SABER WARS Groove of the Galaxy!! 作:オリスケ
高度数百メートルに達する大波が立ちふさがる。荒れ狂い続ける海水は曇天のような灰色で、それが屋根のように覆い被さって暗い影を水面に落とす。
あちこちで発生した小さな波同士がぶつかりあい、氷のように冷たい飛沫がモードレッドの顔に吹き付けられた。
翡翠の瞳に水滴をぶつけながらモードレッドは瞬き一つすることなく、眼前の立ちふさがる大波を睨み付ける。
(――ここ!)
迫り来る大波の前、数メートル大の小さな波を乗り越えて跳躍。勢いづいたプリドゥエンの面が、大波の水面を確かに捉える。
加速しながら大波を横に突っ切っていくモードレッド――その背後から迫る、けたたましい水音。
大波をこじ開けて姿を見せたサーペントが、超高水圧のレーザーをモードレッドに向け薙ぎ払った。レーザーは卓越したボード捌きで軌道を逸らしたモードレッドの後ろ髪を掠め、大波を切り裂く。
「ッぐ――!」
すぐ横で凄まじい水しぶきが起こり、切り裂かれた影響で波が大きく揺らぐ。
ガクガクと揺れるサーフボードの上で姿勢を維持するのは、途方もない集中力と体幹を必要とした。モードレッドは英霊たる神がかりなセンスでそれを為し遂げると、波を閉じ畳んでいく大波から脱出する。
プリドゥエンを蹴り付け、ざんっと宙に舞う。身を翻したモードレッドの視線が、波を掻き分け迫るサーペントと交錯する。
「これでも喰らって、頭冷やしな!」
モードレッドは空中で手に持ち替えたプリドゥエンの先端から、水球を大砲のように射出。丸呑みにしようと開け広げたサーペントの口内を叩き、悲鳴と共に海中に潜らせる。
波がうねるだけの静寂が満ちたのは、ほんの一瞬。モードレッドが呼吸を一つする内に、再びサーペントが水面を切り裂き、怒気を募らせてモードレッドに迫る。
(ッダメだ、隙がねえ! それに、波もデカすぎてうまく操れない!)
舌打ち一つ、モードレッドは海上での決死のチェイスを再開する。
体力にはまだ余裕はある。海は凍える程冷たいが、それで精細を欠くほどヤワにはできていない。それに速度では、僅かにモードレッドの方が勝っていた。
渡り合える。少なくとも死にはしない。しかし一方でそれは、この勝負が永遠のような堂々巡りに陥る事も示唆していた。
こちらが波に乗るサーファーなのに対し、向こうは海を自在に泳ぐ水生生物だ。総合的な機動力では、明らかにあちらの方に分がある。
そして、モードレッドに迫り来る命の危機は、サーペントだけではない。
荒れ狂い押し寄せる波そのもの。数百メートルを越える波の重さは、数万トンに達するだろう。その波に呑まれるという事は、巨大な生物の口に放り込まれ、歯に磨り潰されるようなものだ。モードレッドの身体は骨の一本も残さず砕け散り、文字通りの海の藻屑に変わるだろう。
圧殺の恐怖を押し殺し、自分を捉えようと暴れる水面の上に乗る。それはサーファーとして生きるモードレッドでさえ、サーフボードに乗せた二本の脚を『頼りない』と思ってしまう程の、圧倒的な質量差だった。
モードレッドは、時間が緩やかに感じられても尚足りない程の極限の集中を用いて、プリドゥエンを駆る。
引きつった笑顔のまま、表情がぴくりとも動かない。寒さに指先が悴むが、震え一つも起こす余裕はない。
モードレッドは、もはや最後に瞬きをしたのがいつかさえ忘れていた。随分前から、きっと呼吸も止めている。
セイバー時代の直感さえ引っ張り出して、常に最善手を選び出し、波とサーペント、迫り来る二つの死の驚異に追われながら波を掛ける。
興味を引き、逃げ続けるのが精一杯だ。
やがて体力が尽きれば、後に待つ運命は魚の餌か海の藻屑。いずれにせよ最悪だ。
「ッはぁ……冗談じゃねえ、オレには宇宙の父上と、マスターと、それからカルデアに戻った後の、赤マントのうまい焼きそばが待ってんだ!」
呼吸を思い出す為にも啖呵を切る、その背中目がけ、再びサーペントがレーザーを放つ。
一直線に伸びたレーザーは、反り立つ海面に風穴を開けた。モードレッドは大穴に飛び込み、高層ビルのような波を抜け、百メートル近い上空に身を翻す。
開いた視界に広がるのは、ただ一面の海。
灰色にうねる波の中、モードレッドはチカッと瞬く、一等星の如き翡翠の煌めきを見つけた。
「見つけた、《アルトリアナイト》!」
彼女達が求めて止まないその宝石は、荒れ狂う大海原の一画にたった一つ突き出た、細い岩塔の先端に輝いていた。岩塔の周囲は、まるでその下の海底に穴が空いているかのように、半径一キロを越える大渦ができている。
自分の瞳にも似た輝きをしかと目に焼き付けるモードレッド。その頭上を、けたたましい音を立ててミレニアムスツーカが飛翔する。
「見たな、マスター、ルーデル!」
『こちらでも確認した! でかしたぞモードレッド、あとは回収を――』
言いかけたルーデルの言葉が途切れ、ミレニアムスツーカが急旋回。先ほどまで飛行していた箇所を、凄まじい水流が薙ぎ払う。
海面から顔を見せたサーペントは、明らかに怒りと分かる表情を浮かべていた。逆鱗に触れられた竜の如く、全身の鰭を逆立てて、モードレッドを睨み付ける。
「ヘッ。んだよ、お前の宝物だったか? ならご愁傷様だ。テメエの目の前にいるのは、王位を奪い国を簒奪した、生粋の略奪者だからよぉ!」
意味は分かるまいが、そのモードレッドの発破が火を付けたように。サーペントはこれまでで最もけたたましく吼え立ち、襲いかかってくる。
膨れ上がった殺気を背中に感じながら、モードレッドが通信機を入れた。
「聞こえてるかお前等! 化け物は《アルトリアナイト》にご執心らしい。まずはコイツを黙らせるぞ!」
『手はあるの、サモさん!?』
「オレを誰だと思ってんだよマスター! お前が惚れ直すような、最高のトリックを魅せてやる!」
言い切り、ヘヘッと得意気に笑みを浮かべる。
そうだ、こんな大波、こんな興奮、地球じゃ絶対に味わえない。
まして、上空からマスターが見てくれている。ハラハラしながら、片時も目を離さず、自分を見つめてくれている。
そのマスターに――ちょっと良い所を魅せてやりたいなんて思ってしまえば。
そうすればもう、疲れなんて感じている暇ない。
足には、幾らだって力が籠もる!
「ルーデル! オレの動きを見て、察して、合わせろ! 同じライダーなら余裕だよな!」
『ハッハッハッ! 任せ賜えよサーファー! スペース☆ライダーの漢気と浪漫で、宙と海のタッグアーツを決めてやろうではないか!』
モードレッドの闘志に、ルーデルの高笑いが呼応する。ミレニアムスツーカが音を立てて飛翔し、波間の影に姿を消した。
プリドゥエンが波を捉え、再び決死のチェイスが幕を開ける。
しかしモードレッドの顔に、恐れはもはや欠片も存在しない。心の底から楽しそうに、プリドゥエンを蹴り付け、波間を駆ける。
「もうビビらねえぜ、化物」
けたたましい咆哮を上げながら追従するサーペントに対し、サーファーは嗤う。
「確かに波は高くてスリル満点じゃああるが。太陽も刺さねえ辛気くせえこの星じゃ、幾ら滑っても全くつまらねえ! そんな陰気な海の支配者を気取ってるお前の事だって、もうちっとも怖くねえ!」
放たれたレーザーを、宙に身を翻して回避。爆発のような激しい水しぶきの中、トリックさえ決めてみせる。
「魅せてやるよ魚! 楽しくカッコよく波を制さなきゃ、サーファーは務まらねえってなぁ!」
昂ぶるモードレッドの視界を、灰色が埋め尽くす。
それはこれまでで最も大きい――高度数キロに達そうかという、凄まじい高さの大波だった。
壁のように立ちはだかるそれに、モードレッドは果敢にもプリドゥエンで乗り、駆け上がっていく。その後ろを、いよいよトドメを刺さんと勢いを上げたサーペントが、鋸のような牙の並んだ顎を開き追いかけてくる。
脇目も振らずに、水面を滑る。高度がみるみる上がっていく。
後ろを追う死の恐怖も忘れ、モードレッドはただ昂揚に輝く翡翠の目で、自らの進む先を見据え続ける。
ほぼ垂直になった波を、プリドゥエンが切り裂き進む。昇る。
上へ。上へ。ただまっすぐ上へ。
いよいよ超高度まで達し、モードレッドの目が大波の天上を捉えた。
「――ここだぁぁぁ!」
次の瞬間、モードレッドはプリドゥエンを繰り、跳躍した。まるで未来予知のようなタイミングで、彼女の足下をサーペントのレーザーが薙ぎ払い、大波の頂点を切り裂く。
その裂け目に、モードレッドは一目散に、瞳を希望に輝かせて、突撃した。
ざんっ、と、プリドゥエンが水を切る。
わっ――と世界が広がる気配。
重力から解き放たれ、自由な空気が全身を満たす。
とうとう大波を乗り越えたモードレッドは、その垂直の軌道のままに、空中に身を躍らせた。まるで真上に放たれた一本の矢の如く、水滴を煌めかせながら空を飛ぶ。
重力からも水からも解放された、時間がゆっくり流れるような圧倒的な開放感。
快感に浸るモードレッドの背後で、飛び出したサーペントが、同様に空中に身を躍らせる。
振り返ったモードレッドは、彼女を呑み込まんと大口を開けて迫る怪物に向け、勝ち誇った笑みを浮かべて、告げた。
「――この海の王座、簒奪させてもらうぜ」
ニッと牙を見せる、反逆者の微笑み。
その後ろから、高らかな快音が鳴る。
キィィィィィィィィィィィ――という、空気の絶叫。鼓膜をつんざく金切り音。
遠く離れた地球という星で、その音はある時代のある事変を象徴するものとして、恐れ、また讃えられた。
遡る事七〇年前。第二次世界大戦。
その名と強さを畏怖と共に知らしめた、絶対無敵、強力無比なる鉄翼の咆哮。
――敵にとってそれは、死と敗北を告げる死神の哄笑。
――彼等にとってそれは、誇り高き第三帝国の凱旋を告げる鬨。
――それが響く時、地上は業火で満たされる。
――絶対なる、勝利の
「『
地面にほぼ垂直の軌道で飛来したミレニアムスツーカが、高らかな轟音と共にモードレッドのすぐ傍を駆け抜け、サーペントの大口目がけ、特大の火砲を連射した。
落下速度をそのまま乗せた一撃は、神の雷の如き速度でサーペントに直撃。その巨体を凄まじい大爆発で呑み込んだ。サーペントが悲鳴を上げ、数キロ下の水面まで落ちていく。
その、完全に無防備になった巨体に向け、モードレッドはトドメの一撃を振りかざした。
「さあ、行くぜ相棒! 至上の王の宝物庫に飾られし、真の力を見せてみろ!」
モードレッドの呼び声に呼応し、サーフボードが眩い光を放ち始める。
プリドゥエン。
聖剣エクスカリバー、選定の剣カリバーン、魔剣クラレント――それら名だたる武器と共に、伝説のアーサー王の宝物庫を飾りし宝具の一つ。
それは、元々は盾であったもの。
何かの間違いでなければ、子供の玩具になんて決してなり得ない、神性で大いなる武器だ。
それでもサーフボードとしてモードレッドに呼応したのは――一重にその盾の持つ、権能故。
「誰もお前を止めねえぞ。解き放て、プリドゥエン! 景気よく、威勢良く、どこまでもどこまでも爽快に、豪快に! 波を切り裂き、踏み潰しちまえ!」
そうしてモードレッドは、くるりと身を翻し、目を覆うほど眩い輝きを放つサーフボードに、枷を砕き割る渾身の踵を叩き込んだ。
「『
プリドゥエンが、真の姿を解き放つ。
瞬間、そこに現れたのは、超巨大なガレオン船だった。
盾の中に格納された、王の路を拓くための意匠。
幾千幾万の民を乗せ、波を砕き、新天地へと突き進む。国を抱え海を越える、アーサー王の大船舶。
それの頑強な竜骨が、落ち行くサーペントに鋼の斧のように振り下ろされる。
プリドゥエンはサーペントを踏み潰したまま隕石のように落下し、幾つもの波を砕き割りながら海面を叩き、凄まじい水しぶきを引き起こした。
サーペントの長く伸びた尾も苦悶の呻きも、轟音と激流に塗り潰される。
飛沫が終わり、プリドゥエンがその巨体を波に揺さぶらせた時には、サーペントの巨体は遙か水底に沈み、とうとうその姿を見せようとはしなかった。
「や――ったあああああああああああああ!!」
勝利の沈黙を破ったのは、心から嬉しそうな立香の声。
爽快感と一緒に宙を舞うモードレッドの目が、滞空するミレニアムスツーカのコックピットに座るマスターの目と交錯する。
彼が、ずっと自分を見ていて、自分の勇姿に心から胸を躍らせていた事は、彼の目の輝きを見れば一目瞭然で。
「……にひっ」
胸の内からふつふつと沸き上がる喜びの感情のまま、モードレッドは夏の太陽のような笑顔を浮かべ、立香に向け、渾身のピースサインを翳してみせるのだった。
なんちゃって宝具解説コーナー
蒼輝式急降下爆撃(ハウル・オブ・ジェリコ)
ランク:C
種別:対軍宝具
レンジ:1~50人、1~3台
第二次世界大戦において広く恐れられた、スツーカによる急降下爆撃の再現攻撃。
高高度まで上昇した後に、一気に急降下し強襲。敵の頭上に強烈な一撃を叩き込む。
元々は地上を侵攻する戦車隊に打撃を与えるため、装甲の薄い上部を狙うべく編み出された戦法。急降下の際に発生する空気を切り裂く快音は『ジェリコの喇叭』と呼ばれ恐れられた。ルーデル、ひいてはドイツ空軍を象徴する戦闘法。
地球のスツーカは急降下爆撃のために生み出された機体だが、蒼輝銀河でルーデルが繰るミレニアムスツーカはそれとは異なる。しかしルーデルがこの技を使用する時、たとえ空気の無い宇宙空間だろうと、象徴的な高らかな轟音が鳴り響く。
渦巻く怒涛を砕する海賊気分!(プリドゥエン・マジェスティクス・ガレオン)
ランク:A-
種別:対軍宝具
レンジ:500~2000人(搭乗可能人数として)
モードレッドによってサーフボードとして使われているプリドゥエンは、本来は『船を格納した盾』である。
栄えある理想郷へと赴く時、または国に大いなる災いが降りかかった時、プリドゥエンは王の命によって真の姿を解き放つ。
その船は民を護る砦であり、その帆は民を導く御旗である。王が乗船したプリドゥエンは、新たな土地を踏むまでの間、国そのものとなってブリテンの権威を誇示するのである。
……という感じで、大変に厳かな姿であり、王の命令以外で決して解放してはいけない。いけないのだが、いかんせん今の所有者が夏なので、プリドゥエンだってちょっとカッコイイ所を見せたくなったりする。具体的にはその場の勢いで解放してくれる。サーフボードとして扱われる現状に甘んじていたり、実は結構ノリノリなプリドゥエンである。
本来はアーサー王の宝具として恥じない、凄まじい防衛・殲滅機構を有するが、さすがのモードレッドもそれらの使用は許されていない。彼女ができる使い方はせいぜい、その途轍もない大きさを利用して相手を押し潰すくらいだ。