僕の飼い主はティリス民!   作:c.m.

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 本日、ブルーバブル工場で生き武器レベリングして、シェルターから出たらアイテムや物件の人間とか全てロストする謎バグが発生してお釈迦になりました……ネタじゃないです、実話です(´;ω;`)
 ゴミ箱の過去データからやり直すのつらいお……(´;ω;`)。

※2024/12/16誤字修正。
※sk005499さま、たまごんさま、獅堂 文人さま、赤頭巾さま、誤字報告ありがとうございました!


06 コメディ時空も、スネイプ先生のシリアスには勝てなかったよ……。

「この授業では、杖を振り回すような馬鹿げたことはやらん」

 

 それが、初めて魔法薬学の授業に来た新入生に対し、開口一番に告げたスネイプの言葉だった。

 

「それでも魔法かと、未熟な諸君らは思うかもしれん……だが」

 

 そこで、スネイプは声のトーンを一段落としてみせた。スネイプの声は決して大きくない。それでいて低く、重く。魂の奥底まで響くような音色であった。

 

「我が輩が教授するのは──」

 

 その一言一言には積み上げてきた修練と権威、そして双方を高めるに足る実力が垣間見えた。そして、決して大仰ではないが、新入生たちの目を引き付けてやまない動きがそこに加わる。

 

「──名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し──」

 

 指揮者が指揮棒を振るように。歌劇の主演が、口を開いた瞬間を目にするように生徒は視線がそこに誘導される。

 まるでオペラ歌手の動作に吸い込まれた観客のように、新入生は目を離せない。歌劇の舞台、その最終演目を、一秒一分とて見逃したくないと思うような、魔性めいた絵がセブルス・スネイプにはあった。

 

「──死にさえ……蓋をする方法である。

 諸君らが、それを手に出来るに足る器であればの話だがな」

 

 ごくり、と。言の葉が締め括られると同時に新入生一同が唾を飲んだ。魔法使いとしての栄光。神秘を掴み、歴史にその名を刻み込む秘儀を我こそが掴み取って見せる! そう在りたいと少年少女は心を奪われ、ハリーすらも総身を震わせていた……余りにクサくて寒い演出(ノリ)を見たせいで。

 

“これはトム君が重用する筈ですわー……思いっきしトム君の部下やってました感全開ですわー……一一歳の子供相手にめっちゃノリっノリでポーズ決めやがりましたよこの先生。

 全身黒っぽいコスチュームにベットリ髪の、如何にも陰気な根暗ヲタっぽくて、その癖そういうのがカッコいいと信じて疑ってない一四歳病の可哀そうな大人がここに居ますわー……いや、まじかよ。この歳でそういうのガチでやれちゃうもんなの?

 羞恥心とか客観的な視点とかを、ママのお腹の中に置いてきちゃったまま大人になっちゃったの?

 ちょっと寒過ぎて親の仇としての疑問とか色々通り過ぎちゃいそうなんですけど。ていうかジメッぽいし黴臭そうだなこいつ。ちょっと近づかないでくれます? 加齢臭移っちゃいそうで嫌なんですけど?

 ハリー君の香りはフローラルだから、お前みたいなヲタ臭い中年の匂いが移るとかマジ最悪なんですけど? それが世界を冒涜するレベルの罪だってこと分かってる? 分からないよねだってそういうデリカシーなさそうなんだもんヲタって。

 パッパと下着と自分の下着を一緒に洗濯されちゃった思春期女子の気持ちがすっごく分かる件”

 

「ポッター……!」

 

 突如として叫ぶスネイプ。あ、やっべバレたか? これだからヲタ臭いのは嫌なんだよ。無駄に勘が鋭い癖にやること為すこと陰湿だし。こいつアレだ。ノースティリスだったら貴重な願いの魔法でどんな願いだって叶うところを、好きな娘のはく製とかカードに使っちゃうタイプだわ絶対。

 やだっ、唾飛ばさないでよ気持ち悪い! セクハラで訴えるよ出るとこ出ちゃうよ明日の日刊預言者新聞の見出しは『変態根暗教師! 可憐なハリー君に性欲を抑えきれず暴走!』で決まっちゃいますのことよ!?

 

「アスフォデルの球根の粉末に、ニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

 と思ったら、抜き打ちでの予習確認であった。どうやらそこまで勘が働くタイプではないらしい。これからは盛大に脳内で弄ってやろう。それはさておき。

 

「睡眠薬になります。非常に強力ですので、『生ける屍の水薬』と称されています」

「では、ベゾアール石を見つけて来いと言われたら何処を探すかね?」

「山羊の胃から取り出します」

「その効能は?」

「一般的な薬に対する解毒剤として有用です」

 

 宜しい、と詰まらなさげにスネイプは頷いた。ハリーは初期値からしてトム君に乗っ取られたことで各種ステータスにブースターが入っており、そこから飼い主のペット生活で絶えず訓練を続けていたので、教科書の丸暗記など楽勝だった。

 まぁ、教科書など暗記しなくてもトム君の知識さえあれば、大概の問題はカバーできるのだが。

 そんなことより整形魔法をとっとと使いこなしたい。今は部分的に実験して、上手く行かなかったら祝福された鈍足のポーションで戻すという作業の連続だが、未だ手応えを掴めるまでには至っていない。

 魔法薬の授業でそちらを有効活用できる部分があるのなら、是非ともご教授いただきたいところである。それから感度三〇〇〇倍アヘアヘトロットロ顔ダブルピース不可避でキまっちゃう下半身大洪水なお薬とかあったらプリーズ。

 どうせ持ってんだろ出せよスネイプ先生。お前絶対そういうの童貞こじらせて作ってそうだし。金塊で良ければ幾らでもやるぞ。

(但し途方もなく価値のない錆びた偽物の金塊で支払う気満々の模様)

 

 ……と。これ以上ハリーの脳内を再生し出すと本格的にユニコーンの角が必要になりそうであるので、場面を授業に戻す。

 

「ハリー・ポッターは名に驕らず、勉学に励んでいるようだ。他の……先の会話をノートに書き取りもせん連中と違ってな。グリフィンドールに一点与えよう」

 

 スネイプの叱責に、新入生は一斉に羽ペンを羊皮紙に走らせた。

 ホグワーツにいる間、生徒の生活態度は得点で評価される。それが自分の属する寮の得点に直結し、逆に規則に反した場合は減点される。

 そして最高得点の寮は学年末に名誉ある寮杯が与えられるのだが、ハリーはこの得点制度に全く興味がなかった。個人的な栄誉なら喜んでチャレンジするところだが、学生でいる間だけの、それも集団での栄誉では良い所内申が上がる程度しか旨味がない。

 ノースティリス民のモチベーションを上げたいなら、もっと即物的な物を用意しろという話だ。

 しかし、これが上級生であればスネイプがグリフィンドールに得点を与えたという事実に目を見開いたに違いない。彼はスリザリンの寮を監督する立場であり、自身もスリザリン出身である為に、スリザリン贔屓のグリフィンドール嫌いで大変有名であったからだ。

 とはいえ、新入生にとってはそんな事実など知る由もない為、スネイプは厳格で気難しいが、公平な先生なのだろうと映った。

 

 その後は二人一組──他寮の生徒とのランダム──でペアとなり、簡単な調合授業と相成った。ハリーが組んだのはドラコで、ここでもハリーは丁寧かつ真剣に取り組み、さりげなくフォローして成功したドラコを褒めて讃えて自尊心を肥え太らせつつ、好感度をプラスした。

 知らないということは幸せだ。何故なら誰にとっても得だからである。最終的には、ハリーの最大限の幸福追求になる所が特に。

 

 

     ◇

 

 

 そうして授業終了後、ハリーは夕食を終えてからグリフィンドールの寮生と談話室に戻る……ことはせず、スリザリンの寮監たるスネイプの元へと飛んで行った。

 

「先生! スネイプ先生!」

「何かねポッター。我が輩は多忙の身だ。グリフィンドールの生徒ならば、グリフィンドールの寮監に頼みたまえ。授業についてならば、その時に質問しなかった浅慮を悔やむのだな。有名人だからとて、特定の生徒に肩入れは出来んぞ」

 

 口調こそ厭味ったらしいが、言っていることは全て正論である。ここで子犬か子猫のように駆け寄ったハリーに目尻など下げようものなら、その時点で親の仇の事を抜きにしても、ハリーは腹に風穴を開けかねなかったところだ。素手で。

 

「皆の前では、絶対に言えない事なんです……お願いします、先生。どうか、どうか僕のために先生の時間をください」

 

 真剣で、泣きそうで、焦燥感に震える声。善良な教師なら、心身共に未熟な相手ならハリーの態度に一緒に慌てふためいてしまいそうなほどだが、スネイプは閉心術の達人であるし、ハリーもそのことは知っている。なので、情だけで動かせるとは思っていない。

 

「先生……魔法薬の専門家の先生なら、きっと力になってくれるかもって……ダンブルドア校長先生よりも、先生ならって……勝手なのは分かっています。でも、でも……先生で駄目なら、もう()()()は……」

 

 ぴくっ、とスネイプの眉が動いた。ハリーの言う()()()……まかり間違っても『例のあの人』ではないだろう。

 ホグワーツに居る教師は、ハグリッドからハリーが誘拐された経緯を知っている。今後は薄汚いマグルの世界でなく、魔法界で保護下に置くべきだという意見も散々に出たほどで、当然スネイプも事情を知っていた。

 

「その御仁……ポッターの保護者は、何処にいるのかね?」

「グリフィンドールの、僕の部屋に来てください。お話はそこで」

 

 

     ◇

 

 

 当然だが、スリザリンの寮監がグリフィンドールに来るなどというのは反発を招いた。しかし、ハリー・ポッターたっての希望であり、グリフィンドールの寮監たるマクゴナガルにもスネイプが上手く誤魔化した為に、ハリーはスネイプを自室に案内することに成功した。

 

「先生、ここです」

 

 ハリーが用意したのは、ベッド脇の死角に設置した『シェルター』というアイテムで、地下に避難空間を作るものなのだが、ハリーはこのシェルターを自室などの限定された場所でだけ使える、魔法の扉なのだと嘘をついた。

 シェルターへの階段を下りる。その先にあるのは、大した広さのない一室だ。白の塗り壁にフローリングの床。家具こそ壁に置かれた大きな本棚とポーションの棚、そしてベッドと簡素なものだが、個人の一室であれば充分であるし、そこには確かに生活感というものが感じられた。

 まかり間違っても、ハリーがスネイプを騙す為に一朝一夕で用意した空間だと思われることはないだろう。そして、そこで気配を感じて振り返った()()を目にした途端、スネイプはハリーを()()()

 

「……っ」

「先せ、」

「下がれ、ポッター!」

 

 スネイプはこの時、自分一人で駆け上がろうとも、ハリーを置き去りや盾にしようなどとは微塵も思っていなかった。しかしてそれは、教師だからという職業倫理からでもない。

 セブルス・スネイプは真にハリーポッター個人を思い、身を挺してまでも目の前の()()からハリーを守ろうとしていた。

 

 ──()()は、一言で表わすなら異形と称すべき存在だった。

 

 鷹のように鋭い瞳は四つあり、その顔は醜く崩れ、手からは毒がしたたり落ち、木製の床を溶かして蒸発させている。

 何より、()()は唯醜いというだけではない。それだけならば、スネイプとてそこまで警戒はしない。彼とて世界最高峰の魔法魔術学校ホグワーツの教師にして、また、死喰い人(デスイーター)の構成員であった男なのだ。

 しかし、その彼をしてもこの一室の床にある魔法陣が、『世界最高』と称すべきものであることは判り、だからこそ一層に、この異形に対する危険度を跳ね上げざるを得なかった。

 一触即発。たとえ叶わぬ相手であろうとも、スネイプはハリーを背に隠したままその手に握られた杖を向けようとして──

 

「ああ……驚かせてしまいましたね」

 

 本当に申し訳ないと、()()は何処までも穏やかな表情で謝罪すると、懐から取り出した瓶を複数呷った。

 魔法薬の権威たるスネイプにしてみれば、それは何処からどう見ても、傷や病を癒すような代物には思えない。何しろ、生命の活力足りえる物質(エーテル)を抑制するような代物だ。

 徒に症状を悪化させ、健常な肉体を蝕むだけとしか思えなかったが、それを服用した途端、異形の目は常人と同じ数になり、手の毒さえ消えた。

 顔の爛れはまだ痛々しいが、それでも問答無用で敵対するような見目からは遠くなった。

 とはいえ、相手が人間なのだと分かってしまえば、真っ当な人間であれば次は哀れみや同情の念が強くなるだろう。

 元が世の異性が振り向いてやまなかったのだろう端正な顔立ちだと分かるだけに、爛れた相貌が何処までも痛々しく、一層惨たらしく見えてしまうのだ。

 尤も、スネイプはそうした同情や醜面への忌避・嫌悪の念はおくびにも出さなかったし、目の前の人物もまた、自らの()を気にした風もなくベッドをはじめとした家具を消すと、何処からともなく三人分の椅子を用意してしまった。

 

「どうぞお掛けに。ああ、魔法陣よりこちらには絶対に来ないでください。病気が移ります。ハリー、お客人に椅子を」

 

 ハリーは青年──と、称するのが妥当だろう目の前の人物──に対して一切の嫌悪感を示さず、むしろ嬉々として駆け寄るとスネイプに椅子を用意し、ハリー本人は青年の横に寄り添うようにして座りだした。

 

「……我が輩を頼っていただいたことは光栄です、ミスター。しかし」

「ああ、その件に関しては良いのです。正直に打ち明けますと、これは時間が解決する事ですので。まぁ、何年かかるかは不明ですし、ハリーが私に愛想を尽かさない限りは、と付きますがね」

 

 私とハリーの関係はご存じでしょう? と、朗らかに笑いながらも、青年がせき込むとごぽっ、と()()の血液が口元から溢れた。

 その血は()()()に滾っていた。青年が口元に当てて散らぬよう押さえたハンカチに付着した血液は立ちどころに蒸発していたが、スネイプの関心はそこにはなく、緑色の血液そのものにあった。

 変色した血液はまるでクリーチャーのようで不気味だが、その蒸発した血液から漂う魔力の残滓には、確かに治癒の効果が感じられた。

 また、こうして会話する間にも青年は小さく魔法を唱え──治癒関連だということ以外、スネイプにも魔法の詳細は判らなかったが──一秒単位で崩壊していく肉体を強引に治している。

 ホグワーツの教職に就き、魔法・魔術の知識には一家言あるスネイプをして、この青年が齢に合わぬ力量を……それこそ、スネイプ自身のそれ以上の力を持っていることは嫌でも理解させられた。

 それと同時に、スネイプはこの青年が才気に溢れ、力を()()()()()しまったことは、紛れもない悲劇だろうとも感じた。

 一秒一秒、刻一刻が地獄のような世界に生きていながら、それでも優れた力量ゆえに苦しみ続けるしかないという現実。一思いに死ぬことができれば、どれほど楽か。

 だというのに、この青年は死を物理的に遠ざけてしまえるだけの力を有してしまっている。

 不適切極まる言い方だと、そう承知していてもこう考えずにはいられない。

 

 これは、()()()()()()()()力だと。

 

「ではミスター、何用で我が輩をここまでポッターに案内させたのですかな?」

「スネイプ教授、その答えは貴方自身、良くお分かりの筈では? 実に愉快な()()をお持ちの様でしたのでね」

 

 途端、ここまで降りてきた階段までの通路が壁で閉鎖される。逃げ場など与えない。壁の出現から封鎖までの時間はスネイプ自身全く気づけなかったし、この青年が杖を持っていなかったことも油断に繋がったと言える。

 

「どうやら……これは詰みらしい」

 

 だというのに。この絶体絶命の状況下にあってさえ、セブルス・スネイプは狼狽えることも、声を震わせることもなかった。

 何処までも泰然と。玉座に坐す王のように、スネイプはこの結末さえ受け入れていた。

 

「見事なものだ、教授。死を恐れ、遠ざけたヴォルデモートなぞより、余程気骨のあるお方だ」

 

 青年は心からの称賛を述べ、パチパチと拍手さえ送った。殺そうと思えば何時だとて殺せた。それこそこのシェルターの下に降りるまでもなく、ハリーと二人きりになってしまった時点で詰みだったのだが、敢えてそれは語らず、青年は穏やかに目を細めてスネイプを見た。

 彼は、命が一つきりのこの世界で。死というものが絶対の厳しい世界の中にあってさえ、ハリーを救おうとした。

 そして今、逃れられぬ死を前にしてさせ動じず、誇りをもって青年とハリーを……いや、ハリーの瞳を見ていた。

 何処までも穏やかで。決して力や恐怖で縛られた、死喰い人(デスイーター)の構成員には持てない強さが、グリフィンドールが尊んで止まない、騎士道を体現する誇り高い男がそこにはいた。

 

 その強さは、その高潔さは『弱かった頃』の青年には持てなかったもので。

 

「嗚呼」

 

 知らず、青年の喉から感嘆の声が漏れた。それは美しいものを、この世の何よりも素晴らしいものに出会った歓喜と……僅かながらの嫉妬が溢れたものだった。

 

「いや……失礼。年のせいか、どうもね。ああいや、身体は若いのだが、まぁ気にしないで欲しい。実を言えば、その壁は盗聴の心配はないと言うメッセージでね。

 勿論、半分は驚くかもしれないと言う悪戯もあったことは認めるよ?

 尤も、このシェルターに闖入者など紛れ込めばすぐ分かる事だが……さて、本題に入ろう。

 セブルス・スネイプ教授。教授がハリーを庇ってくれた時点で、教授への疑いなど私も、勿論ハリーも霧散したよ。

 教授が死喰い人(デスイーター)の構成員だったことは間違いないと確信しているが、同時にそれには訳があったか……或いは、今は改心してヴォルデモートの敵となったのだともはっきりした。

 だが、私とハリーの知識と情報にも穴はある。スネイプ教授の事を私達が知らなかったようにね。ここには私とハリー、そして教授しかいない。

 誰の目も、耳もない。どうか、教授自身の口から聞かせて欲しい。教授の過去を、そして真実を」

 

 

     ◇

 

 

 暫し、沈黙が満ちた。この空間には時計などないし、ハリーも懐中時計を持ち込んでいない為に時間など分からなかったが、それでも一分が一時間に感じられるような、重い沈黙の時間が過ぎていた。

 そうして……スネイプは閂が差し込まれたように、固く閉じていた口をゆっくりと開いた。

 

「我が輩の口からは、語りたいことではない。たとえ誰があろうと、死んでも語る気はない」

 

 だが、と……やがて、諦めるような、心の何処かでは吐き出したいと言う思いもあったのだと言う様に。

 

「強引に見られれば、致し方ありませんな……ミスター、貴方ほどの実力者なら、それも容易い筈」

 

 それをしなかったのは、貴方なりの誠意の筈だとスネイプは青年に問う。しかし、真実は違う。青年には、この世界の魔法など何一つとして扱えない。杖を用いなかったのも、ノースティリスの魔法ではそれをする必要がなかったからだ。

 

「ハリー」

 

 短く呼ばれる名。それに呼応して立ち上がるとハリーは杖を抜き、スネイプへと向けた。

 

「やめてくれ、その子には……!」

「いいえ、先生。嫌がられても、これは僕が知るべき事です。この人ではなく、パパとママを亡くした僕が知らなくてはならない事です」

 

 スネイプの閉心術は達人の域にある。まかり間違っても、どのような達人の下でそれを打ち破る為の開心術を学んだのだとしても、一一歳のハリーには不可能の筈だ。

 ただし、スネイプは知る由もないが、ハリーにはヴォルデモートの知識と記憶があり、それを武器に今日という日まで磨いた技術も持ち合わせている。

 

「……だから、ごめんなさい。力づくで行きます」

「やめっ……!」

 

 言葉が終わるより早く、スネイプの記憶(せかい)にハリー・ポッターは飛び込んだ。

 

 

     ◆

 

 

 ハリーは、掬い出したスネイプの記憶から多くを見た。

 ハリーの母、リリーとスネイプの出会い。

 不揃いな髪の、今のハリーより幼いスネイプは自信に満ちていて、リリーの前では堂々としていた。

 仲睦まじい、少年少女の思い出。ハリーは思わず、この二人の姿に微笑ましさを感じて口元を綻ばせてしまったが、それも長くは続かない。

 

 組み分け帽子は、リリーをグリフィンドールに入れた。

 そして、スネイプをスリザリンに入れた。

 

 そこから先は正直、ハリーは見ていて楽しくなかった。

 誰よりも優秀で勤勉だった英才と、規則違反ばかりの悪童。

 それがスネイプと、ハリーの父、ジェームズの姿だった。

 スネイプにも問題はあったと思う。彼はプライドが高かったし、リリー以外のマグル(魔法族以外の魔法使い)を低く見ていた。穢れた血という、マグルに対しての最大級の蔑称を母以外に使っていた。

 だけど。けれど。それでもハリーは、自分の実の父親よりも、ジェームズよりもスネイプにこそ感情移入してしまっていた。

 スネイプの心には、いつもリリーが居た。スネイプは誰よりも、何よりもリリーこそを大事にしていた。

 そして、ジェームズには何処までも腹立たしいと思う気持ちが芽生え、大きくなっていった。友人たちと常日頃から悪さをして、あちこちにちょっかいばかりをかける。それが、どれだけやられた方が傷ついたかを理解もしないで、おふざけのつもりのまま日々を送り続けている。

 

 ……そして、遂に我慢の限界が来てしまった。

 

 ジェームズとその取り巻きに苛められたスネイプを庇ったリリーに、穢れた血だと、僕にかまうなと叫んでしまった。

 それは、これぐらいの年の男の子ならついやってしまう事だ。

 好きな相手に素直になれず、情けない姿を見られたくなかった為に、言いたくもない言葉を口にしてしまったのだということぐらい、ハリーにも分かった。

 けれど、言われたリリーはそうではない。ジェームズがスネイプに対してそうだったように、傷つける側は、傷つけられる側の思いに鈍感になってしまう。

 

 勿論、スネイプはリリーに深く謝罪した。けれど、リリーはそれに応えなかった。スネイプを、被害者だった筈の、本当は自分の事が大好きな男の子を許してはくれなかった。

 

“どうして”

 

 ハリーは、ぽろぽろと泣いた。我が事でもないのに、ハリーはスネイプに共感して泣いてしまっていた。

 記憶の中のリリーに、「行かないで!」と「話を聞いてあげて!」と叫んで、手を伸ばした。

 けれど、それは叶わない。伸ばした手はすり抜け、場面は変わる。

 リリーは、勝手に大人になって、勝手に成長したジェームズと恋仲になって、結婚した。

 

 そして、ホグワーツを卒業したスネイプは、死喰い人(デスイーター)になってしまった。

 ヴォルデモートの手駒になったスネイプの日々。しかし、それもそう長くは続くことなく目まぐるしく場面が切り替わり、やがて、スネイプの記憶の中でも特に大きなものらしい、周囲の景色が克明な場面に入り込んだ。

 

「それでスネイプ? ヴォルデモート卿は、私にどんな伝言があるのだ?」

「伝言はない……私は自分自身の意志で警告しに来ました。いえ、頼みがあって……どうか」

 

 ヴォルデモートの手先として敵視していたダンブルドアが、スネイプに向けていた杖を下ろす。

 

「あの予言……予言の言葉……トレローニー……」

 

 そこから先、ハリーはどうして自分の両親が死んだのかを思い知った。七月の末に生まれる男の子が、ヴォルデモートを倒すだろうという予言。その予言を伝えてしまったスネイプの罪。そして……ヴォルデモートにとっての、唯一にして最大の脅威たるダンブルドアに縋った事も。

 

 尤も……ハリーも知っている通り、その願いが叶う事はなかったが。

 

 ダンブルドアに忠誠を誓い、二重スパイとして活動したスネイプは、リリーの死を誰より深く嘆き、悲しんだ。

 

「信じていたのに……貴方が彼女を、リリー達を安全な場所においてくれると……!」

「彼女とジェイムズは、間違った人物を信頼したのだ」

 

 ハリーは知っている。一体誰が原因で、ハリーの両親が死んだかを。親友面をしてヴォルデモートに密告し、死を運んだ黒幕の正体を。しかし、いま重要なのはそこではない。

 

 ダンブルドアは、消沈するスネイプに、ハリーは生きていると諭した。リリーと同じ目をした、スネイプの希望となりえる子供の事を。

 

「もし君がリリー・エバンスを本当に愛していたのなら、彼女がどのように、何故死んだのか知っていよう。それが無駄ではなかったと実証するのだ。私がリリーの息子を守るのを手伝ってくれ」

 

 まるで悪魔のささやきのようだと、ハリーは思った。ダンブルドアは決して悪ではない。むしろその対極にある人物なのだとは、ハリー自身ヴォルデモートの、そしてスネイプの記憶からも理解している。

 けれど、それは慈悲や慈愛の類ではない。鋼の様に鋭利で、敵対するものに情けや容赦などかけない、高潔さ故に無慈悲な『正義』という名の処刑刀。

 それこそが、アルバス・ダンブルドアの真実なのだろうとハリーは悟った。だが、刃が振るわれるのは悪と、悪の芽となりえる存在だけだ。ダンブルドアは悪ではないし、機械でもない。彼には彼なりの良心が存在し、諭し、導く心もある。

 

「セブルス。君ならば……あの子を、ハリー・ポッターを守れよう。次こそはという、その意志さえあるならば」

 

 

     ◇

 

 

 短い沈黙があった。

 ハリーに対して、青年は何も問わない。ハリーもまた青年には告げず、沈黙の帳を払ったのはスネイプだった。

 

「ポッター、我が輩が憎いか? であれば、喜んで死を選ぼう。それ以上の苦痛があれば、甘んじて受けよう。承知の通り、我が輩が真に想っていたのは一人だ。ハリーでも、ジェームズでもない。

 彼女の為に我が輩はダンブルドアに媚びへつらい、純血主義を棄てて蝙蝠となった。

 お前の瞳にリリーを見たからこそ、図々しくも我が輩はお前を守ろうと思った」

 

 もしも仮に、ヴォルデモートがリリーを蘇らせる対価として、ハリーを殺せと命じれば喜んでそれに応じるだろうと。そう自嘲するスネイプに、ハリーは頭を振った。

 

「それは、嘘です。だって、先生──泣いてるじゃないですか」

「…………」

 

 そうだ。セブルス・スネイプは泣いている。守れなかった過去を。純血思想などというものに傾倒し、悪魔に魂を売ってしまったことを心の底から恥じている。だとしても。

 

「後悔では、取り戻せない。我が輩は罪深い。のうのうと生き恥を重ね続けている身だぞ?」

「僕を、守る為にでしょう?」

 

 だから、ハリーは諭す。慈悲など欠片もない、死さえ痛みとしては生ぬるいノースティリスに生きた子供の胸には、最早憎悪の火は灯らない。

 

「先生は、僕をママと引き換えに殺したり絶対にしません。だって、先生は今でもママが好きなんでしょう?」

 

 そうだ。セブルス・スネイプはもう二度と間違えない。リリー・ポッターは命と引き換えにハリーを守った。もし、リリーとハリーを天秤にかけてハリーを殺すと言うのなら、それはリリーの魂への冒涜に他ならないし、それを理解しないスネイプではない。

 

「先生……正直、僕も複雑です。ママはともかく、パパは皆から褒め称えられるような人じゃなかった……ずっと、心の中で理想の両親を思い描いていました」

 

 けれど、そうではなかった。スネイプがそうだったように、誰しも心の中には光と闇がある。それを、ハリーはまざまざと見せつけられてしまった。

 

「だからじゃないけど──、先生の気持ち、分かります。あんなにもママが好きだったのに、パパに横からさらわれて……正直、凄く腹が立ちました」

 

 もう、ハリーはスネイプを憎めない。それどころか、この教師を一人の人間として好いてしまった。

 

「だから──こんなことを言うのは烏滸がましいんでしょうけれど。きっとママも、全部知ってくれたら、先生を許してくれると思うから──」

 

 ──僕も、先生を許します。

 

 

    ◇

 

 

 シェルターを出ると、ハリーはスネイプを騙したこと。無理に来て貰ったことを深く謝罪し、スネイプも鉄面皮の口端を少しだけ緩くしてハリーの頭を撫でた。

 

「えへへ」

 

 こんなことを飼い主以外にされれば絶対に怒り狂うだろうにとハリーも思いつつ笑って受け入れ、スネイプの去り際に悪戯っぽく告げた。

 

「先生。僕のママ、すっごく綺麗で優しかったけど、一つだけ、どうしようもない欠点がありました。ママ……、男の趣味だけは最低です」

「くくっ」

 

 思わず、スネイプも笑った。ああ全く、それは間違いないと。

 

「今のは良いジョークだ。グリフィンドールに五〇点与えてやりたいほどにな」

「ありがとうございます!」

 

 ニコニコと笑いながら、ハリーは笑顔になったスネイプを見て思う。この先生、ひょっとして見た目にさえ拘れば、かなり格好良くなるのではなかろうか? と。

 

 

     ◇

 

 

 一週間後。魔法薬学の授業にて。

 

「諸君、授業を始める。席につきたま……どうしたのかね? 我が輩の顔なぞ、見て楽しいものでもなかろう?」

 

 そこには髪を短く丁寧に整えた、表情柔らかで明るい色調の最新モードのローブをセンス良く纏う、如何にもナイスミドルな大学教授っぽいスネイプ先生がいた。

 

“あんた誰…………!?”

 

 顎が外れんばかりに口を開けて固まる生徒の中、ハリーだけは渾身のドヤ顔なんぞ決めていた。

 




 スネイプ先生のイメチェン具合ですが、アラン・リックさんが笑顔でインタビュー受けてるぐらいの別人っぷりでございますw
 これを振ったリリーさんぇ……。
(なおリリーさんの男の趣味の悪さは、思いっきしハリーくんちゃんに遺伝した模様)
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