SABER WARS Groove of the Galaxy!! 作:オリスケ
遙か彼方で、ポウ――と眩い光が灯る。
この窮地を覆し、銀河を救う決定打たるサーヴァントの誕生の光は、《極光騎士団》の旗艦から見ると、見上げる夜空の星の一つほどの小ささにしか映らない。
あまりに小さく、故にこそ力強く尊い、命の輝き。
ルーデルは、その眩い光を確かに目にし、薄く微笑んだ。
げぼっという咳と一緒に、緩んだ口元から生ぬるい血が伝う。
その顔面に、鎧に包まれた爪先が突き刺さった。
顔面の骨が砕け散るような痛烈な一撃。ルーデルの身体がサッカーボールのように飛び、真反対の壁に激突する。
倒れ伏したルーデルの顔面からは、焦げ臭い湯気が立ち上る。彼の眉間はひどい火傷でほとんど炭と化し、弾痕のようなひび割れを産んでいた。
「ぐ……はは、蹴りと同時に止血とは助かるよ。飛行戦では、目元を拭う隙は致命的だからな」
よろよろと立ち上がる、その視線の先で、ダース・ソルは今まさに顔面を蹴り上げた足を降ろす。
全身を被う鎧は、今や余すところなく紅蓮に染まり、恒星がもう一つ産まれたかのような強烈な熱を発していた。空気が歪む陽炎が、妖気の如く彼の周囲を漂っている。
「……今にして思えば」
その熱とは真逆の、氷のような声。
一歩踏み出すと、床が鉄板のように真っ赤に赤熱する。
「貴様は最初から、我等がソルを侮辱していたな。今我を煩わせている手間は全て、貴様がXXを逃したことから始まった」
「ああ、中々スリルのある飛行だった。久方ぶりに心が躍ったよ」
「全てを焼却し消滅させる我等がソルの威光を、貴様は二度も避け、一度受け止め、そればかりかそこから生還せしめた……銀河の果ての惑星さえ粉々にする、誇り高き一撃をだ」
また、一歩。無機質の床が一瞬で紅く染まり、溶岩のように溶け出していく。
直視すらできない赤熱と、氷のような静寂。それがダース・ソルの、怒髪天を突いた怒りの姿だ。
「それがどれほどの侮辱か、理解できるだろうか。貴様のような凡百の中の一英霊が、恒星の威光に度重なる傷を付けたのだ」
「っそいつは多分、光栄な事だな……! また一つ、蒼輝銀河唯一の伝説を作る事ができた」
「ただでは殺さんぞ、ハンス・ルーデル。焼き、蒸し、煮立てて焦がし。あらゆる熱であらゆる肉を焼き、絶対なる熱の恐怖をその身に刻んでやる」
「ハッ、レパートリーが豊富じゃないか。どこの惑星で調理師免許を取ったんだ、コック?」
皮肉を言い放ったルーデル目がけ、ダース・ソルが大砲の如く飛びだした。
立ち向かうルーデルも、同時に義足のロケットを噴射し飛ぶ。ルーデルの銀に輝く足と、ダース・ソルの赤熱した足が激突。交わる度に爆発のような閃光を轟かせながら、立て続けに二合、三合――四合。ルーデルの義足が熱を伝播し真っ赤に染まる。
「ぐっ――」
「たかが足の一本で、我が全力を防げるものか!」
ルーデルがロケットの噴射を行かした踵落としを繰り出す。咆哮と共にそれを殴って払いのけ、ダース・ソルはルーデルの顔面に、赤熱した手を突き出す。
迷っている余裕は無かった。ルーデルは咄嗟に腕を持ち上げ、顔を被う。
その腕を、数千度まで熱された紅蓮の手が鷲掴みにした。ドジュウッと凄まじい音がして、ルーデルの肉が蒸発し、脂の粒を吹き上げる。
「ぐあああああああぁっ!?」
「ソルの威光に跪け、愚者よ!」
目を剥き絶叫するルーデル。
無防備になった土手っ腹に、ダース・ソルの全力の拳が突き込まれた。
恒星の如く輝く拳は、ルーデルの腹に触れた瞬間に爆発。ガスバーナーのように吹き出した火砲が、彼の腹を貫き、吹き飛ばす。
肉の焦げる匂いを引きながら吹き飛んだルーデルは――しかし壁にぶちあたる直前に右足のロケットを噴射。両脚で大地に着地する。
「っ……が、は……!」
途方も無い量の血が、ルーデルの口から地面に落ちる。
黒焦げになった彼の腹から、背後の床が覗く。彼の影には拳大の穴が開き、焦げて黒ずんだ血をぼたぼたと滴らせていた。
穿たれた風穴の周囲は、強烈な熱によって、石炭のように赤くなり、ジュウウと痛ましい音を立てながら付近の肉を焼いている。
自らが焼ける匂い。強烈な不快感が嗚咽になってルーデルの喉を突く。しかし彼はギッと歯を食い縛り、ガクガクと危うく震える膝を決して地面には着かせない。
ほとんど瀕死の状態で、身体のあちこちを焦げ付かせ、それでも彼は立ち上がる。輝きを全く損なわない目で、ダース・ソルを睨み付ける。
「……今更、尻尾を巻いて逃げ出す事は許さない。貴様は我が、ここで必ず焼き殺す」
隠す事のできない不快感と、戸惑い。それらを怒気に変え、ダース・ソルが一歩詰め寄る。
「だが、何故に屈さない。何故地面に伏し、許しを請おうとしない。そもそも《オルトリアノヴァ》を相殺した後、何故ここに訪れた。勝てないと知りながら。来れば死ぬと知りながら」
ルーデルは立香達二人をXXの元へと送り届けた。
二人を蹴り飛ばし、宇宙へ飛ばした。その瞬間、この艦に一人残った彼には、無情の死が決定づけられた。
残ったルーデルがダース・ソルを止めなければいけないと理解していたはずだ。決して勝てない相手だと承知していた筈だ。
一人立ち向かえば、必ず死ぬ。それなのに彼は、立香達を助ける事に一切迷わなかった。
「命を懸ける義理がどこにある。何がお前を突き動かすのだ、スペース☆ライダーよ」
訳の分からない存在に対する、本気の疑問。
それにルーデルは、血反吐に染まった歯で、ニッと不敵に笑う。
「義理がない……? お前は、これまでの彼等を見ておいて、本気でそんな事を思うのか?」
「……」
「つまらん……ああ、全くつまらんぞ宇宙騎士。恒星の傍にいるお前が、どうしてそんなに陰気でジメジメとしているんだ」
声に乗せる程の生命力は残っていない。今まさに呼吸も止まるような弱々しい声で、けれどルーデルは笑う。
死の気配の貼り付いた顔を不敵に笑わせるそれは、狂った亡者か、死を凌駕した武者のようで。高熱に包まれたダース・ソルの背に、ぞくりと悪寒を走らせる。
「かつて俺は、最も巨大な戦争を生きた。大地を鉄の車が走り、空に鉄の鷲が舞い、数多の命が、空から落ちる雨粒のように世界から溢れていく」
第二次世界大戦。それは、どの時代よりも命の軽かった戦いだ。
長いという言葉では足りない程、戦いが日常として人の生活を変えてしまうほどに長く。
苛烈という言葉が苛烈に感じるほどに、あっけなく人が死んでいく。
今朝食堂で隣り合った青年が、頭を吹き飛ばされて死ぬ。
昨晩カードで勝ち越した奴が、リベンジを許さないまま天国に勝ち逃げする。
毎晩楽しみにしていた他愛もない空想話は、語り手の年若い少年兵が戦車の下敷きになったことで、永遠に未完の作品となった。
何十万人も死んだ。友も、顔を知っているだけの隣人も、尊敬する上官も貴賤無く。
経験した死を傷として身体に刻めば、たちまち自分の身体は真っ黒に染まってしまうだろう。
「心昂ぶる戦いがあった。命を焦がすスリルがあった。だがあの瞬間の地球に広がっていたのは、これまでで最も酷い地獄だったよ。去りゆく戦友の事を考えれば、やるせなさで夜も眠れないさ――だが」
静かに夜空を指し示す。
破れた天井の向こう、銀河の一カ所に、煌々と輝く翠の光が誕生している。
希望の光。この激戦に勝利をもたらす、少年少女の叛逆の翠。
「あの激戦の果てに紡がれた未来に、彼のような人間が生きている。まっすぐで、まぶしくて、人の絶望を決して許さない優しい子供が――ッ山の如く積み上げられた俺達の屍の上に、ようやく芽吹いた平穏を生きているんだ! こんな喜ばしい事があるか!」
命の限り吼え立ち、ルーデルは腕を組み、堂々たる仁王立ちを見せた。
焦げ付いた頬をヒビ割らせながら笑い、決して折れない不屈の魂が、絶命寸前の足に鋼が如き力を宿す。
「俺はあの少年の勝利が見たい! 少年の眩い命の輝きが、絶望を切り開くと信じている! 故にこそ俺は、あの少年の清く正しき魂に、全霊の勝利万歳を捧げるのだ!」
大きな戦いの中、数多くの死に包まれ英雄になったルーデルは、平和な世界を護るため一人戦う少年に向け、高らかに手を掲げて見せる。
その瞬間、世界に再び光が灯った。
モードレッドによって大量の水を浴びせられ沈黙していた管制室の危機が、一斉に稼働を再開させたのだ。電気的な駆動音を響かせ、眩い明かりが空間を照らす。
「何だ? 何が起こった?」
さながら、ルーデルの歓声が世界を目覚めさせたよう。
思わず無人の管制室を見回すダース・ソルの視界が、メインコンソールに貼り付いていたソレをようやく目にする。
この空間における明らかな異物。ルーデルへ怒りを向けていたせいでまるで気付けなかった、小さな戦士。
小さな球体ボディからハッキングツールを伸ばし、ガーデルマンは勝ち誇ったように、丸いレンズをキュイと収縮してみせた。
『制御系の奪取、全て完了です。お待たせしました、パイロット』
「なあに、上出来だガーデルマン! 生きてさえいれば万事完璧だとも!」
「ッ……このどさくさに、我が艦を奪取したというのか!?」
「自らの輝きに目が眩んだなダース・ソル! ああそうとも、
ルーデルの指示に、ガーデルマンが応じる。
ゴウンと音を立てて、旗艦がその場で回転を始めた。不意打ちの揚力によろめくダース・ソルに、ルーデルはピンと立てた人差し指をチッチッと振ってみせる。
「センチな語りで、何か勘違いをさせたかもしらんが……俺は最大の戦争を生き延びた不滅の英雄だぞ! この程度のピンチで死んで堪るものかよ! ハーーッハッハッハ!」
「何だ……貴様、何をしようとしている!」
「生きて、勝って、それでようやく勝利万歳だ! だからお前の陰気な面には、ここでスパッとお別れするとしよう!」
回転した旗艦は、一八〇向きを変え、ピタリと制止する。
戦くダース・ソルが見るのは、管制室の正面。
本来は彼が立つ中央の踊り場には、瀕死の重傷を露とも感じさせない不滅の英雄が仁王立ちをし、希望に満ちた目で彼を見据える。
そして――彼の背後。
悠然とした出で立ちを、更に勇敢に彩るが如く。
《オルトリアノヴァ》が、巨大な紅蓮の輝きで、正面の視界全てを埋め尽くしていた。
「っ……」
「さあ、我慢比べといこうか宇宙騎士。恒星の光を借りる貴様の宝具は、熱核のど真ん中にぶち込まれても正しく機能していられるかな?」
旗艦後部、巨大なエンジンブースターが唸りを上げる。
ワァァァ――ン、という、腹の底を震わせる嘶きの如き昂ぶり。
巨大な旗艦が眩い光に包まれる。爆発寸前のエネルギーが、巨大な艦をガタガタと震わせる。
勝利の引き金を引いた英雄の勇姿は――
どこまでもまっすぐで格好良い、堂々たる仁王立ち。
「ちなみに、当然ながら俺は必ず生還するぞ。今から撃つのは、そういう宝具だからな」
「ッき、さまぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
戦慄したダース・ソルが、剣を抜き放ち躍りかかるも、もう襲い。
どこまでも爽快に豪快に。スペース☆ライダーが、勝利を告げる歓声を高らかに轟かせた。
「さあ、燃え盛る熱殻へジャックポットだ! 少年少女の夢溢れる未来へ送る、高らかな喇叭を鳴らせ! ――『
神々しい白の光に包まれた旗艦は、ルーデルの宣言と共に限界まで蓄えていたエネルギーを爆発。空気を引き裂く高らかな歓声を上げながら、《オルトリアノヴァ》の中心に飛び込んだ。
数平方キロに達する巨大な機影が、光速に達する速度で突貫する。時空を歪める程の絶大な衝撃が、蒼輝銀河に轟く。
《オルトリアノヴァ》の絶対不敵に見えた紅蓮の表皮に、風穴が穿たれた。
ビックバンの如き爆発が吹き荒び、乱れ飛んだエネルギーの余波が極光騎士団の戦艦を次々と飲み込み、爆発の連鎖を産む。
飛び込んだ旗艦の巨影は、恒星のエネルギーに触れた瞬間たちまちに蒸発した。
形を失った純白のエネルギーのみが、確固たる意志を持つが如き力で突き進み、恒星の球体をドリルのように穿っていく。
一人の飛空士が、若き少年少女のために為した、常理を覆す偉業。
その、白と紅蓮の渦の中央。
「ッ……ぐ、ぉぉ……!」
逃れられぬエネルギーの渦に呑み込まれたダース・ソルに、想像を絶するエネルギーが叩き付けられる。
瞼を閉じても焼け付く閃光。無敵の鎧すら上回り肌を焦がす熱。
時間も、空間も、重力も、魂の所在さえ曖昧にさせる程の圧倒的なエネルギー。
彼が絶対と呼び信奉していた炎が、まさしく彼が説いていたとおりの強烈な熱で以て、焼き去らんと襲いかかる。
「ッふざけるな! 我が野望は潰えぬ! ソルと同様に、我が力は無敵……無、てき、だ……!」
空間の全てを満たす光が、『紅黒極星殻』の性能を越えて雪崩れ込んでくる。
熱された鎧は際限なく温度を増し、紅蓮から橙、黄色、やがて目の潰れる程の白へ変わる。
エネルギーの渦は止まらない。逃れられない。
最強を手にした筈だったのに。蒼輝銀河に絶対なる恐怖と破壊をもたらせる筈だったのに。
たかが数人の、吹けば飛ぶほどの矮小な命の輝きが。
全てを呑み込む光に抗う。
絶対を覆す。
呑み込まれ、包まれ、潰される。
「おのれスペース☆ライダー! 我が野望を踏みにじりおって! おのれおのれ! おのれぇぇぇぇーー!!」
ダース・ソルが初めて放った怒りの絶叫は、轟々と唸るエネルギーの奔流に掻き消され、秒とたたずに消え失せる。
絶望をもたらさんと画策した恒星の騎士は、己が信奉する光に犯され全身を焼かれながら、やがて自ら絶対と誇っていた光に飲まれ、眩いエネルギーの一つとなって溶け失せた。