SABER WARS Groove of the Galaxy!! 作:オリスケ
1節
《オルトリアノヴァ》到達まで、十二時間。
決戦まで、あと半日――。
ハイパーワープ中に見える景色は、宇宙船のどこにいようと変わる事は無い。
高速の何十倍という速度で飛翔する事により、付近の星は、長く細い光の帯になって、後ろに流れていく。どれだけ大きな星も、輝きが見えて、後ろに消えていくまでに数秒もかからない。自分が宇宙のどこにいるかは、ただ計器だけが頼りだ。
幻想的ながら単調なその景色は、コックピットから離れた、ミレニアムスツーカの居住スペースからも見ることができた。幾つかの私室が並んだ廊下の突き当たりには大きく開かれた円形の窓があり、流れゆく星の光の帯の数々に眩く輝いている。
その窓の前で、XXは佇んでいた。まだワープ終了まで半日はあるにも関わらず、鎧を蒸着させた戦闘形態だ。
その表情は固く、唇をきゅっと引き結んでいる。眩い光の中に映る背中は、どうしようもなく一人ぼっちで、孤独に見えた。
モードレッドはしばらく、XXの重苦しい背中を、憂うような目で見つめていた。
やがて意を決し、務めて何てことの無い調子で、隣に並び立つ。
「寝た方がいいんじゃねえのか、宇宙の父上」
「ありがとうございます。けれど、今のうちに着用感に慣れておかなければなので」
そう微笑むと、XXは自分の左腕を持ち上げた。左の小手には、ガントレットのような武器が組み込まれている。
ガーデルマンによって作られた、アルトリアナイトを内蔵したガントレットだ。それはXXの動きに呼応するように、翠の光を放っている。
「……辛くないのか?」
「気分で言えば八連勤目くらいです。へっちゃらな部類ですね」
あっけらかんと笑ってみせる。そのXXの笑顔は翠の光が脈打つ度にひくつき、脂汗を滲ませていた。
アルトリアの力を封じる、《アルトリアナイト》の絶対的な権能。それは武器の形に加工した所で、彼女を蝕む事を止めはしない。
「いざ本番になって、いきなり卒倒じゃお話にもなりませんから。今のうちに吸っておいて貰うんですよ。ペットに餌やりする感覚で」
「……」
「大丈夫、心配には及びません! 宇宙警察の過酷な日々で鍛えられた私です。少しのハードワークくらいなら――ええ。ぜんぜん、これっぽっちもへこたれませんとも!」
「……」
どんなに鈍い奴だろうと、XXの口早な台詞が、全て空元気であることが分かるだろう。
モードレッドは、ただ黙って見つめ続ける。
次第にXXのは笑顔を消し、口角を下げ、めっきの剥がれた沈痛な面持ちで俯いた。
モードレッドが、殊更大きな溜息を吐き、呆れる。
「仮にも父上の姿した奴が、そんな情けねえ顔を見せるんじゃねえよ、バカ」
大袈裟に、バレバレな強がりを見せて、そのくせ雨に濡れた子犬のような弱さまで見せて。
むしゃくしゃした腹いせに、鎧に拳をゴツと押し当てる。XXはまだ、困ったような笑みでモードレッドを見ている。
「大切な友達が生きてるかもしれないんだろ? アンデルセンとマスターが言うには、勝ち筋だって見えてるらしいし……良いことづくめじゃねえか。なのに、この問題のいちばんの当事者なお前は、ずぅっとその辛気くせえ面でウジウジしてやがる。肝心要のお前がそんな調子じゃ、オレのマスターまで危なくなるだろうが」
「……」
「もう少しシャキっとしてくれなきゃ困るんだよ。お前のせいで人類最後のマスターが死んでみろ。今度はオレが、宇宙の端っこまででも追いかけて、お前をはっ倒してやるぞ」
モードレッドの言葉は強烈な棘があったが、その鋭さの分だけ、XXを真剣に案じてもいた。少なくとも彼女は、今のXXのような退廃的な心で戦場に行き、帰ってきた騎士を知らない。
およそ戦場に相応しくない、情けない心境。XX自身もそれを知っていた。知った上で、振り切れない迷いに心を曇らせていた。
「……確かに、嬉しいことです。私は逃げ続けていて、えっちゃんが生きているなんて考えもしなかったから」
「だったら……」
「でも、だからこそ不安なんです。私はこの手を、どうやって振るえばいいのかって」
左手を翳し、《アルトリアナイト》の翠の輝きを瞳に映す。光の脈動を必死に耐えながらも、ふと気を抜けば崩れ落ちてしまいそうな危うい様子で、XXは言う。
「正直に言って、怖いんです。もう一度えっちゃんに遭うのが……怖くてしょうがない」
握りしめた拳が、震える。
それは、弔いのために振るう拳だったのだ。
とうに死んだ彼女を安らかに眠らせる為の戦いだったのだ。
もう二度と会えないからこそ振るう、終わらせる為の一撃のはずだったのだ。
だが、そうではなかった。
えっちゃんは生きているかもしれない。
生きて、XXの事を見ているのかもしれない。
「けれど。じゃあ、自分は……私の犯した罪は、一体どうなるっていうんですか?」
XXは、罪人なのだ。
友人を見放した。見殺しにした。
目を背け、忘れようとした。
暗い宇宙に放りだしたまま、何年もの間一人ぼっちにさせた。
「そんな人間が、今更助けに行くなんて……合わせる顔もないのに、もう一度会うなんて」
恒星の中心に浮かぶ、XXオルタ。
あらゆる感情を光に溶かしたような、人を超越したかの如き冷徹さを讃えた、琥珀の目。
弔いのためであれば、あの目に相対する覚悟もできた。
でも、あの目に、自分の罪を糾弾されたとしたら。
これまでの自分の仕打ちを、怒りと共に責められたら。
そう考えるだけで、膝を折ってしまいそうになる。
俯き、胸の前に据えた拳を見つめ、XXは苦悩する。拳に灯る、友を救うために手に入れたはずの翠の輝きは、未だそれを振り下ろす力を、宿しきれないでいる。
大切な友人のはずなのに……大切な友人だったからこそ、会う事が怖い。
そして、怖いと思ってしまう自分が、とにかく情けない。
「えっちゃんはきっと私を許さないでしょう。絶対に、許すはずがありません。なのに……私は、一体どうしたら――」
「フンッ」
俯く彼女に、モードレッドは躊躇無くプリドゥエンを振るった。
下から掬い上げるように振るわれたサーフボードは、XXの拳をガンと打ち上げ、俯いたXXの顔に直撃させた。
「あいったあああああああああああああ!?」
「おう、幾分かいつものバカっぽい声が出たな。この調子で頭のネジ外れるまでぶん殴るか?」
「な、な、何するんですかサーファーさん!? 《アルトリアナイト》は本当に危険な鉱石なんですからね!? 当たり所悪ければ、霊基全部吸われる所でしたよ!?」
「んなら、お前のウジウジした暗い思考も吸って貰え、ばーか」
鼻を真っ赤にしたXXを鼻で笑い、モードレッドは鋭い目でXXを睨む。
「これが父上だったら、不敬罪で首飛ばされても文句はねえ。なんならそのまま寝首掻いて叛逆してやってもいいさ……だが、お前は父上と全然違う」
「……あなたの、お父さんと?」
ああ、そうさ。とモードレッドは肯定する。苦々しく。目を丸くしたXXの顔に、並々ならぬ思いを抱かせながら。
「父上は、立派な王だ。この世で最も優れた国の上に立つ、最も優れた王だった。策に明るく、誇り高く、国に勝利を導く強い王だった」
「……」
「だが、同時に父上は、ある意味でとても残酷な人だった。国の平和のために、これを言えば相手がどう思うか、自分がどう思われるかという思考を、平気で排除する人だった」
聖剣を抜き老いを失った、少年のような王の顔は、いつも氷の刃のようであった。
民の信奉を浴びても、微笑み一つ浮かべない。
敵を屠っても、その目に憂いを見せる事はない。
家臣の謀反の報を聞いてさえ、「そうか」と一言呟き、つぶさに排除の為に策を巡らせる。
人の心が分からないとはよく言ったものだ。冷徹に治世をこなすその様は、神か機械に近かった。国を守るために機能するシステムのようだった。優れた王であった彼女は、余りに優れすぎていたせいで、彼もまた一人の人間であるという認識を、一切寄せ付けなかったのだ。
民が恐れを抱くようになっても、王は有り様を変えようとしなかった。美しき顔を崩すことなく、王は王であり続け、機能的に国を指揮し――息子と呼んで欲しいという自分の願いに、耳一つ傾ける事をしなかった。
「王は、冷たい人だった。ただ息子と呼んで欲しいだけだったのに。オレを見て欲しいだけだったのに。父上は、オレを意識する事さえしなかった」
「……」
「そういう無関心が、人をどれだけ傷つけるかを、オレはよく知っている」
心を壊すような不幸を、些事であるかのように唾棄される。
燃えたぎるような怒りにも、眉一つ動かされない。
あの時、王に息子であると告げたあの瞬間。怒りでも拒絶でも、王が何かしらの感情を見せてくれれば、自分の叛逆の運命は変わっていたかもしれない。
無関心こそが最悪の非道であることを、彼女は自らの人生で思い知っている。
「だから、オレは断言できる。お前は父上とは似ても似つかない。そしてお前は……何も、悪くない」
打った鼻の痛みも忘れ、XXがモードレッドを見つめてくる。
揺れ動く蒼の瞳は、友を思う不安と悲しみに揺れている。傷つき疲弊した心で、一心にモードレッドの声に耳を傾けている。
何年も、何年も、思い焦がれて。
酷いことをしたと自分を責めて。自分のせいだと思い詰めて。
死を受け入れられなくて。認めたくなくて。とうとう、逃げる以外の選択を取れなかった。
何が罪人だ。何が罰を受けるべき過ちだ。
壊れるまで自分を責め立てるその感情は……誰かひとりを一心に思い嘆くその熱い魂は……。
――全てを恨み叛逆した自分が、終ぞ手に入れられなかった、求めてやまないものなのに。
「お前はずっと、思い続けていたんだろ? 悔やんで、悲しんで、心の中で詫び続けていたんだろ?」
「……」
「ならお前は、裏切っていない。ただの一度も、ソイツを傷つけたりしていない。まして、それほどまでに想っている人間に対して振るう叛逆の刃は、この世界のどこにも存在しねえ」
揺れ動くモードレッドの瞳は、宇宙に輝く星のどれよりも澄みきり、熱い感情で満ちている。
XXは、どこか夢を見るような呆とした表情で、モードレッドを見つめていた。王によく似た顔に見つめられるくすぐったさに耐えかねて、モードレッドがかあっと顔を熱くして、プリドゥエンを盾に視線を遮った。
「だ、だから。その重てえ鎧脱いで、飯食って、さっさと寝ろ。いいな!」
「……でも」
「――はぁぁぁぁ? で、も、じゃ、ねえんだよ! オレにここまで言わせといて、何でまだへこたれてんだよバカ!」
呆れ果てたモードレッドは、進展のないXXの落ち込みように苛立たしげに唸り、髪をガシガシ引っ掻く。そうして彼女は、掲げたプリドゥエンをXXに押しつけ、星々の流れる窓から引き剥がした。
「お前はため込みすぎなんだよ、バーカ! あーもう頭来た! 心底癪だが、こうなりゃとことん、お前のそのいじけた性根をたたき直してやる!」
「わ、わ! ちょ、サーファーさん!? どこへ連れて行くんですか、ちょっと!?」
慌てるXXの声も聞かずにプリドゥエンを押すモードレッド。
顔を真赤にして、ぐぬぬと悔しげに歯軋りして。
そうして痺れをきらしたように、勢い任せで言い放つ。
「特別に、マスターを貸してやる――オレのだからな? 貸すだけだぞ? 癒されたらちゃんと返せよな!?」