幼女が魔改造されたクマに乗って時獄と天獄を生き抜く話 作:アキ山
うん、SSR枠唯一の野郎であるユウヤだったけど、来てくれただけでいいや。
というワケで投稿です
アメリカ合衆国の中枢たるホワイトハウス。
その一室では一人の男が黒のネクタイを締めている。
「ミスター・プレジデント、本当に行かれるのですか?」
「ああ。アル……ウォーケン少佐は信頼のおける男だ、その彼が大丈夫だというのなら、『アシハラ・ミズホ』は安全なのだろう。それに今後の事を考えるなら宇宙の浮島、スペースコロニーは体験しておくべきだ」
栗色の髪に抜けるように白い肌を持つ美貌の秘書官の心配に、男は頼りがいのある笑みを返す。
「なにより我が国民を死地より救い出してくれた恩人が、戦場で散って逝った同胞達を弔うというのだ。出席しなければあまりにも仁義に欠けるだろう」
「ですが、この時期にステイツを空けるのは得策ではありません。反対勢力や第五計画の連中が何をするか……」
本国を留守にするリスクを語っていた秘書官だったが、彼女は主の顔を見て言葉を続けるのを止めた。
付き合いはそう長くないが、あの表情をしている彼は止まらないのはよく知っているからだ。
「それでも私は行かねばならない。何故なら───」
その日、合衆国から『豊芦原瑞穂国』の宇宙船が飛び立った。
九州戦役で散った在日米軍の遺族達、そして一組の男女を乗せて。
◆
同時刻、帝都にある煌武院邸。
そこでは若くして当代を継いだ煌武院悠陽が紅蓮醍三郎、月詠真耶と向き合っていた。
「例の『豊芦原瑞穂国』へ行かれるとお聞きしたが、誠ですかな?」
「はい。斎御司経盛殿下から次の征夷大将軍へ指名があった以上、此度の鎮魂の儀は件の場所を己が目で見る最初で最後の機会となるでしょう」
そう答える悠陽に傍で控えていた月詠は怒りを噛み殺す。
彼女の主は十代前半でありながら、皇帝陛下からこの国の全権を預かる武家の頂点の座に就く事が決定している。
しかし、これは決して誉れではない。
今回のBETAによる九州襲撃は謎の武装組織『豊芦原瑞穂国』によって食い止めれられた。
これは日本帝国として見れば幸いだが、帝国軍や斯衛からすれば由々しき事態と言える。
何故ならこの一戦で帝国軍部にはBETAを止める力が無い事が露呈したからだ。
実際のところ、九州に親類を持つ臣民を中心にして陰では帝国軍の不甲斐なさを嘆く声や武家の不要論も囁かれ始めているという。
この機運を見た現征夷大将軍たる斎御司経盛は、九州に生じた被害の責任を取る形で将軍職を辞する事を表明している。
大戦後に導入された民主政治によって、議会にその権限の大半を取られている将軍職。
敗戦や軍部による失態の責任だけを延々と被り続ける名誉職同然の座は割に合わないと感じたのだろう。
そして後釜として悠陽を選んだのは彼女の才覚を見込んでの事ではない。
年若い少女が征夷大将軍の重責を負うとなれば、不満を抱く臣民も少しは口を噤むのを狙っての事だ。
同時にむさ苦しい男よりも年若い少女の方が国民への受けがいい。
さらに『豊芦原瑞穂国』が敷いた防壁によって半島からのBETAを抑え込んでいるとはいえ、大陸を支配されている以上、日本帝国は喉元に奴等の牙を突き付けられている事に変わりはない。
今後もBETAの襲撃は予想されるならば、その際に何らかの不祥事やミスがあれば『子供にはまだ早かった』と武家へのダメージを最小限にして首を挿げ替える事が出来るようにとの思惑もあるのだろう。
つまり悠陽の与えられる将軍位とは、客寄せパンダ兼生贄という呪われた椅子なのだ。
自分の主にそんな物が押し付けられると知った時、月詠は怒髪天を突くほどの怒りを覚えた。
そのまま城内省へ殴り込みを掛けようとした彼女を止めたのは、他ならぬ悠陽だった。
どのような意図が隠されていようと、民の為になるのなら私は喜んでそれを背負うと。
月詠は主の高潔さに涙するとともに、それを良い様に利用する腹積もりな政府や城内省を恨んだ。
そんな彼女が地位という名の牢獄へ繋がれる前に望んだ事が、噂の宇宙コロニー『豊芦原瑞穂国』へ行く事だった。
「九州戦役で九段へ逝った斯衛には煌武院の臣下であった者もいます。悠陽様はその親族という形で参加する旨、話は通っております」
斯衛軍の大将を張る紅蓮醍三郎を前に淡々と話す月詠。
斯衛という組織と城内省に対する敵意と憎悪は心の奥に沈めているが、何処までこの益荒男の目を騙せているだろうか?
そう考えると月詠の背に冷たい汗が流れる。
「そこまで手はずを整えているとはのぅ……。彼の場所はそれ程までに気になりますかな?」
「はい。彼等との関係性が日ノ本の将来を左右する、そう考えております」
まっすぐに相手の目を見て話す悠陽に紅蓮は内心で唸る。
この娘とは今まで数度ほど話した事があるが、その度に彼女の言葉や所作に引き込まれるような魅力を感じる。
そして、日増しに大きくなる彼女の人の上に立つ人間の器もだ。
如何に武家の頂点である五摂家の一人とはいえ、これ程のカリスマ性は尋常ではない。
まさに天賦の才である。
(斎御司殿下は悠陽を如何様にも手玉に取れる猫と思っていたのだろうが、なかなかどうして。この娘、獅子に化け始めておるわ)
現将軍の失態に内心で苦笑いを噛み殺した紅蓮は、ここである決断を下す。
「そういう事ならば、この紅蓮醍三郎も煌武院殿の護衛としてお供いたしましょう」
「よろしいのですか、紅蓮大将?」
「皇帝陛下と征夷大将軍殿下を守ることが斯衛の本分。その次代を担うお方が難所に赴かれるなら供をするのは当然という物ですな!!」
呵々と笑う紅蓮だったが、彼は知らない。
次の瞬間に悠陽から『あくまでお忍びです』と告げられ、帝都の怪人の異名を持つエージェント鎧衣左近の監修による身元を隠す為の大変装を強要されることを。
◆
どうも、宇宙で日々まったりと暮らす幼女です。
少し前の事になるけど、ショックな事実が判明しました。
なんとこの宇宙と多元宇宙は時の進み方が違うというのです。
発覚したのはにぃにへ元気だよと連絡を取った時だった。
むこうを出る時に『一日一回は必ず顔を見せること!』と口を酸っぱくして言われていたんだけど、コロニーを造ったり避難民のお世話をしたりとバタバタしていた所為で忘れちゃってたんだよね。
期間的にはだいたい15日くらい。
それで戦々恐々としながら通信を開いたんだけど、出てきたにぃには何故か怒るどころか苦笑いだった。
『まだ4時間くらいしか経っていないのに、もう寂しくなったのか?』
その時は私も我が耳を疑ったモノだ。
その後、ドクター・ウエスト等に相談した結果、この宇宙と多元宇宙では時の進み方が違うこと。
多元世界の出航からゲートに向かう分の時間を引いて計算すると、だいたいこっちの一日はむこうの1分くらいなんだってさ。
そして私達は多元宇宙側に身体的な時間の進み方が紐付けられていて、この宇宙の時間経過通りには成長などがしない事が分かったのだ。
帰ったらヨマコ先生くらいにワガママボディになった私を見せようと思ったのに……無念。
コホンッ! 私の砕けた野望の話は置いておくとして、九州で亡くなった人達の葬送? 鎮魂祭?
うーん、こういう時ってなんて言ったらいいんだろうね。
ともかく、お葬式(仮)も目前に迫っている。
遺体の代わりに埋葬する遺品も家族や軍の同僚さん達が分けてくれたし、その上に置く石碑も街の石工さんが彫ってくれた。
ひーちゃんは工場で造れるのにって言っていたけど、こういうのは人の手でやった方がいいと思うの。
本当なら亡くなった人達の名前を石碑に一人一人刻む予定だったんだけど、数が多すぎて無理だった。
だから名簿にして遺品と一緒に埋葬する形になったんだ。
これも軍の人達や遺族の皆が協力してくれたお陰でそろえる事が出来た。
記帳をお願いして回っていると泣きだす人も結構いて、その時は胸が痛んだなぁ。
そんなこんなで色々あったんだけど、その間にも『豊芦原瑞穂国』から日本やアメリカへ本州や在日米軍の遺族を迎える為の船は出ている。
船はペガサス級っていって、ブライト艦長が昔に乗っていた『ホワイトベース』の同型艦なんだってさ。
私も出航前に一度見たけど、スフィンクスみたいな形で幼女はちょっと可愛いと思います。
さて、明日には遺族の人達もここへ到着してお葬式が行われる訳なんだけど、その前に一つお仕事が入っている。
『これが戦術機用陸上戦艦、富岳とヘビーフォークだよ』
「なんと……」
「この巨体がホバーで地上を走るというのか」
日本帝国の島津司令とウォーケン少佐を連れて訪れたのは兵器開発区画にある造船工場。
そこには前面に大口径の大砲二門を突き出した、トラックみたいな巨大車両っぽいモノがそびえ立っている。
武装はその他にも真横や下に向く形で機銃がたくさん付いていて、かなりの重武装なのが見て取れる。
ひーちゃんの話だと、これは宇宙世紀で造られたビッグトレーっていう大型陸上艦を改造して武装の強化と戦術機の運用が出来るようにしたんだってさ。
あと、小型の飛行機とか戦車も積めるって言ってたっけ。
『Rイーグルや烈震は母艦とセットで運用する前提になってるからね。戦術機だけを渡しても片手落ちなんだよ』
「あの機体は艦載機だったのか」
『というか機動兵器って余程トンデモな造りをしてない限り、母艦運用が基本でしょ。単体での継戦能力なんてたかが知れているんだから。補給に機体メンテナンス、それにパイロットのケアまで。それをやらずにコンテナから弾薬だけ補充して延々戦えとか、そりゃあ墜とされても仕方ないよ』
ひーちゃんの呆れ混じりな言葉に私も納得した。
そういえば、Z-BLUEも常に母艦と一緒だった。
誰かが不調になったり戦えなくなっても、母艦のどれかに回収する事で切り抜けた事だって何度もあったもんなぁ。
「……返す言葉も無いな」
「たしかに疲労は衛士の天敵だ。それに取り憑かれて散って逝った衛士は何人も見てきた」
このひーちゃんの指摘には島津さんもウォーケン少佐も苦い顔で頷いていた。
二人とも指揮官の立場や現場でそういうのを見ていただろうから、歯がゆい思いをしていたのかもしれないね。
『だから、これを日米に渡すんだよ。ホバーの足回りと動力源の核融合炉以外は地球の技術で再現できるはずだし、そっちで造れない部品はウチから格安で提供するからバンバン買っちゃってね』
「これは核融合炉で稼働するのか!?」
『そうだよ。言っておくけど、技術提供はしないからね。動力関係に関しては完全にブラックボックス化するし、仮に解体や秘密を暴こうとしたら絶交だから』
ひーちゃんの宣告に核融合炉で驚いていた島津司令が絶句する。
ここまでは大盤振る舞いだったのに、急に秘密にしちゃったら驚くのも無理はない。
「何故だ。我々で動力機関を製造できれば、そちらの手間が省けて増産速度も早まるのではないか?」
『理由の一つ目は技術差がありすぎること。核融合炉は地球では発見されていない理論で造られているの。だから教えても理解できる人は限られているだろうし、実物を与えてたって再現には時間がかかり過ぎる』
「む……」
「そういう事なら仕方ないか」
『それにモノは核融合炉。下手に触って暴走させましたなんてことになったら、被害はシャレにならないでしょ。そんなの私達もゴメンだからね』
ひーちゃんの言葉に納得した二人は、それからそれぞれ地上戦艦を使う為の訓練に入った。
島津司令は部下と共に富岳の操縦方法をハロから学んでシミュレーターに入り、ウォーケン少佐は艦を自動操縦にしてRイーグルで発着艦の練習と言った感じだ。
この艦や戦術機で兵隊さん達が一人でも多く助かればいいんだけどなぁ。
◆
そんなこんなで数日が経ち、お葬式(仮)の日がやってきた。
まず私がやった事はコロニーの港にある出入国管制室で、遺族の中に怪しい人がいないかを確かめる事だった。
この手の事はZ-BLUE時代にも何度かやっている。
ほら、ジン・ムソウさんの時とかミスリルの裏切り者を見つけた時とかさ。
なので邪な思惑を持っている人を見抜くくらいは朝飯前だ。
「……ひーちゃん、さんれつめのさんばんにいるサングラスのおじさん。なかではかいこうさく? するきみたい」
『りょーかい!』
『ハロ、ハロ! 逮捕ダ! 逮捕ダ!!』
『大人シク御縄ニ付キヤガレ!!』
「な…なんだお前たちは!?」
私がモニターに映る金髪に白い肌の怪しいオジサンを指さすと、周りから現れたハロがあっという間に件の人物を拘束する。
そして荷物や服の内ポケットを探ってみれば、案の定妙な機械がゴロゴロと出てきた。
『あれってバラバラに分解しているけど、結構旧式の爆破装置だよ』
「……ミユたち、きらわれてる?」
アメリカからのお客さんみたいだけど、私達何もしていないよね?
『私達の事が怖いんだと思うよ。いきなり超技術を持つ正体不明な存在が現れたんだからね』
……そっか。
この世界の事を考えたら、もう少しゆっくりと動けばよかったのかなぁ。
私が少し反省している間にも、港の騒ぎは大きくなっている。
入場の待ち列から飛び出した30代くらいの白人のおじさんが、拘束されているスパイ容疑の人の胸ぐらを掴んで怒鳴っているからだ。
『貴様! 誰の手の者だ!? ここの主は散って逝った兵士達の死を悼み、弔ってくれるというのだぞ!! そんな恩人の庭で破壊工作などと……恥を知れ!!』
『黙れ! 貴様がそんな呑気だから我々が備えているのだ!! 未知の技術を持った正体不明の集団だぞ! その手を何の疑いも無く取るなど正気ではない!!』
『落ち着いてください、ミスター! もめ事を起こせば我々の心象が悪くなるだけです!!』
『離してくれ、ジョディ!!』
キャリアウーマン風なお姉さんを交えて何やら言い合いをしているようだけど、他の遺族さんもいるし何よりお葬式の前だ。
騒がしいのはご遠慮してもらおう。
『はいはーい、こちらは入国管理局でーす! そこの怪しいオジさんは規約違反なんで、このまま地球へ帰ってもらうねー!』
ひーちゃんがそう言うと、ハロ達は拘束されたままのスパイさんを港の端に停めているコムサイへと放り込んでしまった。
『一つ忠告しておくね。その中って部屋中ビッシリとレーザー発振装置があるから、下手な真似をしたら一瞬で穴だらけになるよ~』
けどハッチが閉じられる寸前にこんな忠告をしていたから、果たして彼等に届いているかどうか……。
『貴殿らの好意に泥を塗るマネをして申し訳なかった。謹んでお詫び申し上げる』
騒ぎが収まると先程スパイに掴みかかっていたおじさんがカメラに向かって頭を下げていた。
「……いい。おじさん、わるくない」
アメリカ人の誰かが悪いことしたからって、皆が悪いなんて考えるのはダメだもんね。
そんな訳で招かれざる客にはお帰りいただく形で、ご遺族や関係者の入国は無事に済んだ。
万全を期すならもう少し深くまで探った方がいいんだろうけど、さすがに人数が多いとそれも難しい。
もし取りこぼしがあった時は、コロニー内のハロ達にお任せしよう。
二日ほど前に完成した慰霊碑は長崎に造られた平和祈願公園という場所に設置されている。
今日のお葬式で遺品と名簿が碑の中へ納められ、読経と在日米軍の神父様による鎮魂の祈りが為される予定だ。
今でもわからないのは神父様に続いて私も慰霊碑の前で祈ることになっている事だ。
別に嫌じゃないけどさ、どうしてこうなった?
そんな事を考えている内に式が始まる時間がやってきた。
公園全体を使って設置された座席に遺族の方たちが座り、私も正装である巫女服に着替えて用意された席に着く。
式が始まると鹿児島県知事をしている東郷のお爺さんを先頭に、九州の各知事が慰霊碑の前に向かった。
そして係の人が碑に備え付けられた扉を開くと知事さん達が遺品が入った箱を中へ入れて、その上に東郷のお爺さんが犠牲者の名前が記された名簿を納める。
この時点で遺族の人達の中からはすすり泣きの声が聞こえてきた。
それが終わるとお坊さんが慰霊碑の前に来て、お経を読んでいく。
「姉様、姉様」
「……んぉ?」
あ…あぶなかった。
読経のリズムってなんだか眠気を誘うんだよね。
「大丈夫、誰も気づいていませんわ」
隣のミウもこう言っているし、セーフセーフ。
さて、私のポカも誰にも気づかれなかったところで、次は神父様の祈りが始まった。
この後ろに流した短めの茶髪に髭モジャなマッチョのおじさんは、マイケル・オブライエンさんっていうんだ。
オブライエン神父は在日米軍の従軍神父をしていたんだけど、今は除隊して今回の事で親御さんを失った子供達を街の教会を孤児院にしてお世話をしている凄くいい人なんだ。
私がお葬式(仮)の祈りをお願いしに行った時も二つ返事でOKしてくれたんだよ。
九州地方ってキリスト教徒が結構多い地区らしいから、米軍の皆だけじゃなくてそういう人達の為になるんじゃないかな?
『続きまして、我々の恩人でありこのコロニーの所有者たるミユ・アスカ嬢より、鎮魂の祈りを賜ります』
オブライエン神父のお祈りが終わると私の出番が回ってくる。
慰霊碑の前に来た私は目を閉じると両手を合わせた。
口下手だからオブライエン神父みたいに流暢に祈るのは無理だし、お経だって憶えていない。
でも、亡くなった人達がこれから安らかに眠れるようにという思いは同じだ。
だからこそ、一生懸命にそれを願う。
『何時もの日常』を壊されて犠牲になった人達の冥福を祈るのは、人として当然のことだ。
そして大切なモノを守る為に死力を尽くして戦った戦士たち、彼等の意志を受け継いで送り出すのが同じ戦士としての礼儀だってグラハムさんが言ってた。
聖戦を戦い抜いた今ならわかる。
命は死んで終わりじゃない。
彼等の願いは魂と共に宇宙へあがり、遺された仲間や家族はもちろん、その声を聴いた星々の彼方にいる誰かにも繋がっていく。
そうして紡いでいく数多の想いが、命の力が宇宙を支える根幹になるんだ。
だからこそ、私は慰霊碑へ心の中で問いかける。
大切な人に伝え忘れている事はないか?
遺して逝きたい言葉はあるか、と。
そうしていると首に掛けていたアルお姉さん謹製のタリスマンへ思念の力が集まっていく。
そして私の意識は宇宙を介して何かと繋がった。
◆
静寂の中に参列者のすすり泣く声が時折木霊する式場で、幼き巫女は地に膝を突いて両手を合わせて祈る。
自分達の恩人が真摯に家族の冥福を願う姿に、息子を失った九州在住の老婆はあふれ出る涙をハンカチで拭う。
そうして瞼を押さえた布を退けた時だった。
彼女はふわりと巫女の回りに降り立つ蒼い光を見た。
その光景は老婆だけが捉えたわけではない。
参列する遺族や慰霊式の運営に携わる者など、会場にいる全ての人間の目の前で起こっていたのだ。
次々と天から降り注ぐ光たちは地に降り立つと一つ、また一つとその姿を変える。
それ等は九州戦役で犠牲になった市民、そして奮闘の末に斃れた日米の将兵達となったのだ。
降って湧いた奇跡に唖然とする遺族達。
そんな彼等も失ったはずの家族や恋人が目の前に立って、記憶通りの言葉で『ただいま』と声を掛けられると意味が悲しみから喜びに変わった涙を流して受け入れた。
しかし彼等はすぐに気づく事になる。
帰ってきた愛する家族がこの世のものではない事を。
そしてここへ降り立ったのは、自分達へ遺せなかった最後の言葉を伝える為だという事を。
兵士級に喰われた農家の青年は父母にこう言った、『先に逝ってゴメン』と
突撃級に戦術機ごと踏み潰された帝国軍の女性衛士は『花嫁姿を見せられなくてごめんなさい』と父親に抱き着きながら涙を流す。
とある在日米軍の大尉は遺してしまった妻の隣に座る幼い息子の頭を撫でながら声を掛けた。
『母さんのことは頼んだ、これからはお前が守るんだ』と。
逝く者も見送る者もコレが最後の別れと悟っていた。
だからこそ、お互いに涙を流して思いの丈をぶつけ合っていた。
自分達を置いて逝ったと怒号が上がった。
再び別れを迎える事への悲哀に泣き声が木霊した。
しかし、そこに恨みの感情は欠片も無い。
彼等の間にあったのは胸に穴が開くような寂しさと……最後に来てくれた愛する人への感謝の気持ちだった。
そんな奇跡の中、イルマ・テスレフは参列席の一つに座りながら祈り続ける幼い巫女の背中を後ろめたい気持ちで見つめていた。
イルマの人生は不幸の連続だった。
幼い時にBETAによって故郷を追われ、逃げる最中に両親を失った。
そうして逃れてきたアメリカでは難民の生活は貧しく、半ば人間として扱われていなかった。
常に腹を空かし、生きる糧を得る為に身体を売ることだってあった。
それでも彼女には一つの目標があった。
それはBETAから祖国フィンランドを取り戻すこと。
そして生まれた地に遺品だけでもいいから、両親を帰してやることだ。
その一念で泥を啜りながら生き残ったイルマは米軍へと志願した。
BETAを排し、祖国復興の第一歩として人類の尖兵になろうとしたのだ。
訓練生とはいえ軍人の生活は楽ではなかった。
日々動けなくなるまでシゴかれ、難民出身と差別や悪意に晒されることだって何度もあった。
それでもイルマは諦めなかった。
何故なら彼女にはそれしかなかったからだ。
苦難の中を生き続けていた彼女は、父母と共に平和に暮らした幼い頃の輝くような幸せの記憶に縋らねば生きていけなかった。
故郷を取り戻し、思い出の地で穏やかに生きていく。
それこそがイルマが泥を啜ってでも生きてきた理由なのだ。
そうして任官した彼女が赴任したのは在日米軍だった。
日露戦争でフィンランドの宿敵であるロシアを打倒した国。
その事を歴史で学んで日本に好意を持っていた彼女は、興味と親近感を抱くこの地を護ることを決意していた。
しかし現実は残酷だった。
押し寄せるBETAの大軍は彼女の決意や信念など、意にも介せずに踏み潰したのだ。
彼女の初陣は地獄の様相を呈していた。
殺しても殺しても押し寄せるBETA。
次々に通信途絶となる先任たち。
そして通信から嫌でも耳に入る劣勢となった人類側と、戦車級に喰われている同期の悲鳴と断末魔。
今すぐに逃げたかった。
もう嫌だと何もかもを投げ出したかった。
しかしイルマにそうする事は許されなかった。
逃げた先には何もないからだ。
居場所も、職も、国も。
彼女にはこの地獄以外に生きる場所は無い。
重く圧し掛かる死の気配の中で必死に抗っていたイルマだったが、それも長くは続かなかった。
難民出である彼女に与えられた第一世代戦術機ファントム、それが限界を迎えたのだ。
迫りくる突撃級を避けようとした瞬間に横合いから繰り出された要撃級の一撃。
それは右の主脚と跳躍ユニットは破砕して、イルマのファントムを地面へ叩き落した。
警告の赤い光に染まる管制ユニットの中、外から聞こえるのは機体の装甲を食い荒らす戦車級の咀嚼音のみ。
イルマは管制ユニットのレバーを狂ったように引きながら、心の中で必死に祈った。
『イサ(お父さん)! アイティ(お母さん)! 神様! 助けて!!』と。
そんな彼女の願いに応えるように、天から降り注いだのは光の雨だった。
戦場を覆うそれらは機体を齧っていた戦車級だけでなくBETAだけを討ち払い、お陰でイルマは九死に一生を得た。
化け物共が焼き払われた後、ベイルアウトを行ったイルマが見たのは天に浮かぶ巨大な漆黒の球体だった。
少々目つきが悪いものの愛嬌が感じられるソレは、襲い来るBETAを赤子の手を捻るように叩き潰していく。
イルマにはBETAという悪魔に鉄槌を下す天の御使いに見えたのだ。
その後、イルマはハロビットに救出されて地獄の九州を脱出した。
一時は撃墜後の体験が原因で精神的に不安定な状態だったが、それも献身的な治療によって数日で快方へ向かった。
そうして『豊芦原瑞穂国』で迎えた暮らしはイルマにとって信じられない程の好待遇だった。
住居と家電を無料で提供されて、資金も生活するには十分なほど。
九州から来た避難民達も同じ立場故に偏見の目など向けない。
盗む必要が無く欲しいものが買え、それを誰かに取られる心配もない。
それはイルマが幼い頃から夢見てきた普通の生活だった。
難民の子とドブネズミのように追い払われない。
塗炭の苦しみの中で見たアメリカ国民の同世代の少女たちのように、着飾って堂々と街を歩く事が許される普通の女の子としての暮らし。
それを知ったイルマは九州戦役で味わった恐怖と絶望と相まって祖国を取り戻すという気概がポッキリと折れた。
血反吐を吐く思いで手に入れた人類の剣たる戦術機はBETAを前にしては蟷螂の斧だった。
そして祖国を取り戻さなくても、ここにいれば平和に暮らせる。
これでは戦う意思を持ち続けろと言う方が無理な話だ。
フィンランドに帰すと決めていたと両親の遺品を今回の慰霊式で埋葬を願い出たのもそうだ。
今まで故郷へ還してやろうと思っていたが先の戦いで死を実感した事で、自分が消えれば遺品もガラクタとして打ち捨てられる事に気が付いたのだ。
そんな末路を迎えるなら、この静かな地で眠ってもらう方がいい。
もちろん、この慰霊式は九州で亡くなった人が対象なのは分かっている。
それでもイルマには両親を眠らせる土地はここしかなかったのだ。
『……ズルをした私に奇跡が訪れないのは当然よね』
そう自嘲し、心に宿る不平や不満を呑み込む為に下を向いたイルマ。
しかし、そんな彼女の前に一組の影が現れる。
『大きくなったね、イルマ』
『本当。綺麗になって、お母さん嬉しいわ』
過酷な生涯によって記憶のかなたに追いやられていた懐かしい声。
弾かれたように顔を上げたイルマの前には、頭の中にずっと焼き付いていた両親の姿があった。
「イサ…アイティ……」
『イルマ、よく今まで生きていてくれた』
『さあ、貴方の顔を私達によく見せて』
呆然とするイルマを抱きしめる両親。
温かみも触れられる感覚も無かったが、彼女はたしかに両親の愛情を感じていた。
だからこそ、心の中で凍らせていた弱音が口を突いた。
「ずっと…ずっと辛かった! 生きる事が…明日が来ることが怖くて仕方なかった!! フィンランドを取り戻すって…私達の故郷に二人を返すって思って生きてきたけど…私にはもう無理なの!!」
『いいのよ、もう。貴方は無理しなくていいの』
『ああ。私達はお前が幸せに暮らしてくれれば十分だよ』
こうしてイルマ・テスレフは十数年ぶりに子供のように大声をあげて泣いた。
奇跡によって訪れた夢のような時間。
しかしこの時が夢ならば、覚める事もまた必定である。
黄泉から戻ってきた戦没者達は自分の体が透けてくるのを見ると、一人また一人と家族に最後の言葉を告げて離れて行く。
彼等は慰霊碑の前まで行くと、軍人達が隊列を整えて一糸乱れぬ回れ右で参列者へ振り返った。
「軍務従事者、総員起立!」
その彼等の目を見て鋭く号令の声を上げたのは、参列していたアメリカ大統領だった。
元軍人でメダル・オブ・オナーにも選ばれた英雄でもある彼の声に、参列者の軍人達は日米問わず立ち上がる。
「泣いている者は涙を拭わなくてもいい! 嗚咽を漏らしていても構わん! だが彼等から託されるモノはしっかりと受け止めねばならん!!」
「「「「「了解!!」」」」」
大統領の言葉に普段は反米感情を隠さない帝国軍人も迷う事無く返事を返す。
そして誰に言われるまでもなく直立不動の姿勢を取る軍人達に、軍艦の船長であろう初老の提督を先頭に英霊達は託すべき言葉を継げる。
『家族を、民を、地球を頼む』
彼の切なる願いに軍人達は一糸乱れぬ敬礼で返す。
これは書面も無い映像記録も無い、しかし決して破ることは許されない最強の口約束だ。
全てをやり終えた死者達は一人、また一人と蒼い光になって天へと還っていく。
その行先はコロニーの外で無限に広がる宇宙。
そして最後の一人となった英霊の代表を務めた老提督は、祈り続ける幼い巫女に『ありがとう』と声を掛けると仲間達の後を追った。
◆
どうも、思わず色々とやらかしてしまった幼女です。
聖戦の時に色々ありまして、私のニュータイプ能力といいますか感応力といいますか。
とにかく、そういった力はヤバいレベルになっているのであります。
なので、皆の冥福を祈っていると繋がっちゃったんだよね。
リタお姉さんや白鳥に変身するヨガの人が言っていた刻の彼方ってやつに。
やっぱり、お守りは外しておいた方がよかったかなぁ。
あれも聖戦のお陰でアルお姉さんが『絶対に無くすな!!』って言うくらいの魔術的にゴッついものになったらしいし。
ウエスト博士も『このペンダントがあればデモンベイン2号機が製造可能なのであーる!』って言ったけど冗談だと思いたい。
さて、皆が宇宙へと還った慰霊祭の会場は静寂に包まれていた。
時おり耳に入るのは誰かの漏らす嗚咽だけ、それでも誰一人言葉を発する事も席を立つ事もない。
ごめんなさい、この空気って凄く居たたまれないんですけど……。
そんな事を考えていると、静寂を破って警告音が鳴り響いた。
『月ヨリ高速飛翔体が接近中! BETAノ落着ユニットト思ワレル! 住民ハ慌テズ二最寄リノ避難所ヘ退避セヨ!! 繰リ返ス、落着ユニット接近中! 住民ハ最寄リノ避難所ヘ退避セヨ!!』
どうやら懲りずに月のBETAが手を伸ばしてきたらしい。
だけど、考えようによってはチャンスだ。
この針の筵みたいな場所から合法的に逃げられる!
「姉様!」
『ミーちゃん!』
「……ん。いく」
「アメリカ軍各員はボサっとするな! 民間人の避難を誘導するのだ!!」
「帝国軍もだ! 我々の方が地理を把握しているんだぞ! 彼等と協力して遺族や市民達を安全な場所へ連れて行くんだ!!」
見れば、宇宙港で揉めていたおじさんや島津司令がこっちを纏めてくれている。
住民たちの事は彼等に任せて私達は私達の出来る事をしよう!
そうしてスクランブル発進した私達。
今回ミウが乗るのは3ちゃんことサイコガンダムMKⅢだ。
『姉様、目標を捉えました。距離600』
「……ん」
ミウの通信に合わせるようにひーちゃんがモニターを拡大してくれる。
そこに映るのは何度か見たBETAの種、それも2つだ。
『姉様、まずは私から仕掛けますわ』
「……ん。おねがい」
ミウはそう言うと、3ちゃんの背後からビットを放つ。
『では、害虫駆除と行きましょう! 汚物は消毒です!!』
そしてビット達がBETAの種の後ろへ回るのを確認すると、両足と肩にある砲門から高出力のメガビーム砲を撃った。
放たれた10条以上のビームは種の脇を通って虚空へと進んでいく。
けれど、これで外れたと思うのはまだまだ甘い。
『あらよっと!』
何故なら先に種の後ろを取っていたビット達がビームを全て反射させたからだ。
3ちゃんから放たれたビームは次々と乱反射を繰り返し、あっという間に光の網となってBETAの種の一つを八つ裂きにする。
「……ひーちゃん、こっちもいく」
『OK! あ、でもとどめを刺すのは待ってね。ちょっと考えがあるから』
『……ん』
妹があれだけ華麗なビット捌きを見せた以上、私も姉として格好の悪いところは見せられない。
「……ハロたち、いって」
サイコハロから放出されたハロビット、その数23。
彼等は私の意志を受けると元気いっぱいでBETAの種へ襲い掛かる。
彼等はビームで、パンチで、手に内蔵されたドリルでBETAの種を瞬く間に行動不能にした。
急所を外してボコボコにするのは少し難しかったけど、宇宙を埋め尽くす勢いで襲い掛かってきた宇宙怪獣やインベーダーに比べたら大したことないか。
『それじゃあ、よっと!』
ひーちゃんが軽く掛け声を出すと、ハロから二本のコードが伸びてBETAの種に突き刺さる。
あれってたしか……。
『ふむふむ……あ、プロテクトしても無駄だよ。こんな型遅れの生体制御装置がミーちゃんの■■■になった私に勝てるわけないじゃん』
そう呟いていたひーちゃんは、数分ほどすると私に声を掛けてきた。
『ミーちゃん、用事は済んだから倒しちゃおう』
「……ん」
私が念じるとハロは口の中から青い手甲を取り出し、それを右手に付ける。
そしてコクピット内のサイコフレームが青から炎のような赤に染まり、ハロは手甲を付けた手を顔の前に掲げる。
「……ミユのこのて……なんだっけ?」
『口上は飛ばしていいんじゃない? 別にマスターのおじさんみたいに、ミーちゃんが直接打つんじゃないんだし』
「……ん。それじゃ、ダークネス・ハロ・フィンガー」
そしてハロが種に手を叩きつけると、そこから放たれた暗色の波動が全体を粉々に消し飛ばしてしまった。
「……できた」
『お疲れ、ミーちゃん』
『お見事ですわ、姉様!』
BETAの脅威を蹴散らしてほっと息をつく私。
けれど、騒動はこれで終わりじゃないかった。
『あ! ミーちゃん、ミウ! ここから退避して!!』
「……どうしたの?」
『次元に歪みを感知した! もうすぐ何かがここに現れるよ!!』
まさかの次元振動発生である。
これに巻き込まれると何処に飛ばされるか分かったモノじゃない。
私達が安全圏まで避難すると、もう見慣れてしまった景色が歪む光景の後で一つの影が宇宙に浮かんでいた。
いたるところに傷があって、かなりのダメージを負っている赤を基調とした機体。
口や牙があったりと細部には色々違いはあるけれど、私はそれを知っている。
「……ゲッター」
そう、現れたのは見たことがないタイプのゲッターロボだったのだ。
皇帝『竜馬ちゃんほどじゃないけど、コイツ等も見込みあるから(地獄で)揉んでクレメンス』
クソコテ様「かしこま!」