2-1 出立前のキンギョソウ
『
その使命と誇りを胸に、世界の各所に点在するといわれる騎士団に所属する、幾多の花騎士。
いつ果てるとも知れぬ、長きにわたる害虫との攻防劇。それはいくつもの英雄譚を生む土台となり、また同時に大小数多くの騎士団が存続しつづける理由にもなっている。
そのうちのひとつ、とある騎士団の拠点。
そこは現在、慌ただしくも活気に満ちた空気に包まれていた。
――キンギョソウは、自分用にとあてがわれた居室のベッドに腰を下ろし、窓外の光景をぼーっと眺めていた。
ちょうど今、部屋の外の廊下を誰かが駆けていく足音がした。その足取りは軽快で、いかにも心が弾んでいるといった感じだ。
しばらくすると、窓のはるか先に見える営舎の正門のあたりに、何人かの見知った花騎士が小さく姿を現した。
たった今、部屋の前を通り過ぎていった人物とは違う。多くの花騎士が居住するこの建物は決して小さくはないから、ここから玄関口となるエントランスまで、短時間で行くには少し無理がある。窓の向こうに見える花騎士にしたところで、姿格好から知り合いだと判断をつけるだけで精一杯なのだ。
けれど。その表情がどのようなものであるかは、容易に想像がついた。
彼女たちの様子は、まさにこれから出発しようとするところ。
一度建物のほうへ振り返り――そして拠点から伸びる街道にくるりと身をひるがえすと、そのまま姿を消していく。
いずれ、もう少ししたら。
部屋の外を駆けていった少女も、きっと先刻の花騎士たちと同様に、門外にその姿を現すに違いなかった。
……ひとり、また一人と。
仲間たち、花騎士たちが、騎士団の建物から離れてゆく。
あるいは気心の知れた友人と連れ立って。あるいは我が身ひとつで。
どちらにしても、その雰囲気はいたって明るい。
いよいよ、今日から。
キンギョソウが所属している騎士団が設けた、大型の休暇がはじまったのだ。
休暇、といっても。当然、害虫への備えを怠るわけにはいかない。
ゆえに、一時的にとはいえ騎士団を離れるのは、全体を3グループに分割しての交代制。
そうして戦力の過半を維持しつつ、休暇のタイミングそのものも比較的害虫の行動がおとなしくなる時期を選んでいる。
「……でも、選ばれた最初のグループの子たちみんながいなくなると思ってたら。中には帰省するよりも騎士団に残っていたいと言い出す子がいたりして、団長さんも困ってたんだよね」
そのときのメンバーたちと団長とのやりとりを思い出し、キンギョソウはくすりと笑った。
彼女たちの気持ちは、キンギョソウも分からないではない。おそらく数日ほどの休日を楽しむよりも、団長のそばに少しでも長くいたいのだ。
それもそれでひとつの過ごし方だと思うし、特に禁止されてもいない。
あるいは……帰るべき場所や故郷がなく、もしくは会いたいと思う親しい人物や知人もひとりとして存在していないという花騎士も、中にはいるのだろうと思う。
実のところ、キンギョソウ自身も、他人の目からすればその一員に加えられているかもしれない、と感じることがゼロではなかったりする。
「うぅ……。かわいいのになぁ、ドクログッズ……」
でも、なかなか理解してもらえない。理解を得られるどころか、かえって奇妙な顔をされるのが定番のオチだった。
孤立しているというほどでないにせよ、騎士団内でもひとりきりでいることが多い。何でも話し合うことができるという間柄の花騎士は、正直なところいない。
そんな一方で、どうしても両親の顔を見に実家へ帰省したい、というわけでもなかった。両親との仲が悪いわけではないけれど、特別に仲が良いというわけでもない。
ごく普通の関係であるがために、「別にどっちでもいいかなー」というのが、キンギョソウの本音だったりする。
とはいえ。それでも――
「よいしょっと!」
ベッドから立ち上がると、かたわらに置いていたバッグを手にとる。
そんなに大きくはないけれど、意外と積みこめるので重宝しているやつだ。
ここから彼女の郷里のブロッサムヒルまで、そう遠くはない。先に出立したみんなをこうして見送っているうちにずいぶん遅くなってしまったけれど、急ぐ必要はなかった。
この休暇を利用してキンギョソウがどうしても行きたい場所は、たったのひとつだけなのだから。
今回の休暇中にこの拠点から離れる者は、事前にその滞在先や日数、また目的などを団長に提出して認可を得ることが決まりとなっている。
キンギョソウも、もちろん手続きはしっかり行った。
彼女だけではない。他の多くの花騎士の申請書類にもひとつずつ丁寧に目を通して、ひとりひとりに激励や優しさがこもった言葉とともに承認してくれる。
そんな団長のマメさや細やかな心配りが多くの花騎士たちの心をつかんでいるのは、キンギョソウもおおいに同感だし納得がいくところだ。
おまけに、団長みずからを特別扱いすることもない。ただでさえ日頃から激務つづきなのに、花騎士たちが交代で休暇を取っている間も、実は本人は休暇を取るつもりのないことを、キンギョソウは知っている。
それでいながら――こうして出立前の挨拶に訪れたキンギョソウを迎え入れ、しばし休憩にとティーカップを片手に彼女との時間を作ってくれようとしているのだから、恐れ入るほかにない。
そんな団長だからこそ……信頼以上の気持ちが芽生えてしまうのも、きっと仕方のないことなのだ。
興味本位でプライバシーに触れるといったことを、団長からされた経験は一度もない。それは花騎士たちの多くが年頃の年代であることに配慮した、団長の優しさのひとつだとキンギョソウは思っている。
今回の休暇についての申請書類にしても、半分は形式として整えただけなのだろう。万が一の緊急時に所在先が分かりさえすれば他に問題はないと、そう思っているに違いなかった。
カップに口をつけ、会話の主導権をキンギョソウに譲るように、ゆっくりとした動作で書類の内容を確認しながら――
その団長の目が一瞬、ある一点で静止したのを、キンギョソウは見逃さなかった。
「……気になる、団長さん?」
いたずらっぽい表情を作って、聞いてみる。
でも、きっと団長のことだから。小さな苦笑いを浮かべながら、これ以上の詮索を控えるに決まっている。
「いいのいいの。私、この騎士団の中でも友達が少ないってこと、ちゃんと自分でも分かってるし」
だけど。
「――だけど、そんな私が今回の休暇で外出する理由が、『友達に会いに行くため』なんて書いたら。そりゃ団長さんじゃなくたって、誰もが驚いちゃうよね」
ちょっと自虐的すぎるかな、と思わなくもないけど。
けれど、団長の前で見栄を張ったり自分を飾り立てるつもりには、とうていなれなかった。
「でもね、『友達に会いに行く』というのは本当だよ? あ、もちろん実家にも戻るけどね。けど、一番の目的は、やっぱり友達と会うことなんだよね」
説明を団長から求められたわけではない。なのに、キンギョソウは自分から切り出してしまっていた。
彼女は、自分の直感にはちょっとした自信を持っている。それを信頼するだけの経験や実績も、たっぷりとある。
その直感が――今。団長にすべてを打ち明けておいた方がいいと、そう告げている気がしたのだ。
「友達というよりも、本当はね……」
親友、なんだ。
「すごく真面目で、いつも前向きで。とってもとっても、いい子なんだよー」
そして……尊敬するほどの、努力の人。
団長さんにも、伝えておきたい。
団長さんには、知っておいてもらいたい。
キンギョソウの直感は、そうささやいている。
そして、また。それだけではない気持ちが、彼女をさらに突き動かしていた。
「――ねえ、団長さん。
よかったら……これから少しだけ、私の話に付き合ってくれてもいいかな……?」
それは――
わずかな苦みと、それ以上に大きな温かさに包まれた思い出。
私がはじめて、生涯の親友に恵まれたときのお話……。