――それは、キンギョソウが現在とは別の騎士団に所属していたころ。
次代を担う花騎士を養成する騎士学校では、定期的に現役の花騎士を招聘し、臨時の教師として教導を依頼している。
わずか数年ののちには彼らと並んで戦地に立たねばならない生徒たちにとって、実際の戦いに精通した現役花騎士の言葉や体験談、そして指導は、おおいに有効であると考えられているからだ。
「……そして、その教師にね。私が選ばれて、騎士学校へ派遣されることになったんだ」
どのような経緯を経て自分がその役に抜擢されたのか、まったく分からなかった。いや、むしろひょっとしたら、これは
でも、なんにせよ。キンギョソウ自身からすれば、実はそんなに悪い話でもなかった。
出世欲や自己顕示欲といった欲求は、誰もが持つものだろう。キンギョソウとて例外ではない。
そのためには騎士団に残って活躍するというのが、一番堅実であるに違いない。しかし、彼女の『ドクロ愛好家』な一面は誰からも共感を得られず、そのために避けられがちという面は見過ごせなかった。
時によってはあからさまと感じるほどに敬遠され、このとき所属していた騎士団では肩身の狭い思いをしていたのも事実なのだ。
趣味を除けば、キンギョソウはいたって普通の感性の持ち主だった。大きな望みがあるわけでもなく、ただ普通に認めてもらいたいし褒めてもらいたい。
……それならば。教師の役をみごとに勤め上げて、そちらで高い評価を得た方が、かえって花騎士として生きていくうえでプラスになるのではないだろうか。
「そうして、私はとある騎士学校に赴任して――」
そこで……出会ったんだ、あの子に。
はじめて会った、その瞬間から。
彼女に対してのキンギョソウの感想は――好印象以外のなにものでもなかった。
眼がキラキラと輝いている。こちらが臨時の教師でしかなくても素直に従い、話には真剣に耳を傾けてくる。
これまで他人に何かを教えるという経験がなく、また問題児ばかりいるところだったらどうしよう、などと不安も抱いていたキンギョソウにとって、その生徒はまさに理想的といえる存在ですらあった。
「その子の名前はねー。……って、うん。やっぱりヒミツにしておくよ。
だって言わないでいた方が、団長さんももっと気になるでしょ? それに、いつか……本人の口から、直接聞いてほしいと思うんだ」
でも、それじゃ話をつづけることができないから。
だから、そうだねー。仮に――『ツボミ』ちゃんということにして、話を進めるね。
ツボミちゃんとは、自分でもびっくりするほど気が合って。
教師と生徒というお互いの立場はあったけれど、そんなに年齢も違っていなかったし、意気投合するのは本当にあっという間だったんだ。
なにより一番嬉しかったのが、私のドクログッズを見て、かわいいって言ってくれたこと。それまでそんなことを言ってくれた人はいなかったし、これが「同志を得る」ってことなのかなーって、じーんと感動したのを覚えてるよ。
おまけにね、「わたしもこれから集めるようにしてみます!」なんて言われたら、もう舞い上がっちゃうよね。
学生寮のツボミちゃんの部屋にもよくお邪魔しちゃったけど、私と出会ったばかりのころは、すごく殺風景だったんだよね。……けっきょく最後までモノがあまり増えることはなかったけど、でもいつか一緒にドクログッズを買いに行こうね、って約束をしたりもしたんだよ。
ツボミちゃんとの仲がどんどんと深まっていく一方で――どこでも同じように、私の扱いは微妙になっていって。
他の教師の人たちはね、ほら、みんな大人だから。私もそれなりにうまく距離を取って接していたけど。でも、はじめは珍しそうに私のところへちょくちょく質問に来てた生徒が、しだいに近づいてこなくなっちゃったのは……うーん、ショックだったなー。
だけど、ツボミちゃんは違ってた。彼女だけは、ずっと私のことを慕ってくれて。
臨時とはいえ教師として来てよかったって、ツボミちゃんが顔を出してくれるたびに、何度も思ったなぁ。
これは、あとになってから知ったことなんだけど。
……ツボミちゃんも私と似たもの同士というか、仲の良い人がまわりにいなかったみたいなんだよね。
うーんとね、「真面目で厳しい委員長キャラ」っていうのかな? 教室内ではそんなふうに振る舞ってたらしいから、なかなか他の生徒が近づいてくれなかったみたいなんだ。
そうこうしているうちに、『実地訓練』の期間が始まって。
団長さんなら知ってると思うけど、実地訓練というのは、郊外で実際に害虫と戦って、本物の戦闘を学び、経験すること。といってもあらかじめ出没エリアを厳密に調査して、生徒たちでも相手が務まる程度の弱い害虫が集まるところを選別しているわけだけど。
現役の花騎士を臨時教師に招いているのは、この時のためと言われてもいるくらいで。私にとってもひとつの決算になるということで、すっごく張り切ってたんだ。
――でも。
いよいよ、実地訓練の当日を迎えて。
「うーん……」
その日の朝、私は「アレ」を感じていたんだ。
そう。私にはときおり、未来をなんとなく感じ取れるようなことがあって。
といっても精度というのかな、そういったのは機会ごとにさまざまで、ビジョンがはっきりと鮮明に浮かぶこともあれば、すごくぼんやりとしか見えてこないこともあるんだけど。
この時の未来予知は、後者のほう。そうだねー……まるで見当はつかないんだけど、ただはっきりと「悪い予感」というのだけが働いてたんだ。
「……って、こらー。武器を身に帯びたままよそ見してたら危ないよー!」
私のすぐ横を、今回の実地訓練に参加する生徒の何人かが走り抜けていった。
今日は特別に教室内への持ち込みが許可されているけど、普段ならもう少し彼らが経験を積むまでは、武器を持たせるのは屋外での訓練時のみと決められてるんだよね。実際、見ていてまだまだ危なっかしいなーと思える時もあったし。
「はーい!」と、その生徒はくるりと振り返って、こちらに頭を下げてから駆け去っていったけど。私の言葉に態度を改めようという気はなさそうだった。
このころになるとね。私の存在に慣れてきたってこともあるんだろうけど、同時に立ち位置もはっきりと分かってきたんだろうね。なにか注意をしても、素直に応じてもらえるということが、少なくなってきてたんだ。
だから、今の私ならね。そのあたりの団長さんの苦労についてなら、かなり分かってあげられるんだよ。へへー。
……このときの私は、ひどく緊張してた。しっかりやらなくちゃという、プレッシャーもあった。
実地訓練において参加者全員を束ねるのは、現役の花騎士。つまり私なんだよね。
今回は私にとって最初ということで、規模は小さなものだったけど。複数のクラスでまとめて行うこともあって、そのときはさらに臨時に指導する現役花騎士も増員されるんだよね。
でも、そんなときも、最終的な監督官であり責任者は、はじめに教師役として赴任していた花騎士になるわけで。
そんな私にとって数少ない救いのひとつは、やっぱりツボミちゃんの存在。彼女もこの実地訓練には参加することになっていて、それが私の気持ちをいくらか軽くしてくれてたんだ。
今回をファーストステップとして、成功すれば次回がある。つまり、それは私にとって、最前線で戦う以外の新しい道が開けるかもしれないということ。
抱えていた悪い予感は、だから頑張らなくちゃって気持ちで押し込めていたんだ。
たとえ、その予知の内容が悪いものではなく。明るくて、前向きなものであったとしても。
こんな肝心なときに何もできない……できなかった予感なんて。はじめから、なかったらよかったのに。
「――けっきょく、最悪な実地訓練になっちゃった。
ううん……それはもはや、訓練とすらも呼べなくて……」
言い訳になっちゃうかもだけど、手を抜いたわけじゃない。
私なりに全力で、充分に気をつけていたつもりだった。
「おかしな胸騒ぎがあったから、注意して生徒たちに接していたんだよ。
決して先走りをしないよう、必ず誰かとペアになって行動するように、って厳しく言ったりして」
最近は、たまに軽んじられることもあったけど。実戦という緊張感にも助けられて、いざ開始となると生徒たちは思ったよりも素直に従ってくれた。
たったひとり、ツボミちゃんを除いては……。
「……私、ツボミちゃんに甘えてたんだ。
彼女だったら、彼女ひとりだけは、いつでも私の指示に従ってくれる――そう思いこんでいたんだ……」
だって、今までずっとそうだったから。私が認めるほど真面目で、とてもいい子だったから。
でも……このときだけは、違っていた。
他の生徒たちの指導を意識するあまり、ついツボミちゃんの姿を背にしてしまった刹那――
「たああああぁぁぁッ!!」
「……え? ちょ、ちょっと待って、ツボミちゃんっ!」
これまで大人しかった彼女が、いきなり単身で害虫の群れに突っ込んでいったんだ。
それは、まさに「豹変」としか言いようがなくて。まったくの別人かと思えるくらい……普段の大人しさも、冷静さも、どこかに置き忘れてきたかのように。
武器さえも、ちゃんと扱えていない。振り回すどころか、むしろ逆に自分が振り回されている。
「あわてて私と他の先生たちが助けに入ったときは、もう状況は手が付けられないほどになっていて。
害虫との混戦からツボミちゃんを救い出せはしたけど……すでに大怪我を負っちゃってたんだ……」
◇ ◇ ◇ ◇
責めるでも、非難するわけでもない。
一言も口を挟むことなく、団長さんはただ黙って私の話に耳を傾けてくれている。
誰だって、過去の失敗や汚点で、他人に触れられたくないものを持っていると思う。なのに、今、それを団長さんの前でさらけ出しちゃっている自分。
そう考えると……本当、何やってるんだろうねー。
でも。
やっぱり、団長さんには聞いてほしいんだ。
最後まで、全部を。
「――幸い、ツボミちゃんの怪我は、命を失うほどじゃなかった。だから私は、心底ほっとしたの」
ほっとして、それから絶望した。
「……一命は取り留めたけど、片方の脚に大きな障害が残って。歩行はできても、俊敏な動作はもう無理、ってお医者さんに言われたんだ。
それって……花騎士としては、もうダメってことなんだよね……」
それから彼女は騎士学校から姿を消し、隣に併設されていた医療施設内の一室で日々を過ごすことになって――
それとほぼ時を同じくして、私の元にも責任者として教師の任を解くという内容の辞令が届いたものの……そんなのは、もうどうでもよかった。
「……本当に心配するべきだったのは、他の生徒じゃなくて、ツボミちゃんだったんだ。
だけど私は、それに気づけなかった。悪い予感は感じとっていたのに、それ以上に大切なことは、なんにも気づくことができなかったんだよ……」
このときになってはじめて知ったことだけど、ツボミちゃんが花騎士を志した理由。
それは、両親が害虫に殺されたことにあったんだ。
花騎士の定期的な巡回が得られ、比較的安全といわれていた郊外の農地。収穫も安定し、平穏だった彼女の生活は――ある日突然、のちに異例中の異例と記録された害虫の局地的な大量出現によって、一気に過去のものとなってしまった。
以来、害虫を前にすると復讐心にかられ、人が変わったようになってしまって……。
普段の騎士学校では優等生そうに振る舞っていても、実は過去にも別の実地訓練で今回と同じような大失敗をしでかしたことがあるのだという。
でも、そんなの。今になって知ったところで……なにもかも、手遅れじゃない。
害虫に襲われて命を落とした両親が蓄えていたお金と、そして農地を全部手放したことで、これまでの騎士学校の学費と今後の療養生活はまかなうことができたけど。
でも、あの日以来。ツボミちゃんは、私と会ってくれなくなってしまった。
……そりゃそうだよね。私みたいな注意力に欠けた相手を教師に仰いだおかげで、両親の仇となる害虫と戦うことができなくなっちゃったんだから。
私が毎日面会の要望を診療担当の人に提出しても、返ってくるのは本人がかたくなに拒絶しているという答えだけ。
ただ。私のことを恨んだり、憎んでいる、といった様子ではないらしい……というのも、毎回付け加えられていて。
なんで? どうしてなの?
私のせいで未来を奪われたと、恨まれたって仕方がない。失った希望を返してほしいとか、どんな言葉を浴びせられても言い返せない。そう、覚悟しているのに。
――教師を解任され、所属していた騎士団へ戻る前に。
せめてその理由だけでも知りたい、と私は思ったんだ。
……そして。
その日は、突然にやってきた。