影大名~徳川家康の影武者、主君の跡を継ぎ天下を臨む 作:ひいちゃ
徳川家康が忍びの手によって斃れ、世良田二郎三郎が徳川家を継いでから半年。
その二郎三郎の姿は、岡崎城の門の前、馬の上にあった。
その彼に、同じく馬上の本多忠勝が感嘆して曰く。
「さすがだな、二郎三郎。半年で準備を整えるとは」
そう、後を継いでからの二郎三郎の手腕は流石な一言であった。
彼は、織田の対徳川の前線拠点である清州城を攻略すべく、迅速に様々な手を打っていた。
領内の開発。
領内にある未支配集落の制圧。
兵の募兵と、前線である岡崎への有力武将の移動。
それらを、二郎三郎は主君であった家康に匹敵する手腕でこなしていった。
だが、その彼は表情を崩さずに返した。
「褒められることはしていない。それに、俺の手際など、亡き殿に比べればまだまだ及ばん。家康様なら、俺よりずっと迅速にことをなしていただろう」
そして、本多正信のほうを向き、質問を投げかける。
「それで正信、清洲城のほうはどうだ?」
「残念だが、お前の読みが当たってしまったようだ。織田も清洲城に兵力を集中しつつある。今のところ、集結している兵士は二万。豊臣や本願寺、松永への対処もあるが、それでも時間をおけば、この兵力はさらに膨れ上がるだろう」
苦虫をかみつぶしたような表情の正信の報告を聞き、二郎三郎は得心したようにうなずいた。
「やはりそうか。ならばやはり、今のうちに潰すのが得策だな。それでは行くぞ、忠勝。正信、城の守りを頼む」
「心得た。ご武運を」
「はっ!!」
勢いよく返事を返した忠勝であったが、二郎三郎にすべてをゆだねたとはいえ、彼の胸にはまだわずかながらではあるが不安があった。
二郎三郎の手腕は大したものであるし、それは徳川家中の者全てが認めるものがあるが、それはあくまで内政や調略、兵站など、あくまで実戦以外でのもの。
合戦での指揮は、今まではずっと家康が執っていたので、誰も二郎三郎の采配を見る機会はなかったのである。
果たして二郎三郎の戦術能力はいかほどのものか。それによって徳川の今後が決まる。もし、この戦いに負けることがあれば、徳川は対織田戦において、極めて不利な状況を押し付けられることになる。そして何より、ここで織田相手に不利な戦いをするようでは、織田を倒し、並み居る強豪を打倒して、畿内を制圧することなど不可能、夢のまた夢だ。
だが、不安を感じつつも、忠勝はこの戦いに臆してはいなかった。
主君の戦術能力の不足は、自分の奮闘で補えばいいと割り切っていたからだ。そして二郎三郎のためなら、いくら奮闘し、命を賭けてもかまわないとも思っていた。
忠勝は、長年愛用してきた槍をぎゅっと強く握りしめた。
* * * * *
「殿! 敵迎撃部隊、撃退しました!」
「よし、このまま前進。清洲城の攻略にかかる」
「はっ!」
二郎三郎の指示を受け、伝令が他部隊へと走っていく。
織田軍との緒戦は、三河国と尾張国の国境近くで行われた。
清洲城から出てきた稲葉一鉄の足軽隊に対し、徳川軍は前衛の足軽隊と、後衛の鉄砲隊とで迎え撃つ。
鉄砲隊の一斉射撃を受けた稲葉隊はたちまち崩れ、ほうほうのていで清洲城へと引きかえしていった。
まずは緒戦を白星でかざった二郎三郎。だが、問題はそこからだった。
清洲城の門は堅牢で、徳川軍はその突破に苦戦していた。さらに。
「大殿! 織田の鉄砲隊が城壁に現れました!」
「むぅ……」
物見(偵察)の報告を受け、二郎三郎はかすかにうなった。徳川家に仕えるまで、鉄砲を片手に傭兵稼業をしてきた二郎三郎は、その厄介さをよく知っていたのだ。
(俺も鉄砲を使ってきたからわかるが……拠点に居座る鉄砲隊ほど厄介なものはない……)
そう、城攻めのうえで鉄砲隊ほど厄介なものはない。
こちらが必死に門をたたき壊しているさなか、向こうは無傷な鉄砲隊が頭上から無慈悲に鉛の雨を雨あられと浴びせてくるのだ。現に今も、清洲城の門を攻撃している足軽たちが銃弾を受け倒れていた。
(このままでは、勝てる目はない。家康様ならこの状況、どうしただろうか……そして俺なら……)
そこで一つ、二郎三郎の頭に浮かんだことがあった。それは、城攻めが得意な家康の戦いを見てきて、さらに鉄砲を知り尽くしていた彼だったからこそ浮かんだ妙案であった。
すぐさま、彼は傍らの本多忠勝に命じた。
「忠勝、ただちに足軽隊を後退させろ。信康殿の鉄砲隊もだ」
「後退だと!? 二郎三郎、どういうつもりだ!?」
忠勝が目を剥き、大声で聞き返してきた。やはり、二郎三郎の戦術能力はからっきしだったのか、と、失望と衝撃が声に大きく表れていた。
だが、二郎三郎はあくまで冷静であった。
「心配はいらん……俺を信じろ」
「御意……」
かくして、二郎三郎の号令一下、徳川軍は清洲城の門から離れていった。
徳川軍が撤退したと誤解した織田の鉄砲隊は、それを追撃して殲滅すべく、門を開けて清洲城を出陣する。
だがそれこそが、二郎三郎の狙いであった。
「いまだ! 全軍反転! 城を出てきた敵鉄砲隊を撃滅せよ!」
徳川軍の動きに織田の鉄砲隊が気付くが時すでに遅し。あわてて戻ろうとする織田軍に徳川軍の足軽隊が猛禽のごとく襲い掛かっていき、鉄砲足軽たちをなぎ倒していった。さらにそれを、鉄砲隊が支援する。
そう、それが家康の戦いと、自らの戦いから導いた、彼の答えであった。向こうが堅い城で守られているなら、奴らをその外におびき出せばいい。
その結果がどうなるのかは、今目前で行われている通りだ。
足軽隊の奮闘と、鉄砲隊の射撃で、織田の鉄砲隊はたちまち壊滅。生き残りの多くは命を惜しんで四方に散り、残りは慌てて城内に退却していった。
それを追って、徳川軍も再び清洲城の門に殺到する。だが今度は、先ほどまでと違い、迎撃部隊は出てこなかった。
「大殿、足軽部隊が門への攻撃を開始! 城からの出撃はない模様です!」
「そうか、清洲城はこれまでだろう。あとは城を攻略するのみ。引き続き城への攻撃を続けよと各隊に伝えよ」
「はっ!」
伝令に指示を飛ばす二郎三郎を、忠勝は感嘆と尊敬のまなざしで見つめていた。彼の表情からは、先ほどまでの失望の色はすっかり消え失せていた。
(こやつ……大殿以上かもしれぬ……)
ほどなくして、清洲城は落城した。城将である滝川一益は、仕官を拒み処断。
二郎三郎は織田領への橋頭保である清洲を手に入れ、さらにその力量を各国に知らしめたのであった。
だが、これはこの後も続く戦いの、ほんの一歩に過ぎないのだ。