影大名~徳川家康の影武者、主君の跡を継ぎ天下を臨む 作:ひいちゃ
1590年12月。徳川軍は雪降る中、美濃岐阜城へ出陣した。
織田軍が余剰兵力を清洲城に集中させていたため、その後方の岐阜城にはさほど兵は残されていなかった。
そこを突いての作戦だ。
果たして。岐阜での戦いは、終始徳川の有利に進んでいった。
城の織田軍は弓や鉄砲を射たり、岩を落としたり、お湯をかけたりして、徳川軍の寄せ手を防ごうとするが、やはり数の差は大きい。織田軍は、完全に後手に回っていた。
徳川軍陣地。床几に座った世良田二郎三郎に、その傍らに立つ本多忠勝が声をかける。
「二郎三郎。戦局は優勢なようだな。この分なら、そう時も経たずに落とすことができようぞ」
「うむ……」
だが、天下布武の始まりの地を黙って渡すほど、織田信長は甘くない。
徳川軍の陣地に、一人の物見が駆け付けたのは、城攻めを始めてから数日経ったころのことであった。
「ご注進! 長浜城より、織田信孝率いる軍勢、桜洞城より、柴田勝家率いる援軍がこちらに接近しております!」
忠勝が二郎三郎に視線を向ける。この援軍はこの岐阜攻めに対して大きな障害となりうる。最悪、城兵と援軍とで挟撃されれば、今までの形勢は逆転。敗北の淵に叩き込まれるのは、こちらのほうになりかねないであろう。
「どうする、二郎三郎?」
「その援軍を遅らせることができれば、その間に落とすことができるだろう。岡崎に詰めている正信に信孝勢を足止めするよう伝えてくれ」
「御意」
忠勝はうなずき、伝令に岡崎への言伝を命じる。清州城攻めでの二郎三郎の手腕を見て以来、彼……いや、徳川軍のすべての将は、戦術においても、彼の手腕に大きな信頼を寄せていた。
果たして。
二郎三郎と忠勝からの言伝を受けた本多正信はただちに事を起こした。
岡崎城から忍びたちが発し、山を、森を駆け、織田の援軍へと走っていく。
一方の織田側援軍・柴田勝家勢。
「柴田様! 後方部隊が何者かにかく乱され、その影響で、進軍が滞っております!」
伝令からの報告を受けた柴田勝家は、若干の動揺を表情に浮かべはしたものの、さすがは歴戦の闘将。表情から動揺を消し、決然と指示を飛ばした。
「徳川め、やりよるわ。各隊の頭は、隊の混乱を収拾することに専念せよ。混乱している兵を縛り上げてもかまわん。それと、隊の中に忍びが紛れ込んでいるはず。そいつらをあぶりだせ。奴らを斬れば混乱は収まるはずだ。しかるべき後に、進軍を再開するぞ!」
「ははっ!!」
この勝家の処置で、ほどなくして柴田隊は進軍を再開した。迅速に軍の混乱を回復させたことはさすがだが、混乱を収拾させるために費やしたこの時間は、岐阜城の命運に致命的となったのであった。
一方、織田信孝の軍勢では事情と様相は異なっていた。
「な、なに!? 各隊が混乱しておると!?」
「はっ! 徳川方の忍びの工作により、各隊は混乱。進軍どころではなくなっております!」
その報告に、信孝の表情は恐怖と焦り、混乱に彩られ、彼はかんしゃくを破裂させた子供のように叫んだ。
「このまま岐阜城を奪われたとあっては、父上のお叱りを受けるのは必至ぞ。なんとか立て直せ! 無理でもやるのだ! 方策はおのおのの隊が好きにやれ、とにかく立て直すのだぁ!!」
その信孝の指示になっていない指示に、伝令も近くの武将も、失望の色を強く浮かべていた。
怒りと焦りだけを載せ、何の方策も示さずに、ただ立て直すことだけを命じるその指揮は、とても名将とは言えぬものであった。
この時、信孝勢の諸将に、彼への不満と不信が生まれたことは言うまでもない。
一方の徳川軍の陣。
忍びからの報告を受け取った二郎三郎と忠勝は、ともにうなずいた。
「どうやらうまくいったようだな。柴田のほうは、すぐ立て直したようだが」
「だが、十分な時間は稼げた。今のうちに城を落とす!」
二郎三郎の采配を受け、徳川勢はさらに激しく岐阜城を攻め立てる。
岐阜城はたちまち陥落した。二郎三郎はさらに、次の一手を放つ!
柴田勝家の陣。
「柴田さま! 岐阜城が落城! さらにその岐阜城から、徳川信康率いる鉄砲隊が我が軍勢に向かってきております!」
そう、徳川軍は陥落した岐阜城に入城。それからまだ戦える兵を選りすぐり再編成して、柴田勢迎撃へと出てきたのだ。この手際のよさに、勝家は舌を巻いた。だが、こちらもそうやすやすとやられるわけにはいかない。
「おのれ徳川め……! きっと奴らに我らを逃がす気はあるまい。一か八か敵を迎え撃ち、死中に活を見出して撤退するぞ!」
柴田勢は城の正面、尾張方面から徳川軍に迫ろうとしていた。やはり、城兵と敵を挟撃する考えだったのだが、それが裏目に出た。
信康隊は正面から出るのではなく、城の東、飛騨方面から柴田勢の側面を突くような形で出陣してきたのだ。これにより柴田勢は、この信康隊を突破しなければ桜洞城に戻れなくなった。
かくして、柴田勝家率いる織田の援軍は、猛然と信康勢に突進していった。だが信康隊の鉄砲の連続射撃と、さらに城からの攻撃が柴田隊に多くの出血を強いる。また、退路をふさがれてしまったことによる兵たちの動揺も大きい。
激戦が繰り広げられたが、結局、徳川軍の勝ちに終わった。勝家自身はなんとか逃げ延びたものの、勝家隊は壊滅してしまったのである。
ちょうどそのころ、織田信孝勢。
「若殿! 柴田勝家殿の軍勢が壊滅! 幸いにも柴田殿は脱出なされましたが、隊は壊滅いたしました!」
「若殿、いかがなさいます!?」
物見の報告と、副将の氏家卜全からの問いに、織田信孝が返したのは、さらに彼らを失望させる答えであった。
「こうなったら是非もない! 美濃西部の集落を奪って撤退するぞ!」
その指示に、氏家が異を唱え、信孝を抑えようとした。
「お待ちください。その作戦、確かに理にかなっております。されど、奪った集落の近くに砦を立てなければ、奪ったところで奪い返されるだけでございます。しかし、この状況です。砦を立てる余裕はありませぬぞ。ここは余計な労力は使わず、速やかに帰還して次戦に備えるべきと愚行いたしまするが」
氏家の異論はもっともだが、信孝はかんしゃく持ちの子供のように喚き散らして、再び命じた。
「ええい、黙れ黙れ! このままでは面目なしのうえに、わしの腹の虫がおさまらん! とにかくわしの言う通りに動けぇ!!」
「……」
これに、氏家他信孝勢の諸将は困惑し、信孝への不信不満をさらに募らせたことは言うまでもない。
かくして、信孝勢は美濃のいくつかの集落を制圧し、そのまま長浜へ引き返していった。それらの集落を、すぐさま徳川が取り返したのは言うまでもない。
そして、これらの戦いで、徳川軍はわずか一年にして、織田家発祥の地・尾張清州、そして天下布武の出発地・美濃岐阜の二つを奪うことに成功したのであった。