身だしなみを改めて整えて、俺は再びトリガーを起動して戦闘体へと換装する。別に誰かと戦うわけではない。自分が持っている私服がオラリオに来た時の一着しかないため、仕方がないから戦闘体の紺色のジャージ姿に着替えただけだ。
戦闘体になれば、朝のパトロールの際に付いた服の汚れや汗は関係ないし、ボーダーでもそう言って着替えるのが面倒くさいと一日中戦闘体のやつもいた。まぁ、ボーダー時代なら長期の私的利用は本部長に叱られている案件だが、今回は付き添いの人物が特別だからな。
「準備が整いました。行きましょう、アストレア様」
「ええ。分かったわ、聡人」
付き添いの相手は俺の主神であるアストレア様。ファミリアの心臓のような存在で、同時に下界では戦う力を有していない神々の一人だ。そんな方を治安が安定しないオラリオの街で無防備にフラフラとさせるわけにはいかない。実際、アストレア様は正義の象徴として闇派閥に狙われているという話をアリーゼ達に聞いたからな。だからこそ、アリーゼや輝夜は日頃から腰にレイピアと太刀を携えて、アストレア様に対しては過保護なのだろう。アストレア様に危害を与えないための眷属の優しい心遣いだ。
向かうはオラリオの中心部から北西部。南西部にあるアストレアファミリアからは北側の方にあり、そこにはオラリオの運営や冒険者の活動に携わるファミリアとは性質が異なる中立機関ギルドが存在するとか。
何でもアストレアファミリアは一ヶ月後近くに大きな行事……いや、活動というものがあり、アストレア様はその行事に新しく入団した俺を参加させるべく、その手続きのためにギルド公認の冒険者登録を行わなければいけないらしい。
……………………
……………………………………
……………………………………………………
「それにしても……アストレア様」
ギルドへと向かう道の中、俺は街並みを観察しながら隣を歩くアストレア様に話しかける。
「どうしたの、聡人?」
その言葉に慌てて動じる様子もなく優しい声でアストレア様は応答する。その何気ない仕草からはアストレアという女神の慈悲深い性格が惜しむ様子も無いように溢れていた。
「アストレア様って街の人達から人気なんですね」
何を言っているのか良く分からない……自分がいた世界ではナンパに近いものだと思う人がいるだろう。だが、俺が観察していたのは街並みもあるが、そのほとんどが隣を歩くアストレア様に対する人々の態度であった。
「あらあら。そんな事ないわよ」
アストレア様自身は自分の人気ぶりに対して否定的に笑顔で答えるが、全然そんなことはない。
『あっ!アストレア様だー!』
『アストレア様!こんにちは!』
街中の通行人や店の人達がアストレア様の姿を視認する度に、声をかけて手を振り、アストレア様もそれに対して丁寧に笑顔で手を振って対応する。これで人気じゃないよとか笑顔で言われたら、ボッチの人とかは二度と立ち直れないだろうな……無自覚な所も含めて。
『若いお兄ちゃん!もしかして、アストレア様のファミリアの新入りかい!?』
『あっ!?この人、朝起きた事件の犯人達をたったの一人で倒した人だよ!私、彼の戦闘をその場で見たんだから!すっごい強かったんだよ!』
「えっ!?ちょっ………!?」
そう思っていると、今度はアストレアの隣を空気のように歩いていた俺へと街の人達が集中する。話を聞くと、多くの人達が朝起きた事件を通して間近で俺の姿を見たという人が多かった。また、中には事件を間近で見ていないが、目撃者の噂を通して話しかけてきた近所のおばちゃんを彷彿させる人達もいた。予想よりも俺が解決した朝の事件の顛末が噂のようにオラリオ中に広がっていて、多くの人に話しかけられた俺は動揺を隠せない。
「あらあら、ウフフ。聡人の方が人気者よ」
いや、アストレア様。貴女がそれを言いますか……
…………………
……………………………………
……………………………………………………………
色々となんやかんやあったが、俺とアストレア様は目的地であるギルドへと辿り着いた。本当なら、徒歩で一時間ちょっとで着く予定だったのが、行き違う通行人達に丁寧に接していたおかげで日は傾き始め、夕方になろうとしていた。
ギルドの外観はまるでイタリアにある某神殿を思わせるシミ一つ無い白色を基調とした大きな神殿風の建物で、他の建物とは雰囲気がまるで違う。
ギルドの壮観な外観を観光客のように眺め終わった後、本来の目的を果たすために俺達はギルドの中へと入場した。入ってみると、中は外観に比例するように広大な空間が広がっていて、夕方になっても冒険者らしき者達が多く行き交っていた。流石はオラリオの主要施設と言った所だろう。
「あっ!これはアストレア様!アストレア様自身がギルドに来るのは珍しいですね。本日はどういったご用件でギルドにいらっしゃったのですか?」
アストレア様に連れられてギルドのサービスカウンターのような場所までやって来ると、アストレア様の存在に気付いた
「今日は隣にいる彼のギルドの冒険者登録……それと来月辺りに行う【遠征】のメンバーに彼を加えるように手続きの変更をしたいの。頼めるかしら?」
「隣……?おやおや~、アストレア様!まさかのアストレアファミリアの新入団員は初の男ですか!顔立ちも良いですし、これはオラリオ中の話題になりますよ~!」
担当していた受付の職員がアストレア様の隣にいる俺を見ると、ニヤニヤとした様子で俺を見定める。確かに言われてみれば、男性は俺しかいなかったな。
けれども、そんなに噂になるのか………?
『なにっ!?リューちゃん以来のアストレアファミリアの新入団員が初の男だと!?これはオラリオに新たな話題の風が吹くんじゃないのかっ!?』
『彼……なかなか格好良いわね。今からでもうちのファミリアに来ないかしら?』
『十人以上の女の園に一人の男だと……?まさか、これは噂のハーレム!?……万死に値する……リア充死すべし』
なる……いや、もうなった後だわ。
受付の職員の声が大きいせいで、周りの冒険者……特に男性からの冒険者からの視線が痛い。詳しい内容はよく分からないが、呪詛みたいなのを唱えてる人もいるし。
「あらあら、別にそんなんじゃないわよ。彼も私達と同じで正義を愛する者。それに彼、すごく強いんだから。アリーゼや輝夜と同じレベル2なのよ」
「なんとっ!?これはもう期待のエース確定じゃないですか!ギルド広報部も良い記事が……グフフ。分かりました!では先にそちらの用紙に必要事項を書いてください。私はその間、来月の遠征の訂正用の書類を持ってきますので!」
そう言い残して、ギルド職員の女性は俺に冒険者登録のための申請書類を手渡し、別の書類を取りに向かうために奥の部屋へと姿を消していった。
名前と年齢はオラリオで生活する上で特に大事だから、アリーゼ達から文字の書き方を学んでスラスラと書けたが、出身や自己PRみたいなものはどうすれば良いだろうか。
そう思いながら困っていると、アストレア様は名前と年齢だけで十分だと教えてくれた。オラリオは敵対している他国といった例外以外は基本的に出自を問わず歓迎している部分がある。オラリオの運営を左右するギルドもオラリオの発展のために犯罪歴でも無い限り腕が立つ冒険者が多く必要だとか。そういった面から誰でも冒険者になれるし、お互いにWin-Winの関係と呼べるものだろう。
それに最悪、何かあっても自分の身柄の保証人はアストレア様が直々になってくれるそうだ。こんな心強い保証人は他にはいないだろう。
「あ、書き終わりましたか?」
奥の部屋から多くの書類を挟んだ太いファイルを持って先程の女性が帰ってきたため、俺は書き終わった申請書類をギルド職員の方に返却した。
「ふむふむ……名前はミズヤ聡人。年齢は十七歳ですか。自己PRの欄が空白ですが、レベル2冒険者とこちらで書き加えておきますね。これだけでもギルドで受けられる
アストレア様が言ったようにやはり出自や身元はギルド職員からはあまり訊ねられないようだ。それよりも冒険者の質や実力を重要視している面が見受けられた。まぁ、出自をしつこく訊ねられるよりはマシだろう。
「では、アストレア様。ミズヤさんのダンジョン攻略のアドバイザーも私が担当しても宜しいですか?」
「ええ、構わないわ。貴女にはアリーゼ達がいつもお世話になっているから」
彼女達が話しているのはアドバイザーシステムの話だ。アドバイザーシステムとは駆け出しの冒険者や発足直後のファミリアに専任としてギルド職員がサポートするシステムの事だ。熟練者が揃った大規模派閥なら必要はないが、うちのファミリアは人数も少ししかいない小規模派閥だ。まぁ、団員の質……レベルが上がれば、少数精鋭のファミリアとして中規模派閥になるそうだが。
「分かりました!では、改めて宜しくお願いします!じゃあ、次に来月の【遠征】の話ですね。こちらは既存の十一人の団員にミズヤさんを加えた十二人の登録の変更でお間違いないですね?」
「ええ、大丈夫よ」
「かしこまりました!では、これで冒険者登録と【遠征】のメンバーの変更は終了です。お疲れ様でした!」
頭を下げるギルド職員の女性を後にして、俺とアストレア様はギルドを後にした。ギルドの中にはクエストボードなど気になる事が多くあったが、生憎すでに夕方。また時間があった日に訪ねれば大丈夫だろう。これで夜に帰ってきたら、過保護な彼女達が心配しそうだからな。
あ、服を売ってる屋台はまだ開いてるかな?一応、ブランドには拘る必要はないし、一週間分ぐらいの服は安いやつで揃えておきたい。流石にいつまでも戦闘体は無理だからな。
…………………………
………………………………………
………………………………………………………
水谷とアストレアがギルドを後にして数十分後、彼らと入れ違いになるようにギルドに足を踏み入れる男がいた。
全てを照らし出すような色をした金髪、そして
「あっ!これは
先程まで、水谷とアストレアの対応を行っていたギルド職員が勇者と呼ばれた男に話しかける。
「ああ、そうだね。そう言えば、君はアストレアファミリア担当の職員だったね。これは都合が良い………」
「ん?どうしました?」
「いや、実は少し人探しをしていてね。単刀直入に言おう。アストレアファミリアに紺色の服を着た極東出身の風貌を持つ男を知らないかな?」
そう言って金髪の彼はギルド職員に訊ねた。
「紺色の服……極東出身の風貌を持つ……そう言えば、さっき来てた彼は極東出身に多い黒髪でしたね。もしかして、ミズヤ聡人さんのことですか?」
「何っ?さっきその彼が来ていたのかい?」
「え、ええ……ギルドの冒険者登録や遠征の加入といった手続きでアストレア様と来ていましたよ。そうですね……
「なるほど……まさかの入れ違いか」
水谷を探しに来ていた小人族の男、フィン・ディムナは頭を右手でやれやれといった様子を見せる。
「朝起きた闇派閥に関わる十人近い犯人らによる事件を一人で解決した噂の
「あの、よろしければ、こちらでミズヤさんとアストレア様にフィンさんが会いたいという旨を伝えられますが……?」
ギルド職員の女性が気遣ってアポイントメントの提案をするが、フィンはそれを丁重にお断りするのだった。
「いや、大丈夫。また日を改めることにするよ。それにダンジョン攻略に出掛けたうちのガレスが数日で帰ってくる。彼もアストレアファミリアの男の新人団員に興味があると思うから、彼が揃ってから会いに行くとするよ。忙しい所、話しかけて悪かったね」
そう言い残して、フィンはギルドを後にして自身のロキファミリアのホームへと帰還するのだった。
(ミズヤ聡人……か。正義を貫くアストレアファミリアに入った男がどういった者なのか久しぶりに気になって仕方がないよ。その人柄……その強さについても……ね)