SABER WARS Groove of the Galaxy!! 作:オリスケ
「XXオルタ……えっちゃんは、私の学友でした」
思い出すのは、たぶん六シーズンくらい前の事。
ヒロインXがまだ正義のセイバーキラーとしての宿命を宿す前の、ストーリーが学園コメディ寄りで構成されていた頃。
年若いヒロインXは、コスモカルデア学園にて、より良き宇宙戦士になるための教育と鍛錬に精を出していた。
その頃から宇宙に蔓延るセイバー因子に対する妙な嫌悪感を有していたが、基本的にはただのとびきり優秀な一生徒、その日の昼食や流行りのドラマに一喜一憂する女学生に過ぎなかった。そのヒロインXの青春を共にしていたのが、ルームメイトのヒロインXオルタ――えっちゃんだった。
「良き友人であり、苦楽を共にする一番の理解者でした。顔が似てたり記憶を失っていたり、出身が一切分からなかったり、時折妙な『X死すべしオーラ』を出していて実際不意打ちカリバーを幾度か喰らいましたが、まあそれはそれ」
「いいのか、それはそれで……」
「同じ部屋で寝泊まりすれば、自然と仲良くなっていくのです。それが女学生というものなのでノットシンクフィールでお願いします」
ともかく。そんな調子で意気投合した二人は、互いに腕を磨き、心を養い、共に戦うバディとして成長していった。
性格面で多少生徒指導を受ける事こそあれ、二人のバディは、常に学内のトップに君臨し続けた。特に実習の成績は抜きんでており、その頃から複数の銀河警察から入社のオファーが届いていた程だ。
「場を滅茶苦茶に荒らすが何だかんだ解決すると、学内でも評判でした。それ故に私達は、生徒の枠を越え、宇宙事件にも介入するようになりました」
「……危なくないの? 実際の事件になんて」
「そりゃ危なくはありますが、ゆくゆくは誰もが通る道です。珍しい事ではありませんし……何より、あの頃の私達は青かった。どんどん強くなる自分の力に浮かれて、とにかく活躍したかったんです」
そう語るXXの顔には、寂しげな微笑が浮いていた。
大人のお姉さんになった彼女は、当時の切れたナイフのようだったヒロインXの勇敢さが、『無謀』や『蛮勇』と名付けられる事を知っている。
成長に得意になり、浮き足立ち、まだ狭い独り善がりな世界で最強を気取る。
その慢心が、悲劇を産んだ。
「先走った私達は、とあるヴィランの組織にちょっかいを出し、敵対を余儀なくされました。過酷な――身に余る激しい戦いが、長い間続きました」
幸いにも、二人はとびきり優秀だった。襲いかかる敵を倒しまくり、二人で解決すると意気込んで、宇宙に飛び立ち、組織を追った。
その結果待っていたのは、とある惑星での、敵の本陣との対峙。
絶対絶命の只中を駆け抜け、戦い、戦い、戦って。
「私達は勝ちました。その組織は、アジトにしていた惑星ごと壊滅しました――惑星の崩壊に、えっちゃんを巻き込んで」
敵の本拠地である惑星の最奥。惑星の崩壊に巻き込まれ、生き埋めになろうかという、絶体絶命の危機。
Xオルタは、ヒロインXを助ける選択をした。唯一生き残っていたコールドスリープ装置にヒロインXを押し込み、宇宙空間へと飛ばしたのだ。
「……私が冷凍睡眠から目覚めたのは、それから一年後。その惑星は粉々に砕け、宇宙を漂う瓦礫の群れとなっていました」
瓦礫の中には、様々な物が混ざっていた。冷えて固まったマグマ、凍結した樹木、敵組織の建造物の残骸に、沈黙した兵器など。
その中に、彼女もいる筈だった。
真空の冷気に凍り付き、重力から突き放された状態で――そこらのゴミと同じように、宇宙を彷徨っている筈だった。
「私は、大切な友人を一人、殺してしまったんです」
鉛のように重い言葉が、XXの口から紡がれる。
誰もが押し黙って彼女の言葉を聞いていた。立香がふるふると首を振る。
「違うよ、XX。君が殺したんじゃない、それは……」
「ええ、分かってます。私達二人ともが未熟だったから起きた悲劇です。あの時の私には、どうあってもえっちゃんを救うことはできなかったでしょう」
「だったら……」
「けれど私は。それでも。人殺しと誹られるべきな、どうしようもない卑怯者だったんです」
胸の内の淀みを吐き出すような、XXの言葉。その黒い迫力に、立香が息を飲む。
火傷した腕を抱いて、XXは瞳を後悔に揺らしながら、彼女の犯した過ちを告解した。
「私は、えっちゃんを探しませんでした。捜索依頼も出さず……瓦礫の中を彷徨っているだろう彼女に、背を向けました」
告げられた事実には、XXの心の内の、深海の如き昏い淀みがありありと滲んでいた。
「な、なんでだよ。相棒だったんだろ? 一番の友達だったんだろ? なのに何で……」
モードレッドの反論にも、XXはただ俯き、視線を逸らしている。言葉の一つ一つが、剣になって彼女の魂に突き刺さり、血を流させているようだった。抱いた腕がふるふると震える。
「怖かったんです」
「……」
「えっちゃんの顔を見ることが……私のせいで死んだ友人にもう一度会う事が……とても、とても怖かった」
大切な友人だからこそ。命を犠牲に救ってくれた恩人だからこそ。XXは、えっちゃんを直視できなかった。
蘇り、友の死を知り――はじめてヒロインXは、怖れに取りつかれた。
甘い物が大好きで、言葉少なな小さな口は、いつも何かしらのスイーツを頬張っていた。訓練が終わるとぼやきと一緒に和菓子を所望していた口は、惑星の瓦礫の中で、魚のようにぱっくりと開かれ、カラカラに乾いた状態で凍り付いていることだろう。
琥珀色の綺麗な瞳だった。睫毛は長くて、自分よりもチャーミングで。静かに文庫本に目を落とすその瞳は、自分には決して有り得ないクールな魅力を宿していた。その目はもう光を灯す事をやめ、白濁した瞳孔は、誰も居ない孤独の宇宙を何年も見つめ続けていることだろう。
無口で、無表情で、感情を見せる事は稀だった。その分、スイーツを一緒に食べたり、こたつでまったり過ごしている時の、たまに見せる微笑がとてもかわいくて、掛け値無しに綺麗と思えた。鉄面皮のくせにもちもちで柔らかかったその顔は、血が通わなくなり真っ白になって、本当に鉄のように固まって、二度と動くことはない。
晴れやかな青春時代を共に過ごした友人の、鮮明に思い出せる数々。それら全てが、自分を助けたせいで壊れてしまった。
「私は臆病でした。彼女の死に直面して、それが私を助けたせいで起こった事なのだと突きつけられて……耐えられる自信が、無かったんです」
学園の共同墓地には、入る者の無い空の墓標が立てられた。
ヒロインXは、こみ上げてくる罪の意識から逃げ惑うように鍛錬に明け暮れた。学園を飛びだし、正義のセイバーキラーとしての頭角を表し、無数の銀河の危機を制圧してきた。
「剣を振っている間だけ、セイバー死すべしと使命に燃えている間だけ、えっちゃんの事を忘れられました。だから私は、遮二無二戦い続けました……マスターくんやSイシュタルさんに出会ったのも、ちょうどこの時期です」
「……」
「将来の事も、自分がどうなりたいかも特に考えず、ただ目の前の戦いや楽しいことに明け暮れ続けた……そうしてやがて、あの子を見放した私の罪が、罰となりました」
ヒロインXは、Xオルタの死に目を背けた。きちんと遺体を見つけて弔うべきだったのに、そうはしなかった。一重に、己の心の弱さからだ。
だが彼女は、大切な事を一つ見落としていた。
弔いとは別に、Xオルタの遺体には、回収しなければいけない大きな理由があったのだ。
「オルトリアクター……アルトリア粒子の反物質を素体とする、えっちゃんの霊核。蒼輝銀河唯一の、マイナスの質量を持つインフィニットな物体。それは彼女の生命活動の要であると同時に、銀河で最も強力なエネルギーコアでもあるのです」
つらつらと紡がれた説明が、立香達の頭に疑問符を浮かべた。
代表してモードレッドが、手を挙げる。
「悪い。話を切っちまうけど、理解できなかった……ええと、マイナスの質量って、なんだ?」
「そういうものと言うしかありませんが……簡単に言えば、オルトリアクターは
「……?????」
「要するに無限なのですよ。オルトリアクターの熱は、稼働する限り際限なく増加し続けます。えっちゃんの燃費の悪さは、実は体内で膨れあがったエネルギーを自家消費して打ち消すためのものなのです」
銀河唯一の、無限に増幅するエネルギーコア。それは当然、悪しき者の手に渡れば、宇宙を恐怖に貶める最悪の兵器になる。
「そして、事態は最悪の結果を招きました。えっちゃんの亡骸はヴィラン組織《極光騎士団》に回収され……オルトリアクターは意図的に暴走させられ、無限に膨張する恒星《オルトリアノヴァ》が誕生しました」
立香達は思い出す。惑星を破壊する紅蓮の光線。《極光騎士団》の艦隊に連れられて移動する恒星と、その中心に浮かぶ、XXによく似た一人の少女。
「《オルトリアノヴァ》は惑星を破壊しながら増長を続けています。やがてはこの銀河全てが、紅蓮の光に呑み込まれる事でしょう……全て、私がえっちゃんを見放したせいで」
今銀河を襲う最悪の危機は、少なくとも回避できる筈のものだった。
あの時、ヒロインXにえっちゃんの死に向き合う強さがあれば。
罪悪感でも、友誼でも何でも、彼女をきちんと弔う勇気を出せていれば。
Xオルタは、友の腕によって看取られ、安らかに眠れる筈だった。そうあるべきだったのだ。
そうならなかったのは、全て、ヒロインXが臆病だったから。己の心の弱さで、罪から目を背けてしまったから。
「手遅れになってようやく、私は、えっちゃんの死に向き合わなければいけなくなったのです」
XXは、自らの罪の告白を、そう結んだ。
しばらく、誰も、口を出すことができなかった。
目の前で項垂れるXXの、胸中の余りにも重い苦しみと罪の意識に対し、どんな言葉をかけるべきなのかを選ぶ事ができなかった。
――ただ一人を除いて。
「……そっか」
沈黙を破ったのは、穏やかで優しい、
「大変だったね、XX」
「そんなことありません。何もかもぜんぶ私が……」
「そんなことないことないよ。友達の死なんて、とても辛い事を抱えたまま、ずっと戦い続けていたんだろう?」
令呪を二画残した右手が、XXの肩に触れる。徐々に癒えているが、まだ軽い傷の残る肌を、労るように優しくさする。
「いま俺の目の前にいるのは、辛い目に遭って、それでも頑張ってるXXだ。抱えて、抱え続けて、頑張って、何とかしようと藻掻いて、俺たちを呼んでくれたXXだ……だから言わせてよ。本当に、大変だったね」
「っ……」
「話してくれてありがとう……大丈夫だよ。XXはもう一人じゃない。俺達が、君と一緒に向き合うから」
XXの蒼い目が揺れて、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。
心はとっくに限界だったのだ。傷だらけで、ボロボロで、自分でも気付かない程に壊れかけていたのだ。そこに立香の温かい、包み込むような優しさが染み渡り、這い上っていた冷たい絶望を、優しく落としてくれる。
「……」
嗚咽は溢さない。大人だから。お姉さんだから。
ただ、優しい言葉のお陰で浮かべられるようになった、朗らかな笑みに、一粒の涙を溜めて、立香を見つめ返す。
「本当に、きみは凄いですね……お姉さんは、きみの前じゃ形なしです」
「一緒に解決しよう。友達を救って……今度こそきちんと、終わらせるんだ」
見つめ合い、微笑みあって、もう一度覚悟を固める。
「うしっ」と気合い一喝。モードレッドが、胸の前で拳を打ち鳴らした。
「事情は分かった。要するに、あのムカつく騎士野郎を、恒星ごどぶっ飛ばせばいいって事だろ? 簡単じゃねえか!」
「ハッハッハ、威勢がいいな
遠巻きに話を聞いていたルーデルが、笑ってモードレッドのやる気を諫める。
「敵サーヴァントのダース・ソルの力は本物だ。宝具『紅黒極星殻』によって、奴は恒星の光を浴びる限り無敵の力を得る。今やこの蒼輝銀河に、奴を越える力を持つサーヴァントはいないだろう」
力強く『最強』と断言された事にモードレッドが苛立ちを覚えるが、それが事実であることは先の一戦で充分思い知っている。サーヴァント四騎で畳みかけても、彼の鎧に傷一つ付ける事ができなかったのだ。
「チッ、円卓のゴリラを思い出させてイライラするぜ……光を浴びて無敵なら、恒星から引き剥がしゃいいんじゃねえのか? もしくはどっか窓のない場所に閉じ込めるとか」
「無理だろうな。奴は慎重だ、自らの有利を捨てるような真似はしない。随伴する《オルトリアノヴァ》からは決して離れないだろう。だから俺たちは、《極光騎士団》の艦隊と、正面からの対決を余儀なくされる。なまじそれを突破できたとしても、俺たちの相手は、途方も無くデカイ恒星だ」
「む、ぐ……!」
明るくハイテンションだったルーデルから、思いの外真面目な意見が飛び出し、モードレッドが唸る。
状況は圧倒的。否、絶望的だ。
それを改めて突きつけ――しかしルーデルの目には、少年のような輝きが灯り続けている。
立香は立ち上がり、確固とした表情で、ルーデルの楽しげな目を見つめ返した。
「でも、やるしかない。何としてもやってみせる……だよね、サモさん」
「っ……ああ、そうだ。オレ達は絶対に諦める事はしねえ。絶望的なら、勝ち目をもぎ取るトコから始めりゃいいんだ!」
立香の言葉に、モードレッドが息せき切って応じる。
果たして二人の言葉は、飛空士の心を昂ぶらせるものだった。ルーデルはニッと白い歯を見せて笑う。
「その言葉が聞きたかった! そうとも、勝機を見つけるのもまた戦争だ――そしてその役目は、俺がすでに果たしている!」
「本当、ルーデル!?」
立香の輝く表情にまた笑みを深くし、ルーデルはポケットから小さなコイン状の機械を取り出すと、足下に放った。
「俺はXXに依頼され、銀河中を駆け巡って『あるモノ』を探していた」
コイン状の機械は、床に落ちた瞬間眩い光を放ち、空間に映像を投影させる。
映し出されたのは、菱形をした、翡翠色をした美しい鉱石。
「《アルトリアナイト》。アルトリウム、オルトリア粒子に連なるアンチアルトリア物質だ。蒼輝銀河で唯一、アルトリア系のエネルギーを問答無用で無効化する事ができると言われている」
「無効化……っそれじゃあ、それを使えば、オルトリアノヴァを消滅させられるって事!?」
「まさしくその通りさ少年! 恒星の光が潰えれば《極光騎士団》は形なしだ。爆撃を浴びた中隊のように、バラバラになって崩れ落ちるとも!」
映像が切り替わり、今度は蒼輝銀河のマップを映し出す。現在の座標から遙か彼方、宇宙の最果ての方の星が指し示されている。
「古い伝説に残るだけの幻の物質だったから、捜索は非常に難航したが……ようやくその反応を検知した。場所は混沌の水星ガルガンチュア。聞けば付近に存在する無数の重力渦により、ゴムボールのように宇宙を跳ね回っているのだそうだ」
目を丸くする立香達の前で、マップに一本の光輝く矢印が走る。立香達の今居る場所から、その星に向けて、これこそが希望の路だと言わんばかりに。
「厳しいフライトになるぞ。危険と浪漫に満ちた、とびきり過酷な冒険の準備はいいか、諸君!」
「「もちろん!」」
ルーデルの激に、それ以上の熱意で立香とモードレッドが答える。彼は「よしきた!」と満足げに頷き、身を翻して空軍服をはためかせる。
「戦場は待ってはくれないからな、そうと決まればすぐに出発だ! 俺のミレニアムスツーカなら一日もあれば到着する!」
「……あ、安全運転でよろしくね?」
「心配しなくとも、敵や小惑星がなければ静かなフライトだとも。個人で使える船室もあるから、ゆっくり身体を休めるといい。――さあ行くぞガーデルマン! 楽しい楽しい出撃だ!」
快活な笑みを浮かべ、ルーデルはコックピットへと戻っていく。宙に浮いた球状ドロイドのガーデルマンは、呆れて溜息を付くような動作のあと、億劫そうな軌道で彼の背中を追いかける。
XXはまだ、その場に座り込んでいた。立香と目が合うと、彼女は照れくさそうに微笑み、おずおずと手を差し出してきた。
「改めて。よろしくお願いします、マスターくん」
「こっちこそ。頼りにしてるよXX……あ、もちろんサモさんもね」
「ついでみたいに言うなバーカ……任せろよ。宇宙だろうと何だろうと、このプリドゥエンで乗りこなしてやるさ」
XXが微笑み、へんっとモードレッドが鼻を鳴らす。
銀河の危機を救うため、大切な友人を救うため。立香達を乗せた宇宙船が唸りをあげて、宇宙の果てへと一直線に飛翔していった。