登場人物全員がチート持ちな世界へようこそカイン様 作:なっち様
晴天晴天。
テレビに映る天気予報士のこの独特の癖を夢原あいは気に入っていた。天気予報士が言うようにからっとした外は誰が見ても晴れだった。
天気が良ければ出かけたい、と思った。家にはいたくなかった。
あいはまだ寝ている父親に簡単な朝食を作り、ラップをしてテーブルに置いて家を出た。いってきますとは言わなかった。
どうやらからっと晴れていると思ったのは勘違いだったようだ。じめじめとした空気が肌にまとわりついてくるのを鬱陶しく感じながらあいは歩いていた。
ふと少女とすれ違った。その時にあいは一抹の涼しさを感じた、あいはすれ違った少女の方を見やるとその少女は首からドライアイスのように煙のような冷気を出して涼んでいた。その冷気があいに触れたのだろう。
「私が欲しくてたまらない超能力が清涼剤代わり……か」
やるせなさからあいは一人ごちた。
この世界には超能力がある。あいとすれ違った少女のように冷気を操ったり反対に熱気や炎を操る能力を持つ者たち。彼ら彼女ら超能力者が当たり前に跋扈するのがこの世界だ。
超現実的な恋愛ドラマで主人公が超能力で水の流れを操って溺れたヒロインを助けたり、ドッキリで超能力お笑い芸人の相方がもし能力を使えなくなってしまったら? が当たり前にテレビで放送されている。
そしてあいはドッキリでない方だった。
より正確に言うならば使えなくなったではなく、最初から使えなかった。
クラスのみんなが目覚めた能力の話をしてる時には混ざれなかったし、成長した今では可哀そうな物を見る目で見られることもある。
だけどそれは比較的マシな方だってあいは気づいたし生まれてから17年、ただ、たまに今みたいに振り返ってしまうことがあるだけでとっくに折り合いは付けたと思っている。
17年間で形成された人格は超能力の使えない夢原あいという人格を自己として認識できている。
それに超能力だって万能ではない、出来ないことは当たり前にある。
空を飛ぶ能力は口から火を吐けないし、瞬間移動できる能力は肉体強化を出来るわけではない。
出来ないところはさっきの少女のように清涼剤の代わりに能力を使ったように、能力の代わりに清涼剤を使ったっていい。
つまるところさっきの少女の能力は清涼剤で代用できるような“ハズレ”だ、あいは笑みをこらえる。
どこかスカッとした気持ちだ。
「晴天晴天」
あいは元気よく歩みだす。
夢原あいという少女は性格があまり良くなかった。
子供の頃にアーケード街のタイルの色がついた部分だけを歩いてみたことをあいは思い出しながらそこを歩いていた。
水色は池だから落ちちゃだめで茶色は地面だから踏んでもいい、簡単な一人遊び。
小さい頃のあいはこの遊びが好きだったから学校が終わり下校の時間は下ばかりを見ていた。
あいは久々にその遊びをしようとして地面が崩壊した。
何のことはない、夏休みのしかも土曜日だ。人でごった返した街には踏む場所がなかっただけの話だ。
立ち止まってしまったあいに後ろから同じ学生の集団がやって来る。
しかし、その誰もが話しているか歩きスマホをしていてあいの存在に気づいていない、またあいも後ろの存在に気づいていなかった。このままではぶつかってしまうだろう。
しかし、あいは気づいていないにも関わらずその集団を的確に避ける。
身体が勝手に動いたというべきか、ぐい、とあいは引っ張られるように横へずれていた。
実はあいは人にぶつかったことがない。本人が知覚しているしていないに関わらず体が勝手に動いているのだ。
それ以外に恩恵はない、これがもし能力だとするならひどい“ハズレ”だとあいは思った。
学生の集団はそのまま最後まであいの存在に気づかずに去っていき、ぽつりと立ち尽くすあいは自分が池の中にいることに気づく。
「夏だしね」
それならば水色のタイルだけを踏もうとしてそれもできなくて、結局中途半端に池と地面をふらふらとあいは歩く。
最初の趣旨は達成されず一人遊びのそれはただ歩くという行為になり下がった。
傍から見たら熱中症の様を晒すあい、それを二人の青年が受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「お姉さん日陰で休んだ方がいいんじゃない?」
二人の青年は夏休み半ばになったというのに半袖のスクールシャツに黒のスラックスを履いていていかにも学校帰りという格好だった。
「具合悪いなら救急車呼んだ方がいいかもね」
あいは最初いきなり話しかけられたことに疑問を感じたが、どうやら熱中症だと勘違いされていることに気づくと、
「大丈夫ですから」
と頭を軽く下げて先程までのふらふらとした足取りを辞めてまっすぐと歩き、その場を去った。
「なんですか?」
しかし、その行動は三歩と歩かぬうちに止められることになった、青年の一人があいの腕を掴んで引き留めたからだ。青年の温もりと薄い手汗がはあいの汗と混じり合うのが腕を感じて伝わってくるのであいは生理的嫌悪をこの青年に覚えた。
「離してください」
「……ああ、すみません」
手を取っていた青年がゆっくりと、まるで麻雀牌を盲牌するように手を離した。
この二人にはどうも違和感を覚える、あいは思った。
見かけはただの学生、黒くて染めた様子もない、しかし気を使っているのか整って見える髪型やヨレも染み一つないスクールシャツといった格好は見る人には好青年というイメージを与える。実際、あいもお節介だとは思ったがそのように彼らを思った。こちらを気遣う言葉だってそうだ。
だが彼らには何というか形だけの気遣いを感じるのだ。言葉にするならわざと周囲にアピールするような、そう、誰かに言い訳をするように形だけなのだ彼らは。
「熱中症にはかくれ熱中症というのがあっていきなり吐き気やめまいを及ぼすものがあるんですよ」
「は、はぁ?」
手を掴んだ青年とは違うメガネをかけた青年が相方をかばうように前へ出た。
「お姉さんもしかしたら自覚症状がなかったかもしれないけどふらついてましたよ、どこか涼しいところで休んだ方がいいと思います」
「そうこんな人通りが多いところじゃなくてさ」
「……へぇ」
ほーら、読めてきたぞ。とあいは思った。
次にこいつらはカフェなんか涼しいと思う、俺良いところ知ってるよ、とか言い出すに違いない。
こういう弱ってる女を狙うような卑劣なやつが進める良いところになぞ誰が行くかとあいが思っていると、あいの予想は裏切られた。
「ちょっと涼しいところ行こうよ」
最初に手を取った男が懲りずに再び愛の手を強引にとった。彼はそのままあいを引きずるように力強く進んでいく。
「ちょっ、ちょっと!離して!」
「手遅れになったら遅いんですよ、お姉さん」
「分かったから!自分で休めるから!」
無駄だと思いながらもあいは彼らに訴えてみるも、二人の青年はまるで聞く耳を持たずにあいの手を持ったまま進んでいく。
そして、これは悪手であった、無駄だと思うのならやらない方がよかった。もっと優先順位の高い行動をとるべきだった。この能力社会では行動の後先で結果が変わること多々ある。あいは策にはまってしまったのだ、超能力の最も恐ろしい特性。
所謂、初見殺しに。
「だっ……けて(誰か助けて!)」
声が出ない、そのことにあいが気づいたのはすぐだった。
喉を通した言葉が空気を震わせることができない、音が口腔から放たれた直後に霧散するといった感覚。
「お。効いてきたか」
青年、もうこんなことを仕出かした男のことをそういうのはおかしいが、あいの手を掴む男が小さな声で呟き薄く笑った。
あいもさすがにこれが男の超能力だと気づいた。恐らく『触れている相手の声を奪う』能力。
あいは周囲に助けを求めるために声を出すことが出来なくなってしまった、荒く呼吸を繰り返すだけだ、いや、荒いと感じるのはあいだけで周囲には蚊のように小さい今にも息を引き取ってしまいそうに聞こえるだろう、つまりこの人混みの中では聞こえない。
ならばとあいは周囲に目を向け目線で助けを求めた、目は口ほどに何とやら、あいはそれに賭けた。
「……(だれか!)」
すれ違う人々に目を向けようとするが誰も目を合わせるどころかあいを見ようとすらしない。無理やりにすれ違う人間の衣服を掴んでこちらを向かせてやろうとしたが、あいのその手は避けられた
(なんで?見えてるのに助けないってこと!?)
あいにはそれが残った男の能力なのか、人間の汚い部分なのか分からない、それが分からないくらいにはあいは人間を信じていない。
ただ流れが出来てしまったのは確かだ、そして一度出来てしまった流れとは止められない。それ以降あいがどのように助けを求めても避けられるかまるで存在しないように無視された。
あいの心臓がうるさく鼓動する、なのに、もはやあいは引きずられるままだ。
学習性無力感。強制水泳実験という実験でマウスを水の入った容器の中に入れて泳がせる、そしてもがくラットに水噴射を浴びせ沈ませる、これを繰り返すとラットは諦めて泳ぐのをやめ沈んでいくのだ、今のあいはまさにその実験のラットと同じだった。
そしてあいはついに人気のない路地裏の死角になるような駐車場まで連れてこられた。
「へへへ、興奮してきた」
「早くやろうぜ」
男たちはもはや最初の好青年のような体を取り繕う事さえしなかった。
「それにしてもこいつ能力使う素振りすらなかったな」
「だから言ったろ、絶対こいつは無能力者だって」
男はそう言ってあいを車の影になる壁に押し付けた。
悲鳴の種をあいの口は作るがそれが芽吹くことはない、ただ口が開くだけだ。
その様子を見た男の口は唇に着いた唾液でできた気泡を押しつぶして歪んだ。
「無能力者?ま、ここまで来て使わないってことは大したことない能力持ちだろ。
そんなお前でもさすがに分かってるだろ?俺の能力は」
男はマジシャンがネタ晴らしでもするかのようなもったいぶった溜めを置いた。
「お察しの通り俺の能力は『触れた人間が出す音を消す』能力だ。
触れた時間が長いほど消せる効力も範囲もでかくなる! 俺たちとたっぷり仲良しした後には声どころか心音すら消えてるかもなぁ?」
男が自らの能力を説明する傍らメガネをかけた男があいの顎をくいと持ち上げる。
「お姉さんさ、さっき俺らのこと内心馬鹿にしたでしょ。そういうのが一番楽なんだよね、お姉さんにさ俺らを下に見れるほど余裕があった?ないでしょ? 実際こうなってるわけだし」
男のメガネの奥の目が細まる。男は心底楽しそうにあいに語った。
「自分のことを上だと思ってる人間って呆れるほど中身がないんだよな。
俺らが下でそいつが上だっていう根拠なんて無いのに頭でフィルターかかってるから俺らのやることを底辺、低俗って見下してる、最悪な思考放棄だよ」
思考放棄をした人間なんて簡単な相手だよと男は笑っていった。あいの脳裏にさっきまでの自分が映し出される。自分のことなのにあいはこの男に言われて初めて気づいた。確かにあいはこの男たちを見下していたし、彼らが強引だったらどうしようとか、そういうことについて一切考えていなかった。
断って終わり、そこで思考が止まっていた、いや放棄していたのか。彼らを下に見ていたから自分の思考が優先されていた。もしこの男が言うような思考放棄をしていない人間ならばしつこく声をかけてきたときには警察や誰かに助けを求めていたはずだ。あいは後悔の念に駆られた。
「おい! もういいだろ」
瞳を潤ませるあいとそれを見つめながら語る相方にしびれを切らしたもう一人の男が相方を押しのけ、ついにあいの服に手をかけた。
「見ろアビゲイル! 【俺】の知らない物があるぞ!」
場違いな男の声が駐車場に響いた。
異能力バトルが始まりませんでした