空に浮かぶは大きい雲(ありふれ世界編)   作:あろえよーぐると

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おや、原作の様子が……


ベヒモス(第6話)

 そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 グランツ鉱石とは、宝石の原石みたいなもので特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

 

「素敵……」

 

 香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが……

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けて身軽に崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。

 

「こら!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」

 

 しかし、檜山は聞こえないふりをして鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長!トラップです!」

「ッ!?」

 

 しかし警告は一歩遅く檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。その様子を冷静に見つめる歩太とリニス。

 

「私達はこのままで良いとして他の方は……」

「見捨てる訳にはいかんので助ける方向で行くぞ。何人かは吹き飛ばしたらイケるか……? 詠唱はメンドイ──〝旋華(せんか)〟」

 

 生徒達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 

 生徒達は空気が変わったのを感じた。次いでドスンという音と共に地面に叩きつけられクラスメイトのほとんどは尻餅をついていた。

 

「十二、三人くらいは間に合ったみたいだな」

「あの……南雲さんを手で掴んで投げてませんでした?」

「あぁ。念入りに気絶させてから投げ飛ばしたな」

「私、思わずビックリしたんですよ?」

「いや、だって主人公だぞ?気絶してなきゃここまで意地でも到着するかもしれないだろ?折角の離脱ポイントで邪魔されるのは嫌だから不確定要素は消しときたかったんだよ」

 

 先ほどの魔法陣は転移させるもので歩太達が転移した場所は巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはあり天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がって落ちれば奈落の底といった様子だ。

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、歩太達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ奥へと続く通路と上階への階段が見える。それを確認したメルドが、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がってあの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 慌ただしく逃げようとするが、階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現した。更に通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が現れた。巨大な魔物を呆然と見つめるメルドの呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 

 ◆◆◆◆

 

「うん、まさに阿鼻叫喚だな」

「皆さん、混乱のまま武器を振っているので非常に危険です。能力が高いために何とかなっている状態ですが、それもいつまで保つか……」

 

 歩太とリニスは先程から手を動かしながらトラウムソルジャーという魔物を処理しながら情況を整理していた。

 通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の小さな無数の魔法陣からは骨格だけの体に剣を携えて溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚も増え続けている。しかしも数百体のガイコツ戦士の反対側の通路で十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現した。メルドが呟いたベヒモスという魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう。俺達も……」

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物。かつて、最強と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

「見捨ててなど行けない!」

 

 どうにか撤退させようと再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 

 そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する 神の子らに絶対の守りを ここは聖域なりて 神敵を通さず──〝聖絶〟!!」」」

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。

 その一方で歩太達はトラウムソルジャーを処理しながら個別に生徒達に声をかけて多少落ち着かせることに成功して少し余裕ができていた。

 

「んじゃ、そろそろ行ってくる」

「私は歩太が落ちる所に叫びながら向かっていけば良いんでしたよね?」

「最悪、無理そうだったら連絡してくれ。俺の方から()ぶから。じゃあ行くぞ──恵里」

 

 歩太に名前を呼ばれた少女…中村恵里はとある事件をきっかけに霊力に目覚めてしまい、その危険性もあって一年前から歩太に弟子入りという形で共に過ごしている仲である。

 

「えっ?あの……落ちるってボクも一緒にってことなの、アユ君?」

「さぁしっかり掴まれよ、一気に向こうまで跳ぶから」

「ちょ、まだ答えてもらってな──キャヤァァアアア!?」

 

 歩太は素早く恵里の腰に手を回して跳躍した。

 

「どんまいです、恵里」

 

 

 ◆◆◆◆

 

「ええい、くそ!もう保たんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。

 しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。

 その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝はどうしても納得できないらしく、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているようだ。

 

「光輝!団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ?付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

「状況に酔ってんじゃないわよ!この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

 苛立つ雫に心配そうな香織。

 

 眼前の危険を前にして時間を無為にし、障壁として張られていた〝聖絶〟は間も無く限界を迎えた。

 

「下がれぇ──!」

 

 メルドの悲鳴と同時に障壁が砕け散り、暴風のように荒れ狂う衝撃波が騎士団と光輝達を襲い吹き飛ばされ倒れ伏し呻き声を上げる。

 衝撃波の影響でベヒモスの近くにいた全員が倒れていてすぐに身動きが取れないようだ。ベヒモスは雄叫びを上げながら此方に向かってくる。

 

「グウゥアアアア!!」

 

「──〝縛光刃〟〝縛煌鎖〝。よし…やれ、恵里」

「ああもう!──〝落妖(らくよう)〟!!」

 

 その時、二組の男女が光輝達の前に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・原作登場魔法
■縛光刃(ばくこうじん)…光の十字架を飛ばして対象を捕縛する光属性魔法。
■縛煌鎖(ばくこうさ)…無数の光の鎖を伸ばして対象を捕縛する光属性魔法。
・当作品オリジナル魔法
◼️旋華(せんか)…突風を起こして相手を吹き飛ばす魔法。←歩太はこのあと離脱するからバレても問題ないという意識でステータスプレートに無い風属性魔法をトラップの魔方陣から切り離すためにしれっと使った。
■落妖(らくよう)…闇色の魔力光を相手に放ち、意識を混濁させて気絶させる闇属性魔法。

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