SABER WARS Groove of the Galaxy!! 作:オリスケ
1節
「Xさん――いつか私は、敵としてあなたと戦う事になる気がします」
――それは、始まりの頃の話。
このストーリーが幾つもシーズンを跨ぐ長期ストーリーになろうとは思いもしなかった、Xの若かりし学生時代。
未だ青臭くて、危なっかしくて、未熟な癖に自信だけは一丁前で、怖い物知らずで。ぼんやりとしか描けない『最強のセイバー殺し』の未来を本気で追いかけていた頃。
彼女の言葉を思い出す時、瞼の裏には満点の星空が映る。
街から遠く離れた草原。真夜中の平野は、けれど雲一つない星空があまりに眩しくて、草木の一本一本が、ともすれば昼間よりもハッキリとした銀色に輝いていた。
柔らかな草の匂い。ふわりと香る土の苦い匂い。
見上げる頭上には、まん丸で、おいしそうとさえ思う大きな満月。
その満月を被うようにして、えっちゃんがいる。
Xに馬乗りになって。ぷくりと頬を膨らませて、Xのほっぺを抓りながら。
「はぁ? 急になんの話です? 恨み募れば親まで憎しとは言いますが、今それを言い出すのは沸点が――あいたたたたたたたたぁぁ!」
「今の反応で、Xさんが全く反省していない事が分かりました。なのでもう一度ほっぺをちねります」
涼やかな、いかにも文系な声で、えっちゃんがXのほっぺたをギリギリと引っ張る。素っ頓狂なXの悲鳴が、ひっそりと静まり返った夜の草原によく響き渡る。
「痛い! アウチッ! 待ってください、反証を聞かずの懲罰は銀河連邦法違反です! 確かに私はえっちゃんのお菓子を食べました。ええ大変おいしかったですとも! ですが、大事なお菓子なのに私達の共有冷蔵庫に入れていた、えっちゃんの管理不行き届きもあった筈です!」
「異議ありです。私はちゃんと『えっちゃんの』とメモを添えていました。Xさんが間違えて食べないように、ちゃんと気を付けていました」
「私がその程度で止まれるセイバーだと思っているとは甘いですね、えっちゃん! 今をトキメクJKなので。多少の罪悪感などむしろスパイス。手を触れれば爆発するブービートラップでもなければ、私の食欲は止められ――ウボァー!」
「これがコスモニューデーズ限定栗まんじゅうの恨みです。えいえい」
軽い口調と裏腹に、割と容赦ない強さでXXのほっぺが抓られる。
眩い星々の銀色に、XXの目から落ちた涙が光る。びよんびよんと伸びる彼女の顔を見て、えっちゃんがくすりと微笑む。
「――ふふ。Xさんの表情筋、本当に柔らかいです。頭の緩さにも直結しているのでしょうか。クレバーな文系サーヴァントである私には真似できそうにありません」
「もがぁぁー、ちぎれる、ちーーぎーーれーーるーー!」
「悔しいですが、ほっぺの柔らかさだけは限定栗まんじゅう以上のオンリーワンですね。しばらく堪能させて頂きます。もみもみ、むぎゅむぎゅ」
星々の銀色に照らされた草原で、二人の少女の影が揉み合い、悶絶の声を張り上げる。
ようやく解放された時、Xのほっぺは真っ赤に腫れてヒリヒリ熱くなっていた。それなりに満足したらしいえっちゃんは、Xの隣、柔らかな草原にころんと寝転がる。
「うぅ、ひどいです。一六時間ぶっ通しのトレーニングでくたくたの私に、なんてひどい追い打ちをするんですか」
「私は限定栗まんじゅうによる最高の糖分補給を楽しみに、一六時間ぶっ通しのトレーニングを頑張っていたんです。台無しの恨み。晴らさずにいらいでか。これでおあいこです」
「ぶー……今度は私の分も買ってきてください。お金は出しますから」
「一人一個の限定品でなければ、考えときます」
そうして、二人一緒に、ほうと溜息。
喧噪が遠ざかり、入れ替わりに静寂が満ちる。
光り輝く満点の夜空。銀色に輝く衛星。
寝転がる柔らかな若草のくすぐったい感触。
遙か地平の向こうから涼しい風がやってきて、さわさわと草木がそよぐ。風はそのままX達を包み、心が落ち着く土の匂いと一緒に、ひりひりする頬を撫でていく。
静かで、綺麗で、心地よくて。
いずれ朝が来るなんて信じられないくらい美しいのに、星はゆっくり夜空を回っている。
こち、こち、世界の時計が進んでいく瞬間を、この眼で見ているみたい。
隣のルームメイトのリラックスした呼吸まで、良く聞こえる。
その呼吸に重ねるようにして、Xは聞いた。
「……えっちゃん、さっきのはどういう意味です?」
「Xさんのほっぺですか? 思わず囓りそうになるくらいぷにぷにでした。今後の参考のために、味も見ておきたいです。舐めるくらいならいいですか?」
「何の参考ですかやめてください警察呼びますよ! ハッ、私も銀河警察見習いでした! ――いや、そうじゃなくて」
ぶんぶん夜空に向け手を振り、Xは隣の、夜空に向いたままの琥珀の瞳を見る。
「敵として戦うって……急にどうしたんです? いやまあ私達、しょっちゅう敵対はしていますけれども」
問われても、えっちゃんの目は、満点の星空を見つめ続けている。
自分と似た顔とは到底思えない小さな口が、数度の呼吸の後、ぽつぽつと言葉を溢す。
「なんとなく、思っただけです……この生活も、いつかは終わってしまうのだと」
「そりゃそうですよ。っていうか私達みたいな逸材が学園で燻っているなんて勿体ない! 私は今すぐにでも宇宙に飛びだし、自分の殻をバリンバリンと、不良中学の窓硝子よりも軽く砕き割りたい所です!」
「ええ、私達は一時のルームメイト。いずれ違う組織に入り、違う形で戦う事になるでしょう」
思いの外重い響きに、Xがえっちゃんを見る。
彼女の目はずっと、眩い夜空、その向こうのどこか遠くを見つめ続けている。
「正義の反対は、また別の正義。例え私達にとっては恐ろしい闇のサーヴァントであっても、例えばこの夜空みたいな眩しい何かを持っているかもしれない。あるいは私も、そんな闇の側面を目覚めさせる事があるやもしれない」
「えっちゃん……え、どうしたんですか急にそんなシリアスな……」
「別に、就活センチみたいな奴です。私はXさんのように『セイバー死すべし』で突き進めるほど単純ではないので」
「よーし分かりました喧嘩ですね? シリアスに見せかけたディスですねこれ。お望みならいつでも敵になってやりますよ!」
ぐるんと横を向き、えっちゃんに向けシュッシュとシャドーボクシング。夜空を眺めるえっちゃんの小さな唇が、ふっとほころぶ。
「ふふっ、Xさんのそういう血の気の多い所、何だかんだすっごく好きですよ?」
「う、うぇぇ? ちょ、本当にどうしたんですかえっちゃん。糖分不足でバグってます?」
「きっとXさんは、私が闇に落ちたとしても、ズババンとぶった切ってくれるんでしょうね」
不意に訪れた静寂に、ひゅうと冷たい風がそよいだ。
「……」
しばらく、何を言われたのか良く分からなくて。
ようやく理解が染みたXは、むっと眉を潜めて、シャドーボクシングの拳で、ぽこっとえっちゃんの肩を叩いた。
「冗談でも、そういう事を言うえっちゃんは嫌いですよ」
「あ。好きって言葉に嫌いと返す。これがツンデレですか、Xさんのヒロイン属性は飾りと思っていたのに――あて、あいてててっ」
「仮にも未来の主人公になんだその言いぐさはぁー! 生意気を言うえっちゃんのほっぺたはこうだぞ! ――うわ柔らかっ! 何ですこれ、学園の技術部に申請してこの感触のクッションを作らせるべきでは!?」
今度はXが馬乗りになって、えっちゃんのほっぺたをもみもみと捏ねまくる。
お高く澄ましたえっちゃんの顔が、Xの両手で揉みくちゃにされて――だらしなく歪んだ唇から、ふふっと笑いが吹きこぼれる。
「ふふっ……えへ、へへっ」
「えっちゃん?」
Xに顔を摘ままれながら、えっちゃんはおかしくってしょうがないといった風に笑う。眩い星々の銀色に、彼女の珠のような艶やかな肌が煌めく。
彼女の瞳が、Xを見つめた。
吸い込まれそうなほど深くて、昂ぶる感情に揺れ動く、綺麗な琥珀の瞳。
二人きりの草原で、頭上に浮く月明かりにうっとりと目を細めさせ、えっちゃんは言う。
「ねえ、Xさん。未来は分からないから。いつまで一緒か分からないから……今のうちに、沢山、喧嘩しておきましょうね」
「……はぁ?」
「目覚ましをかけ忘れたうっかりでも、横取りされたお菓子の事でも、どんな些細な事でも。どうせ馬が合わないんだから、喧嘩するのが当たり前になるくらい、それはもうめちゃくちゃに」
Xにほっぺたを抓られたまま、えっちゃんは笑う。
そうして彼女は、眩い銀色の夜に手を翳し、Xのほっぺたをぐにんと抓った。
さっき散々弄られたほっぺが、ぴりりとする。
けれど今抓ってくるえっちゃんの手は、温かくて、ちっとも痛くなくて。
「そうすれば……どうなっても、私達は喧嘩できるでしょう。どんな形で敵対しても、喧嘩にしてしまえるでしょう」
「……」
えっちゃんは見る。
ぽかんとした顔で見下ろすXの、ちょっぴりおかしいかわいい顔。
その後ろに輝く、満点の星空、眩い衛星。
それらを本当に美しいと感じ入るように、笑う。
学生時代――風のように過ぎていく時の中。
今この瞬間、瞳に映る光景の美しさと、胸の中に抱いた熱い感情だけは、決して忘れないと誓うように。
「遠慮せずぶつかって、歯に衣着せず言い合って……散々やりあってすっきりしたら、こうして二人で夜空を見上げられるような」
「……」
「Xさんとは、いつまでも、そういう関係でいたいですね」
そう微笑んで、えっちゃんは照れくさそうに、Xのほっぺたをぐにんと引っ張って見せるのだった。
あの時、えっちゃんがどれほどの感情を抱いていたのかを、Xは知らない。
何かしら未来を予知していたのか。あるいは和菓子を奪われた怒りに堪忍袋の尾を切らして、ふざけて言っただけなのか。あのシーンがどれほどのシリアスだったのかは、えっちゃん以外に知りようはない。
だけど、あの時の事は、Xも覚えている。
自分を真っ直ぐ見つめるえっちゃんの目。
夜空に浮かぶ衛星が映り込み、とても綺麗で強烈な輝きで、えっちゃんの瞳の中の宇宙を照らしていた。
この蒼輝銀河に、これより眩しい輝きはあるのだろうか――
あの時Xは、そんな事を考えた。
えっちゃんの瞳の中の衛星に、そんな風に魅入られて、言葉を失った。
あの時の輝きは――今この瞬間宇宙を駆け巡る、内側から弾ける恒星の爆発のように。
全てのしがらみから解き放たれる、温かな自由に満ちていた。
《オルトリアノヴァ》は、その熱核の中心にパッと翠の光が灯った瞬間、さながら風船が破れたように、一気に形を崩壊させた。
轟! と蒼輝銀河中に爆音を唸らせ、周囲の紅蓮の光が方々に吹き散らされ、極光騎士団の戦艦を次々と爆砕させていく。
彼方まで広がるかに見えた紅蓮のソニックムーヴは、しかしXX達に触れる直前に、ふっと動きを止めた。一瞬の停滞の後、恒星一個分の衝撃波は、神様のリモコンで操作されたかのように巻き戻り、眩く輝く翠の光へと凄まじい勢いで吸い込まれていく。
轟々と世界を唸らせていた熱が一つ残らず吸い込まれ――静寂。
あれほど眩かった紅蓮は嘘のように消え失せ、空っぽになった宇宙には、一等星のような翡翠の光が残る。
「――」
XXはもう一瞬でも、その翠の光から目を逸らす事ができなかった。
何が起こったか、誰が何を為したのか、全て理解できていても。
感情が追いつかなくて。心がいっぱいいっぱいで。
見開かれた瞳が、今にも泣き出しそうに揺れながら、翡翠の光に釘付けになる。
そのXXの目の前で、翠の光は徐々に大きくなり、やがて実像を結ぶ。
蒼輝銀河全てを救った、輝くグライダーを繰る新たなヒロイン。RX。
そして彼女は――XXが恐れながらも再開を心から切望していた少女は――モードレッドの腕に抱かれ、ぐったりと身を擲っていた。
「えっちゃん――えっちゃん!」
傷ついた身体に鞭打って、XXは立ち上がり、甲板に横たえさせたえっちゃんに駆け寄る。
ようやく会えた友達は、いつの間にか自分と同じくらいに、すごく成長していて。白金の髪は地面に広がるほど長くなっていて。
傷一つない顔は――間違いなく、あの時自分が綺麗と感じた、大好きな友達で。
「ッえっちゃん、目を開けて! えっちゃん……うう、うぇぇ……!」
形容すらできない大きすぎる感情が溢れて、大粒の涙がボロボロと溢れる。
何度も心を折って、壊れるまで自分を追い詰めて。
死んだものと信じてしまって。一度完全に諦めて。
二度と触れ合えるなんて思えなかった。立香達にその誤解を覆されてから、ずっとずっとずっとずっと会いたかった。
「ごめんなさいっ……ごめんなさい、えっちゃん……私は、君に本当に酷いことを……!」
記憶よりずっと大きくなった肩を揺すり、記憶のままの柔らかな頬に触れる。
言いたい言葉が山ほどある。
償わなければいけない過ちが、星の数ほどある。
謝らなくちゃいけない。ごめんなさいと言わなければ。
「――違うよ、XX」
嗚咽を漏らす肩に、温かな手が乗せられる。
顔を上げたXXに、立香は緩く首を横に振ってみせる。
翠の輝きを収めたモードレッドが、軽やかに降り立つと、自信に満ちた微笑みで立香に続く。
「マスターの言うとおりだぜ――そうじゃねえよ、宇宙の父上」
「……」
「分かってるはずだ。どんな言葉を言うべきか、ソイツが何を聞きたがっているか」
二人は優しい微笑みで、泣きじゃくるXXの背中を押す。
頬を伝った温かい涙が、ぽとりとえっちゃんの頬に落ちた。
穏やかだった少女の柳眉が、ぴくりと動く。
「……ん」
「っ……え……ちゃん……?」
ようよう彼女の名前を呼ぶ。
わなわなと震える唇は、まるで言葉を紡ごうとしてくれない。
彼女が生きている事さえ、まだ理解が追いつかない。
心は揺れ動いたまま、何の準備もできていない。
嬉しさやら緊張やらで頭の中はぐちゃぐちゃで、言葉が全然出てこない。
そんな、子供のように狼狽える彼女を、まるで嘲笑うかのように。
ぐぅぅぅぅぅ~~~……と、大きな腹の音。
宇宙に響いた間抜けな音に、立香もモードレッドも、呆気にとられて目を丸くする。
「ん、むぅ……」
続いて、夜更かしした次の朝のような、だらしのない不機嫌な声。
そうして少女は、うっすらと開いた琥珀の瞳を、驚きで呆然とする数年ぶりの友に向けて。
夢から覚めたような言葉を、告げた。
「……お腹が、空きました」
「……ぁ」
「お腹が、とってもぺこぺこです……カロリーを、ギブミー……甘い物を、所望します」
もう一度、だめ押しのようにお腹が鳴る。
「は、はは……」
XXの瞳から、冗談みたいに大量の涙が溢れ出した。
「ほんっと……えっちゃんは、どうしようもない食いしん坊ですね……!」
堪えきれなくて、XXは友を抱き締めた。
むぅ、という不機嫌そうな声さえ愛おしくて。
二度と触れ合う事はないと諦めていた、大好きな温もりを掻き抱く。
「ええ、ええっ……食べましょう。胃がもたれちゃうくらいに、お腹いっぱい食べちゃいましょう……えっちゃん……!」
笑って、喜んで、それからわんわん泣いて。
蒼輝銀河中を巻き込んだ大喧嘩は、互いに空っぽになるまで戦い、すっきり全てが終わった。
宙を焦がす紅蓮の太陽は消え失せ、蒼輝銀河は元の平穏を取り戻した。
果てしなく広い宇宙の暗闇に灯る無数の星々の煌めきは、その透き通るような銀色の光で、巡り会えた二人の親友の再開を、ずっとずっと祝福し続けていた。