影大名~徳川家康の影武者、主君の跡を継ぎ天下を臨む   作:ひいちゃ

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七の章~本願寺領切り取り競争・前

 第二次長浜合戦を、大きな損害を出しながらも耐え抜いた徳川家。

 その徳川家を預かる世良田二郎三郎は、その後一年半を軍備の再建に費やした。

 

 だが織田も豊臣も同じだけの時間を費やして軍備の再建・増強に費やしており、徳川家が軍備を再建してからも、この三勢力は三すくみのにらみ合いを続け、戦況はいっこうに動く気配がなかった。

 

 1594年6月、三河の岡崎城の天守から岡崎の町を見下ろす二郎三郎に、本多忠勝が問うた。

 

「二郎三郎、どうするつもりだ? このままにらみ合いを続けていては埒があかんぞ」

 

 二郎三郎はその問いに、顔を忠勝に向けることなく答えた。顔を上げ、まるで空の下の未来を見通すように。

 

「わかっている。このままにらみあったままでは、織田も豊臣も前線の兵力を増強させて、攻略は困難になるだろうことはな。……動くか」

「すでに腹案があったようだな。わしが心配することではなかったか」

 

 その忠勝の言葉に、ようやく二郎三郎は彼のほうに向きなおった。そしてかすかに微笑んで曰く。

 

「いや、心配はとてもありがたい。諸将を大広間に集めてくれ」

「心得た」

 

 そして岡崎城大広間。

 やってきた二郎三郎の前には、忠勝や榊原康政をはじめとした諸将が勢ぞろいして待っていた。

 

 彼らの前に座った二郎三郎はさっそく口を開く。

 

「これよりわが軍は、本願寺を攻略すべく、飛騨に出陣する。

現在、本願寺は豊臣と激戦を演じており、戦況は豊臣軍有利にある。

このまま放置しておけば、本願寺は豊臣に吸収され、豊臣の戦力はさらに拡充してしまうだろう。その前に本願寺を攻略し、少しでも戦況を有利にする」

「おぉ……」

 

 二郎三郎の作戦に、諸将の中から感嘆の声が上がる。

 

「本願寺攻略軍は、俺と忠勝が指揮をとり、岐阜城の兵で編制する。まず、岐阜との国境にある牧戸城を攻略し、その勢いで桜洞城を攻め取る。長浜城の兵は、康政の指揮のもと、織田・豊臣に備えよ。

たぶん、動くことはなかろうが、油断はするなよ」

「御意!」

 

二郎三郎は、康政の返事にうなずくと立ち上がった。

 

「よし、全軍、作戦準備にかかれ!」

 

* * *

 

 かくして徳川軍は飛騨へ出陣した。まずは飛騨を飲み込み、そして北陸へ出て、本願寺領を次々と攻略していく。

 これは豊臣軍との競争である。どちらが多くの本願寺領を獲得するか。この勝負に勝たねば、徳川家に勝ちはない。

 だが、まずは飛騨を攻略しなければ始まらない。その第一手は、飛騨と岐阜の国境にある牧戸城。

 

 本願寺軍はただちに出陣してこれを迎え撃った。本願寺自慢の鉄盾の技術で徳川軍の鉄砲戦術を防ぎ、足軽隊で激しく攻め立てる。

 だが、忠勝ら徳川軍の勇将たちの働きで、ついに牧戸城は攻略した。

 

「よし、次はいよいよ桜洞城だな」

 

 牧戸城にて、二郎三郎が忠勝にそう言った。その表情はいまだ険しいままだ。

 それは当然のこと。牧戸城は、あくまで本願寺領切り取りへの第一歩にすぎないのだ。

 

「うむ。前線であるこの城に兵を集めていたことで、桜洞城にはさほど兵はいない。ここよりは楽に落とせるかもしれんな」

 

 そう忠勝がうなずいたところで、彼らのもとに伝令が訪れた。

 

「失礼します。岐阜城の正信様からの書状を預かってきました」

「正信から? ……むむぅ」

 

 伝令から受け取った文を広げた二郎三郎は眉をしかめて、うなった。

 その様子から、忠勝もただならぬ報告があったことを勘づく。

 

「どうした、二郎三郎?」

「松永家との同盟延長交渉だが、難航しているそうだ。もしかしたら、同盟は失効……最悪の場合、そのままこちらに攻めてくるかもしれん……まずいな……」

 

 その二郎三郎の言葉に、忠勝も顔をしかめた。

 徳川領と松永領とは、織田家の領土をはさんで対峙している。さらに西側の戦線たる長浜城は万全の迎撃態勢をとってあり、松永がこちらから攻めてくることは考えづらく、もし攻めてきても撃退できる算段があった。だが……。

 

「清州城には、兵を置いてなかったからな……」

 

 そう、攻めてこられる可能性が低いのは、松永領の大和から、徳川領の近江への道だ。だが、徳川と松永とは、その道のほかに、伊勢と尾張でもつながっている。しかも、尾張の清洲城の守りはあまりに薄かった。

 松永がこの方面から攻めてくることは十分考えられた。

 

「岡崎、浜松両城で徴兵した兵を清州城に輸送しておくか?」

 

 忠勝の提案に、二郎三郎もうなずく。

 

「あぁ、そうしてくれ。よし、我らはこのまま桜洞城へ出陣する!」

 

 かくして徳川軍は、負傷兵の復帰を待って、桜洞城へ出陣。 兵が少ない桜洞城は、時間をもたず落城した。

 

* * * * *

 

 桜洞城を攻略した徳川軍だったが、その先に進むには大きな障害があり、さらなる進撃は一時中断しなければならなかった。

なぜなら……

 

「大殿! 豊臣軍が不穏な動きを見せております!」

 

 物見からの報告に、忠勝は忌々しそうに唸った。彼も二郎三郎も、その物見の報告が意味することを理解していたからだ。すなわち。

 

「むむう……豊臣め。隙あらば攻めるつもりか……」

「おそらくそうだろう。今、連戦でわが軍の兵糧はこころもとない。今俺たちが動けば、兵糧に余裕がなくなり、満足な迎撃ができなくなる。そこを狙う心構えだろうな」

 

 その読みは、二郎三郎も忠勝も共通するものであった。ならば今するべきことは一つだ。

 

「ということは、これ以上の進軍は、一時待ったほうがいいか……」

「ああ……」

 

 かくして徳川軍は侵攻を一時停止した。

 そしてその後約一年間、秋の収穫まで領内の開発や技術研究に時間を費やしたのであった。

 

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