SABER WARS Groove of the Galaxy!!   作:オリスケ

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幕間 空を駆け、命を懸けるに値する
1節


 

 XXの必死の願いに端を発する蒼輝銀河の冒険は、ただひとりの友を救うために宇宙を破滅から救う、とてつもないスケールの戦いだった。

 敵は恒星、《オルトリアノヴァ》。それを背後に据えて展開するは、一惑星規模の軍隊《極光騎士団》、およびその師団長、暗黒太陽騎士ダース・ソル。

 救うべき名は、ヒロインXオルタ。えっちゃん。

 かつてXXが命を救われ、臆病ゆえに目を背け、宇宙に放逐され死んだと思われていた彼女は、今、紅蓮に輝く《オルトリアノヴァ》の熱核の中心で静かに揺蕩い、眠りに落ちている。、無限に増幅するエネルギーで全てを紅蓮に飲み込まんとする、静かで圧倒的な破滅の眠りに。

 《オルトリアノヴァ》を止め、えっちゃんを救う。

悲しみの中固く決意した、XXの覚悟に応えるべく。立香達は銀河最速のスペース☆ライダー、ハンス・ルーデルと共に宙を飛んだ。

 宇宙の最果ての惑星で、必殺の切り札、アルトリアの力を問答無用で消し去る鉱石《アルトリアナイト》を手にした一行は、今、再び戦地へと舞い戻る。

銀河の果てへと行きて帰りし、これまでで最も長い立香達の冒険は、単純距離にして数百億光年に及ぶ。ルーデルの繰る宇宙船ミレニアムスツーカは、光速の何千何万倍にも至るハイパーワープで、蒼輝銀河最大の紅蓮の恒星の元へと飛翔していた。

ただ、友を救うべく。

ただ、救いたいと願う彼女のひたむきな想いに、応えるべく。

 

 

 最終決戦のその時まで、およそ八時間。

 ハイパーワープ中の、次元を超えて飛翔する故にひっそりと静まり返った船内で、各々は思い思いに時を過ごし、待ち受ける途方もないスケールの戦いに向けて英気を養っている。

 ミレニアムスツーカの操り手、ハンス・ルーデルは、一人操縦席に楽な姿勢で座り、前方の流れゆく景色を眺めていた。ワープ中は自動操縦に切り替えており、自由な両手は頭の後ろに組んでいる。

 機器の駆動音以外は何も響かない静寂はいつもの事だったが、それでも大いなる戦いを前にした空気は、いつもよりヒリついているようにも感じられた。その中でルーデルは操縦席に腰掛け、まるでそこが陽光射し込む草原であるかのように、穏やかにくつろいでいる。

 その背後の影が、ゆらりと蠢き、するすると人の形に持ち上がる。

 

 

「……退屈じゃないの?」

 

 

 操縦席の脇からひょっこり顔を見せた刑部姫は、黄昏れるルーデルに、そう声をかけた。

足音もない接近に特に驚いた様子もなく、ルーデルが眉を持ち上げる。

 

 

「何がだ?」

「さっきからずぅーっと、同じ景色のままじゃん。姫も最初は興奮したけど、最初の三十分くらいで飽きちゃった」

 

 

 言いながら刑部姫は、隣失礼するねーと気安い感じで、彼の隣の助手席に腰掛ける。

 

 

「見たところ、本やらゲームの類もないし。移動中は、ずっとそうして黄昏れてるの?」

「もちろんさ。人生を飛行に捧げた英雄だからな! 操縦桿を握っていない時でも、いつも飛ぶことを考えている。色んな惑星、色んな星雲――遙か遠い、宇宙の端なんかの事をな」

 

 

 一縷の曇りのない目で、そう言うルーデル。

彼はコックピットから視線を外し、隣に膝を抱えて座る刑部姫を見る。

「そういうお嬢さんは、どうしてここに? アンデルセンの書いた物語は、君が主演らしいじゃないか」

「主演だからかなぁ、その時になるまで読むなって言われちゃった。『お前はどうせやりたくないってボヤき出すから鬱陶しい』って……まあ、あってるけどさ」

「ハハッ、俺はアンデルセンの意見に同意だ。大戦中にも、俺と同乗する奴は大抵嫌がるが、コックピットに乗せてしまえば諦めて決意を固めたものだ」

「それ、命も諦めてるんじゃないかな……?」

 

 

 冷や汗ひとつ、刑部姫はアンデルセンの書いた物語が悲劇で無いことを祈るばかりだ。

 座席の上で膝を抱えながら、刑部姫はちらりとルーデルを流し見た。

 

 

「……ねえ、ルールーってさ」

「ッハハ! それはまた随分可愛らしい呼び名だ! ……いや失礼、どうした?」

「どうして、ここまでするの?」

 

 

 刑部姫の問いが、静まり返ったコックピットに響く。

 その語気は予想に反して固く、ルーデルが笑みを消す。

灰がかった茶色の瞳に向け、刑部姫は続けた。

 

 

「依頼された義理を通すって動機は分かる。かわいそうだし、助けたいって言うのもあるよね。浪漫ってのも、オトコノコならしょうがないかもしれない。でも、これって絶体絶命のピンチな訳でしょ?」

「……」

「敵は、ハチャメチャなスケールだよ? 死んじゃう可能性の方がずっと高いよ。そんな圧倒的不利な戦いに、単に依頼されただけのルールーが命を懸ける理由って、何?」

 

 

 相手は四十億を越える軍勢に、煌々と輝く恒星そのものだ。刑部姫自身、訳が分からない戦いだと思う。震えないでいられるのは、現実味が一向に追いついてくれないからだ。

 正直今も、できることなら地球に帰って引き籠もりたい。立香のためを思えば、どんな手を使っても、今すぐ地球に帰る事が正解のような気さえしている。

 ルーデルは、生き急ぎ自暴自棄になったXXを『投身自殺』だと非難した。

けれど、それを言うならルーデルだって同じだ。そもそもこの戦いに参加する事自体が、自殺のようなものではないか。

ルーデルは少し思考し、答える。

 

 

「……理由を二の次にして、世界を護るために戦うのが、英雄とは思わないか?」

「そうかも。カルデアにも、そういう人は沢山いる。でも何となく、ルールーはそんな風には動かない気がする。ルールーはもっと、個人的なこだわりとか――利益とかを気にするタイプかなって」

 

 

 蒼輝銀河を生きるスペース☆ライダーとなったルーデルは、自他共に認める自由な飛行機乗りだ。銀河の彼方まで、望むままに宙を飛ぶことができ、それを心から由としている。

 

 

「姫は引き籠もってゲームしたりするのが大好きだから、人類史を救うのも、他の人がやってくれるならそれでいいって思うタイプ。ルーデルも自由な飛行機乗りなら、宇宙の危機になんて関わらない方を選ぶんじゃない?」

「……」

 

 

 刑部姫の言葉を、ルーデルは静かに聞いていた。刑部姫は膝を抱えたまま、視線で彼に真意を問う。

 

 

「どう? 当たってる?」

「……いや、外れだな。君の印象は、私の本質とは随分異なる」

 

 

 まるで答え合わせをする教師のように。緩く首を振って、ルーデルは微笑んだ。

 

 

「俺は空を飛ぶことが、心の底から大好きだ。それは君の想像の通りだ。俺は人生を空に捧げた――だが、俺は人生を『戦士として』空に捧げたんだ」

「……どう違うの?」

「何もかも違うさ。俺は空を飛ぶために戦った訳じゃない。戦うために最適だったのが、たまたま空だったというだけだ」

 

 

 時は八十年前。第二次世界大戦。

 彼はドイツ国家最高の飛空士として、幾度となく空を飛び、武勲を上げた。

 戦場に高らかな喇叭を鳴らし、遙か上空から、神の雷の如き急降下爆撃で敵を撃滅した。

 例え撃墜されたとしても、その度に生還し、何事もなかったかのように空に舞い戻る。

その武勲は、数百万の兵が集い、戦い、命が子供の小遣いよりもあっけなく散る戦場において、英雄と呼ばれるに相応しい、そうそうたるものだった。無数の勲章を賜り、敵国から名指しで恐れられるようになり、その冗談のような逸話は生涯を終えた後も語り継がれている。

 英霊の座まで昇華された彼に伝わる武勇は――いずれも、兵士としてのものだ。

 

 

「飛行機乗りの前に、俺は兵士だった。空を好きになる前に、国の為に戦う使命があった。俺が空を飛んだのは、空を愛したからじゃない。より多くの敵を屠り、我等が第三帝国に勝利をもたらすためだ」

「……」

「ああ、もちろん褒められた事じゃない。結果的に第三帝国は敗北したし、その過程で多くの非道を為した。俺自身、自分の行動を正義と主張したりはしないさ」

 

 

 そう断って、ルーデルは表情を強張らせる刑部姫に、緩く笑ってみせる。

 

 

「言いたかった事はな……俺はいつも、戦うために空を飛んでいたんだ」

「戦うために……」

「死の淵に『もっと飛びたい』と思ったのは事実だ。結果論とはいえ俺は空を愛したし、宇宙を自由に飛び回るのは、それはそれは楽しいとも! だが俺の根底は、自由に空を飛ぶ英雄じゃない。栄光のために空で戦った英雄なんだ。だから、単に『どこにでも行ける』という自由だけでは、どうにも退屈なのさ」

 

 

 空を飛ぶ楽しさよりも、もっと強く、胸に宿る感情がある。

 それは彼の根幹。彼が時代の流れに乗り、命を捧げて取り組んだもの。

 命を燃やし、身を粉にし、焦がし。

 生き抜くために空を飛び、勝利のために空を飛んだ。果てなど見えない永遠のような命懸けの中で染みついた、戦士の本能。

 ――もっと、もっと、戦いたい。

 

 

「この命を賭して懸ける、夢のような戦いを。刹那のために命を燃やす、至上の輝きを……俺の魂はずっと、戦いの苛烈な熱を求めてやまないでいる。そして、そんな俺の所に、XXとマスターが現れた」

 

 

 何を引き替えにしてでも、友を救いたいと願うXX。

 その切実な想いを、支えたいと願い、省みる事無く身を捧げる立香。

 彼等の魂に灯る熱の、何と熱く気高い事か。

 どんな星空の、どんなに眩い一等星よりも。二人の魂に灯る輝きはルーデルを見惚れさせた。

 

 

「戦場で生きたからこそ、俺は魂に宿る炎こそを尊ぶ物だと知っている。呆気なく散る命だからこそ、大義を為さんという信念の下に輝く命こそが美しいものと知っている」

 

 

 抗えんのだよ、とルーデルは笑った。

 自分自身に呆れるように。同時にそんな自分を、胸を張って誇るように。

 

 

「パイロットである前に兵士だからな――弱いんだ。まっすぐで眩しい、命の輝きという奴にはね」

 

 

 持ち上げた口から覗く野性的な白い歯をハイパーワープの眩い光に照らしながら、屈託なくルーデルは言った。

 その笑みは、硬い芯の通った言葉は、彼が命を懸けても惜しくないと本気で思っていると思い知るには、十分すぎる眩しさで。

 刑部姫はぱちりと目を丸くし――それからほう、と溜息を吐き、座席に背中を凭れさせた。

 

 

「はぁぁ……なーんだ。結局ルールーも、カルデアの陽キャと同じ戦いバカって事か。自由な飛行機乗りだから馬が合うと思ったのに」

「ご期待には添えなかったかな、お嬢さん?」

「んーん。印象とは違ったけど、別にいいよ。何一つ嘘が無かったし、まーちゃん達に協力してくれるって分かったし」

 

 

 そう言って、刑部姫は虚空に手を差し出すと――ぱちん、と指を鳴らす。

 次の瞬間、彼女の背後の空間が揺らぐ。

ひとりでに持ち上がった影の中から露わになったのは、折り紙で作られた巨大な蠍の尾。

 刑部姫のスカートの裾から伸びた蠍の尾は、蛇が鎌首をもたげるように、鋭い刃を讃えた尖端をルーデルに向けている。

 刑部姫が真意を問い、ルーデルが答える間、それはずっと身を隠し、ルーデルの心臓に狙いを定めていたのだった。

 唐突に現れた悍ましい姿を前にしても、ルーデルの目に驚きは現れなかった。

 刑部姫は小首を傾げ、先ほどの明るい調子が嘘のような、ぞっとするほど冷たい声音で問う。

 

 

「気付いていたの?」

「確証があった訳じゃない。だが、疑われても仕方ないという自覚はあった」

「下手な動きを見せたら刺すつもりだったけど。それにも気付いた上で、あの笑顔ってわけ?」

「刺さないよ。刺すものか。慈悲も無しにそんな事をできる人間が、あの少年の隣に立って、笑っていられる訳がない」

「はぁ……ほんと、眩しすぎて直視できないや。ルールーは、絶対まーちゃんに気に入られちゃうね」

 

 

 そう言って刑部姫は、おぞましい化生の気配を嘘のように掻き消した。

 空間を指でなぞり、蠍の尾をスルスルと畳んでスカートの中に格納する。

 

 

「あーあ。そんなまっすぐな笑顔を見せつけられちゃ、疑ってた姫が性格悪いみたいじゃんか」

「恥じる事はないぞお嬢さん。少年は、君のそれが優しさだとちゃんと分かってくれるとも」

「ごめんねルールー。サモちゃんは人を疑う事は苦手そうだし。こういう形でマーちゃんを守れるの、今は姫くらいだからさ」

 

 

 ぐぃぃっと伸びを一つ。緊張をほぐすようにぷはっと息を吐いて詫びる。

 立香の純粋さは、刑部姫も良く分かってる。

 彼のひたむきでまっすぐな魂は、彼が人類史最後のマスターとして幾度となく世界を救ってこれた理由であり……何より、刑部姫の心を奪ってしまった彼の魅力なのだから。

 まあ、結局、立香はモードレッドのものになったけど。

愛する人のいる彼を、清姫みたいに一途に求め続けるには、少し狂化が足りないけれど。

 

 

「姫はまーちゃんのサーヴァントだから。私の想いに振り返ってくれなくても、慕ってはくれる。だから応えなきゃ。まーちゃんのためにできることは、全部やっておかないと」

「……純情だな」

「あ、でももちろんタダじゃないよ? 頑張った分、まーちゃんにはサバフェスで売り子してもらうつもりだから! にひひ、どんなコスプレして隣に立ってもらおっかなー」

 

 

 ハートがぽわぽわ浮き出しそうな程に浮かれて、刑部姫は少年のあられもない姿を色々と想像する。

 恋に発展するべくもないだろうが。

自分の気持ちがどうあれ、彼にとって自分は、良き友人以上にはなれないだろうが。

 引きこもりの自分が頑張る理由なら、このぐらいどうでもよくて、くだらないくらいがちょうどいい。

 

 

「――てなわけで。サバフェスで無事本を出すまでは、姫もまーちゃんも死ねないから。しっかりよろしくね、ルールー?」

「任せたまえ。戦士としての矜恃と、スペース☆ライダーの誇りにかけて、彼の輝きを絶やさないことを誓おう」

 

 

 刑部姫の微笑みに、ルーデルが胸にドンと拳を乗せて答える。

 ミレニアムスツーカは、亜光速で銀河を飛び、決戦の地までひた走る。

 蒼輝銀河の命運と、二人の少女の宿命を懸けた大戦まで――あと、少し。

 

 

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