SABER WARS Groove of the Galaxy!! 作:オリスケ
1節
概念的な距離を超越し、次元を跨いで空間を跳躍するワープは、その原理故に跳躍の瞬間、生物が近くできる三次元的な感覚の全てが一時的にカットされる。
ゆえに、立香の最初のワープ経験は、『一度死んだよう』と表現されるような、とても酷いものだった。がくん、と身体が傾き、忘れていた呼吸に肺が拡張される。
「……生きてる?」
「ハッハッハ、不滅の飛空士が繰る飛行機なのだから当然だとも! どういたしまして!」
極限の興奮のせいで、ルーデルの高笑いもどこか遠い。
立香は呆然としたまま、隣に座っていたモードレッドの方を見る。彼女も立香と同様の緊張で、激しく息を荒げていた。しかし互いの手だけは、ぎゅっと指を絡ませたまま、一度も離れようとはしなかった。
息を荒げるモードレッドが、立香の視線に気づき、それから二人の間で繋いだ手を見て、小麦色の肌をぽっと赤くさせた。その様子に、立香の頬もようやく弛緩する。
「はは……すごかったね、サモさん」
「あ、ああ……マスターは、大丈夫だったか? というか、よく平気だったな。あの引き籠もり達は、白目剥いてぶっ倒れてんのに」
モードレッドの視線の先には、二人横並びに座った文系サーヴァントが二人、同じような格好で気絶していた。アクロバティックな飛行に晒された顔は酷い有様で、そちらを務めて見ないようにしながら、立香は微笑む。
「まあ、トラブルには慣れてるし。しょっちゅうサーフィンに付き合っていたから、平衡感覚が鍛えられたのかも。サモさんのお陰だね」
「っへへ。まあな? オレのサーフィンのセンスは、銀河でも健在だな」
にひっと悪戯っぽく笑い、それからモードレッドは、二人の間で繋いだ手を緩く振る。
「オレも、その、マスターが手ぇ握ってくれたから。ぜんぜん怖くなかったぞ……ありがとな」
「こっちこそ、サモさんに元気を貰えたよ」
「そ、そか。そいつぁ、その、ええと、よかったな」
たどたどしい口調でそう言って、モードレッドの顔が更に赤くなる。
改めて意識すると、繋いだ手は本当に強く結びついていて。重ねた肌から互いの鼓動が伝わって、温かくて。気恥ずかしいのに、離れるには余りにもったいなくて。
そんなモードレッドの想いが余りにハッキリと分かってしまうので、立香も次第に恥ずかしさが募っていって。手を繋いだまま、お互いにどうしたものかしどろもどろしていると。
『失礼』
「わひゃあぁ!?」
唐突に割り込んできた事務的な声に、モードレッドが悲鳴を上げて跳び上がった。その拍子に、繋いだ手も呆気なくほどけてしまう。
いつの間にか立香達の目の前に、球状の機械がふわふわと浮いていた。ボーリング玉くらいの大きさの球に、土星の輪のようなものが二つくるくると舞っている。それは球の中心のレンズのような円を動かして、モードレッドを見る。
『新たな乗組員の健康状態をスキャンします。両手を上に上げて――ええ、その格好です。ご協力感謝します』
穏やかな機械音声が言うと、目を丸くしたままのモードレッドに光を浴びせてスキャンを行い、続いて立香にも同じようにスキャンする。
運転席から立ち上がり伸びをしたルーデルが言った。
「ソイツはオレの相棒ドロイド、ガーデルマン! ミレニアムスツーカの雑よ――オホン、サポートをしてくれている」
『言い替えられていませんよ、飛行狂。あなたの変態的な飛行で、スツーカのエンジンが猛抗議しています。次同じ事したら自爆してやるとの事です。適切な抗議と判断し、自爆コマンドの設定を打診中です』
「……とこの通り、とびきり優秀な相棒だ! 各種データの分析、損傷の修繕、果ては有事の際の飛行代理までこなしてくれる。この調子で炊事洗濯までも覚えてくれると嬉しいのだがな!」
『――演算アンドロイドの名誉毀損を確認しました。死んでも御免なので、飢え死にを推奨いたします』
「はっはっは。どうだ、面白い奴だろう! こっちの宇宙に来てから出会った縁だが、本当のガーデルマンにも良く似ている。アイツも戦闘時には『次に変態的な飛行をしたら後頭部を撃ち抜く』など冗談を言ったもんだ!」
『蒼輝銀河のガーデルマンとして、その意見を否定します。彼の言葉は決して冗談では無かったでしょう』
「何を言う。アイツは撃鉄を持ち上げはしたが、引き金は絶対に引かなかったぞ!」
謎の自信に満ちあふれた笑みでそう応えるルーデル。機械であるにも関わらず、ガーデルマンが項垂れたように見えた。
『……よろしくお願いします、カルデアのマスター。ウチのパイロットが迷惑をおかけすると思いますが』
「迷惑なんてないよ。ルーデルのお陰で助かったんだし」
「ああ、本当に危ない所だった。二度目の人生でも一、二を争うギリギリのフライトだ。お前も良く耐えたな、凄いぞ少年!」
晴れやかな声でそう言って、立香の肩を叩き激励するルーデル。
立香の時代の近い英霊だからだろうか。あけすけな彼の言葉には、親戚の気さくな叔父に褒められるような、どこかほっとする感じを抱かせた。
「――だが、あくまで絶体絶命の窮地を脱しただけだ。ピンチは今も続いている」
「っそうだ、XX!」
XXは座席に座らされ、荒い呼吸を繰り返していた。抉られた肩を始め、強烈なエネルギーを浴びた身体はあちこち火傷して真っ赤になっている。
「ガーデルマンは、そこで気絶している二人をベッドに運んでくれ。XXは俺が見よう」
「オレも手伝うぜ、ルーデル……こんな状態の宇宙の父上、黙って見てらんねえ」
「助かる。ひとまず横に置くぞ――せぇ、の」
ルーデルとモードレッドが協力し、格納庫に敷いたマットレスの上にXXを横たえさせる。
診察は手早く完了し、ルーデルは傍で不安そうに見つめる立香とモードレッドに向けて、力強い笑みを浮かべて見せた。
「良かったな、軽傷の範囲だ、肩の傷も致命傷じゃない。魔力を補填すれば回復するだろう」
「ほっ……よかった」
「ったく、勝手に暴れて、一時はどうなる事かと思ったぜ」
ようやく胸を撫で下ろす立香。モードレッドも悪態を付きながらも顔には微笑が浮いていて、素直じゃない様子がルーデルの頬を綻ばせた。
「マスターと契約を結んでいるから、一両日もあれば良くなるな。一応、痛み止めを打っておこう」
「……いいえ、その必要はありません」
注射器を持ったルーデルの手を、目覚めたXXの手が払いのけた。
「XX! ダメだよ、安静にしてなきゃ……」
「えへへ、心配しすぎですよ、マスターくん。このぐらい、宇宙犯罪組織とのいざこざじゃ日常茶飯事です……ったた」
笑った目を危うげにひくつかせながらも、XXは上体を持ち上げた。
一呼吸付き、XXは立香とモードレッドを見つめた。その目は、怯えに似た昏い色に揺れている。
「……ごめんなさい、マスターくん、サーファーさん」
「謝る事ないよ。XXが無事だったんだから、何も――」
「いいえ、謝らなきゃいけないのは、今この瞬間の何もかもです――わたしの身勝手が、きみを巻き込んで、大変な目に遭わせてしまっている」
吐き出す呼吸が、震えている。それはきっと、全身に受けた火傷が痛むからだけではない。
紅い恒星。強い閃光。
その中に浮かぶ少女の姿は、立香もはっきりと瞼の裏に焼き付いている。
「わたしが解決しなければいけないのに、償うべきはわたし一人なのに……どうしてもできなくて。誰かに頼るなんてしちゃいけないのに。そんな資格ないのに、わたしは……」
吹けば消えてしまいそうな、弱々しい声音。
思わず立香は、モードレッドと顔を見合わせる。
数々の特異点、異聞帯を駆け抜けてきた立香だが、これほど苦しげで思い詰めた人に出会った経験は少ない。
ましてXXは、その苦しみを全く気にせず、あっけらかんと解決する側のサーヴァントだった筈だ。
いつものXXから懸け離れた重苦しい落差が、何よりも彼女がいま途方も無く苦しんでいる事を告げていた。
「……教えてくれないかな」
だから立香は、XXに目線を合わせ、ハッキリと聞く。
「この宇宙で何が起きているのか。何でXXオルタが……えっちゃんがあんな事になっているのか」
「……」
「お願い、XX。俺は君を助けたい。助けてほしいっていう君の願いに、答えたいんだ」
擲たれていたXXの手に、自分の手をそっと重ねる。
巨大な熱にあてられて尚、ツインミニアドを振るい続けた手。火傷の痛みは取れなくても、せめて震えを和らげるくらいはしてあげたかった。
彼女は、文字通りに身を焦がしながら、ダース・ソルに立ち向かっていた。
彼女が命を駆けてまで何かを為そうとしていると気付くには、そしてそれを立香が助けたいと思うには――あの時の、身を焼きながら放たれた、振り絞るような絶叫だけで十分だ。
「身勝手なんて考えないでよ。悩みも困り事も、何でも一緒に解決するのが、友達でしょ?」
「っ……」
立香のまっすぐな目に見つめられて、XXは俯いた。
沈痛な表情は、まるで靡こうとしている自分の心の弱さを責めているようだった。けれど同時に、その頬はうっすらと朱に染まっている。
「ともだち……」
ぽつりと呟く。
胸の内にこみ上げてくる嬉しさを素直に喜ぶ方が、本来の彼女の姿なのだ。
だから、XXは顔をほんのり桜色にして、おずおずと立香の目を見つめ返してきた。
「まったく……わたしは、きみよりもずっと年上なんですよ? それなのに、堂々と友達なんて……」
「……」
「……マスターくんのそういうところ、本当にずるいと思います」
唇を尖らせ、顔を真っ赤にして、揺れる瞳でじっとりと睨み付けてくる。
それはとても珍しい表情だったけれど。それでも鬱屈と塞ぎ込んだ表情に比べれば、何十倍も彼女らしくて、可愛らしかった。
ようやく見せてくれた彼女らしい表情に、立香が破顔する。
「「……」」
「……言っとくけど。あと五秒いちゃいちゃっとした雰囲気続けたらプリドゥエンするからな」
見つめる二人の間に、モードレッドのドギツい眼光が割って入ってきて、二人は慌てて身を引いた。
「っち、ちがいますよサーファーさん! わたしはマスターくんは、その、弟みたいな子って思ってますので!」
「っていうか『プリドゥエンする』って何? 何されるの俺!」
立香の質問には答えず、モードレッドはへんっと鼻を鳴らすと、現出させたプリドゥエンをゴスンと床に付け、鋭い目でXXを睥睨する。
「話せよ、宇宙の父上。何を言ったって、コイツもオレも笑ったりしねえ」
「……」
「今まで何度世界を救ってきたと思ってるんだ。オレ達はもうお悩み解決のスペシャリストだぜ? それをお前も知ってるから、助けを求めたんだろうが」
父上によく似た姿をした人に言うのが気まずいのだろう。モードレッドは金髪を指で弄びながら、けれど言うべき言葉ははっきりと告げる。
「トラブルなんて日常茶飯事だよ。だから、謝ったりすんな。オレ達はもう、お前に呼ばれてここに居るんだ。だから胸張って堂々と『助けてください』って言いやがれ」
「……」
「もう巻き込んじまったんだから、腹くくれ――心配すんなよ。お前の宇宙規模の悩みだろうと、オレのプリドゥエンで、綺麗さっぱり洗い流してやるからさ」
そう言って、モードレッドは日焼けした小麦色の肌によく似合う、挑戦的な笑みを浮かべて見せた。
強気な目と言葉にあてられて、XXももう吹っ切れたようだった。座り直した彼女は、これまでの彼女の過酷な物語を、ぽつぽつと語り始めた。