3-1 イフェイオンからの苦言
「はああ……っ! 駆逐してやるっ!」
頭上から惜しみなく注がれる陽光を受け、長大な刀身がまぶしいほどの輝きを周囲にふりまきつつ。
まるで優雅に踊り咲く舞いを見せるかのように、戦場を駆ける。
大剣を自在に操るは、ひとりの少女。
左右の手でしっかりと柄を握り締め、全身にみなぎる闘気を送りこむように念じると、それに応えた刀身が紅蓮の炎に包まれた。
自身の背の高さと同じほどもあろうかという、巨大な剣。にもかかわらず、軽々と扱っているそのさまは、重量など少しも感じていないかのようだ。
普通では、とうてい考えられない事象。しかしそのことが、彼女が世界花の加護を受けた花騎士であることを、なによりも雄弁に物語っていた。
紅く燃えたぎった大剣を一閃する。同時に、彼女の進路を阻んでいた数匹の害虫が一気に両断、あるいは炎に巻かれてゆく。
小型の、いわゆるザコに相当する害虫ではあるけれども、一撃でこれだけの数をまとめて掃討してしまうのは、さすがという他に言葉がない。
先陣を切る彼女の一撃で、前方にひしめいている害虫は数を大きく減らした。しかし運良くその攻撃をまぬがれた害虫が、まだ数匹ほど残っている。
害虫の巣だった。
強敵となりそうな大型の害虫の姿は見えないが、とにかく数が多い。
一匹ごとの脅威は薄くても、これほどの多数がそのまま付近の町や村に押し寄せてくれば、被害は計り知れないものになるのは目に見えていた。
「まだまだ……。一番になるには、こんなくらいじゃ……」
視線を向ける。
森の奥。まだほんの一角を崩しただけで、そちらの方にはいくつもの小型害虫が群れをなしている。
再び大剣を構えなおす。戦闘は始まったばかりで、身体は軽い。
――世界花。
花騎士の源泉であるその恩恵が全身いっぱいに広がっていくのが、深く実感できた。
◇ ◇ ◇ ◇
……どのように、自分は行動するのが最適なのだろう?
提言という形で言葉に出して、白日のもとに
迷ったのは――しかし、少しの時間だけだった。
「……つまり、モミジの戦い方には本人の意識的な改善が必要、と。そういうことね?」
念を押すように言われて、渋々ながらイフェイオンはうなずいた。
軽率すぎたかと後悔の念が襲ってくるも、すでに口にしてしまったとあってはどうにもならない。
今回の害虫討伐に参加した花騎士は、イフェイオンにモミジ、スズランノキ。
そこに指揮官として彼女たちが所属する騎士団の団長が帯同して、つごう4名。
そして今は、現地からの帰還の途中だった。
ごく普通の人々が生活する安全圏に入ると部隊は二分され、他にも雑事を抱えているらしい団長は寄るべき場所があると、モミジのみを連れて行ってしまった。
先に騎士団の拠点へ戻るように言われた、イフェイオンとスズランノキ。その途中で、イフェイオンは胸中に抱えたものを、つい表面に出してしまったのだった。
「独断と強行が過ぎる、ね。まあ、たしかにそこは否定できないところよね」
横に並んで歩くスズランノキが、腕を組みながらイフェイオンの指摘に同意する。
「……さっきの戦い、明らかにモミジはひとりだけ突出しすぎていた。あれじゃ隊列も何もあったもんじゃないと思う」
一度明らかにしてしまった以上、もう後には引けない。
中途半端な指摘で濁すより、もはやしっかりと自分の意見を伝えるべきだろう。
「固まって戦う、のが必ずしもベストであるとは限らない。でも、あれだけ遠くに離れてしまうと、団長の指揮だって本人に届くかどうか分からなくなる」
「なるほど、ね……」
団長――という言葉を口にした瞬間、かすかに苛立つのをイフェイオンは自覚した。
そしてまた、彼女に同意の姿勢を示しながらも決定的な言葉をひとつも返してこないスズランノキの態度にも、さらに苛立ちがつのってくる。
(団長は……寄り道の同行者にモミジを選んで。自分を、どうして選んでくれなかったのだろう……)
――自分には足りないものが、まだまだたくさんある。
ひょっとしたら、実力すらモミジに及ばないかもしれない。紅蓮とともに舞う彼女の戦いぶりを見れば、一部ではそれを認めざるを得ない。
認めざるを得ない、けれど。……それでも。
「わたしはずっと団長のそばで戦っていた。だから見たの。倒しそこねた害虫が、何度か団長を狙ってこちらに寄ってきたのを」
あのときは先陣をモミジ、中央をスズランノキが担い、そして後衛に団長とイフェイオンという隊列だった。
とにかく、必死だった。
団長の身に危害が及ぶようなことは、決してさせない。モミジの深入りを止めようとするスズランノキの声が耳に入っても、イフェイオンは何もできなかった。
横合いから、死角から、隠れ潜んでいた害虫が襲いかかってきたらどうするのか。そんな不意の攻撃を警戒して、団長の周辺に注意力の大半を割かねばならなかったからだ。
もっと別の戦い方があったのではないか、と思う。なにより団長の安全が軽視されたことが、彼女のなかで強い憤りになっている。
団長の身を守る――その大前提は、イフェイオンがこの騎士団に配属されてから、変わることなく強く抱きつづけている決意だ。
なぜ、そうするのか。理由は……昔と今と、まるで正反対なものへと大きな変化を遂げてしまっているけれど。
(わたし、どうしてこうなっちゃったんだろう……)
本気で、団長を守りたいと思う。
ずっと、いつまでも……今はただ、あの人を守り抜きたい。
いつしか――イフェイオンは望むようになってしまった。あの人の温かさに、少しでも多く触れたい、と。
だからこそ。そんな団長の身をないがしろにするようなモミジの猪突ぶりが、イフェイオンには不満なのだ。
「もし団長が倒しそこねた害虫に襲われて、怪我をしたら。害虫は倒せても団長の身になにかあったら、それは敗北と同じことだと思う」
「……さっきから団長団長って、えらく気にするねえ?」
こちらを見、からかうように言うスズランノキ。それに反論するよりも先に、かあっと自分の顔が赤くなるのをイフェイオンは感じた。
しかしスズランノキから、それ以上の追及はなく。かわりに返ってきたのは、打って変わって真面目な口調だ。
「そりゃ、私たち花騎士とは違う。だけど団長だって、ちゃんと大人なんだよ。それなりの戦闘訓練も受けてる」
「でも、だからといって害虫と対等に渡り合えるわけじゃない。団長に迫る危険を放置していい、なんてことはないはずだよ」
「まあ、そりゃそうなんだけどねえ……」
それに――守らなければならない後方の相手は、なにも騎士団長だけとは限らない。害虫に抵抗する
そう。まさしく、イフェイオンの両親のように……。
一足飛びの戦術を完全に否定するつもりはない。しかしながら堅実な作戦は常にそれに勝る、とイフェイオンは思っている。後方の安全を考慮しなければならないような状況にあるのなら、なおさらだ。
一歩ずつ、駒を進めるように。そうした戦い方でも、いずれは敵の王将の足下までたどりつける。一気に玉座に飛びかかった結果、もし退路を遮断されたらどうするのか。
「イフェイオンの心配はさ、私だってまったく考えてないわけじゃないんだよ」
「だったら……」
「……分かった。私から、ちゃんとモミジに伝えて……」
「……待って。それだけじゃ駄目」
小さな嘆息とともに、やがて根負けしたかのようにうなずくスズランノキ。
けれどイフェイオンは、彼女の言葉を途中で制した。
「ここまでわたしが言って、それでリスクをひとつも負わないのは卑怯、だと思うから。スズランノキの考えじゃなくてわたしの意見だということも、ちゃんと伝えて」
そして。
さらにもうひとつ、付け加える。
身内のアドバイスとは、はっきりと違う。
赤の他人からの意見のほうが、きっとモミジの心にも響くだろうから――