SABER WARS Groove of the Galaxy!! 作:オリスケ
「こ、この長さでいいの、サモちゃん!?」
「ああ、そのままキープしてろよ!」
《アルトリアナイト》を讃える大渦の上を、ミレニアムスツーカが飛ぶ。その後部ハッチからは、刑部姫の折り紙のロープで足を括って、モードレッドが逆さまにぶら下がっている。
「落とさないでね、サモさん」
「余計な心配だぜマスター。最高のサーファーは、バンジージャンプで怯んだりしねえよ!」
「それと、《アルトリアナイト》は高エネルギー体です。直接手で触れないように気を付けて!」
立香の心配に続いたXXの注意に、親指を立てて返す。
モードレッドをつり下げたまま、ミレニアムスツーカが《アルトリアナイト》に近づく。
モードレッドは、現出させたプリドゥエンを、石塔の尖端に思い切り叩き付けた。細い石塔はバキッと呆気ない音を立てて砕け散り、《アルトリアナイト》が翡翠の輝きを宙に舞わせる。
「後は、宇宙の父上から貰ったコレに――」
モードレッドは危なげない手つきで、お椀状をした機械を《アルトリアナイト》に触れさせた。翠の光に触れた瞬間に機構が展開し、完全な球形になって鉱石を中に閉じ込める。
モードレッドは得意満面に球形の容器を振って、上空にいる立香達に向け翳す。
「楽勝! やったなマスター、これで宇宙の父上の問題も、万事解決して――」
喜びに満ちた快活な声は、途中で搔き消える。
見上げた上空。ミレニアムスツーカの飛翔する、その奥。
鬱蒼と覆い尽くす灰色の空、その一点が、輝く紅く煌めいている。
その正体を理解した瞬間、モードレッドは激しい戦慄に瞳孔を収縮させた。
光はすぐに眩しく巨大になり、立香達の乗るミレニアムスツーカの機体も、轟々とうねる海も、何もかもを紅で埋め尽くす。
「な……」
「ッコイツは一体、何の冗談だ……どうしてここに《オルトリアノヴァ》が現れる!?」
紛れもなくそれは、蒼輝銀河最強の恒星の煌めきだった。
戦慄する立香達とは裏腹に、恒星の中央では、その圧倒的な熱の本体たるXXオルタが、静かに浮遊している。
前方に降り立った《オルトリアノヴァ》は、立香達が相見えたものよりはずっと小さかった。それでもその直径は数百メートルを数え、内包する途轍もないエネルギーが肌をビリビリと震わせている。
「恐らくコピーです。きっと、オルトリアクターのエネルギーで分身を作り出したんです……けれど、こんな事は今まで一度も……!」
同じく戦慄に冷や汗を伝わせながら、XXが言う。
恒星の中心に佇んでいたXXオルタが、ゆっくりと瞼を開き、琥珀の瞳をXXに向けた。
「――――――」
「っ……!?」
一切の感情を宿さない、氷の刃のような瞳を向けられ、XXは重力が何倍にも膨れあがったかのような戦慄を覚える。
立香はその視線と、睥睨される感覚に覚えがあった。
遙か高みから、自分とは異なる矮小な存在の営みを傍観する神の目線。
恒星の中央に鎮座し睥睨するXXオルタの目は、機械的に世界のユガを回し民を選別していた、インド異文帯のアルジュナのそれに酷似していた。
超常の琥珀の瞳は、微動だにしない冷たい凪を讃えながらも、一心にXXを見ている。
彼女を見つめ――心などとうに捨て去った存在であったとしても――何かの意志を交え、そこに意味を見つけようとするかのように。
「えっちゃん……?」
異様なプレッシャーの中の静寂に、立香が息を飲んだ、次の瞬間だった。
唐突に海面が切り裂かれ、つんざくような叫び声と共に、サーペントが飛びだしてきた。
「ッ野郎、あれだけ喰らって、まだ生きてやがんのか!?」
サーペントの憤怒の如き怒りは、一心にモードレッドに向けられている。今の彼女は宙吊りになった、完全に無防備な状態だ。
全く予想だにしていなかった絶体絶命の危機に、モードレッドにぞっと怖気が走る。
サーペントの大口が開き、超高水圧のレーザーが、モードレッドの土手っ腹に風穴を開こうと放たれる。
『――ゆらぐ』
そのレーザーは、不意にモードレッドの視界を遮った紅蓮の閃光によって掻き消された。
XXオルタが指し示した先から放出された光は、彼女がついっと動かした指に合わせて刃のように空間を薙ぎ払い、軌道上にいたサーペントをあっけなく切り裂いた。
サーペントの巨体は、まるで熱したナイフを押し当てたバターのように溶け切れ、切断面から一滴の血も溢すことなくバラバラの破片になって、今度こそ海の藻屑となる。
その死に様にXXオルタはただ一瞥をくれただけ。
『――ゆらぐ』
「……」
静かに開いた唇から漏れる言葉は余りに曖昧で、超然としていて。立香達の誰の中にも、返答に値する言葉は存在しない。
ただ、胸の内にふつふつと沸き上がるのは、人にも英霊にも平等に存在する、太古から刻まれた、動物としての本能。
太刀打ちできる相手じゃない。
――逃げなければ、死ぬ。
『ゆらぎは、排除する』
「撤退だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
誰よりも早く戦慄から解き放たれたルーデルが、ミレニアムスツーカを翻させる。
次の瞬間、恒星から放たれた無数の光線が、立香達目がけ雨のように降り注いだ。閃光は眼下の海にぶつかった瞬間に水蒸気爆発を起こし、柱のような水飛沫を立ち上らせる。
「分身だか本体の何千分の一のエネルギーか知らんが、相手をしていられるか! 用がないこの星は、さっさと離脱するに限る!」
「おぉぉおぉおぉおいバカ! 逃げるのも離脱するのも、オレを拾ってからにしろバカーー!」
ミレニアムスツーカの飛行の跡に、素っ頓狂な悲鳴が尾を引いて響く。
足を縄で括り付けられたモードレッドは、暴れ馬の尻尾のように空中で揉みくちゃになっている。ぐわんぐわんと揺さぶられる、そのすぐ脇を光線が駆け抜け、立ち上る水飛沫に正面から突っ込む。
「わぶっ――溺れる! 揺れる! 死んじまう! さっさと引き上げろ引き籠もりぃー!」
「今全力でやってるから、引き籠もりってゆーなぁ!」
超人的な飛行の中を踏ん張りながら、後部ハッチに立った刑部姫が必死に綱を引っ張る。歯を食い縛って全力を出しても、ミレニアムスツーカの全力飛行に引っ張られ、思うように力が入ってくれない。
そして、水飛沫を切り開いて飛来した閃光の一本が、まっすぐ刑部姫を目がけて飛来した。
「きゃ――」
「ッ危ない!」
さっと青ざめた刑部姫に割り込んだのはXX。飛来した閃光は、彼女が握るツインミニアドの鮮やかな一閃で弾かれる。
「ご心配をお掛けしましたが、もう大丈夫。わたしも戦えます!」
XXは傷の癒えた肩を一回し。険しい目で、水飛沫の向こうの紅蓮の輝きを睨み付ける。
「分身一つ倒せないで、どうして大ボスを倒せましょうか! わたしが、今ここで、何としても! あのミニえっちゃんを打倒してみせます!」
壁際のパイプに掴まって飛行に堪えていた立香は、XXの背中を見る。
開かれた後部ハッチの端。紅蓮の光と水飛沫を背景に佇むXXの背中は……どうしてか、とても小さく見えて。一粒の砂糖のように、波に混じって消えてしまうかのように、儚く感じて。
彼女の背中には、何があっても変わる事無いと感じさせる確固たる物が滲んでいる。
言葉にすれば、それは覚悟か。
あるいは――。
「……無理しないで、XX」
思わず、そう声を掛ける。
XXは一度振り返り、立香に向けて緩く笑って見せた。あまりに場違いな穏やかな微笑みと共に、XXは背後のブースターを起動し、空中に躍り出る。
瞬間、轟音と猛烈な水飛沫がXXの全身を吹き曝した。冷たい水に浸されて、彼女の顔から一瞬で笑顔が消える。
「受け取れ、宇宙の父上!」
未だ空中に引き摺られたままのモードレッドが、《アルトリアナイト》を格納した機械を放り投げた。受け取ったXXは、更にブースターをふかし、速度を上げる。
立ち上る水柱を切り裂き、飛来する紅い光線を弾く。一切ブレーキを駆けず突き進むのは、ひとりの少女を中心に讃えた、紅き恒星。
「……見てください、えっちゃん」
球状の機械を眼前に翳す。
怯えを孕んだ目を、それよりも強い覚悟と責任に、重苦しく塗り潰して。
「これは証明です。この手で、あなたを解放して、楽にさせてみせるという――わたしの責任の、証です!」
悲痛な叫びと共に、XXは球形の機械を砕き割り、中の《アルトリアナイト》を握りしめた。
瞬間、恒星の紅蓮をも跳ね返す程の、眩い翠色の輝きが迸る。XXの拳の中に、もう一つ恒星が産まれたような光が灯り――
「っ――!?」
死に限りなく近い虚脱感が、XXを襲った。
あらゆるアルトリアの力を無に帰す、《アルトリアナイト》の翡翠の煌めき。それが彼女の命を容赦なく吸い込み、蝕んでいく。
心臓の鼓動が一瞬止まる。
視界が真の闇に染まる。
背中のブースターが消え、ただ慣性に従って宙を舞う。
紅蓮の閃光が、意識のないXXに向け迫る。
「っ――あ、が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
XXが、吼えた。
無に呑み込まれそうな魂を獣の咆哮で呼び覚まし、翠に輝く拳で紅蓮の閃光を殴りつける。
喉が張り裂ける程の絶叫を振り絞り、XXは再びブースターを灯して、空を駆ける。
《アルトリアナイト》に急速に奪われていく命を、それ以上に命を燃やして対向する。
文字通り、命懸けで。身を粉にして。谷底に落下して死ぬ運命を、腕を岩壁で摺り下ろして遅らせるように。
「うわああああああああああああああああああああ!!」
握りしめた死の絶望感も、途方も無い恐怖も、何もかもを絶叫で塗り潰し、XXは紅い恒星へ突貫した。
爛々と見開いたXXの目と、恒星の只中のXXオルタの目が、一瞬交錯する。
『――――――。』
絶命寸前の狂気を宿した、蒼い瞳。
何もかもを切り捨てたように冷ややかな、琥珀の瞳。
互いに心など宿す余地もない邂逅は、一瞬の間だけ。
XXの振り抜いた翠に輝く拳がXXオルタの胸を打つ。紅蓮の光は一瞬で翡翠の光に吸い込まれ、恒星はXXオルタの姿ごと、幻のように消え失せた。
空間を埋め尽くしていた強烈なエネルギーが消え失せ、静寂が満ちる。
「……やっ――」
淡い喜びを言う余裕すら、燃え尽きていた。
何の前触れもなく、XXの瞳は光を失い、波打つ海面に向かって落下する。
「宇宙の父上!」
XXを受け止めたのは、飛来したミレニアムスツーカと、それに括り付けられたまま、結局引き上げて貰う暇のなかったモードレッドだった。宙吊りになったまま、空中とは思えない危なげのなさでXXを受け止める。
その拍子に、XXの拳から、《アルトリアナイト》がこぼれ落ちた。
辛うじて目を覚ましたXXが、一気に顔を青ざめさせる。
スローモーションになった視界。《アルトリアナイト》の翠の光が、波打つ灰色の海に落ちていき。
「あ――」
「っと、とぉ」
ひょいっと伸びたモードレッドの手が、あっけなく《アルトリアナイト》を握りしめた。
モードレッドは、つまんだ翠の宝石をまじまじと見つめ、傷も何も入っていない事を確認し、ほっと安堵の溜息を漏らす。
「ふぃー危ねえ危ねえ。秘密兵器なら、大事に握っておけよ――って、どうした宇宙の父上。きょとんと目を丸くしてよ」
「あ、い、いえ……何とも、ないのですか?」
「?」
今度はモードレッドがきょとんと目を丸くして、首を傾げる。《アルトリアナイト》は今、ただの宝石であるかのように、モードレッドの手の中で沈黙していた。
モードレッドは手中に収まった鉱石を転がし、さっきまで紅蓮の光が満ちていた場所を見る。
「あれだけ強烈だった熱が、一瞬で搔き消えちまった。この力なら、あの宇宙の黒父上だって黙らせられるかもな」
「……ええ、そうですね」
XXはそれ以上の追求をしなかった。ただ薄く笑って、自らの奥底に巣くう黒々とした覚悟に、ぐっと表情を引き締める。
見つめるのは、灰色の空の、更にその向こう。遠い宇宙の彼方に揺蕩う、紅の恒星。
「待っていてね……今、迎えに行くよ。えっちゃん」