SABER WARS Groove of the Galaxy!!   作:オリスケ

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5節

 

 

 

 ――遠い。

 

 

 紅蓮に照らされた宇宙を飛ぶXXは、今、かつてない孤独に戦慄していた。

 立香達と別れ、意を決してブースターを全開にし、恒星に向けて飛び立ち――それから数分。

 僅か数分ながら、体感時間はもっとずっと長く、それこそ永遠のようにさえ感じられた。

 背中のロケットブースターは全力でふかし続けている。視界は《オルトリアノヴァ》の紅蓮の光で満たされて以降、全く変化を見せようとしない。

 飛んでも、飛んでも、恒星の表皮まで辿り着けない。それだけ《オルトリアノヴァ》が、距離感を喪失させるほどに、途方も無く巨大なのだ。紅蓮の輝きはXXオルタの姿を被い、いずれは銀河全てを呑み込まんというように大きさを増している。

 

 

 紅蓮一色の光景は、目を潰すほど眩しいのに、闇に満ちた洞窟のような圧迫感と恐怖を感じさせた。

 引き返したい――本能的に押し寄せる恐怖に抗うため、XXは右手の翠に輝く《アルトリアナイト》を翳す。

 

 

「待っていてください、えっちゃん……!」

 

 

 呟いた決意が、飛行の速度に置き去りにされ、後方に流れて消えていく。

 背後の激戦が嘘のように、XXの周囲は静かだった。恒星の巨大さに圧倒され、感覚が引き延ばされているのだ。今や耳の奥を流れる血流さえ音として感じられる。

 視界を外れて尚広がる、巨大な恒星。それに抗うのは、自分の拳の小さな宝石一つきり。

 無謀という言葉さえ使う事を躊躇う程の規格差。

 

 

「かつてあなたが、身を挺して私を助けてくれたように。今度は私が、必ずあなたを助けてみせる……!」

 

 

 右手を翳して翠の光を導にしなければ、踵を返して逃げ出してしまいそうだった。決意を声にして叫ばなければ、プレッシャーに心が押し潰れ、壊れてしまうような気がした。

 この路の果てに、えっちゃんがいる。

 自分が助けるべき相手。一度目を背けてしまった、大切な大切な友達。

 

 

「ちゃんと、謝らせてもらうんです! そしてもう一度、一緒に宇宙の平和を守るんです!」

 

 

 迷わない。

 彼女の決意は、もう疑いようのないものだから。何としても為し遂げると心に決めたから。

XXは、ひとり孤独に宇宙を飛ぶ。

 宇宙航行の為にボディを被っていたバリアが、熱と重力を感知して震える。無限に続くかに見えた旅路は、とうとう終わりを迎える。

 塗り潰されたような紅蓮の中に、小さな穴があるのを見つけた。野球場のドームほどの大きさのそれは開け放たれたばかりらしく、付近のエネルギーが渦巻き、引き裂かれた布のような光の帯びを漂わせている。

 ルーデルが宝具によって開いた突破口。XXを、マスターを信じて、まっすぐ突き進んだ英雄の軌跡だ。XXの決意は、彼女を恒星の中央へと、正しくまっすぐ突き動かしていた。

 XXは意を決して、ルーデルの開いた穴に飛び込む。

 その瞬間、恒星は獣となって、XXに牙を剥いた。

 数千万度に達する途轍もない熱が揺れ動く。球体を形作るエネルギーが、飛翔するXXの前に波になって立ちはだかる。

 それは、質量を持つ焔の激流だった。ただそこにあるだけだった輝きが、飛び込んできた異物を呑み込み、焼き尽くすべく襲いかかる。

 

 

「ッ――輝け、《アルトリアナイト》!」

 

 

 XXのかけ声に合わせ、ガントレットが機構を発動。格納されていた翡翠の光が、その力を解放する。

 瞬間、空間に満ち満ちていたエネルギーの全てが、《アルトリアナイト》に向けて恐ろしい勢いで吸い込まれ始めた。

 恒星の熱も、光も――XXの命でさえも。

 

 

「っぐ、ぅぅぅぅ……!」

 

 

 周囲に《オルトリアノヴァ》のエネルギーがあるおかげだろう。XXが苛まれるのは、水の惑星で感じた、死と形容される程の喪失ではない。それでも翡翠の輝きに霊基が蝕まれるのは、魂にやすりをかけてゴリゴリと削られるような恐ろしさだった。

 ギリと歯を食い縛ったXXは、右手を突き出し、更にブースターをふかす。目の前に立ちふさがるエネルギーを《アルトリアナイト》に吸わせ、自らがドリルになったように恒星殻を掘り進む。

 《アルトリアナイト》をXXオルタ本体に当てれば、この無限の対抗力で恒星は消滅する。

 自分が喰われるよりも先に、辿り着けば勝利だ。

 だから、辿り着かなければいけない。勝たなければいけない。

 この航路に、大切な友達の命と、親愛なるマスターの命が掛かっているのだから。

 

 

「ぜ、え、えぇぇぇーー!」

 

 

 喉を振り絞って叫び、XXは飛ぶ。

 四方八方で轟々と唸るエネルギーの奔流で、まずは聴覚がイカれた。視界は眩い光で塗り潰され、処理する事を止めた。《アルトリアナイト》による暴力的な虚脱感が感覚を奪い去ってしまったため、焼け焦げる肌だけは気にしないで済んだ。

 何も見えない。聞こえない。

 力が奪われ、代わりに死が闇の奥底から躙り寄ってくる。

 その恐怖の中で、XXは飛んだ。

 前へ進めと自分に言い聞かせる。

 決して止まるなと心の内で叫び続ける。

 光で何もかも塗り潰された中、ただ魂だけを頼りに飛ぶ。飛び続ける。

 そしてとうとう、光に潰れた目が、それを目にする。

 一際眩い、紅蓮の輝き。その中央に揺蕩う、親愛なる友の姿。

 

 

「ッ――えっちゃあああああああああん!」

 

 

 声を限りに叫び、XXは行く。エネルギーの渦を砕き割り、藻掻くように。

 奥に進む度に、彼女に近づく度に、エネルギーは益々巨大な熱になり、壁になり、XXの行く手を阻む。

 火傷していない場所なんて、もう一つもない。

 彼女を見据える視力以外、感覚は一欠片も残っていない。

 力は尽きていく。限界はとっくに越えていて、《アルトリアナイト》の力は彼女の体力を食らい付くし、とうとう魂までも蝕み始めている。

 今の彼女を堪えさせているのは、もう気力だけだ。気力だけで、XXは飛ぶ。友を目指す。

 未だ遙か彼方。何者にも犯されないと静かに揺蕩うXXオルタの目は、ひっそりと閉じられている。

 

 

「ッ――私を見て! 目を開けて、えっちゃん!」

 

 

 エネルギーの奔流に揉みくちゃにされながら、静かな眠りに閉じ込められた友を呼ぶ。

 その声に、XXオルタは反応を見せた。

 長い睫毛が震え、琥珀の瞳が、XXを確かに見つめる。

 

 

「――」

 

 

 凪の水面のような。機械のような。静まり返った瞳。

 そこにXXは、翠に輝く手を突き出した。

 

 

「私の手を取ってください! 私と一緒にここから出ましょう! そして、私に……私にごめんなさいを言わせてください!」

 

 

 限界を越えた疲労に、死の恐怖。常軌を逸したエネルギーの奔流の只中に飲まれ、XXはもう、自分がどんな顔をして、どんな感情を抱えているかも言葉にできない。

 ただ、目の前にずっと思い続けていた友達がいることだけが心に焼き付いて、訳もなく泣きたい気持ちで一杯になって。

 どうか、どうかと、懇願するように手を伸ばす。

 しかし、XXオルタの琥珀の瞳は動かない。

 静かで、無機質な、凪のまま。

 

 

「……ゆらぐ」

 

 

 何にでもなく――少なくとも目の前の友人はまるで思慮にかけず――XXオルタは呟く。

 

 

「ここは静かで、ゆらがない」

「っ……!」

「だから、ここでいい」

 

 

 びきり、とXXの心に亀裂が走る。

 泰然と告げられたその言葉には、現状に対する満足が滲んでいた。

 かつてヒロインXを救い、銀河に放り出されたXオルタ。

 仮死状態で、暗く冷たい宇宙を何年も彷徨い続けた。

 その苦しみの果てに、彼女は平穏を手に入れていた。

 ――全てを呑み込む恒星という、熱で塗り潰された静寂を。

 

 

「ここでいい。ゆらぎは、要らない」

「っそんな、こと、言わないで……えっちゃん……!」

「ゆらぎは、排除する」

 

 

 心に走った亀裂が、音を立てて広がっていく。噛み締め続けた唇がわなわなと震え出す。

 間違っていると言わなきゃいけない。過ちを償わせてくれと叫ばなければいけない。

 それなのに……えっちゃんの口から紡がれた『このままでいい』という言葉は。

 それが例え唾棄すべき諦観によるものだと、理解していても。

 辛うじて繋ぎ止めていた決意の糸が、ぷつんと切れるくらいには、つらく、決定的で。

 ふっ――と、一瞬、身体から力が抜ける。

 絶えず押し寄せる怒濤の奔流にとって、彼女一人を飲み込み、吹き飛ばすには、その一瞬の絶望で十分すぎた。

 猛烈に吹き付けられたエネルギーの奔流が、XXの身体を正面から叩きのめした。ギリギリで保っていたXXの体勢はたちまち崩れ、エネルギーの波に飲まれる。

 

 

「待って――嫌、嫌です、えっちゃん!」

 

 

 恒星の熱が全身を被う。《アルトリアナイト》の守りから外れた右手の指が、熱に焦がされ溶け消えた。

 残り僅かな命の糧が、気を許した一瞬で、残酷にも《アルトリアナイト》に刮ぎ取られる。

 もみくちゃにされ、四肢を挽き潰されるようなエネルギーの大渦。視界が真赤に焼き潰れる中、XXは必死にXXオルタの姿を探し、手を差し伸ばす。

 

 

「私と一緒に来てください! 私と一緒にいてください! ッお願いです――私の友達でいてください!! えっちゃん!!」

 

 

 伸ばした手が焼かれる。

 目が紅蓮に潰される。

 必ず助けると言ったのに。

 二度と過ちは犯さないと誓ったのに。

 罪を償い、友を取り戻し。

 もう一度、楽しい日々に戻りたかったのに。

 その手が、撥ね除けられる。

 ゆらぎと言われ、苦しみの元凶と言われ。

 拒絶される。

 届かない。

 焼かれる。

 飛ばされる。

 

 

 

 

「えっちゃああああああああああああああああああああああああああああん!!」

 

 

 

 

 最後に吹き荒んだ奔流が、泣き叫ぶXXを、紅蓮の熱で呑み込む。

 絶望に叩き壊された心の破片が、《アルトリアナイト》の翠の輝きに燃え尽きる。

 ぶつん、と意識が潰える。

 自分を焼き尽くす地獄の業火の如き紅蓮の光にさえ拒絶され、XXの意識は、何も得られない失意と絶望と共に、完全な闇に溶け落ちた。

 

 

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