僕の飼い主はティリス民!   作:c.m.

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※赤頭巾さま、誤字報告ありがとうございました!

 更新が長らく停滞してしまい、大変申し訳ありませんでした。

 長らく休んでおりましたのは、elonaのセーブデータが消えて、一時期本気で投げ出してしまっていたのと、リアルで転職の為の勉強&面接があったという二つの事情であります。
 今後の就職状況次第では、当方が今後、小説を書くことは事実上不可能になりそうですので、この作品ぐらいは、賢者の石編で一旦終わらせたいと考えております。

 以上、作者の近況報告でした。それでは本編をどうぞ。


09 大物(エロ本)を釣りに行くぞ!

 みぞの鏡の一件から、ハリーは空虚な日々を淡々と過ごしていた。

 ノースティリスのペットとしての日課や整形魔法の研究も怠ってこそいないものの、そんなものはルーチンワークに過ぎない。勉学とて、先日までは意欲的に己の意思で取り組んでいたというのに、今はヴォルデモートの知識から引き摺り出して、答えを丸写しするように臨むだけ。

 

 新入生の多くが待ち望んだ箒の飛行訓練でさえ、ハリーは溜め息を零しながら身の入らぬ表情で受けていた。

 

「ハリー・ポッター! 飛行訓練は大変危険なものです! そのような態度で、授業は受けさせられませんよ!」

 

 やる気がないのなら帰りなさい! とマダム・フーチからお叱りの言葉を受けたため、その時ばかりは素直に謝罪し、表情を引き締めて見せたが、目だけは何処までも冷ややかであった。グリフィンドール生だけでなく、合同で授業を受けたスリザリン生でさえそれを悟ったし、フーチも一層怒りを露わにして口角泡を飛ばした。

 

「ミスター・ポッターは大層自信がお有りようですね! 宜しい! 皆に模範を見せてごらんなさい!」

 

 フーチにしても、成功するなどとは微塵も思っていない。ハリーは箒を物珍し気に見ていたし、経験者特有の挙措や癖もなかったからだ。

 勿論、フーチは失敗して恥をかいて、気を引き締めさればいいと思う程度でハリーに怪我をして欲しいなどとは思っていないし、そうならないよう杖を持って万が一箒が暴れた際はコントロールできるように準備を整えている。

 しかし、前に出たハリーが右手をかざして「上がれ」と言えば、地面の箒は吸い込まれる様に掌に張り付いたし、そのまま飛行するどころか、箒の上に二本足で立って軽業師の真似事さえして見せた後、地面に降りてフーチに一礼して見せた。

 

 これはノースティリスで磨いた身体能力の賜物であって、箒を乗りこなせていた訳ではない。ノースティリスの法則に従うなら、箒の飛行は『乗馬』と『魔道具』スキルの合計値で決まるらしい。

 この二つはノースティリスでもかなりマゾい部類のスキルであり、飼い主でさえ学習書やレベルアップ時に取得できるスキルボーナスの補正でカンストさせたほどのものであるから、ハリーもノースティリスにいた時は、正直熱心に訓練する気にはなれなかった。

 勿論、箒に乗れば先の二つのスキルを同時に鍛えることが出来る為にお得ではあるし、少し前なら効率を考えて意欲的に取り組む事が出来ただろう。

 

 だが、先程までの怒りから一転して「貴方ならクィディッチの選手になれますよ!」と太鼓判を押したフーチの言葉にも、ハリーは興味がないとけんもほろろな態度をとった。

 本当に、少し前ならば効率的なスキル上げがホグワーツでもできるだろうと喜ぶべき場面だった筈なのに、今のハリーのモチベーションは最悪だった。

 

「貴方は自分がどれだけ凄いか分かっていないのですね! 来なさい!」

 

 そう言って授業が終わるや否やハリーをトロフィー室に連れて行き、ハリーの父ジェームズの名が刻まれたトロフィーを見せては、ハリーの血にどれだけの才能が流れているかを熱心に語り、そのままグリフィンドールの寮監であるマクゴナガルにも、ハリーを特例として選手にするよう説得した。

 なんであれば、卒業後はプロのクィディッチ選手になる事も夢ではないと熱を上げたほどだ。

 

「ハリー、この話、お受けなさい。今の貴方には、考えるのではなく何かに打ち込む事が必要です」

 

 ハリーは断る事もできたが、結局受けた。ロンやハーマイオニー達は一年生がクィディッチの選手になる事は異例中の異例であり、しかもシーカーのポジションともなれば一〇〇年ぶりの快挙だと騒いでいたが、ハリーはどうしても喜べなかった。

 

「ハリー、悩みがあるなら言って。力になれるかは分からないけど、少しは楽になると思うわ」

 

 優しく接してくれるハーマイオニーに、ハリーが打ち明けたのは本当に楽になりたいからであったのだろう。或いは、弱っているからこそ寄り掛かれるものに安易に寄り掛かってしまったのかもしれない。

 校則破りなどという弱みを堅物な相手に打ち明けたのもそうだが、何よりそうした自分に不利な情報を与えてしまうと言うのは、弱肉強食が摂理であるティリス民では絶対にありえない事だ。それも、魂の友ですらない学友相手に。

 

「そう……」

 

 ハリーの吐露に対し、ハーマイオニーは短く漏らした。

 ハーマイオニーとしても、これはかなりデリケートかつ高度な問題だと感じざるを得ない。ハリーにとって、養父母の虐待から救ってくれた保護者の存在は何よりも大事な筈であり、だというのにハリーはそんな保護者を一番には思えず、最も自分を大切にしてくれる実の両親を一番にしてしまったこと。

 そして、保護者がハリーに向ける思いの重さは、決してハリーを一番にはしてくれないだろうということ。

 

 正直、ハーマイオニーは経験豊富な大人を頼りたい気持ちで一杯だった。流石にこんな内容に的確な答えを返せるほど、人生経験を積んでいない。

 未だにハリーとその周囲の学友とでしか会話できていないような、ボッチ予備軍のハーマイオニーには依頼難易度が高すぎではなかろうか?

 裏庭で最弱クラスのモンスター(プチ)を狩るのが精々の駆け出し冒険者が、ドラゴンやら変異種溢れる討伐依頼を受注してしまったぐらいの場違い感を感じて止まない。彼女のメンタルは既にミンチ一歩手前だ。

 

“考えるの、考えるのよハーマイオニー! 貴女ならやれる絶対よ普段何のために本を読んでいるのこういう時に活かすのよファイッ!!”

 

 ハーマイオニーは己に活を入れた。何事にも当たって砕ける為の一歩は必要だ。組み分け帽子がグリフィンドールを選んだと言うことを受け入れるのだ例えボッチ予備軍でも! コミュ障拗らせていても行けるって信じるのだハーマイオニー!!

 

 ちなみに組み分け帽子の野郎は、ハリーがそうだったように結構投げっぱなしなので、そこまで当てに出来るものではない。

 真の友を得る(必ずしも得られるとは言ってない)スリザリンに、良かれと思ってボッチ拗らせたトム君を送りこんだ結果、狡猾さとリーダーシップを磨いたがよりボッチを拗らせてトム君は悪役街道をジェットブースターでストリームアタックして駆け抜けたし。

 或いはスネイプとリリーが一緒にグリフィンドール生やれてれば、スネイプはトム君の所に行かずに踏み留まれていたかもしれないのに、適正重視で判断してスネイプをスリザリン送りにしたのが何よりの証左だ。

 

 しかもこの帽子、組み分けたことに対する責任とかは絶対に取らない。

 

「真に大事なのは他人に言われるがまま従うんじゃなくて、自分で一歩を踏み出すのが正解だと思うな! 若人よ、人生は自分で歩むもんなのだよ自己主張しなかったてめーらが悪い! だから俺(帽子)は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ!!」

 

 と。過去に思いっきし開き直りやがったことは結構ある。具体的にはスリザリン生が道を踏み外した際、大概帽子はこう言い訳する。

 ゴドリック・グリフィンドールが魔法をかけて生を与えられてから今日まで、ずっと人間を見てきておきながら、年長者として悩める子供の背中を押そうともしない糞帽子がここにいた。

 

 そして、そんな重要な人生の分岐路に投げっぱなしジャーマン決めた挙句、問題が起きたら明後日の方を向いて口笛とか吹いちゃったりする糞帽子を信じて己を奮い立たせる幼気な少女、ハーマイオニーは勇気を振り絞った。

 

 その様を後にダンブルドアから耳にした組み分け帽子は、後にこう語る。

 

「ハーマイオニーはわしが(グリフィンドールに)選んだ」

 

 渾身のドヤ顔に対し、ダンブルドアは魔法のマッチ箱を躊躇わず取り出した。派手に燃えるがいいや。

 

 

     ◇

 

 

 さて。遠くない未来、マッチの火を炎凍結術で防ぐことで乗り切ろうとして、逆にダンブルドアが本気出して燃やそうとした組み分け帽子の事は置いておき、今はハーマイオニーちゃんがボッチ予備軍からの偉大な一歩を踏み出そうとする瞬間である。

 

「ハリー、貴方はその保護者さんにどうして欲しいの?」

 

 自分を一番に見て欲しいのか? 両親以上に愛されたいのか? ハリーの気持ちはどうなんだと問い、その上で……。

 

「ハリーは、そのことを保護者さんに伝えた?」

 

 ハリーは頭を振った。それを問う事が、どうしても出来なかった。答えなど分かり切っていると思って、信じて、だけど直接聞くのが怖かったから。

 

「なら、ちゃんと伝えるべきよ。簡単に言うなって思っているでしょうけれど、自分の気持ちを抱え込んじゃうのは、結局苦しいだけよ。もし、本当に保護者さんがハリーを愛してくれているなら、きちんと向き合ってくれる筈だもの」

 

 たとえ一番でなかったとしても、愛情そのものに嘘がないとわかるなら、その相手はハリーを今までより見てくれる筈だとハーマイオニーは語る。

 

「ハリー、逃げたいものや、逃げたい人からはよっぽどの時じゃない限り逃げられるわ。でも、貴方はグリフィンドール生よ。逃げずに一歩を踏み出せる生徒なの。だから、辛くて痛くても、その一歩を踏み出して乗り越えてみて?」

 

 きっとこれは、そうすることでしか乗り越えられない問題だから、と。小さな勇気を胸に背中を押すその姿には、組み分け帽子もドヤ顔不可避だ。

 いい仕事しましたわぁ全開の組み分け帽子は、そろそろ本気でダンブルドアがお役御免にすべきか悩むレベルのアレっぷりだが、反対にハーマイオニーに後光が差しそうな聖女っぷりにはハリーも思わず目頭が熱くなった。

 

「ありがとう、ハーマイオニー! 僕、ちゃんと飼い主と話すよ!!」

 

 軽やかな足取りで去るハリーに、ハーマイオニーは乗り切ったという達成感と安堵から額の汗をハンケチで拭き、その後固まる。

 

「飼い主!? 今さっき飼い主って……どういうこと……!? ハリィィぃぃ!! カムバァァァァァァァッっっっク、ハリィィィィィ………………!?」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーもうすぐ一二歳(英国では日本と違い新学期が九月なので、計算が間違っている訳ではない)。ハリー・ポッターという少年の闇の深さを知る。

 

 

     ◇

 

 

 夕食の折、何やら訊ねたそうにそわそわとしていたハーマイオニーに感謝の微笑みを投げ、皆が就寝するとともにノースティリスの我が家(小城)へと戻ったハリーは、カリスマポーズ全開で玉座に腰かけつつ、器用に片手でエロ本を熟読する飼い主を見つけた。

 

 本日のエロ本は、《生き残った男の子『ハリー』のエロ本》である。

 

 ちなみに男の子というタイトルでありながら、エロ本の中身は四歳から一二歳までの、願いの杖を使用した際のTSロリ状態のあられもない姿までしっかり無修正で記録されたものであり、これには飼い主も祝福と耐火・耐酸コーティングを施しつつ普段は四次元ポケットに保管すると言うガチ防備で保存している珠玉の一冊である。

 ちなみにハリーのエロ本は、飼い主の保有するエロ本の中でもオカズとしての使用率はぶっちぎりのトップだ。

 クミロミ様のエロ本じゃねーの? と思うかもしれないが、あれはイルヴァにおけるクミロミ信者たちの過去最大規模の宗教戦争、ラスト・ハルマゲドンを未然に防いだ平和の福音書なので、飼い主をはじめとするクミロミ信者たちの使用率は結構低い(使わないとは言ってない)。

 

 お前は一体何を言っているんだ? 脳をエーテル病に汚染されたのかと知らぬ者から言われそうだが、脳みそまでエーテル病に汚染されている奴などノースティリスでは珍しくない。むしろ汚染されていないのは少数派まである。

 

 それはさておき、クミロミ様という神様はスカートをはいた、中性的な幼い身体つきの神様であり俗にいう男の娘なのだが、この神様の性別がはっきりしなかった頃、クミロミ様が男の娘なのか、女の子なのか、ふたなりなのかは信者たちの間で紛糾した。

 飼い主のように「直接剥いて中身を拝めばイーじゃん面倒くせぇ」などとのたまって、実力行使に及ぶような奴は普通いない。というか過去にやらかして返り討ちに遭った熟練冒険者や信者は数知れない。

 現状、クミロミ様を引ん剝いた挙句に、純潔を奪ったのは間違いなく飼い主ぐらいだろう。幸運の神(エヘカトル)様とクミロミ様はかつて恋仲だったと言うのは有名な話だが、少なくとも後ろを恋人に開発されたと言う話は聞かないし、そんな逸話があったら間違いなくクミロミ様の信者は増えていただろう。

 

 エロ本が厚くなるでおじゃるな!!

 

 ごほん……とにかく、そんな理由で歯止めはかからず、遂に信者たちはそのペラッペラな価値の命を己のしょうもない教義に捧げる聖戦が発動し、ノースティリスは終末を呼ぶエンチャントの付与された武器と核が乱用され、初心者冒険者や市民達には熟練冒険者達が呪い酒を末期戦の手榴弾宜しく大量配布するという、一億皆兵の地獄が誕生しかけたが、丁度その頃、釣りをしていたらエロ本が釣れるようになるという新たな世界法則が誕生。

 開幕一等でクミロミ様のエロ本を引き当てた飼い主が大々的にこれを布教し、聖戦は未然に防がれ、世界は一時の平和とエロと、釣竿を片手に持つ冒険者で溢れかえった。

 

 うむ、いつものノースティリスである。

 

 かくして終末のラッパは響かず、クミロミ信者の三分の二は失意を抱きつつも、それはそれとしてエロ本を手にする事でクミロミ信者たちは一応平和になり、彼らの平和とは反対に、別の信者たちの宗教戦争が勃発した。

 

 その名を『癒しの女神(ジュア)様抱き枕戦争』。

 

 ノースティリスの一年の締め括り、その最後の月に大々的に改宗を布教するジュア様の信徒たちは、信仰する女神様の抱き枕を改宗する信徒に無料配布するという大変素晴らしく冒涜的で賢者タイム不可避なイベントを開催しているのだが、これが聖戦の引き金になった。

 

「この立体抱き枕は最高! だって隣に立って写真撮影だって可能なんだぜ! さぁ、貴方も一緒に新婚さん気分!」

 

 ある信者Aは、こう言って立体抱き枕を配布した。

 

「抱き枕はプリントカバーこそ王道にしてジャスティス。しかーし、敬虔な信徒ならばエロ要素など不要! 抱き枕だって清楚で癒し要素を振りまいてこそジュア様よ! おい似非ツンデレ媚売り女神乙って言った奴、明日の朝日が拝めると思うなよ?」

 

 ある信徒Bは、王道に則りつつもKENZENな抱き枕を提供した。

 

「はぁ!? 抱き枕っつったらエロありありでヌキヌキポン不可避でしょ普通!? 健全なのは表面で裏面をエロエロ気持ちいいリバーシブル使用にしたら信者集まるのは当然必然! これ摂理にして真理だから!

 お前らマーケティングってのが全く分かってねぇなオイ!!」

 

 ある信者Cは、抱き枕はエロいから抱き枕なんだよ! と、一歩も引かなかった。

 

 かくしてここに終末のラッパが鳴り響く。

 この戦いに未だ終わりはなく、一年を締める聖夜祭といえばジュアの狂信者と、冒険者たちのドンパチを眺めて終了するのが定番となっているので、飼い主もハリーも年越しにはサイバースナック片手にこの戦いを遠巻きに楽しんでいたりするのであった。

 ちなみに飼い主の保有する抱き枕は世界最高品質なKENZEN仕様だ。ロリショタ趣味なのでジュア様にエロは求めていない。

 

 

     ◇

 

 

 えーと……すまん。何の話だったか? エロは平和の福音にも終末のラッパにもなるのだという説明をしたところまでは覚えているのだが、と、ハリーはエーテルに汚染された脳を一旦クリーンにして再思考する。

 

 いや、実のところそれは単に、一歩を踏み出せずに違う思考に逃げていただけに過ぎない。色々とひっでぇ逃げ方だが、そこはティリス民なので平常運転だ。問題ではない。

 

 踏み出すべき一歩、それを踏み出すという努力は、とてつもなく大きく、困難なもので、だからこそだろう。そんなハリーを待っていた飼い主は本をしまうと「おいで」と優しくハリーに声を掛けた。

 待ってはいた。何処までも気軽に、おふざけばかりの、いつも通りの飼い主としての姿で。けれど、それでも無理なら年長者として、正しい意味でのノースティリスの飼い主として、ペットの心を軽くすべく、飼い主はハリーを手招いた。

 

「…………」

 

 沈鬱な表情のまま、ハリーは飼い主の傍に寄った。普段なら膝の上にでも無遠慮に座るだろうに、ハリーは立ったまま黙している。一秒、二秒、静かな時間が過ぎてから、ようやくハリーは絞り出すように語った。

 自分が、飼い主を一番に思えなかったこと。飼い主が自分を、一番に思ってくれないだろうと、心の奥で考えていたこと……すべてを聞き終えた飼い主は、静かに口を開いた。

 

「ハリー、それは決して悪いことではないんだよ」

 

 誰だって、自分を一番に見て欲しいと思うもので。親を大切に思えることだって、美しい愛情だ。

 

「でも」

 

 それでも、ハリーはそれを不義理だと感じてしまう。助けられたのに。傍においてくれたのに、それを、心の奥で利己を求めてのものだと判断してしまう自分が、どうしてもハリーには醜く思えてしまうから。

 けれど、それさえ飼い主は微笑みながら、ハリーの頭を撫でた。

 

「それだって、仕方がない。冒険者なんていう職業を選ぶのは、多かれ少なかれ馬鹿だしね。何より、私が未知を求めていることは絶対に否定できない」

 

 それを追い求めるからこそ、飼い主は埋ま(終わ)っていない。まだ何かある筈だ。出会えていないものは、いつか必ず生まれる筈だと。それを縁にみっともなく、こうして今日まで生きているから。けれど。

 

「それでも、一つだけ否定させて欲しい。ハリー、君か未知の世界か、どちらかを棄てねばならないなら、私は地球という未知を棄てるよ」

「……うそ」

 

 信じられない、と。それは否定からでなく、驚きから漏れた言葉で、けれど、飼い主が本気でそれを口にしたのだと、他ならぬハリーが一番理解できてしまった。

 

「確かに、ハリーの言う通り、私はハリーを一番に出来ないかも知れない。けれど、だからといって、ペットを手放したいなどとは思わない。

 君を我が家に住まわせると決めてから、私にとって、君はかけがえのない家族になった」

 

 どれだけひどい扱いをしても、何度も死なせてしまっても、飼い主は必ず最後にはハリーを助けるし守り通す。何かを引き換えにハリーを棄てたり、蔑ろにしたりは決してしない。

 それこそが愛する妻にして、我が家で暮らす家族にして、ペットに贈れる唯一のものだと信じるから。

 

「家族は捨てない。裏切らない。初めから、そうするつもりでペットにするなら、一番最初にそう言うからね。ほら、合成素材に使ったトム君宜しく」

 

 最後の最後で軽い調子になった飼い主に、思わずハリーはクスリと笑う。羽の生えた巻物でも使ったように、心も体も軽くなるのを感じながら、ハリーは問う。

 

「じゃあ、僕が出て行きたくなっちゃったら、どうする?」

「その時は本当に悲しいけど、無理は出来ないかな。けど、悪いところがあったなら謝るし、きちんと話し合うし、最後まで諦めない。妻もペットも大勢だけど、家族が欠けるのは本当に悲しいからね」

 

 ありがとうと。そう言ってハリーは飼い主の膝の上に乗った。

 

“パパ、ママ。僕、新しい家族が出来たよ……きっと、多分、将来二人よりも、本当に大切になっちゃうかもしれないけれど”

 

 その時は、許して欲しいなと、そんなことを思いながら。

 

 

     ◇

 

 

「ところで、今晩めっちゃ遺伝子を残したい気分なんだけど、ハリー的にはOKな流れ?」

「いやん、あなたったら……」

 

 追伸。僕の飼い主は相変わらず最低です。

 

 


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