影大名~徳川家康の影武者、主君の跡を継ぎ天下を臨む 作:ひいちゃ
第二次長浜合戦を、大きな損害を出しながらも耐え抜いた徳川家。
その徳川家を預かる世良田二郎三郎は、その後一年半を軍備の再建に費やした。
だが織田も豊臣も同じだけの時間を費やして軍備の再建・増強に費やしており、徳川家が軍備を再建してからも、この三勢力は三すくみのにらみ合いを続け、戦況はいっこうに動く気配がなかった。
1594年6月、三河の岡崎城の天守から岡崎の町を見下ろす二郎三郎に、本多忠勝が問うた。
「二郎三郎、どうするつもりだ? このままにらみ合いを続けていては埒があかんぞ」
二郎三郎はその問いに、顔を忠勝に向けることなく答えた。顔を上げ、まるで空の下の未来を見通すように。
「わかっている。このままにらみあったままでは、織田も豊臣も前線の兵力を増強させて、攻略は困難になるだろうことはな。……動くか」
「すでに腹案があったようだな。わしが心配することではなかったか」
その忠勝の言葉に、ようやく二郎三郎は彼のほうに向きなおった。そしてかすかに微笑んで曰く。
「いや、心配はとてもありがたい。諸将を大広間に集めてくれ」
「心得た」
そして岡崎城大広間。
やってきた二郎三郎の前には、忠勝や榊原康政をはじめとした諸将が勢ぞろいして待っていた。
彼らの前に座った二郎三郎はさっそく口を開く。
「これよりわが軍は、本願寺を攻略すべく、飛騨に出陣する。
現在、本願寺は豊臣と激戦を演じており、戦況は豊臣軍有利にある。
このまま放置しておけば、本願寺は豊臣に吸収され、豊臣の戦力はさらに拡充してしまうだろう。その前に本願寺を攻略し、少しでも戦況を有利にする」
「おぉ……」
二郎三郎の作戦に、諸将の中から感嘆の声が上がる。
「本願寺攻略軍は、俺と忠勝が指揮をとり、岐阜城の兵で編制する。まず、岐阜との国境にある牧戸城を攻略し、その勢いで桜洞城を攻め取る。長浜城の兵は、康政の指揮のもと、織田・豊臣に備えよ。
たぶん、動くことはなかろうが、油断はするなよ」
「御意!」
二郎三郎は、康政の返事にうなずくと立ち上がった。
「よし、全軍、作戦準備にかかれ!」
* * *
かくして徳川軍は飛騨へ出陣した。まずは飛騨を飲み込み、そして北陸へ出て、本願寺領を次々と攻略していく。
これは豊臣軍との競争である。どちらが多くの本願寺領を獲得するか。この勝負に勝たねば、徳川家に勝ちはない。
だが、まずは飛騨を攻略しなければ始まらない。その第一手は、飛騨と岐阜の国境にある牧戸城。
本願寺軍はただちに出陣してこれを迎え撃った。本願寺自慢の鉄盾の技術で徳川軍の鉄砲戦術を防ぎ、足軽隊で激しく攻め立てる。
だが、忠勝ら徳川軍の勇将たちの働きで、ついに牧戸城は攻略した。
「よし、次はいよいよ桜洞城だな」
牧戸城にて、二郎三郎が忠勝にそう言った。その表情はいまだ険しいままだ。
それは当然のこと。牧戸城は、あくまで本願寺領切り取りへの第一歩にすぎないのだ。
「うむ。前線であるこの城に兵を集めていたことで、桜洞城にはさほど兵はいない。ここよりは楽に落とせるかもしれんな」
そう忠勝がうなずいたところで、彼らのもとに伝令が訪れた。
「失礼します。岐阜城の正信様からの書状を預かってきました」
「正信から? ……むむぅ」
伝令から受け取った文を広げた二郎三郎は眉をしかめて、うなった。
その様子から、忠勝もただならぬ報告があったことを勘づく。
「どうした、二郎三郎?」
「松永家との同盟延長交渉だが、難航しているそうだ。もしかしたら、同盟は失効……最悪の場合、そのままこちらに攻めてくるかもしれん……まずいな……」
その二郎三郎の言葉に、忠勝も顔をしかめた。
徳川領と松永領とは、織田家の領土をはさんで対峙している。さらに西側の戦線たる長浜城は万全の迎撃態勢をとってあり、松永がこちらから攻めてくることは考えづらく、もし攻めてきても撃退できる算段があった。だが……。
「清州城には、兵を置いてなかったからな……」
そう、攻めてこられる可能性が低いのは、松永領の大和から、徳川領の近江への道だ。だが、徳川と松永とは、その道のほかに、伊勢と尾張でもつながっている。しかも、尾張の清洲城の守りはあまりに薄かった。
松永がこの方面から攻めてくることは十分考えられた。
「岡崎、浜松両城で徴兵した兵を清州城に輸送しておくか?」
忠勝の提案に、二郎三郎もうなずく。
「あぁ、そうしてくれ。よし、我らはこのまま桜洞城へ出陣する!」
かくして徳川軍は、負傷兵の復帰を待って、桜洞城へ出陣。 兵が少ない桜洞城は、時間をもたず落城した。
* * * * *
桜洞城を攻略した徳川軍だったが、その先に進むには大きな障害があり、さらなる進撃は一時中断しなければならなかった。
なぜなら……
「大殿! 豊臣軍が不穏な動きを見せております!」
物見からの報告に、忠勝は忌々しそうに唸った。彼も二郎三郎も、その物見の報告が意味することを理解していたからだ。すなわち。
「むむう……豊臣め。隙あらば攻めるつもりか……」
「おそらくそうだろう。今、連戦でわが軍の兵糧はこころもとない。今俺たちが動けば、兵糧に余裕がなくなり、満足な迎撃ができなくなる。そこを狙う心構えだろうな」
その読みは、二郎三郎も忠勝も共通するものであった。ならば今するべきことは一つだ。
「ということは、これ以上の進軍は、一時待ったほうがいいか……」
「ああ……」
かくして徳川軍は侵攻を一時停止した。
そしてその後約一年間、秋の収穫まで領内の開発や技術研究に時間を費やしたのであった。