影大名~徳川家康の影武者、主君の跡を継ぎ天下を臨む 作:ひいちゃ
徳川が攻略したばかりの長浜城に駆け込んだ物見。
それは、さらなる激闘と徳川最大の危機の予感を感じさせるものだった。
最初の物見、曰く。
「殿、織田軍が安土城から出陣! 北近江の我が集落を狙っている模様です!」
次に駆け込んできた物見は言った。
「桜洞城より、本願寺軍が出陣! 岐阜城に向かっております!」
さらにそこに、新しい物見が駆け込んできて伝えた。
「ご注進! 豊臣軍が動きました! この長浜城に向かっております!」
報告を受けた徳川家当主・世良田二郎三郎は、ただちに諸将を長浜城の大広間に集めた。
大広間に集まったその諸将とも、不安と緊張を表情に貼り付けていたことは言うまでもない。
そんな中、本多忠勝がうめくように言った。
「西からは織田・豊臣に、東からは本願寺か……」
そう、徳川は東西の両方から挟撃を受けるという、かつての織田が陥ったような窮地に陥ったのだ。
「むむぅ……」
と唸ったのは、井伊直政である。今のこの状況は、彼でも緊張するほどのものであった。
腕を組んだまま動かない二郎三郎。その彼に、忠勝が問いを投げかけた。
「どうする、二郎三郎?」
二郎三郎は、その態勢のまま緊張に固くなった声色で答える。
「この戦い……もしかしたら勝つことはできぬかもしれんな……。少なくとも、多大な損害は覚悟せねばならんだろう……」
そして続ける。
「だが、守りきり、乗り切らねばならん。皆、命を俺に預けてはくれないか?」
返ってくる答えは決まり切っていた。
忠勝が即座に答える。
「答えは決まっておるわ。お前に亡き大殿の代わりを頼んだときから、我らの命はお前のものだ」
続けて、今は亡き家康の子である若武者・信康が答えた。
「父上の夢、戦のない世の中を作るため、私の命、二郎三郎様に預けましょう」
それに続けて、榊原康政も答える。
「それがしも同じ気持ちです」
他の諸将も、皆そろってうなずく。それは、彼らがみな、自らの命運を二郎三郎に託すことを意味していた。
それを受けた二郎三郎はうなずくと、腕を解き、立ち上がった。
「かたじけない……それでは信康。ただちに岐阜城に赴いてくれ。飛騨と美濃の国境付近には砦がある。岐阜城からの鉄砲隊をその砦の後方に配置して、砦を盾にして、鉄砲射撃で敵を迎撃するのだ」
「はっ!」
そして続いて、二郎三郎は忠勝と直政に顔を向けた。
「俺と忠勝、直政はこの城で織田・豊臣両軍を迎撃する。物見の報告では、織田軍は少数。おそらく、我らに奪われた集落の奪還が目的だろう。これを迎撃して追い払ったあと、その足で豊臣軍を迎撃する。
かなりの激戦が予想される。二人とも、油断するな」
「はっ!」
「御意!」
最後に、二郎三郎は大声を張り上げて、皆を叱咤した。
「今度の戦いは、今までの中で激しい激戦になるだろう。だが必ず生きて、ここの大広間で会おう」
その言葉に、本多忠勝をはじめとする諸将は声をそろって、「おおっ!」と気合の声をあげるのだった。
* * * * *
かくして作戦は始まった。信康は急ぎ岐阜城に戻ると、鉄砲隊を編成して本願寺軍を待ち受ける。
そして本願寺軍が現れる。本願寺軍が砦の攻撃を開始すると、信康は采配を振るって命じた。
「よし今だ! 射撃を開始せよ!」
信康隊から一斉に火縄銃が放たれる。だが、この時はいつもとは違った。
「若殿! 本願寺軍には鉄盾が配備されている様子! こちらの射撃の威力が減じられています!」
そう、本願寺軍の足軽たちは鉄盾を持っていた。それが徳川軍の銃弾を防いでいるのだ。
中には盾を貫かれて倒れる者もいるが、それでも徳川軍の鉄砲隊の威力は、大きく削がれていた。
「さすがは本願寺の鉄砲坊主ども。対策を用意していたか……。だが、こちらにはこれしか打てる手がない。とにかく撃ち続けよ」
「はっ!」
信康隊と砦の徳川兵は、必死に砦を攻撃する本願寺軍に鉛の弾を浴びせていく。
だがついに。
「若殿、砦が破壊されました! いかがなさいます?」
「ここで引くわけにはいかん。なんとか踏みとどまり、奴らを撃退するのだ!」
そして乱戦になった。本願寺兵に襲い掛かられた鉄砲足軽は、慣れない刀を振るって応戦し、手の空いている者は、味方に襲い掛かっている本願寺兵や、なおも接近してくる本願寺兵に火縄銃を放ち続ける。
信康もあるときは、首を狙って襲い来る本願寺兵を切り捨て、またあるときは敵に向けて鉄砲を放ち、まさに修羅のごとき戦いを演じていた。
多くの血が流れ、屍が横たわった。それは徳川軍のものかそして本願寺軍のものか。
だが、その奮闘がついに報われるときが来た。
「若殿! 本願寺軍が撤退していきます!」
そう、少なくはない、むしろ大きな犠牲を払いながらも、信康はついに岐阜城を守り切ることに成功したのだ。
報告を受けた信康は安堵を浮かべることなく、西のほう……長浜のほうを見つめてつぶやいた。
「なんとか守り切ったか……。二郎三郎様はご無事だろうか……?」