SABER WARS Groove of the Galaxy!! 作:オリスケ
1節
「……とまあ、そんな感じで。目覚めたら宇宙の最果てにいた姫ちゃんなのでした」
コックピットに広がる宇宙を眺め、刑部姫は疲れ切った目でそう呟いた。
彼女の目は感情を灯す事を完全にやめており、何かを悟っているようにも、何物も見たくないと心を閉じているようにも見えた。
「ごめんね、おっきー。起こすのも悪いかなと思って」
「うぅ、まーちゃんの優しさが心に染みるけど、心の準備はちっともできないよぉ……ホントにあんなのと対決するの? デジマ? カルデアが救うのって人類史でしょ? ならちゃんと地球の枠内に収めよう? っていうか姫、自室に引き籠もって同人誌を作る作業に戻りたいんだけど」
「文字通りの乗り掛かった船だ、覚悟決めろ引き籠もり」
「確かに普段の絡みは無いけれど、だからってその呼び方はどうかと思うよサモちゃん!?」
辛辣な物言いに、またも刑部姫がショックを受けて涙目になる。その隣に、一緒に寝かされていたもう一人の姿はない。
「おっきー、アンデルセンは? まだ寝てるの?」
「姫よりも早く起きてたけど、一生懸命執筆してたよ。『どうせ戦闘できない三流だ。放っておけ』って。宇宙船でも集中できるあたり、ホント尊敬するっていうか、作家の苦しみ知ってる分怖いくらいあるけど」
「ふうん……ま、実際オレ達と一緒にいてできることも少ないだろうさ。好きにさせて良いんじゃねえか?」
宇宙の見える窓を隣に、原稿用紙に打ち込む青髪の少年の背中を想像する。
カルデア、まして地球にいては到底味わえない宇宙空間にいながら、手元の紙に文字を走らせる。眼前の未知より優先させる物語があるのなら、それにはきっと意味がある筈だった。立香も頷き、それ以上追求する事はやめた。
眼前の星はみるみるうちに大きくなり、その表面の様子が立香達の目にも見えるようになる。
宇宙を救う重要なミッションを抱えているとは言え、地球を遠く離れた宇宙の冒険だ。目の前に広がる新しい星の光景に、立香がほぅと感嘆の吐息を漏らした。
「陸地が見えない。本当に水だけの星なんだ」
「だからこそ恐ろしいぞ。水面が波打っているのがここからでも見えるだろう? 宇宙空間から見えるって事は相当な大きさの波だ、数キロメートルはあるかもな」
「……幅が?」
「高さだとも」
何かの冗談かと、立香が思わずルーデルを見る。返された勝ち気な笑みには、一切の冗談は混じっていなかった。
「水だけの惑星なら珍しい事でもない。そしてこの辺りの宇宙帯は重力の動きもデタラメだ! 水が予測不能な動きで襲いかかってくるぞ。飲まれればもちろん即死だ!」
「……ねえまーちゃん。この人のハイテンション、やっぱ戦争続きで頭のどこかやってるんじゃないの?」
冷や汗をタラリと溢し、刑部姫が言う。
唯一笑みを深めたのは、波という言葉に反応したモードレッドだ。
「ヘッ、上等だぜ。波があるなら、そこはオレの領分だ。いい加減、地球の単調な波に飽き飽きしてた所だしな!」
モードレッドは手にしたプリドゥエンの面を撫で、それから隣で不安そうな顔を浮かべるXXの胸をトンと小突いた。
「心配すんな、宇宙の父上。波乗りついでに、サクッと必殺アイテムを頂いてきてやるよ」
「……ええ。お願いします、サーファーさん」
「っそ、その声で聞き分けがいいと、何かゾクゾクすんな……まあいいや、任されたぜ!」
二人頷き合う。立香はその様子を見ながら、重荷を背負うXXがそんな風に頬を緩ませられるだけでも、自分たちがここに来た意味があったのだと思わずにはいられない。
ミレニアムスツーカが惑星に突入する。
大気圏を突入してすぐ、ズズゥ――ン、という重苦しい轟音が立香達の身体を震わせた。大気に混じる水しぶきで濡れるコックピットの眼前を、超高層ビルのような高さの大波が、生き物のようにゆったりとした動きで立香達の前を横切っていく。
遙か下の海面は、まるで何百ものミキサーが一斉に稼働しているようだった。曇り空を反映させた灰色の水が、指向性もなく暴れ回っている。その波の一つとっても、数十メートルはあるに違いない。
後部ハッチが開いた瞬間、冷たい水が吹き込んできた。前方に立っていたモードレッドが、暴風に思わず袖で顔を覆う。
「反応によれば、《アルトリアナイト》はここから半径十キロ圏内のどこかにある! 緑色の輝きを探すんだ!」
「そりゃまた随分アバウトだな。文字通り、海に落ちた宝石を探すって奴だ。楽しそうじゃねえか!」
眼下、遙か数キロ下に蠢く荒波に、流石のモードレッドも、小麦色の頬に冷や汗を伝わせる。轟々という唸りに、足が浮かび上がるような緊張が走る。
それを敏感に察知した立香が、彼女の肩に手を置いた。
「サモさん」
「心配すんな、これは武者震いだよ。ただの荒波程度に、オレがビビるもんか……だろ、マスター?」
「うん。サモさんならできるよ。俺はそう信じてる」
モードレッドが振り返り、視線が交錯する。
翡翠の瞳が、何かを期待するように揺れていた。
「だから、これは不必要な、くどいくらいの念押し……必ず帰ってきてね、サモさん」
「ああ、心配性なマスターの為に、面倒くせえけど言ってやる……約束だ。パパっと終わらせて、お前の下に戻ってくる」
くすり、と笑って、モードレッドが立香の襟を摘まんだ。
「だから、これも、いらねえ念押しだ」
そう言って、モードレッドは立香の胸に身体を押しつけた。
驚いたのはほんの一瞬。すぐに立香の腕が、モードレッドの日焼けした、小柄な身体を抱き締める。
XXの目を丸くする顔も、「まっ」と声を漏らした刑部姫のキタコレ顔も、ルーデルの短く吹いた口笛も感じない。ただ二人きり、お互いの触れ合わせた身体や、はぁという息遣いや、その内側の力強い鼓動を感じる。
「……」
「……もう、平気?」
「待て。あと十秒くらい」
「うん……」
「……」
「……チューしなくて、平気?」
「ん……やめとく。それは、帰ってきたオレへのご褒美にする」
「分かった。予約しておくね」
「ん……」
「……がんばれ、モードレッド」
「ん」
短く、ささやくような、二人だけのやり取り。こくこく頷く度に、ふわふわのポニーテールが揺れる。
そうして、ぬくもりを充分に満たしてから。モードレッドはパッと抱擁を解き、彼女に最もよく似合う、八重歯を見せた勝ち気な笑みを浮かべた。
「っし! 行ってくるぜお前等、マスター!」
「行ってらっしゃい、サモさん!」
手をブンブンと振り、モードレッドはダンッと甲板を蹴り付け、水しぶきの舞う中空へと身を投げ出した。
ゴウッと空気が吹き荒び、モードレッドの身体を浮かす。落下はぐんぐん速度を上げ、荒れ狂う水面がみるみる迫る。
モードレッドは、脇に握ったプリドゥエンと共に一回転。両脚を面にしっかりと乗せる。
「さあ行くぜ、前人未踏の荒波に挑戦だ!」
気合いの声を張り上げるモードレッド。その後ろに、高さにして数キロはあろうという荒波が迫る。
途方も無い大波を、プリドゥエンの面が切り裂いた。モードレッドは落下速度をそのまま勢いに変えて、巨大な水面を駆け下りる。
大波を抜けようとした対向から、数十メートル級の別の波が迫る。モードレッドは軽やかに身を翻し、迫り来る波をプリドゥエンで蹴り付け、速度を殺さず駆け抜ける。
「ハハッ、あちこちうねりまくって暴れてやがる。賑やかでめちゃくちゃで、まるでカムランの大戦だ!」
波を登りきり、ざんっと空中に舞う。
視界一面、三六〇度どこを眺めても、水平線の向こうまで荒れ狂う波、波、波、波、波。
それが、この水の星の全て。
モードレッドに迫るのは、星そのものなのだ。
「上等だ――全部踏み付けて、蹂躙してやろうぜぇ、プリドゥエン!」
叫び、猛り、サーファーは舞う。地表を埋め尽くす我が物顔の波共に、自分こそが波を制する王なのだと教えるために。
その鮮やかな勇姿は、滞空するミレニアムスツーカからも確認することができた。窓にへばりついた立香が、ほっと笑みを綻ばせる。
「全然平気どころか、すっごく楽しそう。本当に心配は杞憂だったみたいだ」
「ふへぇ、運動神経やっば……頭も身体も、姫とは作りが違いそー」
立香の隣で、刑部姫が感心して言う。
操縦席の方から、ルーデルが二人を呼んだ。
「《アルトリアナイト》らしい輝きを見つけたら教えてくれ! 通信機で、俺からモードレッドに伝えよう」
「了解! といっても、視界一面水ばっかで、正直何がなんだか……」
「待ってまーちゃん。あそこ、何か光ってない?」
刑部姫が指さした箇所に目を向けると、その先で、濁った水面がチカッと銀色に瞬いた。
「うーん、《アルトリアナイト》は緑色なんだよね?」
「それじゃあ違うかな……え、じゃああの光って――」
「ッ――全員掴まれぇぇぇぇ!!」
刑部姫の声に割り込む、ルーデルの咆哮。
次の瞬間、ミレニアムスツーカが大きく機体を傾け――先ほどまで浮遊していた箇所を、レーザーの如き一筋の水流が貫いた。
突然に傾いた機体を、刑部姫と一緒に転がる。そんな状態でも、水流の空気を抉る衝撃をはっきりと知覚する事ができた。
「な、何が起きたの!? 《極光騎士団》の攻撃!?」
「それならまだやりようはあったんだがな! 急いで座席に座ってベルトを締めろ!」
操縦桿を握りしめ、ルーデルは歯軋り。
コックピットの画面には、灰色の大海を悠々と泳ぐ、巨大な魚影が映っていた。
「これは完全に想定外だ――水ばかりの星に、まさか原生生物とは!」
波打つ水面を割って、その生物が巨体を曝け出す。
蛇のような胴長のボディ。扇のように美しく広がる巨大な鰭。頭のほとんどを占める巨大な口には、鋸のような歯がびっしりと並んでいる。
サーペント――神話に語られる水の怪物を彷彿とさせる生物は、まっすぐミレニアムスツーカを睨み付け、かっ開いた巨大な口から、超高水圧のレーザーを放出した。
「揺れるぞ、歯を食い縛れ!」
「ああもおー! 姫今回は見てるだけで余裕って思ってたのにぃぃぃぃぃ!」
泣き叫ぶ刑部姫の悲鳴をエコーさせながら、ミレニアムスツーカが急旋回して水流を避ける。
サーペントは水流を放出したまま、クイと顔を傾けた。空を切り裂くように動いたレーザーを、ルーデルは更にエンジンを吹かして回避。縦横無尽の神業で、追従するレーザーを撒く。
レーザーが止んだ時には、船内はすでに満身創痍だった。矢鱈目鱈に振り回されたお陰で立香の脳は回り、ルーデルでさえ苦しげに唸り、古いテレビにそうするように頭を叩いている。
一気に顔を青ざめさせた刑部姫が、皆を代表して叫んだ。
「分が悪すぎるんじゃない!? こんな避け方されたら、まずまーちゃんの身が保たないわよ!」
「ああ、全くその通りだ! 奴を何とかしなければ、全員纏めて海の藻屑だ」
「ッ分かりました、私が――」
XXがツインミニアドを現出し、立ち上がろうとする。しかし意気込みは長く続かず、大きな揺れにあおられ、呻きと共に呆気なく膝を付いてしまう。
「よすんだXX! 傷はまだ癒えてはいまい。そんな状態で戦うのは危険だ、一旦引いて体勢を立て直す!」
ルーデルの凜とした声。それに戦慄したのが立香だ。
「待ってよ、それじゃあサモさんが!」
「こらえろ少年! すぐに救助策を考えるが、今は君達の命が大事だ!」
「ダメだ、サモさんを見捨ていい訳がない!」
「まーちゃん掴まって、またレーザーが来るよ!」
刑部姫が指さす先。サーペントはまたも大口を開け、そこに眩い銀色の光を蓄え始める。
超高水圧のレーザーが、今度こそミレニアムスツーカを打ち落とさんと放たれる、まさにその時。
「ッそのデカ口を――閉じやがれぇぇぇぇぇぇ!」
大波を切り裂いて跳んだモードレッドが、両手に持ったプリドゥエンを、思い切りサーペントの頭上に振り下ろした。
衝撃に頭が揺れ、高らかな鳴き声と共に、レーザーが水面を切り裂く。全長数キロはありそうな巨体が、凄まじい水しぶきを上げながら水面に沈む。
プリドゥエンで水面を捉えながら、モードレッドが通信機に向けて叫んだ。
「コイツの相手はオレが引き受ける! レーザーの一本だってお前等には撃たせねえ、だからお前等は《アルトリアナイト》を探せ!」
「サモさん!」
「心配すんなよマスター。海はオレの領域だ。お前はお宝を探しながら、安心してオレのトリックに見惚れてればいいさ!」
その言葉が強がりでないと証明するように、へへ、と楽しげに笑うモードレッド。
その背後の水面を切り裂いて、サーペントが姿を表した。波乗りするモードレッドの後ろを追いかけながら、鋸状の歯を爛々と輝かせる。
「オレは、王に食らい付いた叛逆の騎士だ。壁が高いほど、波が高いほど、オレの魂は烈火の如く燃えたぎるんだッ」
真っ白な八重歯を煌めかせ、怪物に負けない程の野性的な笑みをギラリと浮かべ、モードレッドは輝く翡翠の瞳でまっすぐサーペントを睨み付けた。
「来いよ化物! どっちがこの海の支配者に相応しいか、その身体に叩き込んで教えてやる!」
勝ち気な光を灯す翡翠の瞳目がけ、サーペントの大口から、特大のレーザーが放たれた。