SABER WARS Groove of the Galaxy!!   作:オリスケ

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1章 カルデア、宇宙を漂流す
1節


 立香にとって、その異常は、完全に未知という訳ではなかった。

 蒼輝銀河。またの名をサーヴァントユニヴァース。

 全ての生命がサーヴァントとして存在する、遙か銀河系の彼方の世界。立香達とは別の時空に存在する宇宙。

 そんな、太陽系を遙か彼方置き去りにしても尚遠い、次元を隔てた彼方に存在する別世界と、どういう訳か立香は度々接触している。

 

 

「その……サーヴァントユニヴァース? って言う場所だってのか。ここが?」

「そう、だと思う。というか、それ以外考えられないっていうか」

 

 

 ノウム・カルデアの食堂で、立香は神妙に溜息を溢す。カルデア職員やサーヴァント達で喧噪が耐えないそこは、人気が完全に失せた事で、初めて重く沈み込むような沈黙が満ちている。

 その立香の対面に座ったモードレッドは、苦々しい表情のまま、焼きそばをずるるっと啜った。キャベツと麺をソースで絡めただけのそれを、あんまり美味しくなさそうにもぐもぐと咀嚼する。

 

 

「一度来た事はあるんだ。無理矢理に拉致された形で、その時はSイシュタルやⅩ達に助けて貰って、何とか帰ってこれたんだけど」

「Ⅹ……ああ、なんでか信長達とぐだぐだつるんでる宇宙の父上。アイツの出身か」

「……そう呼んでるの?」

「他にどう呼べってんだよ、あんな見ているだけで頭が痛くなるような奴を。父上モドキよかマシだろ?」

 

 

 へんとつまらなそうに笑って、モードレッドはまた焼きそばを食べる。ずるると音を立てて啜る目は、じっとりとした半目だ。

 

 

「はぁぁ、楽しみにしてた焼きそばだってのに、風情もへったくれもないな。波乗りの余韻も失せちまったし、さもしいばっかりだ」

「ごめんね、エミヤみたいに美味しく作れなくて」

「ぁ……いや、その……マスターの手作りが食えるのは、まあ悪い気はしないというか、ラッキーかなとは思って……じゃなくて! そうじゃなくてだな!」

 

 

 ぽっと赤くなった顔を誤魔化すように、バンと机を叩いたモードレッド。素っ頓狂な声が、二人ぼっちの広い食堂に反響する。

 

 

「どうすんだこれ!? カルデアごと宇宙空間に飛ばされるとかどんな冗談だよ! 焼きそばとか食ってる場合か!? いや焼きそば食ってる場合じゃねえわ!」

「サモさん、口にソースついてるよ。拭いてあげるからじっとして」

「え? ひゃ、むぐ……だ、だーかーらー!」

 

 

 突然差し出された立香の手にドギマギしながら、モードレッドが抗議の声を上げる。

 モニター越しの景色に絶叫したのが、つい一時間ほど前。立香達は更にカルデア中を遁走し、現状を整理するべく食堂に集まった。

 分かったのは、たった二つ。カルデアが本当に宇宙空間を漂っているということ。そして異常に巻き込まれたのが、立香とモードレッドの二人だけだということだ。

 

 

「こういう事をしでかす人、ましてや宇宙を巻き込んで騒動起こす人なんて、そうそういないんだけどね。Sイシュタルはいないみたいだし」

 

 

 そもそも立香は、能動的にサーヴァントユニヴァースに接触した経験は皆無だ。大概は向こうからトラブルを背負ってやってくるか、強引にこちらを引き摺り込んでしまう。別の宇宙なんて奇想天外な世界、無理矢理でなければそうそう絡んでたまるかという気持ちもあるが。

 

 

「幸い、電気系統は生きているし、空気がなくなる心配もなさそう。冷蔵庫には沢山食糧もあるし、数ヶ月は不自由なく生活できる。だから何か動きがあるまで、少し休んでいてもいいかなって」

「剛胆なんだか鈍感なんだか。慌ててるオレがバカみたいじゃねえか」

「どうせ誰かが聖杯を使っているだけだよ。魔力リソースを回収すればさくっと帰れるさ。いつもの事だって」

「訂正。バカになってるのはお前の常識の方だわ」

「カルデアの魔力貯蔵庫に二八個あるからね、聖杯。これでまたサモさんが強くカッコよくなれると思って、ちょっとワクワクしてたり」

 

 

 ジト目で見つめられ、立香は照れて頭を掻く。更に細められたモードレッドの目が、「何も褒めてねぇよバカ」と雄弁に語っていた。

 

 

「はぁ……まあいいや。オレはマスターのサーヴァントだし。マスターがそう言うなら、オレも従う。何かあれば、全力で守る。そういうことだろ?」

「そうそう、そんな感じ。今頼れるのはサモさんだけだから、よろしくね」

「っ――」

 

 

 笑って、何気なく言った立香の言葉。

 『サモさんだけ』という言葉に、少女の耳が敏感に反応する。

 

 

「そ、そっか。そういや、そだな……今マスターを守れるのは、オレだけ、だもんな」

 

 

 恐る恐る口にする。

 日焼けした小麦色の顔が、みるみる赤く火照る。

 

 

「オレだけ……そっか……マスターと二人きり、か……っ」

 

 

 立香に聞こえないくらいに呟いた独り言に、言い様もない熱い感情を感じ、セーラー服の裾をぎゅっと握り込む。

 カルデアで二人きりになれる時間は希少だ。マスター一人に対し、余りに多すぎる英霊が縁を結んでいる。律儀にローテーションを回していれば、数ヶ月は順番が回ってこない程だ。

 幸いにも立香はモードレッドに対し特別に親しく接してくれるので、彼女は優遇されている立場ではある。一方で彼の都合も考えず擦り寄るバーサーカー共も多く、またトラブルが耐えないため、当の立香もいつ通信で呼び出しが掛かるとも知れない。それは常に他人の視線を気にしているようなもので、水入らずとは到底言えない状況ばかりが続いている。

 

 

 ……そう考えていくと。

 真の意味で二人きりというのは、実は初めてなのではないか、と思ったり。

 そう思ってしまうと、広い宇宙に二人きりというこの状況が、まるで自分に対するご褒美のようにさえ感じられて。

 

 

「サモさん?」

「ひゃっはわぁ!? な、何だ、どうした!?」

「何か考え込んでるみたいだったから。平気? 何か悩み事?」

「な、なななななんでもない! ぜんぜん、お前とはこれっぽちも関係ない事考えてたぞ! ほんとくだらない、しょうもない事な、お前とはまったく関係ない事な!」

「それならよかった……焼きそばだけなのも寂しいし、プリンも食べちゃおうか。エミヤ達に怒られる心配もないから、豪遊しちゃおうよ」

「あ、ああ。そだな。甘い物か、いいな!」

 

 

 上擦った声でモードレッドが頷くと、立香は嬉しそうに微笑んで、キッチンの方に向かっていく。

 その背中を見送って、モードレッドの顔に、一気にぼふんっと火が付いた。

 

 

(っば、ばか。ばかかオレは! とんでもねえ状況なのに、浮かれてる場合かよぉ!?)

 

 

 頭の中に、あらん想像がぐるぐると巡る。

 マスターとやってみたかった事。やって貰いたかった事。他にも……たとえば、しばらくご無沙汰なアレコレとか。

 悶々と妄想しては、機会が無いと心の奥に仕舞い込まれていたそれらが、『二人きり』という言葉の魔力によって、まるで噴火したように頭の中に浮かんでは消えていく。

 思い描く光景は――熱くて、どきどきして、蕩けてしまいそうなほどに甘く。

 ふつふつとこみ上げるその欲望は、立香がプリンを二つ手にして帰ってきた時には、抗いがたい程に強烈な熱になって、モードレッドを立ち上がらせていた。

 

 

「ま、マスター!」

「わっ……っと、と。いきなりどうしたの、モードレッド?」

 

 

 更に乗せたプリンを揺らし、立香がモードレッドを見下ろす。

 勢いで立香の服を掴んだモードレッドは、後に続く言葉を探せずあうあうと口を動かすも、伸ばした手を下げる理由もまた思いつかず。

 やがてぐっと息を飲むと、服を握った手に身体を寄せ、彼に身体を密着させる。

 

 

「な、なぁマスター。どうせ、何もする事ないんだろ?」

「そう……だね。何が起こるかは、まだ分からないけど」

「だ、だよな。だから、その……オレとお前が離れる事も、マズいよな? いや、マズいと思うんだ、うん」

 

 

 ぽつ、ぽつと。熱で浮いた頭から、それらしい言い訳を必死で取り繕う。

 トマトのように真っ赤になった顔を上げれば、自分をまっすぐ見つめる立香の顔。一緒に波乗りに付き合ってくれる優しいマスターの表情が、息がかかるほど近くにある。

 口から飛びだしてきそうな心臓を、生唾と一緒にごくりと呑み込んで。

 

 

「だから、その……この後、二人で――」

 

 

 モードレッドの唇が、とうとうそれを告げようとする。まさにその瞬間だった。

 見つめ合う二人の間を、ひゅっと何かが横切った。

 そよ風が二人の鼻を撫でて、意識を逸らさせる。

 

 

「わひゃっ――何だ!?」

 

 

 可愛らしい驚きの声を上げたのは一瞬。モードレッドはすぐにプリドゥエンを展開し、マスターを背に立ちはだかる。

 睨み付ける視線の先で、それはヒラヒラと宙を無軌道に舞っていた。

 

 

 驚きから冷めた立香が、その正体をようやく見る。

 それは、紙でできた蝶々だった。桃色の紙を折って作られた羽をはためかせ、生きているように宙を舞っている。

 蝶々は立香達を見て、上下に跳ねるようにぱたぱたと飛ぶ。喜びを表すような動きをしたあと、立香の眼前を回り、食堂の外へと飛んでいく。

 

 

「折り紙の、蝶――ひょっとして!」

 

 

 立香の顔が、ぱあっと明るく輝いた。眼前に立っていたサモさんの肩を叩いて言う。

 

 

「俺等だけじゃなかったんだ! 行こうサモさん!」

「……チッ」

「え、何で舌打ち?」

「何でも? なんでもねーーーよぉ――? ……くそぉ、浮かれてたオレがバッカみたいじゃねえか!」

「ひょっとして、プリン食べたかった? だったら冷蔵庫に入れてから――」

「プリンなんかどうでもいいっての! こんなもの、こうだっ!」

 

 

 顔を真っ赤にしたモードレッドは、立香の手から皿をひったくると、鬱憤を晴らすかのように、上に乗ったプリンにばくっ! と食らい付いた。

 

 

「わ、一口」

「美味い! 甘い! ごちそうさま! よし、それじゃあ、邪魔者をぶっ潰しに行くぞ!」

「ちょ、待ってよサモさん! 邪魔者じゃないし、潰しちゃダメだからね!?」

 

 

 果たして立香の忠告は届いているのかいないのか。モードレッドはプリドゥエンを抱えたまま、逃げるように空を飛ぶ蝶々を追いかけて、物凄い勢いで走り始めた。

 

 

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