠征任務中は自分の身をかばって負傷し、前線から退いた彼女。
それを理由に――特別任務としてカルミアには、村に駐在する花騎士たちとよりいっそうの仲を築いてもらっていたのだ。
どんな相手にも物怖じせず、ごく当然であるかのように相手の懐に飛び込んでいける彼女の性格は、期待した以上の成果をみせてくれた。
もともとこちらに好意的ではあった。が、実際に最前線で活躍しているカルミアが積極的に交流をもってくれたことで、新人花騎士たちがさらに素直に命令に従ってくれたのは疑う余地がない。
そればかりか最後の戦いにも参加し、カルミアの指揮のもとで本陣の守りを担ってくれたのは、ほかならぬ彼らからの申し出だったのだ。
彼らに不足しているのは経験であって、決して意欲や素質などではない。成長のチャンスがきちんと与えられれば、やがて頼もしい戦力に育ってくれるはずだ。
そんなことを考えながら、カルミアから差し出された何枚かの書類を手に取り。期待できそうな人物はいたか、と彼女に聞きながらぱらぱらとめくってみる。
「どの花騎士たちも、みーんないい子! だからカルミア、本当はだんちゃんに全員を推薦したかったデス。でも仕方なく数人に絞ったデース……」
さすがに全員というわけにはいかない、と苦笑しながら書類の中身に目をやった。
そこには、新人花騎士たちの中からカルミアがピックアップした数人のデータが書かれているはずだ。
彼女たちの中から将来有望そうな、そして本人の希望とこちらの花騎士たちともうまくやっていけそうだという判断があれば、何人か受け入れてもいい――
そう考えて、それとなくカルミアに探ってもらっていたのだった。
現時点では、まだなんとも言えない。カルミアの書類に目を通すのはこれからだし、最終的に彼女たちの転属を申し出るなり認めるなり、決めていくのは先の話だ。
ただ、あるいは。彼女たちのうちから我が騎士団の
◇ ◇ ◇ ◇
今回の遠征任務の功績が上層部に認められたことは、単純に嬉しい。しかし、意外なほどの早さでこちらの要求が履行されたのには少し驚いた。
ともあれこれで完全に、城外の幽霊屋敷と噂される建物と土地を我が騎士団の所有物とすることができた。まずは上々、といったところだろう。
そうしたなか、花騎士たちとともに、屋敷へと赴いた。
理由は言わずもがなだろう。屋敷のもともとの所有者であり、花騎士となった娘の帰りを待つ館主とその子供の男の子、2人の霊に会うためだ。
先日、天に昇っていく花騎士の娘の姿を見ることができたのは、本当に奇跡としか言いようがない。普通ならそんなことはあり得ない。
だから今回も、プルモナリアとアンゼリカの2人が頼りだ。
遠征討伐から帰還して資金が滞りなく下り、屋敷購入のための手続きを終えるまで数日。
それまでずっと、何もせずに放置していたわけではない。一度だけプルモナリアとアンゼリカを送り、あらためて騎士団が所有する意向を2人の霊に伝え、そして生きている人間がなんとか滞在できるくらいの最低限の清掃を行っている。
ただ――最大の関心事である花騎士の娘については、何も話していない。
近々騎士団長が訪れ、正式に通達するまで待ってほしい、と伝えただけだ。
……もっとも、我々にとって人生の先輩でもある館主だ。それだけで何か察してしまうかもしれないが。
2人の花騎士に案内されて、屋敷の扉をくぐった。
気にしなければ何ともないが、まだうっすらと埃っぽい感じが残っている。プルモナリアたちが事前に整えてくれたとはいえ、人が住まなくなるとこんなふうになってしまうのか、と少し驚かされる。
屋敷の中へ足を踏み入れてすぐ。玄関ホールから廊下へとつづくその入口に、2人の霊は並んでこちらを待っていた。
「……長くお待たせして、すみません。こちらの方がわたしたちの騎士団長になります」
自分には幽霊の姿は見えない。が、プルモナリアの紹介を受けて、彼女が声をかけたほうに向かって深く一礼する。
今回は遠征任務に同行したメンバー全員とともに、ここへ来ている。そんなプルモナリアとアンゼリカをのぞいた彼女たちにわずかに緊張の色が走るのが、背中越しになんとなく伝わってきた。
長らく花騎士の娘の動向を知ることができなかったこと、この屋敷が騎士団の手に渡ってしまうこと。それらについて実は不満を隠し持っている2人の霊がこちらに襲いかかってきはしないかと、そうした懸念もゼロとはいいきれなかったのだ。
頭を上げ、プルモナリアとアンゼリカを交互に見る。だが、それについてはやはり、こちらの杞憂だったようだ。2人とも平然とした顔をしている。
「ここにいる他の仲間たちも、みんな事情をよく知る者たちです。安心してください」
いつ聞いても相変わらず、幽霊に対するプルモナリアの態度は真面目で誠実だ。彼ら相手にはたまに飛び出す冗談も口にしない。
場所を譲るようにプルモナリがすっと身を退く。かわりに一歩前に踏み出し、こほんと軽く咳ばらいをしてから、口を開いた。
目の前に立っているであろう2人の霊にむかって告げる。
ありのままに、告げる。
残念なことに、花騎士となって旅立った屋敷の娘は戦死してしまったこと。
生前、彼女と上司である騎士団長との間には、深い愛情という絆が結ばれていたこと。
過程にはいろいろあったものの、最終的には彼女の仲間全員がその死を
花騎士としては、短い生涯だったかもしれない。
けれどきっと、団長と仲間たちに恵まれた、素晴らしい時間を送ったに違いないこと――
「……やっぱり、バレてしまってましたか……」
そう口にするプルモナリアの声がした。誰に向けた言葉なのか、そしてその意味も、なんとなく察することができる。
あるいは我々の行動から、館主は娘が自分たちと同じようにこの世の存在でなくなっていると、すでに感づいていたのかもしれない。
目には見えないけれど、なにかしらそう思わせるリアクションがあったのだろう。
その一方で。ひととおり語り終えたあと、後ろに並んでいた2人の花騎士に声をかけ、それぞれ自分の左右に立たせる。
どちらもが害虫によって家族を奪われた経験をもつ、イフェイオンとモミジだ。
数日前の出来事を思い出す。亡くなった娘と団長のために墓を作りたい、と真っ先に申し出たのがイフェイオンだった。
その彼女が大事そうに手にしていた箱の蓋を開け、腕を伸ばして前方にいる2人の霊に中身が見えるよう差し出した。
「……ともに戦死された騎士団長から、娘さんに贈られた指輪……です」
胸中にいろいろな想いが浮かんだのだろう。ほんの少しだけ声を揺らしながらイフェイオンがそう言葉にすると、あとの説明をかわりに引き継いだ。
……今後、この指輪は騎士団が丁重に保管していくことになるということ。
持ち主の娘が消える直前、自分に託されたものがこの指輪だったということ。
後ろを振り返り、ムラサキハナナと視線が合うと、彼女がうなずく。
戦死した2人の霊の名を
それが今回の件についての最後の仕事となるだろう。
「……さってと! どうでしょうかねー。納得していただけましたかねー?」
やがて、アンゼリカがひときわ明るい声をあげた。
気がついてみればたしかに、重苦しいムードが漂いはじめていたかもしれない。そうと気づいたアンゼリカが場を和ませようとしたのなら、悪くない判断といっていいだろう。
「……あ。それでは、最後に」
そう言って、すすすと前に進み出るプルモナリア。
どんな空気が流れていようとも、まるで悪びれるといったことがなさそうに見える。しかしこの場で今、もっとも感情に流されてはいけない立場にあるのは彼女だろう。
司会を務める者として、プルモナリアはそのことをよくわかっているのだ。
「お亡くなりになった娘さんから、お2人に
ちょっと驚いたが、よく考えてみれば最後に何かを託す相手は自分ひとりきりでなくてもいいはずだった。
思えば、プルモナリアも最後に何か言葉を交わしていたように見えた。あるいはそのとき、両者の間でやりとりがあったのかもしれない。
「まずは弟さんへ。……近くにいてくれたこと、ずっと気づかずにいてごめんね。お姉ちゃん、花騎士になったんだよ――」
そんな言葉からはじまったメッセージを、この場にいる他の誰もが言葉を発することなく、耳を澄ませるようにしながらじっと聞く。
プルモナリアの口調はよどみなく、すらすらと言葉を並べていく。かなりの長さだ。
それでも不思議と、一言一句にいたるまで正確にきちんと復唱しているのだという、確信にも似た思いがあった。
「……最後にあらためて、お父さんへ。こんな私を育て、支えてくれてありがとう。先に天国で待っています。そして――」
私の素敵な彼のこと、ちゃんと紹介するね。
それと、おじいちゃんになったんだよ。その子とも会えるかな。ううん、きっと会えるよね。
……やがて、「以上です」という言葉とともに、すべてを伝え終えたプルモナリアが口をつぐんだ。
ただ黙然と、しばらくその場に立っていた。
何も言葉が思い浮かんでこない。他の者たちもどうやら同じようだ。
館主と子供の、2人の霊は納得してくれただろうか。満足してくれただろうか。
真実を語り、亡くなった娘の言葉と想いを伝えることが、ささやかな慰霊となってくれただろうか。
「あー……」
――そんな思念は、まもなくアンゼリカの声によって破られた。
つづいて、プルモナリアがくるりと身をこちらへと回転させ、そして深く頭を下げた。
「……みんなお疲れ様。おばけたち、ちゃんと成仏してくれたよ。ということで、あとは糖分補給の時間にしよう」
糖分補給はともかく、そうかという一言とともにうなずき、軽く息を吐いた。
最後はいくらかあっけないような気もするが、こんなものだろう。
娘のときとは違って、今回は相手の姿が見えずじまいだった。それが少し残念といえば残念だろうか。
「館主さん、最後にお礼を言ってたよ。娘の最期をしっかり伝えてくれてありがとう、だって。そしてこの屋敷と土地は騎士団に託す、って」
指輪につづいて、託されたものがまたひとつ増えた。
そして受け取った以上、責務をきちんと果たしていこう。そう心に誓った。
幽霊となって現世にとどまっていた者たちは、これで全員が無念を晴らして旅立つことができた。
きっと皆、ほどなくしてむこうの世界で再会することができるだろう。そう願ってやまない。
家族の絆。恋人の絆。
当たり前のようなことを、今回あらためて学んだような気がする。
幸い、自分たちはまだ生きている。であるならば、それぞれの絆についてもう一度見つめ直してみるのもいいかもしれない。
……この世で命果てたのちも、ずっと。
人の営みがあるかぎり、絆は大地に芽吹きつづける。
「あのー……団長さん?」
不意に。
アンゼリカが、おずおずと声をかけてきた。
その声も表情も、今のこの場の空気にまるで合っていない。誰が見てもはっきりとわかるほど、困惑した表情を浮かべている。
彼女が指先を虚空に向けた。当然のことながら、そこには何もない。あるとすれば、彼女が指差す方向に廊下がつづいていることくらいだろうか。
「いるんですけど……。まだ、そこに」
……は?
自分には何も見えない。けれど彼女が嘘をついているようにも見えない。
というより、アンゼリカが嘘をついて得をするようなメリットがあるとも思えなかった。
慌ててプルモナリアのほうを振り返る。すると普段は大きく表情に出すことのない彼女も、信じられないといった様子をあらわにしていた。
どういうことだ? 幽霊たちは成仏したんじゃなかったのか?
「えっと……。館主のおばけが成仏したのは間違いない。けれど……」
「プルモナリアさんの言うとおりですよ。いやー、私もてっきり2人とも消えたと思ったんですがー」
小さな男の子。
館主の子供であり、戦死した花騎士の娘の弟の幽霊だけが、ひとりだけそこに残っていたのだった。
ようやく片がつき、終わりました。……たったひとつをのぞいては。
サブタイに最終話とか銘打っておきながら、完全なるおしまいではなかったりします。もうちっとだけ続くんじゃ、的な?
本編としては今回で事件解決=終了のつもりでいます。ただ、エピローグといった感じで残り1話だけ。最後にひとつだけ残された案件を片付けて、それで本当におしまいとなります。
最後の最後に、いよいよとある人物の大きな見せ場がやってきます! どうぞいま少し、最後までお付き合いをよろしくお願いいたします。