SABER WARS Groove of the Galaxy!! 作:オリスケ
ぱち、と目が覚める。
立香が見上げた天井は、無骨な鉄色。
そこはミレニアムスツーカの船室の一つだった。元々は船の持ち主であるルーデルのためにあてがわれた部屋だったが、彼はほとんどの時間をコックピットで過ごすため、全くと言っていいほど使われていないのだとか。驚く程余計な物がなく、つい独房かとさえ思ってしまう。
だが、物が無い空寒さというのは、立香にとっては特に気になる問題ではなかった。これまで幾度となく世界を救い、あらゆる環境に飛び込んできたのだ。何なら、降りしきる雨の中でだって眠れる自信がある。
立香が目を覚ましてしまったのは、そういう過酷な環境を生き抜いてきたからこその、拍子抜けさからだった。
「……静かすぎる」
呟いて、弾力のあるベッドから起き上がる。立香の動きを感知して、抑えられていた照明がじんわりと明るくなる。
部屋には窓がなかった。ドアを開いて廊下に出て、立香はすぐにその理由を知る。
廊下の突き当たりに空いた窓は、眩い光に包まれていた。沢山の光の線が束になり、左から右へ流れていく。
昼夜の区別はない。何なら、通常の時間軸からも切り離されているのだろう。この船は今、目的地に向けてのハイパーワープの最中なのだ。
立香達はたぶん、光速の何百倍、何千倍という途方も無い早さで銀河を駆け抜けている。それなのに、内部にいる立香はその速度をほとんど感じない。ワープの開始時は飛行機の離陸をもっと激しくしたような衝撃を浴びたが、その後はせいぜい、横向きのエレベーターに乗っている程度の圧しか感じない。
ひょっとすると、これまでの冒険で最も静かな夜であるような気さえした。だがここは、紛れもない宇宙。映画でしか見たことのないハイパーワープをする宇宙船の中なのだ。
改めて実感するといよいよ寝ている気分でもなくなって、立香はなんとはなしに艦内を歩く。
いつぞやSイシュタルと乗ったマアンナ号よりも大きいとは言え、一機の宇宙船だ。数分とせず、立香はミレニアムスツーカのコックピットまで辿り着いた。
星々が線になって後ろに吹き飛んでいく光景は、広く開けたコックピットから見ると一段と壮観だった。立香は思わず息を止め、地球では決して見られない眩い光の奔流に目を奪われる。
「……」
「突っ立ってないで、適当に座ったらどうだ? 今なら操縦席も空いてるぞ」
「わっ」
背後から急に声をかけられ、思わずびくりと跳び上がる。
振り返った先、後部ハッチの脇にルーデルが腰掛けていた。彼は立香に緩く微笑みかける。
「眠れないか、
「ううん、ルーデルが部屋を貸してくれたお陰で、よく眠れたよ。宇宙とは思えないくらいに」
「ハハッ! それはいい。強がるでもなくそう言えるとは、素晴らしい胆力だ。ここがドイツなら、今すぐに君を我が空軍に引き抜いているぞ!」
嘘の無い返答に、ルーデルが笑う。
組み立て式の椅子に座った、彼の右足は、膝から先がない。
彼の足下にはシートが広げられ、そこに様々な工具が並べられていた。ロケットブースター付きの義足は、今は彼の膝の上で銀色の光を讃えている。
「聞けば、今の地球は大変な事になっているそうじゃないか。そして君は、その地球に残った最後のマスターだとか。このぐらいの危機は慣れっこかな」
「そんな事ない……って言いたいけど、宇宙に来たのも二度目だし、驚きはないかも」
「波瀾万丈だ。だが苦に思ってはいない。君はいい目をしているな。人に恵まれた優しい目だ。そういう目をした奴は、例えどんな過酷な戦場だろうと生き残ってみせるものだ」
慣れた手つきで油を差しながら、ルーデルが笑う。
「昔の相棒のロートマンを思い出す。臆病なきらいがあったが、まっすぐで良い目をしていた……まあ、決して優秀とは言えなかったがな! 敵機に追わる最中、とにかく撃ちまくれと何度檄を飛ばしたことか!」
飲みの場の鉄板ネタを披露するみたいに、声を出して笑って見せるルーデル。その話ぶりに、立香は抱いていた疑問の答えを得る。
「ルーデル……君は、人類史の英霊なんだね。俺達に会った時、
「そうだ。俺は君達の知る、第二次世界大戦の、あのハンス・ウルリッヒ・ルーデルだとも」
「どうして蒼輝銀河に? 誰かに召還されたとか?」
「さあな、よく分からん!」
物凄く力強く否定されて、立香は思わずずっこけそうになる。そんな立香を尻目に、ルーデルは義足のカバーを開き、中の機構を手入れしていく。
「よくは分からんが……多分、俺は望んでこのサーヴァント・ユニヴァースに来たのだろう」
「……多分?」
「ああ。実は俺は、自分が死んだ時の事をよく覚えていないんだ。サーヴァントになったって認識さえも、あまりなくてな」
立香が目を丸くする。一方のルーデルは、自分が告げた事実を、気にした様子もなく、義足を手入れを続ける。
「戦争が終わり、軍務を外れ、空を飛ぶこともなくなり……俺は地球で余生を過ごしていた。戦いなど起こらない、考えられない程に穏やかな日々をだ」
「……」
「時の進むまま、俺は老いていった。家族や親しい友人に囲まれ、時折友の葬儀に顔を出し、緩やかに時を重ね……ある日、夢を見た」
夢、と立香が反芻する。それに頷き、ルーデルは続ける。
「夢の中で、俺は空を飛んでいた。慣れ親しんだスツーカのようでもあったが、違うかもしれない。外の景色も覚えていない。ただ、操縦桿を握る感触と空気を切り裂く爽快感だけは、ハッキリと感じていた」
あるいはそれは、死の間際に見る走馬燈だったのかもしれない。
もしくはもっと特別な、昇華の儀。ワルキューレに認められた兵士がヴァルハラへ迎え入れられるように、肉体を離れた魂が、飛行機乗りたる彼に相応しい形で、英霊の座へと迎えられたのかもしれない。
その超然とした夢の最中。操縦席に揺られながら、ルーデルは揺蕩う意識の中で、思った。
「このまま飛び続けていたい――そう思い、次に目を覚ました時、俺はここにいた。蒼輝銀河のサーヴァント。ミレニアムスツーカを繰るスペース☆ライダーとして。ついでに右足の義足をかっこいいロケットブースターにして貰ってな」
そう言って得意気に笑うと、ルーデルは膝上に置いた義足をコンと叩く。
蒼輝銀河と人類史の間には、それなりに関係性はある。別人格ながら、同じような逸話を得た英霊が存在していたりする。
元より、サーヴァントという存在が常理を超越した存在なのだ。ルーデルのように次元を飛び越える事例も、無いとは言えないだろう。
「どのくらい前から、この蒼輝銀河に?」
「しっかりと自我を得てから、十年は経っているかな。いつでも宇宙を飛んでいるから、時間なんて気にもしないが」
蒼輝銀河のサーヴァントとして二度目の生を得たルーデルは、宇宙を股に駆ける飛行士として名を馳せた。
主には貨物や人、情報の運搬を仕事とした。宙を飛べるなら、悪事以外は何でも請け負った。
必ずブツを届ける天才パイロット。不滅の飛空士。そんな彼を讃える二つ名が、銀河を飛び回る彼に付いて回った。そんな生活を十年近く。
回った星の数と宇宙の移動距離なら、蒼輝銀河でも随一であるという自負がある。
そんな彼の噂を聞きつけたのが、XXだった。
「《アルトリアナイト》……伝説にのみ残る鉱石を探してくれと最初に聞いた時は、ずいぶん訝しんだものさ」
「なら、どうして彼女に協力を?」
「どうして? オイオイ野暮なこと聞くもんじゃないぞ少年! 飛空士は、誇りと浪漫の為にこそ宙を飛ぶ生き物なのさ! 伝説の鉱石だぞ? 胸を躍らせなくてなんとするよ!」
その楽しげな宣言が心から真実であると証明するように。ルーデルは調整が終わった義足を右足に取り付けると、勢いよく床を踏みしめ、立ち上がる。
「それに……君も見ただろう。XXの、あの弱り切った様子をな」
「……」
立香は思い出す。
ダース・ソルに挑発を受け、余裕を無くすXXの姿。今にも泣きそうに顔を歪ませ、我が身も省みず、肌を焼きながら突貫した、張り裂けそうな悲しみの感情。
立香達カルデアと出会った後でさえ、XXはああだったのだ。この宇宙で一人、自らが犯した過ちが、抗いがたい驚異と共に追いかけてくるのは、一体どれほどの苦しみだったことだろう。彼女はそれを、ずっと一人で抱え続けていたのだ。
「藁にも縋る表情とは、あの時の彼女の事だ。今すぐ倒れてしまいそうな程に弱り、ほんの少しのきっかけで泣き崩れてしまいそうな程に気落ちしていた」
ルーデルの語るそれは、これまで立香が思い描いていたXXの姿からは懸け離れたものだった。けれど、ダース・ソルに向かっていったあの恐慌を目にした今は、ありありと思い浮かべる事ができる。
明るく楽しいいつもの振る舞いは成りを潜め、助けを求めるXX。
そんな彼女の事を思うと、立香は……
「……」
「そうだ、その顔だよ少年! 黙ってなどいられない! 少女一人を守れなくては、男もスペース☆ライダーの名も泣いてしまうとも!」
立香の浮かべた表情は、ルーデルを心から満足させるものだった。
彼は頷き、立香に右手を差し出した。
「雇われ傭兵のような立場ではあるが、志は君と同じだ――遅くなったが、契約といこう。共にあの少女と、銀河の危機を救おうじゃないか」
「うん……これからよろしく、ルーデル」
「ハハッ! 大船に乗ったつもりでいたまえ! 比喩でなく、宇宙の端まで駆け抜ける、銀河で最も優れた宇宙船だとも!」
笑い合い、立ち向かう決意を確かめ合い、立香は現代最強の飛空士の手を取り、契約を結んだ。
コックピットの向こうで流れゆく星々が、まばゆい光のシャワーになって、銀河と一人の少女を救うべく動き出した立香の、覚悟に満ちた笑みを讃えるように照らし出していた。